世界よ、逆流しろ


8-1



〜第8話〜
事故にはご注意を



 飛行機の席は、アヴドゥルさんと花京院君の間だった。
 まだまだ、ちょっと抵抗はあるものの、大分花京院君には慣れてきたと思う。アヴドゥルさんは、もうなんというか、頼りになる時のお父さんみたいだ。だから、凄く隣が安心する。
 後ろの席には、ジョースターさんと空条君が並んで座っていた。
 飛行機に乗ると、エジプトへ着くまで特にやることがない。目的はエジプトに居るDIOを倒すことだから、みんな疲れを溜めないために、すぐ寝始めた。私も、一抹の不安を抱えているも、空条君のいう通り、なにも起こっていないうちからくよくよ考えても仕方がないので寝ることにした。

「っ!?」

 うとうとと仕掛けた時だった。《ある気配》を感じて私は飛び起き、あたりをキョロキョロと見渡す。しかし、目的のものは見当たらず、気のせいか、と肩を落とした。

(でも、あの背筋がゾッとする感覚と《視線》……確かに、DIOのものだと思ったんだけど……)

 視線を感じた筈の方向を見ても、そこには飛行機の天井があるだけで特になにもない。しかし、微かに何かの羽音が聞こえる。音からして大きな虫だ。

「どうした、ラッキー……」
「あ、起こしてしまってすみません……その、なんといいますか、妙な気配を感じて……」
「まさか、敵か?」
「あ、いや、その……でも、気のせいかもしれませんし」

 自信がないため、はっきりと「YES」とは言えなかった。

「ラッキー、もしかすると気のせいじゃあねえかもしれないぞ」
「えっ……」

 返答に困っていると、後ろの席に座っていた空条君が、立ち上がりながら言う。振り返ると、脂汗をかきながら剣呑な表情で辺りを見渡していた。
 気のせいではなかった。彼のその表情で実感したとき、喜びと恐怖の相反する二つの感情が胸に落ちてきた。私は、思わず抱いた邪念を振り払うように頭を数回振ると、アブドゥルさんと途中で起きた花京院君と目配せする。
 ふと、再び何か羽ばたく音が聞こえてきた。私はあたりを見渡した。この機内に、なにかいる。暗い機内を目を凝らして見ていると、何かが動くものを視界の端で捉える。しかし、その物体は直ぐに座席の陰に隠れてしまった。肉眼で捉えられたのか、空条君は「カブト……いや、クワガタ虫だっ!」と言う。
 機内に虫とは普通じゃあない。多くのスタンド使いを知っているのか、ジョースターさんはアヴドゥルさんに問う。新手のスタンド使いか? すると、アヴドゥルさんは顔を青くして頷いた。

「JOJO! 君の頭の横にいるぞ! でっでかいッ」
「うわッ……」

 驚愕に見開かれた花京院君の視線を追って空条君を振り返れば、確かに彼の頭の横に気色の悪いほど大きなクワガタムシがウジュルウジュルと涎の様なものを滴らせていた。思わず声が漏れて眉間に皺がよる。
 虫の相手はスピードと精密動作に長けた《星の白金》を持つ空条君が負うことになった。

「きっ気を付けろ……スタンドだとしたら『人の舌を好んで食いちぎる虫のスタンド』使いがいるという話を聞いたことがある」
「あ、悪趣味っ……」

 アヴドゥルさんの話を聞いて、私は更に自分の顔がゆがむのが分かった。
 空条君がクワガタムシに向かって《星の白金》の手刀を繰り出す。しかし、その攻撃はクワガタムシにヒットすることなく、クワガタムシは信じられないスピードで悠々とかわして見せた。そう、あの弾丸をも掴むほどの素早く正確な動きが可能な《スタープラチナ》の攻撃を回避してしまったのだ。これには私達も戦慄した。
 クワガタムシはスタンドだということが断定された。やつは空条君の攻撃を避けると、今度は口から何か長い舌のような物を出すと勢いよく空条君に向けて伸ばす。口針だ。
 咄嗟に空条君の《スタープラチナ》の手で防ぐものの、その掌を突き破ってきた。しかも、狙いはスタープラチナの《口》だ。伸びた口針はスタープラチナの口に侵入する。

「承太郎!」
「JOJOォ――ッ!」

 ジョースターさんや花京院君が彼の名を呼ぶ声が機内に木霊する。しかし、よくよく見てみれば、空条君は寸前の所で口針を歯で止めていた。ギリギリだった。

「あ、アヴドゥルさんっ、空条君のスタンドの舌を食いちぎろうとしたということは、もしかしてっ……!」
「ああっ! やはり奴だ!……タロットでの《塔のカード》、破壊と災害……そして、旅の中止の暗示を持つスタンド《灰色の塔(タワー・オブ・グレー)》!」

 クワガタムシは、いかにもと言いたげに旋回した。
 《灰色の塔》は事故に見せかけて大量殺戮をするスタンドで、例えば、飛行機事故や列車事故、ビル火災などは奴のお手の物ならしい。スタンドの特徴を語るアヴドゥルさんの表情は険しい。同じ生まれつきスタンドを持っていても生き方が余りにも違うのであるからか、はたまた好んで殺戮をする人間が許せないのか。きっと、優しいアヴドゥルさんの事だから後者のほうだろう。

「我々を襲ったのはDIOの命令かっ」

 ごくり、と私はのどを鳴らした。掌は汗ばんでいるのに体中は温度を奪われてしまったかのように肌寒く感じる。
 空条君は片手ではなく今度は両手でラッシュをくりだした。しかし、それをも悠々とかわして見せた《灰色の塔》は黒光りする体を上下させて余裕を見せつけながら笑声を漏らす。

「たとえここから1センチメートルの距離より10丁の銃から弾丸を撃ったとして……弾丸は俺のスタンドには触れることはできん! もっとも、銃でスタンドは殺せぬがな」

 スピードには自信があるようだ。

(いったい、どこに本体が潜んでいるというの……?)

 暗い機内を見渡しても、乗客は何十人といる。その中からたった一人身をひそめる誰かを見つけるなど至難の業だ。

「えっ……」

 再びフッと姿をくらましたと思えば、座席の最後尾を陣取る《灰色の塔》。ブーンという羽音をたて、ただならぬ雰囲気を纏うそれに、私は、いや私達は嫌でも気づいてしまった。

「っ! くっ、《クリア・エンプティ》ッ!」

 《灰色の塔》が動き出すのと、私がスタンドを出したのは殆ど同時だった。
 座席の背もたれに突っ込んだと思えば、やつは次々と乗客の頭部を突き破り口内から飛び出していく。血に濡れたやつの口針には、乗客たちの《舌》が根元から引っこ抜かれた状態で突き刺さっていた。ソレを見た瞬間、余りの残忍さに胃の中のものが逆流しそうだった。

「ビンゴォッ! 舌を引きちぎったッ。そして俺の目的は――」

 《灰色の塔》は引き千切った舌から滴る鮮血で壁に《Massacl!(皆殺し!)》と記した。

「DIO様のご命令では幸子様を連れて帰ることが最優先……しかし、俺のスタンドにかかれば皆殺しも容易いものよ」

 キシャァッ、と気色悪い口を歪めて《灰色の塔》は笑う。私はこんなやつに捕まるだなんてごめんだと思った。

「先程の乗客のように、貴様らも始末してくれ……」

 漸く気づいたのか、《灰色の塔》の動きが一瞬鈍る。奴が見ているのは、先程舌を引きちぎった乗客たち。奴の様子がおかしいと思ったのか、空条君たちもそちらを向く。
 乗客たちは、ただ静かに眠っていた。

「ど、どういう事だ、確かに舌を……ハッ!」

 やつは、漸く私の傍に立つ《クリア・エンプティ》を見る。
 チラリ、と私は何もしらない赤子のように眠る乗客たちを見て、漸く無意識のうちに留めていた息を吐いた。心臓がバックバックと胸を強く叩いてきて苦しい。

「ファインプレーじゃったなラッキーっ!」
「ジョースターさん……はい、なんとか。彼らが命を落とす前に戻せて良かったです」

 私のスタンド、《クリア・エンプティ》の能力は対象物の時間を巻き戻すこと。しかし、死んだ人間(限らず、生命なら全てあてはまる)の時間を巻き戻すことはできない。だから怖かった。もし、助けられなかったら、と考えると。怖くて怖くて仕方なかった。だから、助けられたことが本当に嬉しい。
 私は直ぐに空条君の手も《治》す。掌に風穴があいたままじゃあ辛いもの。空条君は「助かる」と言ったのち、背を向けて直ぐに《灰色の塔》に向き合った。

「なるほど、いくら乗客やジョースターらを狙ったところで幸子様が傷をなかったことにしてしまうということか……ならば、多少怪我をさせてしまっても構わない、先に貴方様を戦闘不能にしてからじっくりとジョースターらをなぶってやろう」
「貴っ様ァッ! 焼き殺してくれるッ《魔術師の赤》!」

 今まで見た事ないほど――まあ、付き合いが長いわけではないけど――剣呑な表情を浮かべて怒りを露わにするアヴドゥルさんに、私は度肝を抜かれた。彼は私を庇うように立つとメラメラと怒りを炎に変えんとする勢いでスタンドを出した。

「待て! 待つんだアヴドゥル!」

 怒り狂うアヴドゥルさんに待ったをかけたのは、なんと花京院君だった。


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