世界よ、逆流しろ


8-4



 無事、海上に着陸させたあとは、救助隊を要請し、あとは大人しく待つことになった。
 窓を覗けばすぐ下には太陽の光を爛々と跳ね返して輝く水面があった。時折、黄金色に見えるな、と思った時、胸がツキン、と痛みを訴えた。

(もし、もしも、彼を倒さなければ聖子さんは命を落としてしまう……けれど、私は、彼を殺すだなんて……)

 天国へ行く方法を語るときのDIOはまさに、己の好きなものを嬉しそうに語る少年そのもの。あんな純粋な面を見せられて、ただ倒すなんてこと、出来る筈がない。

(二兎追う者、一兎も得ず……判断を間違えればきっとことわざ通りになる、よね)

 ため息が出てしまう。悩んでも悩んでも、今は答えなんて出そうにない。かぶりを振り、モヤモヤする思考を頭から追い出した。

「ラッキー、救助が来た、行くぞ」
「ジョースターさん」

 私は窓から離れて、知らせに来てくれたジョースターさんと共に外へと通じる廊下を歩き出した。

「ジョースターさん」
「ん?」
「DIOは吸血鬼ですから、太陽の光でしか倒せないんですよね」
「うむ、そうじゃな」

 吸血鬼の弱点が唯一太陽の光。それは、私がDIOの館に連れてこられたときに教えられた。太陽の下では生きられないのだ、と。

「でも、太陽光でしか倒せないDIOの一部である肉の芽を、ジョースターさんは倒して見せました……あの《呼吸法》は、一体?」

 私は195センチもあるジョースターさんを見上げる。ちょっと首が痛くなった。
 ジョースターさんは、私の言葉を聞き、目を丸くする。彼のその表情に、首を傾ぐ。

「一度見せただけで、わしの能力が《呼吸法》に秘められていると気づいたのは驚きじゃ……良い観察眼をもっておるな」
「えっ……え、へへ、へへへそうですか? ありがとうございます」

 父と同じくらいに尊敬しているジョースターさんに褒められては照れるしかない。私は喜びでにやけそうになる口元を隠すように両の頬を手で押さえつけた。

「あの、一体どういった能力なんですか? その《呼吸法》は」
「うむ、これは《波紋法》と言ってな、呼吸によって体内の血液に波紋を作り出すのじゃ。その波紋は太陽の波長と同じなのじゃ!」
「っ! で、では小さな太陽と同じということですか!? すっ凄いッ」
「そうじゃろう、そうじゃろう? わし、これでも若い頃はこの《波紋法》で化け物と戦ったことがあるんじゃぞぉ〜〜っ」
「ばっ化け物と!?」
「若い頃はSPW財団にいろいろともみ消してもらったものよ。いやーあの頃は若かったのぉ〜」
「もみけっ……ええっ!?」

 なんと、ジョースターさんは本物の戦士だったようだ。凄いなあ、凄いなあ。

「どこまで本当のことやら」

 尊敬の眼差しをジョースターさんに送っていると、ふと、不機嫌な声が私の耳に届いた。空条君だった。彼は、私達よりも少し先に立っていた。会話を聞いていたらしい。

「な、なんじゃと承太郎」
「波紋自体うそくせーんだよ」

 ジョースターさんはフン、と鼻を鳴らした空条君に詰め寄った。彼だって見たことあるくせに、何故か波紋の存在を否定するような言動をする。
 どうしたのだろう、空条君。波紋に関して、なにか昔あったのだろうか。

「むかつくー! わしの孫ムカつくぅうううッ!」
「わわっ、ジョースターさん駄目ですよっ、こんな所で暴れないで下さいっ!」

 空条君に掴みかかるジョースターさんを、私が彼の背中にしがみ付いて止めようとする。しかし、中年太りを知らないジョースターさんの鍛え抜かれた肉体には、私の力なんて赤ちゃんをおんぶするのと同じくらい屁でもない。結局、途中から騒ぎを聞きつけて駆けつけて下さったアヴドゥルさんと花京院君の二人がかりで止めることになったのだった。
 騒ぎもようやく沈下したころ、ついにほとんどの乗客が救命ボートやヘリに乗せられる。花京院君、空条君、アヴドゥルさん、ジョースターさん、そして私も救命ジャケットを着て次々に海に飛び込む。
 花京院君、空条君、アヴドゥルさんが飛び込み、そして救命ボートに乗せられる。「次の方どうぞー」と係員の人達に呼ばれて私も、彼らに続こうとした。

「ちょっと待つんじゃラッキー」
「へ?」

 ふと、名で呼ばれてジョースターさんを振り返る。彼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、なんと私を横に抱き上げるではないか。

「突然のお姫様抱っこォッ!?」

 思わず叫んでしまったのは仕方ない。
 そう、ジョースターさんは突然私をお姫様抱っこしたのだ。それで歩き始めるので私は落とされまいとジョースターさんにしがみ付く。

「じょっジョースターさん、そっちは海で落ちちゃいま…………あれ?」

 私は恐る恐る下へと視線を向けた。眼下には青々とした海、そしてジョースターさんの《つま先》が見える。彼のつま先を中心として不思議な紋様を形作る水面、沈まない体、まるで時でも止まったかのようにシンと静まり返る周囲――
 花京院君はいつもは平たいめをこれでもかと見開いて真ん丸にし、アヴドゥルさんまであんぐりと口を開けてこちらを凝視している。空条君に関しては、帽子の陰で表情が分かりにくいが、口が半開きになっていた。
 この状況が面白おかしいのか、ジョースターさんは上機嫌な顔で一歩を踏み出した。一歩、また一歩と、私を抱えたままボートに《歩み寄って》行く。

「うう、海の上をぉおお!?」

 ジョースターさんの太い首に回す腕を、私はよりいっそ強く絡める。

「ふ、不自然だ! 足がつかない海の上で立って歩くなんて!?」

 誰かが言った。

「すごい、凄いですジョースターさんっ」
「そうじゃろそうじゃろぉ? 惚れても構わんぞ」
「あははっ、ほんとに惚れちゃいそうですけど、奥様が恐ろしいので遠慮しておきます」
「残念じゃのぉ〜〜」

 楽しくなった私は、年甲斐もなくはしゃいだ。だって、海の上を歩いているんだもの! 興奮せずにはいられないっ!

「にししししぃ〜〜、どこが嘘くさく見えるかのォ、じょーたろぉ〜?」

 海を文字通り《歩き》渡ったジョースターさんは、ボートの上に上がって私を下ろすと、得意げな表情で空条君に詰め寄る。空条君は苦々しい顔で帽子の鍔を掴み下げる。

「てめーの存在自体がウソくせーぜ」

 苦し紛れに、そう呟いたのだった。


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