世界よ、逆流しろ


9-2



 アヴドゥルのC・F・Hをまともにくらったポルナレフのスタンドは、甲冑がドロドロに溶解し、とてもじゃないが戦闘は不可能だ。生きていることも出来ないだろう。たとえ、悪運よく命を取り留めたとしても病院で3か月以上は療養する必要がある。ジョースター一行の前に再び姿を現すことなどないだろう。
 一行は飛行機に乗れぬ身。エジプトへ先を急ぐこととした。しかし――

 ――ボッショオァ!

 妙な音が背後(ポルナレフが倒れている方)から聞こえてきた。一行がまさかと驚き、振り返ると、そこには《銀の戦車》が纏う甲冑をもうもうと立つ煙と共に脱ぎ『飛ばして』いるではないか。
 バラバラに甲冑が分解されたと思えば、突如倒れていたポルナレフが倒れたままの状態で大きく宙へと飛翔した。余りのありえない体勢にジョースター一行は唖然となる。

「ブラボー! おお、ブラボー!」

 なんとポルナレフはピンピンしていた。火傷もよく見ると殆どしておらず軽傷である。灼熱の業火にやられていたにもかかわらず、何故軽傷ですんだのだろうか。
 ポルナレフは宙でくるくるとでんぐり返しの要領で回転し見事に着地する。そして、見せつけるようにスタンドを出現させた。その《銀の戦車》には、テラテラと光沢のある甲冑はなく、武器のレイピアの細い骨組みだけだった。
 彼は言う。説明せず攻撃するのは、闇討ちにもにた所業。だから説明する時間を頂いてもいいかな。アヴドゥルは頷いた。
 余りの潔い態度に、幸子は「本当に彼はDIOの手下なのだろうか?」と疑問を抱く。なにせ、彼の様なタイプの部下を見るのは初めてだったからだ。
 ポルナレフは語りだす。
 スタンドは先ほど分解して消滅したのではなく、身に着けていた《防護甲冑》を脱ぎ捨てたに過ぎない。《魔術師の赤》の放った炎は、防護服が変わり身になってくれたおかげで《銀の戦車》自体にはほとんど影響を及ぼせず、軽傷ですんだのだ。そして、甲冑を脱ぎ捨て多分身軽となったのだ。ポルナレフが宙に浮いて見えたのは、体を持ち上げる《銀の戦車》のスピードが余りにも早すぎてそう見えたのだ。
 しかし、防護甲冑を脱いだということは、それだけ防御力が落ちたということだ。次、C・F・Hを食らえばただでは済まないだろう。それをアヴドゥルが指摘すると(それでも)、ポルナレフは腕を組んで不敵な笑みを浮かべて――これは、勝利を確信した時にするポーズだ――頷くが「無理だね」と言う。

「なぜなら君にとても《ゾッ》とすることをお見せするからだ」
「ほう、どうぞ」

 アヴドゥルが挑発するような態度ののち、ポルナレフはその《ゾッ》とするようなことを見せた。
 一体だったはずの《銀の戦車》がずらっと横一列に《並ん》だ。1体から、7体にも増えたのだ。これは、実像ではなく、素早い動きによって生み出された《残像》。弾かれた弦が何重にも見えるのと同じように、余りにも運動が速いので逆に止まっているように見えてしまうという現象。それを利用した一種の《技》なのだろう。
 この残像たち(一つは本物)が一斉にアヴドゥルへ襲いかかる。アヴドゥルはC・F・Hで一体を攻撃したがそれは残像であるので、ポルナレフ自体にダメージはない。地面に穴をあけるだけであった。
 気づけば、アヴドゥルの顔には無数の十字架の切り傷が―― 一斉に血が噴き出す。

「なんという正確さ……これは、相当訓練された《スタンド能力》!」
「ふむ、理由遭って10年近く修行をした……さあ、いざ参られい。次なる君の攻撃で君にとどめを刺す」
「騎士道精神とやらで手の内を明かしてからの攻撃、礼に失せぬ奴……故にわたしも秘密を明かしてから次の攻撃に移ろう」
「ほう」

 幸子はすぐにでも傷を治しに行きたかったが、その行為はおそらく彼らにとって《無粋》・《失礼》な行為となってしまう。
 ――男はバカなのよ。喧嘩に水を差されるととっても嫌がるの。だから女は静かにおバカさん達を見守ってやるの――
 かつて、幸子の父と不仲の同僚が乱闘しているのを見て止めようとした幸子に、母が投げかけた言葉だ。喧嘩が終わった後は、飽きれながら救急箱を持ってむかい、傷を手当したものだった。
 幸子は、アヴドゥルが必ず勝つ、と信じて見守ることにした。

「実はわたしのC・F・Hにはバリエーションがある。十字架の形の炎だが一体だけではない。分裂させ数体で飛ばすことが可能!」

 アヴドゥルは言うや否や攻撃を開始した。

「クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル! かわせるかーッ!」

 十字架型の劫火がポルナレフに向けて放たれた。しかし、それは想定の範囲内であるのか、ポルナレフは自分の身を守るように《銀の戦車》で円陣を組み全方向対応の防御壁を作った。

「あまい、あまい、あまい、あまいあまいあまいあまいっ、前と同様のこのパワーをそのまま貴様にィ――――ッ! 切断弾き返してェェェェェ――」

 アヴドゥルの炎を、C・F・Hのときと同様に切断し弾き返そうとした、その時だった。ポルナレフの足もとの岩から突如大噴火ッ。岩を飛び散らして出てきたのは大きな十字架型の炎だった。
 予想外な方角からの攻撃に、ポルナレフの防御円陣も崩れ去り、彼は真正面から劫火を受けた。対して、アヴドゥルを見れば、彼のしゃがむ足もとにも同様な穴があった。それは確かアヴドゥルが残像に向けて放った最初のC・F・Hが開けた穴であった。

「カッコイイ……」

 幸子は、すっくと立ち上がりながら「言っただろう、わたしの炎は分裂可能だと」と言うアヴドゥルを見つめながら呟いた。
 アヴドゥルは、火だるまになっているポルナレフに向かって短剣を投げる。炎に焼かれるのは苦しいので、それで自害しろ、と言うのだ。ポルナレフはその短剣を手に取ると、背を向けたアヴドゥルへ向かって一度は投げようとする。しかし、彼は振り上げた腕を下ろし、短剣の切っ先をクルリと己の方へ向けると喉へ近づけた。

「自惚れていた。炎なんかにわたしの剣さばきが負けるはずがないと」

 ポルナレフは、喉に突き立てようとした短剣を退け、その場に伏せた。彼の表情は、どこか満足げだった。

「やはりこのまま、潔く焼け死ぬとしよう……それが君との闘いに敗れたわたしの君の《能力》への礼儀。自害するのは無礼だな」

 そうして彼は気を失う。
 彼の言葉を聞いたアヴドゥルは急いで彼の身を焦がす炎を消した。承太郎はニヤリと笑う。
 あくまでも騎士道を貫くポルナレフ。アヴドゥルの背後から剣を突き立てることもなかった。DIOの命令をも超える誇り高き精神を、彼の心の中にあると感じ取ったからアヴドゥルは火を消したのだ――殺すのは(ましてや敵なんて)惜しい。何か訳があるのだろうか。そう思った一行はポルナレフに近づくと彼の前髪をかき分けた。すると、なんと彼の額には花京院にの額に埋め込まれていたのと同じ肉の芽があった。彼も、どうやらDIOの《カリスマ》によって操られていたらしい。
 アヴドゥルは承太郎を振り返る。みなまで言わずとも彼は理解していた。彼は《星の白金》を出すと、ポルナレフに埋め込まれた肉の芽を抜く。その間、「気持ち悪い」「はやく取ってくれ」とジョセフは催促していた。

 かくして、気を失ったポルナレフをジョースター一行は保護する。そして、少々顔色の悪い彼をベッドに寝せてやった。簡易処置だが、まあ彼が丈夫そうなので大丈夫、だろう。彼からはDIOについて少々聞きたいことがあったため、一行はそのまま彼が目を覚ますのを待った。

(なんだかうなされているみたい……やっぱり、生きたまま火に焼かれていたのが辛かったのかも……)

 脂汗をかくポルナレフを心配して、眠っているなら大丈夫だろうと幸子は彼に近づいた。彼女の手には、真っ白なタオルが握られている。近くに置いてある桶に溜められた冷水にタオルを浸して絞ると、幸子はポルナレフにそれをあてた。彼女の様子を見て、ジョセフが「わしも若い時スージーにああやって看病されて急接近したのう」とニヤニヤする。

「――う〜……ん」
「……あ」

 うめき声をあげるので、びくっと肩を震わせて手を引っ込める。じっとポルナレフをそのまま観察する。

「……シェ……リー」
(シェリー? 恋人かな?)

 肉の芽を植えられていたポルナレフも、もしかした、DIOに――そう自分の立場とポルナレフを重ねて物思いにふけっていると、不意にポルナレフの目が薄っすらと開かれる。そして、傍にいる幸子を彼の瞳がとらえた。

「あ、目がさめ……」
「……しぇりー?」
「へ?」

 余り焦点の合わないポルナレフから向けられたものに驚いていると、いきなり腕を掴まれ、そしてなんと抵抗する間もなく突然彼の胸に引きずり込まれると、そのまま力強く抱きしめられるではないか。

「わぁあああああ!? じょっ、あヴっ、助けて下さいぃ――ッ!」

 頭が真っ白になった幸子は半泣きになりながら必死に叫んだ。彼女の悲鳴を聞き、今後のことを話し合っていた男たちは急いで駆けつける。

「おい! 寝ぼけてるのか!?」

 花京院が《法皇の緑》を出して力づくでポルナレフと幸子を引きはがす。漸く開放された幸子はびゃっとアヴドゥルの背後に隠れる。

「あ、あれ?」

 承太郎にベッドごと蹴り飛ばされて漸く目が覚めたポルナレフは、ぽかんとした顔で辺りをキョロキョロと見回す。
 その後、背の高い男たちに睨まれながら、ポルナレフが幸子に対して必死に詫びる事となるのだった。


 * * *


 ジョースター一行は、取り損ねた食事を取る前に一隻の船をチャーターした。食事したのちに彼らはこれからその船に乗り込む。彼ら以外は乗り組員のみで他は乗せない。万が一襲われたとき、被害を最小限にするためである。

「ムッシュ・ジョースター、物凄く奇妙な質問をさせていただきたい」
「奇妙な質問?」

 ジョースター一行の後ろを歩いていたのは先ほど、肉の芽を抜いて《にくめない》奴となったポルナレフである。彼は、少々剣のある瞳でジョセフを見ていた。

「詮索するようだが、貴方は食事中も手袋を外さない……まさか貴方の《左》腕は《右》腕ではあるまいな?」
「《左》腕が《右》腕? 確かに奇妙な質問じゃ」

 ポルナレフは語った。「妹を殺した男」を探している、と。顔は分からないが、男の左腕は右腕になっているそうだ。
 真剣な彼の瞳に嘘偽りがあるとは思えない。ジョセフは、渋ることなく己の左手の手袋を外した。出てきたのは、黒光りする鋼鉄の腕。ジョセフはその腕を、「50年前の闘いによる名誉の負傷」と語った。すると、ポルナレフは直ぐに詮索したことを詫びる。

「……もう3年になる」

 ポルナレフは、青々とする海の遥か彼方を見つめながら、語った。大事な妹を失った、忌まわしい事件を。
 彼の妹は、しとしとと雨が降るある日、友人と共に帰り道を歩いていた。彼の故郷フランスの田舎の道だ。そんな時、道の畑に一人の男が立っていた。その男の出で立ちはとても奇妙で、まるで男の周りに薄い膜でもあるかのように、雨が伝っていたのだ。その男を不思議に思っていると、突然、友人の胸が大きく鎌鼬にでもあったかのように切り裂かれた。そして、次に彼の妹が男に辱めを受けて殺害されたのである。

 ――幸子は話を聞くと眉間に皺を寄せて歯を食いしばった。同じ女として、許せないのだろう。幸子は、反吐が出そうだった――

 九死に一生を得た友人の証言から、顔は分からなかったが、男は両手とも右だった事が分かった。
 誰も、妹の友人の証言を信じることはしなかったが、ポルナレフは違った。彼は生まれながらのスタンド使い――己の能力を周りに秘密にしてきた――であるから分かった。その《男》もスタンド使いである、と。
 ポルナレフは誓った。妹の魂の尊厳と安らぎはその男の死でもって償わなければ取り戻せない、だから己の《スタンド》で然るべき報いを与えてやる、と。
 そして彼は、一年前、DIOと出会った。

 ポルナレフは、DIOと出会ったときのことを語った。それは、いかにDIOが、巧妙にポルナレフの心の隙間に入り込んで利用してきたのかを物語っていた。彼の《言葉》は、心に隙のある人間や闇を持つ人間に対し絶大な効果を発揮する。誇り高い騎士道の精神を持つポルナレフとて、《妹の復讐》という心の隙間に入り込まれてDIOの手ごまと一時はなってしまったのだ。ジョースター一行を殺して幸子を連れてこい、と。それがまるで正しいことだというように圧倒的なカリスマによって、操られていたのだ。

「しかし、話から推理すると、どーやらDIOは両手とも右腕の男を探しだし仲間になっているな」

 花京院は言った。

「あ、あの!」

 そのとき、幸子が声を上げる。いかつい男たちの視線が一気に華奢な彼女へと集まった。それでも、彼女は怖気づくことなく語る。

「私、両方右腕の人物を、《二人》知ってます」
「なに!?」

 控え目な彼女の声に対し、ポルナレフは声を荒げて幸子へと詰め寄った。

「ど、どこで見た!? 顔は!?」
「ひっ! あ、あのっ」
「待て、待つんじゃポルナレフ! 彼女は少々男性恐怖症の気があるんじゃ、あまりそう勢いで詰め寄らないでやってくれ」
「っ! そ、そうだったか……すまない。つい、感情が高ぶってしまった」
「い、いえ……」

 ジョセフが間に入って、漸く彼女が許せる距離にポルナレフが離れるとゆっくりと話し出した。

「DIOの館で会いました。一人は老婆で一人は男。老婆の息子です。男の顔は……ええっと、《いもむし》みたいな顔でした」
「い、いも虫? って、あの緑色のうねうねした気色わりーのかい?」
「ええ。それが第一印象で……一度しか会っていないので上手く思い出せません、ごめんなさい」
「いや、情報は小さくとも多い方が良い……貴重な情報提供を感謝する」

 ポルナレフは、ジョースター一行と行動を共にすることになった。DIOを目指せば目的の《男》と出会えると踏んでだ。彼ほどのスタンド使いが味方になれば、心強いだろう。

「すみませーん、ちょっとカメラのシャッター押してもらえませんか」

 話も一段落したところで、緊迫した雰囲気が解かれたせいか、女二人組の旅行者が承太郎に声をかけて来た。幸子はその時、ビクリと反応したように肩を震わせると、少しずつ承太郎から離れる。単に、承太郎が女に声をかけられた、からではない。女側が下心まるだしで承太郎に近づいてきたからである。
 承太郎は、一度苦虫を噛んだような表情になる。無視を決め込もうというのだろうか。それでも女性は引き下がらないので。

「やかましい! 他の奴に言え!」

 毎日、女に黄色い声をかけられている側としては、こういったちょっとしたことでもうんざりなのだろう。いや、写真を押した後のことが嫌なのだろう。しかし、いくら嫌だからと言って大声は宜しくない。幸子は承太郎のかます怒声が怖いので離れたのだった。

「まあまあ、写真ならわたしが撮ってあげよう」

 承太郎が拒むと、ポルナレフはにっこり(ニヤついているようにも見える)と笑いながら女性たちに近づいた。彼はカメラを受け取ると彼女達と談笑しながら写真を取り出した。

「なんか、分からぬ性格のようだな」

 ポルナレフを見たアヴドゥルは言った。

「随分気分の転換がはやいな」
「……というより、頭と下半身がハッキリ分離しているというか」
(打ち解けられるだろうか……)
「やれやれだぜ」

 花京院、ジョセフ、幸子、承太郎は一抹の不安を抱えつつもポルナレフを迎える。
 ポルナレフを含めたジョースター一行は、こうしてチャーターした船に乗り込むのであった。


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