世界よ、逆流しろ


8-3



 花京院君は、お爺さんを座席のシートに座らせる。
 私は、直視すると吐いてしまうだろうからできるだけ見ないようにして彼の隣に立つ。彼の傷をない状態に《戻》すためだ。傷を《治》しているあいだ、花京院君はじっと《灰色の塔》の本体を観察する。

「此奴の額には……DIOの肉の芽は埋め込まれていないようだが……!?」
「《灰色の塔》はもともと旅行者を事故に見せかけて殺し、金品を巻き上げている根っからの悪党スタンド。金で雇われ、欲に目がくらんでそこをDIOに利用されたんだろーよ」

 花京院君の疑問に答えながら、アヴドゥルさんは機内に備え付けられていた一枚の大きなタオルケットをお爺さんに頭から覆いかぶさる様にかける。確かに、惨たらしい姿を一般人に見せる訳にはいかない。
 これにて一件落着、と思われたその時だ。ある異変に、ジョースターさんが気が付く。

「変じゃ、さっきから気のせいか、機体が傾いて飛行しているぞ」

 ジョースターさんのその言葉に、私も改めて機内の様子を見る。言われてみれば、分からなくもないようなあるような……。
 気のせいか、と思っていたジョースターさんは、改めて確信を得たのか、大慌てで通路を走り出す。向かった先は多分コックピットだ。
 彼のあとを空条君が追いかけ、そのあとを私と花京院君で追い、次にアヴドゥルさんが来る。

「お客様どちらへ? こちらは操縦室(コックピット)で立ち入り禁止です!」
「知っている!」

 止めようとするスチュワーデスの声もお構いなしに、ジョースターさんは進む。そんな強引な乗客のジョースターさんにスチュワーデスは狼狽してしまう。そこへ空条君の登場。彼女達は彼を視界におさめると、可愛い笑顔を浮かべて頬を朱に染める。彼に見惚れてうっとりしている彼女達は女の私から見てもとても綺麗なのに――

「どけアマ」

 それを石ころのようにあしらう空条君。……女の敵である。DIO並みに女の敵である。DIOとは性質が異なっているが女の敵だ。今度から彼のあだ名は『女の敵』でいいかな。
 それに比べて。

「おっと、失礼。女性を邪険に扱うなんて許せんやつだが、今は緊急事なのです……許してやってください」
「はいっ」

 弾かれた女性たちを受け止め、優しく穏やかな笑みで空条君のフォローをする。なんて紳士なんだ。空条君にあしらわれてショックを受けた女性も、花京院君の優しい笑みにもうメロメロさっ。
 ……なんだこのラブコメみたいな展開。今は緊急時なんですケド。二人ともあれか、結局女の子にモッテモテなのね。
 私の目は座っているだろう。そんな私の肩を、アヴドゥルさんが苦笑を浮かべながらそっと叩く。……私、もし結婚するならアヴドゥルさんみたいに優しくて気が利いてちょっとおせっかいなくらいの殿方がいいです。きっと天国のパパも喜びます。
 花京院君がスチュワーデスさんの注目を集めている間に、私とアヴドゥルさんは気配を消して操縦室へと入った。そのあとを、暫くして花京院君が追いかけてくる。

「なんてこった、してやられた」

 操縦室に足を踏み入れた私達は戦慄した。
 壁や窓のいたるところが真っ赤に染め上げられ、シートには掻き毟った痕跡がある。操縦士は断末魔の叫びをあげたままの表情で、誰もが舌を抜かれて死んでいた。どうやら《灰色の塔》は既に操縦士たちの舌を引き千切って殺害していたらしい。ご丁寧に自動操縦機まで破壊している。
 私は、もう既に死んだ人間の時間を戻すことはできない。助けることが、出来ないのだ。
 破壊された自動操縦機も、すでに何分も経過していたので、《クリア・エンプティ》の能力範囲外で戻すことが出来なかった。

(肝心なところで、役に立たないだなんて)

 自分の無力に苛立ちを感じ、知らず知らずのうちに下唇を強く噛んでいた。
 私は、入口で立ちつくすことしかできなくて、何か力になりたいという思いだけが先走る。

「この飛行機は墜落する」

 緊迫した表情でジョースターさんは告げた。操縦士を失い素人しかいないこの機内で、だれが無事エジプトまで操縦できようか。ジョースターさんの診断は恐ろしいくらい的確だった。
 彼の判定を聞いた私はきっと、苦虫を噛みしめたような顔をしているのだろう。

(とにかく、私にできることを探さなくちゃ)

 そう意気込んで、操縦室へ足を踏み入れた。その時だった。急に背筋がゾッとするような悪寒を感じた。

「ぶわばばばあはは――――ッ!」
「ッ!?」

 余りの驚きで声も出ずに私はその場から飛びのき、足を縺れさせながらもアヴドゥルさんのところへ。よろよろと背中から倒れ込む私を、アヴドゥルさんはしっかりと支えてくれ、さらには心配そうに声もかけてくれた。……やっぱりアヴドゥルさん素敵です。
 私の背後に立って現れたのは、倒した筈の《灰色の塔》の本体であった。全身からは血がしとどに流れ、彼の動きに合わせて波を打つタオルケットを、更にはあたり一面にもべったりと真っ赤な血で染め上げる。その惨たらしい有様に、私はクラリと眩暈をおぼえた。

「わしは事故と旅の中止をを暗示する『塔』のカードを持つスタンド! お前らはDIO様の所へは行けんン!」

 二股になった長い舌を器用にベロベロと操って、彼は言う。夥しい量の血を流しながら立っている姿は悲惨であるが、触手のように蠢く長い二股の舌もなかなかに悍ましい。
 目元が引くつくのが分かった。

「たとえこの機の墜落から助かったとて、エジプトまでは一万キロ。その間、DIO様に忠誠を誓った者どもが四六時中きさまらをつけ狙うのドァッ! 世界中にはお前らの知らん、想像を超えた《スタンド》存在するゥ!」

 お爺さんの言葉によって脳裏をかすめたのは、DIOの館にいたころ見たスタンド使いの面々。誰もが一度しか顔を合わせていないので(マライヤとミドラーは別として)曖昧な記憶でしかないが、ざっと10人以上は存在する。それら全員が一気に攻めてくることはない――みな、自分のスタンドの弱点を知られることを恐れているからだ――にしろ、戦いが絶えない毎日になるだろう。
 傷を負ったみんなを、助けてあげられるだろうか。……戻せるかどうかはきっと私のスタンドの成長によるだろう。

「DIO様は《スタンド》を極めるお方! DIO様はそれらに君臨出来る力を持ったお方なのドァ! たどり着けるわけがぬぁあ〜〜いっ! 貴様らエジプトへは決して行けんのだあああばばばゲロゲロ〜〜」

 DIOを賛美するセリフを一頻り吐いたのち、彼は力尽き絶命した。
 死体を何度か見たことのある私でも喉を引くつかせずにはいられないのに、そこはさすがプロ、身を寄せて震えあがるものの、スチュワーデスたちは大きな悲鳴を上げることをしなかった。

「さすがスチュワーデス、プロ中のプロ……悲鳴をあげないのはうっとーしくなくてよいぜ。そこで頼むがこのじじいがこの機をこれから海上に不時着させる! 他の乗客たちに救命具つけて座席ベルトしめさせな」

 操縦席に座った空条君がいたって冷静な声音で固まるスチュワーデスに指示した。彼の言葉を理解したのか、彼女らはすぐさま乗客たちのいるエリアへと駆けていった。彼女達の対応の早さもそうだが、空条君の冷静で的確な指示も凄い。さすがはジョースターさんのお孫さんだ。アヴドゥルさんに支えて貰って震えている私とは対極だ。

「うーむ、プロペラ機なら経験あるんじゃがの……」

 操縦席に座るジョースターさんは唸りながら言った。プロペラ機って……全然飛行機と種類がちゃいまっせ。
 さらに、ジョースターさんは、ポリポリと頬を掻きながら私達にトンデモナイことを言ってのける。

「しかし承太郎、これでわしゃ三度目だぞ。人生で三回も飛行機で墜落するなんてそんな奴あるかなぁ」

 空条君、花京院君、アヴドゥルさん、そして私も……言葉をなくした。

「二度とテメーとは一緒に乗らねえ」

 空条君に同意しかけてしまった。


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