世界よ、逆流しろ


9-1



〜第9話〜
旅は道ずれ世は情け



 香港沖35キロ地点に飛行機を不時着させた一行は、香港に上陸した。
 熱気と活気にあふれる香港の繁華街にある飲食店の一角にて、一行は誰もが神妙な顔つきで円テーブルを囲っていた。幸子から時計回りに花京院、アヴドゥル、一席飛ばしてジョセフ、そして幸子のもう方隣りである承太郎と並ぶ。
 彼らは、最速最短でエジプトへと行ける飛行機を選択したのだが、それはDIOの送り込んだ刺客によって行く手を阻まれてしまった。彼らの移動手段には、もう飛行機を選択することはできない。また、同じように乗客に紛れて襲ってくる可能性が非常に高いだけでなく、今回は小規模で済んだが、また襲われれば次は大勢を巻き込んでしまうだろう。
 彼らに残された移動手段は、主に陸路か海路、または両方しかなかった。ただし、50日以内にDIOと出会い倒さねばならない。ホリィを、助けるために。

(飛行機が無事なら、今頃はエジプトに着いていたのに……)

 険しい表情のジョセフと承太郎を見た幸子はキュッ、と口を真一文字に結んで思った。
 一行は、これからどのようにエジプトへ向かおうかと思案しする。100年前のジュールベルヌの小説を引き合いに、ジョセフが一つの提案を出した。
 適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島ををまわってインド洋を突っ切る、謂わば海のシルクロードを行くというものだ。つまり、陸路ではなく海路をゆくということだ。陸路は国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠でトラブルに遭ったときに足止めをくらう危険がある。時間のない彼らに、足止めは致命的である。
 他にいい案もなく、ジョセフの提案に他一同は了解した。
 話が大方一段落したところで、花京院が茶ビンの蓋をずらす。何故わざわざそのようなことをしたのか、不思議に思う幸子と承太郎は自然と彼の手に目が行く。視線に気づいた彼は、二人がなにを言いたいのかいち早く把握して疑問に答える。彼が先程した行為は、お茶のおかわりを要求するサインで、香港では蓋をずらしておくとお茶のおかわりを持ってきてくれるそうだ。さらに、ついでくれたら、人差し指で机を二回トントンと叩くと「ありがとう」のサインになる。

「へぇ、花京院くんって物知りだね」
「両親とよく旅行に行ったりするんだ。勿論、香港にもね。だから知っていただけさ」
「郷に入っては郷に従え、ってやつだね」
「フフ、そういうこと」

 二人でほのぼのという雰囲気の会話を展開しながら微笑みあう。
 だいぶ打ち解けてきたなあ、なんて喜びに胸を躍らせる幸子。

「すみません、ちょっといいですか?」

 ほっこりとした気持ちで胸を温めていると、幸子と承太郎の間にヌッと体を割り込ませて来た男が一人。
 輝く白銀の長い髪を重力に逆らうかのように上へと上げて固めた髪型、ハートマークを中心で左右に割った形のピアスをしていた。瞳の色は幸子よりは少し薄めのブルーであった。肩だしが特徴のタンクトップに黒いベルト、カーキ色の外ポケットつきズボンに黒のハーフブーツという服装だ。

「私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューが読めません。助けて欲しいのですが」

 若干男性不信の気がある幸子は、近くに感じる男の存在に、先程のホッコリとした気持ちを彼方へ吹っ飛ばして男に対する警戒心で胸をいっぱいにした。彼女の青い顔に花京院は気づいたのか、大丈夫かと心配げな視線を投げかける。彼の視線を受けた彼女は冷や汗をかきながらも精一杯の笑みを彼に返した。

「やかましい、あっちへ行け」

 幸子の様子を気遣ってか、それともただ単に鬱陶しいと思ったのか、承太郎は鋭利な瞳を更に細く鋭くして男を睨みつける。

「おいおい承太郎、まあいいじゃあないか」

 剣呑な雰囲気を醸し出す承太郎に制止をかけたのは祖父ジョセフ。彼は、男を開いている席に座るよう促すと、メニューを開いて注文をとってやろう、と申し出た。何度か香港へは来ているのでメニューの漢字くらいは読めるという。
 ジョセフは、定員に「エビ」「アヒル」「フカのヒレ」「キノコ」の料理を(みな、食べられればとりあえず何でも良かった)注文した。

 数分後、テーブルに並べられた料理は以下の通り。
 「カエルの丸焼き」「皮蚕牛肉粥(おかゆ)」「煮帯子(貝料理)」「梅子明炉鳥魚(魚を似た物)」
 注文した《はず》のものとは大きく違っていた。ジョセフ以外の一同が無言で彼を見る中、彼は豪快に乾いた笑みで笑声を上げて「まあ、こんなこともある」と言う。素直に分からなかったとは言わないようだ。

(ジョースターさんって、しっかりしているんだかそうでないんだか……可愛い人だなあ)

 その《可愛い人》に大勢の人間の前でお姫様抱っこをされたということを、幸子は果たして覚えているのだろうか。

(あ、意外とイケる、カエルの丸焼き)

 見てくれは残念極まりないが、味は絶品であった。幸子はちびちびと小さい口にカエルの肉を運ぶ。

「手間暇かけてこさえてありますなあ。ほらこのニンジンの形」

 ふと、料理の中から一つ箸でつまんで男は言った。

「星の形……なんか見覚えあるなあ〜〜」

 男のこの言葉に、ジョースター一行は手を止めて男を誰もが凝視した。周りは賑やかであるのに、彼らの囲む席だけ異様な静けさに包まれた。その中で、注目を浴びる男はゆっくりと一行の鋭い視線に負けず劣らずの視線を返して言う。

「そうそう、私の知り合いが首筋にこれと同じアザを持っていたな……」

 この男の一言が決め手となった。疑惑から確信に変わったジョセフと承太郎の視線は鋭い。驚きに目を見開くのはアヴドゥルと花京院、そして恐怖で目を皿のようにして男を見るのは幸子だ。そんな一行の視線を浴びてもなお男は、挟む星型のニンジンを首筋に当てるという余裕綽々な態度を取った。
 ――と、その時だ。ジョセフの近くにあったおかゆが突如ぐつぐつと沸騰し始めたではないか。異変にいち早く気づいたのはアヴドゥルだった。彼の警告によって異変に気付いたジョセフだが、彼が席を立つ前に煮立つおかゆから突出されるレイピアが彼を襲う。反射的にジョセフは左手を差し出した。アヴドゥルはレイピアを持つ手に向かって《魔術師の赤》の火炎を放つ。しかし、その炎は、素早いレイピアの捌きによっていともたやすく無力化されてしまう。
 アヴドゥルの炎をなんともないように我が物のようにして捌く剣劇に一同は驚愕した。
 腕はレイピアをくるくると操り炎を纏わせると、漸く全体を現した。ライトに照らされて爛々と光沢を見せつける銀色の甲冑を身に着け、出で立ちはまさに騎士と戦車をかけあわせたようなものだった。それが男の《スタンド》だろう。
 男の《スタンド》は、炎を纏うレイピアを操り、皆が勢いよく立ち上がったことでひっくり返ったテーブルに12の火の玉と炎の軸を作った。
 なんという剣さばきだろうか。男の圧倒的な剣さばきに一行は驚愕した。

「おれの《スタンド》は『戦車』のカードをもつ《銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)》!」

 やはり、タロットカードになぞらえたスタンドの刺客であった。ごくり、と幸子は生唾を呑む。

「幸子様をお守りする騎士であり、貴様らの手に堕ちた幸子様を奪還する使命を持つ!」
「いや、あの、間に合ってますんで遠慮します」
「なに!? そんなことはないです幸子様! さてはジョースターどもになにかよからぬことを吹き込まれて」
「ません」

 幸子は、いつもの穏やかな目を無気力に座らせて男を見つめながら首を振る。完全に拒絶している目だ。全てを受け入れようとしない目だ。そんな彼女の目(表情)を初めてお目にかかったジョセフやアヴドゥルや花京院に承太郎は、あまり向けられたくない表情だ、と少し顔を青くした。
 散々幸子に拒絶された男は、ゴホン、と一つ咳払いをする。気を取り直すことにしたらしい。

「モハメド・アヴドゥル、始末して欲しいのは貴様からのようだな。そのテーブルに火時計を作った! 火が12時を燃やすまでに貴様を殺す!!」

 火の玉はいつのまにやら数字に変化しており、テーブルはいわば時計の円盤。炎の軸は時計の指針のようだ。

「恐るべき剣さばき、見事なものだが……テーブルの炎が『12』を燃やすまでに私を倒すだと。相当うぬぼれがすぎないか? ああーっと」
「ポルナレフ……名乗らしていただこう。ジャン(J)・ピエール(P)……ポルナレフ」
「メルシー・ポークー(ありがとう)。自己紹介、恐縮の至り……しかし」

 サッとアヴドゥルは手を動かす。彼の《スタンド》も同様な動きをした。すると、炎は円卓の上半分の残して一気に燃え上がり、灰になった。

「ムッシュ・ポルナレフ……わたしの炎が自然通り常に上の方や風下へ燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に扱えるからこそ《魔術師の赤》と呼ばれている」
「フム、この世の始まりは炎に包まれていた……さすが始まりを暗示し、始まりである炎を操る《魔術師の赤》! しかし、このおれを自惚れというのか?このおれの剣さばきが……」

 ポルナレフは数枚のコインを取り出すとそれら全てを宙へと投げた。

「うぬぼれだと!?」

 不規則に宙を舞うコインを、ポルナレフの《銀の戦車》はたったひと突きで全てど真ん中で射抜いて見せた。まるでバーベキューの肉や野菜が串刺しになっているように、コインを串刺しにしてしまったのだ。さらに、よくよく見てみると、コインとコインの間にアヴドゥルの放った炎が巻き込んである。
 この光景が指す意味とは。ポルナレフの《スタンド》の剣は炎をも切断してしまうということなのだ。空と空の間に溝を作ることも可能ということなのだ。
 ポルナレフはレイピアからコインを抜き炎を払う。

「か、火事アル! 急にテーブルが燃え出したアル!」

 やはり段々と騒ぎは大きくなってきた。なんとかして場所を変えたい。そう一行が考えたときだ。いつのまにやら、目の前にはポルナレフの姿が消えていた。
 なんと、彼は一行の背後に回っており、すでに店の入り口の扉を開けていた。なんというスピードだろうか。ゾクリ、と一行の背筋に戦慄が走る。しかし、ポルナレフは一行を背後から狙うことなく、静かに言った。

「俺のスタンド……『戦車』のカードの持つ暗示は侵略と勝利。そんなせまっ苦しいとこで始末してやってもいいが、アヴドゥル、お前の炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するだろう? そこを叩きのめすのがおれの《スタンド》にふさわしい勝利……」

 キラリ、と男の鋭い瞳が輝く。

「全員おもてに出ろ! 順番に切り刻んでやる!」

 幸子様の前で無様に負けるが良い! だなんて高笑いしながら彼は先を行く。
 確かに、これほどの技術が出来るのならば自分の力に自信を持ってもおかしくないだろう。けれども、アヴドゥルに対するポルナレフの評価に、納得していない人物が一人――

「げせぬ」
「まあまあ、落ち着いてラッキー」

 幸子である。不貞腐れたように彼女はポルナレフを凝視した。目が据わっている。それを宥めようとするのは花京院である。承太郎はわれ関せず、という態で立っていた。

(だって、花京院くん、アヴドゥルさん強いんだよ。それなのにあんな言い方するポルナレフさんが許せない)

 文句は胸に抑えて、むすーん、と不機嫌な顔を作る幸子。そんなに、花京院は苦笑を浮かべるしかなかった。
 一行は、店を後にしてポルナレフについて行った。


 彼らがやってきたのは、『タイガーバームガーデン』という庭園であった。ギンギンの色彩で掘られた彫刻たちが所せましと置かれている光景は奇妙なものだった。この場は人の通りも少なく、見渡したところ、ジョースター一行とポルナレフしかいないようだ。

「ここで予言をしてやる。まずアヴドゥル……貴様は貴様自身のスタンドの能力で滅びるだろう」

 自信満々に宣言した瞬間、アヴドゥルの目が鋭くなった。
 アヴドゥルは、一人でポルナレフに挑む。
 先に攻撃してきたのは《銀の戦車》であった。《魔術師の赤》は彼の突きの攻撃を紙一重でかわしてゆく。しかし、段々と《銀の戦車》の攻撃速度は上昇してゆき、最終的には避けることが出来ない程の怒涛の剣げきを繰り出してきた。《魔術師の赤》は炎を吐きだしてこれを回避しようとするが、《銀の戦車》に軽くいなされてしまう。そればかりか、なんと後ろの岩を《魔術師の赤》そっくりに掘ってしまっていたのだ。
 コケにしているのだ。完全になめくさっているのだ。ポルナレフの芸当にジョセフは自分の事のように怒る。しかし、対してアヴドゥルは怒りに顔を歪めることなく、静かに構えを変えた。その表情には、静けさの中に凄味を感じる。

「承太郎、なにかに隠れろ。アヴドゥルの《あれ》が出る……とばっちりで火傷するといかん」
「あれだと?」

 ジョセフの指示で幸子、承太郎、花京院は彫刻の裏に隠れ、アヴドゥルとポルナレフの戦いを見守った。その直後であった、膨大なエネルギーが《魔術師の赤》からあふれ出す。

「クロス・ファイヤー・ハリケーン!」

 体を大きく旋回しながら十字架(アンク)の形をした巨大な炎を《銀の戦車》に向かって放出した。確かに、この大きさだと飛び火して味方側にも被害が少なからず及ぶだろう。しかし、そんなC・F・Hを《銀の戦車》はいともたやすく弾き返してしまった。その炎は真っ直ぐに《魔術師の赤》へと飛んでゆき、その身を焼く。

「アヴドゥルさんっ!」
「だ、駄目だラッキー! 近づいては危険だッ」
「でも、アヴドゥルさんがっ」

 飛び出そうとした幸子を、花京院が止める。勿論、近づこうとしたスタンドもだ。
 幸子は、焦っている。死んでしまっては、アヴドゥルを助けることが出来ないからだ。しかし、それにはリスクがある。彼女が近づけば必ずポルナレフが動くだろう。捕えられ、逃げられてしまえば、一行が追いつくのは至難のわざだ。花京院はそれを危惧しているのだろう。

「おい、ラッキー」

 半ば取り乱しかけている幸子に、承太郎は静かだが底知れない力の孕む声で呼びかける。

「アヴドゥルをよぉーく見てみろ」
「え……」

 緑の混じる蒼い瞳と視線をかわす。彼の目から彼の言葉の意図を読み取ろうとでもいうのだろうか。彼女は、爛々と力強く輝く彼の瞳を暫く見つめたのち、改めてアヴドゥルを見やった。そのころには、彼女の心は荒ぶる気を沈下させていた。

「ふはは、予言通りだな。自分の炎で焼かれて死ぬのだアヴドゥル……」

 そのときだ、まさに鳥の丸焼きになっている《魔術師の赤》は最後の力を振り絞るようにしてポルナレフへと迫った。その、彼の最後の悪あがきともいえる行為をポルナレフはあろうことか鼻で笑うと再び《銀の戦車》を構え、そして――真っ二つにしてしまった。

「み、妙な手ごたえッ! こっこれは、人形!?」

 気づいたときには時すでに遅し。《魔術師の赤》だと思って切った《人形》から炎が《銀の戦車》に噴出してその身を焼く。
 彼が切ったのは、彼自身が掘った《魔術師の赤》の石像だった。しかし、なぜ《人形》の内部から炎が溢れ出してきたのだろうか。ポルナレフは疑問だった。
 それは、炎に焼かれずピンピンしているアヴドゥルが直々に答えた。

「わたしの炎は自在だといっただろう。お前が打ち返した火炎が人形の関節部をドロドロに溶かし動かしているのだ。自分のスタンドの能力にやられたのはお前の方だったな! そしてわたしのC・F・Hを改めて……くらえ!」

 《魔術師の赤》は大きな十字架の炎を構えの取れていない《銀の戦車》に向けて放った。

「占い師のわたしに予言で戦おうなどとは、10年早いんじゃあないかな」

 アヴドゥルはニヤリと笑ってポルナレフに言い放った。


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