世界よ、逆流しろ


7-2



 花京院が襲撃してきた日の夜(その日一日、承太郎と幸子は学校には行かず、新手の追手の為に家に控えていた)――
 幸子は花京院が寝かされている部屋で彼の看病を甲斐甲斐しくしていた。承太郎の傷も相当であるが、彼以上に彼のオラオララッシュが叩き込まれた花京院が重傷であった。

「《クリア・エンプティ》……」

 幸子が呼ぶと出現する不透明な存在。それはゆっくりと彼女の体にしな垂れるようにしていた。
 承太郎に彼女のスタンドの能力を《戻す》能力だと言われて気づいた時から、このスタンドの能力は更に力を増した。10秒から15秒に伸びたのである。
 訓練すれば、もっともっと時間が伸びるかもしれない。そう思った幸子は小さな目覚まし時計を手に針を能力で戻す特訓を始めたのだ。花京院の眠るよこで、先程からずっとやっている。

(……私、怖いのに結構無茶してるかも)

 彼女は男性恐怖症の気がある。ジョセフとアブドゥルは完全に平気となったが、やはり初対面だったり、敵だったりするとなおダメだった。けれども、彼女は今ここにいる。それは、花京院から少しでもDIOに関することを聞きたかったからである。彼がどこまでDIOの傍に居たのかは定かではない。けれども、彼は彼女よりも少しは何かを知っているようだったのだ。
 病み上がりの花京院に、無理強いじみたことをしている自覚はあった。けれども、起きるのを待っているだけ譲歩して欲しい。

「う……ン……あ、あれ? 戸軽さん?」
「あ、起きたんだね花京院君……お水いる?」

 かすれた声に、ズキリと幸子の胸が痛む。彼女は勤めて笑顔を取り繕い、震える手を抑えながらコップに水をついで上体だけ起こす花京院に渡した。

「すみません」
「ううん、気にすることじゃ――」
「違うんです……わたしは、貴方を傷つけてしまった……JOJOにも」
「き、気にしてないよ。君はDIOに操られていただけなんだし、悪いのは、DIOなんだし……」

 落ち込む花京院を、幸子は懸命に励ます。すると、彼女の努力が報われたのか、花京院はほんの少し笑顔を取り戻した。彼のその瞳には、初めて出会った時の虚空のような冷たさはない。

「花京院君……君は、DIOのことについて何か知っていることはないかな?」
「すいません、僕からはあまり有力な情報は得られないと思います……なにせ、出会ったのはたった一夜ですから」
「そ、そっか……」
「ただ、一つ言えることはあります」
「?」

 力のない表情から、再び生気が戻る。彼の瞳は鋭く幸子を射抜いた。

「DIOは……貴方が思う以上に《悪》だ」
「花京院君……」
「貴方は優しすぎる。それが美点であるけれどそれが貴方の欠点でもある。ただ愚直に人を信じたって傷つくのは貴方なんですッ」
「ちがう、ちがうの花京院君!……私は、ただ、現実を見るのが怖かっただけだよ」

 幸子は膝に置く手を弄りながら俯く。しかし、何かを振り切るように目の前の花京院を見上げた。深海のように深い青を彼の瞳をとらえる。

「でも、大丈夫。もう逃げないよ……目が覚めたんだ。今まで自分はただただ逃げていただけだ。だから、今度はちゃんと正面きってDIOを見ようって……今なら、それが出来そうな気がするの」
「そうですか」
「うん……ありがとう……花京院君は人の短所や長所をしっかり見ることができる素敵な人だね」
「……そういう言葉はあまり面と言われたことがないので照れますね」
「ふふふっ」
「はははっ」

 二人の間に和やかな空気が流れる。互いにクスクスと含み笑いを浮かべながら穏やかな視線をかわす。しかし、ふと、幸子は真摯な光を瞳に宿すと姿勢を正す。彼女の雰囲気の変化に気づいた花京院も自然と姿勢が整う。

「花京院君」
「はい」
「わっ……私、私……」

 幸子は、膝に置かれる手で拳を作ると、ごくん、と生唾をのんだ。俯きそうになる顔を上げて真っ直ぐに花京院を見つめる。彼女に見つめられた花京院は、まるで深い海色をした彼女の瞳に凝視されているせいか、深海に呑みこまれてゆきそうな錯覚を起こす。

「私と、とっ友達になってください!」
「はっ?」

 ぐっと勢いよく差し出された右手と、真っ赤な顔をガバッと下げられた頭。
 花京院は混乱した。

「私、DIOに家族も友人も全てを奪われてしまって……もう作らないとおもってたけど、でも、でも、やっぱり欲しくて……かっ花京院君は、私と同じスタンド使いだし同じような境遇を経験してるし……き、きっといいお友達になれると思うの! だっだだだダメ、かな!?」

 口ごもる幸子は手に違和感を覚えた。顔をあげると、花京院の手が幸子の手を握っているのが見える。更に顔を上げて彼の顔を伺えば、彼は嬉しそうに微笑んでいた。

「僕の方こそ……その、僕の初めての友達になって欲しい」
「えっ、わわわ私なんかで、よければっ!」
「君だからいいんだよ」
「あっ、ありがとう……私は今は幸子じゃなくて、ラッキー・フランクフルトって名乗ってるの。だから、ラッキーって呼んで欲しいな」
「分かったよ」
「こっ、これから、よろしくね」
「勿論さ」

 二人は、厚い厚い友情を噛みしめながら繋がれた手を強く握る。そして、どちらからともなくゆっくりと手を放すと微笑み合った。

「そろそろ、寝た方がいいんじゃあないかな。もう夜も遅そうだし」
「うん。そうしようかな……お休み」
「ああ、お休み」

 幸子は静々と花京院の部屋を後にした。


 * * *


「あれ、空条君」
「おう」

 廊下を歩いていると、私はばったり空条君と出会った。いくら広いといっても、同じ屋根の下にいるのだから、会ったりするのは当たり前だけれど、それでも少し驚いた。
 彼は、縁側に腰掛けて煙草をふかしていた。少し高そうなタバコだった。死んだ父さんの弟である叔父さんが煙草にこだわりを持つ人だったからなんとなく高そうなメーカーと安そうなメーカーの区別はつく。リッチだなまったく。君は高校生だろうに。
 傷の具合を聞けば、問題ないと帰って来る。体がもともと丈夫なのか、直りは通常の人間よりも早いらしい。どんなハイスペックな不良なのだろう。
 学校のみんなの憧れの的ということは理解した。

「空条君のお蔭で、《クリア・エンプティ》の本当の能力を知ることができたよ。ありがとう」

 自由奔放で親不孝な不良かと思っていたけれど、不思議な人に印象が変化した。そして、今度は根は優しくて強い人となった。きっと、これが彼の本性なのだろうと思う。刺客との戦いのとき見た、あの神々しい姿が今も目に焼き付いて離れない。
 自然と、口元が緩むのが分かった。こんなふうに穏やかな気持ちで笑えるのは、いつ振りだろう。
 ふと、空条君は加えていたタバコを摘まむと、紫煙を外界へと吐きだす。そして、なんと意地悪な笑みを浮かべながら私を見上げてくるではないか。初めて見る彼のその表情に、私は首を傾ぐ。

「今まで自分の能力の性質に気づかねえたあ、あんたは見た目によらず間が抜けてんだな」
「んなっ!?」

 私は目を見った。ついでに言うと頬の温度もプラス3度上昇した。

「べっ別に、間が抜けてるのと今回のは別物でしょッ? いいい一緒にしないでよ」
「動揺してるぞ」
「しっしてないしてない、絶対してない」

 私は無意識に下唇を噛む。さらに頬の温度が1度上昇した。

(なに、なに、なんなの空条君って人をからかったりするの!? もしかして、今朝言った「ママっこ」を気にしてたりしてるの? 意外と根に持つタイプっていうわけ!?)

 私は下唇を噛んだままぷくう、と頬を膨らませて空条君を見下ろす。

「もっもう寝ます!」
「さっさと寝ろ」
「空条君もですよっ」
「知ってる」
「っ〜〜〜〜!」

 私は地団太を踏みたくなるのをこらえて空条君を見下ろす。縁側にどっかりと胡坐をかく彼は余裕綽々な態度をとって口の端を上げている。なんかむかつくっ。

「寝る、寝てやりますおやすみなさいですさようなるぁッ!?」

 私は口を押えてその場で屈む。
 早口に捲し立てたのが悪かったのだ。私はキメ台詞の所で舌を思いきり噛んでしまったのだ。おかげで痛いわ恥ずかしいわで顔が真っ赤になってしまう。一方、そんな私の様子を見て空条君はクツクツと肩を震わせて笑声を抑え込むように笑う。その笑い方がなんか癪で私は涙を目のふちにためながらも背後の空条君を睨みつける。効果は全くなかった。

(優しいなんて気のせいだっ! とっても意地悪な人ッ)

 私は下唇を噛みしめてその場を走り去った。


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