世界よ、逆流しろ


ある日の戯れ





 暗室に、暖色の光がポツンと一つ輝く。その中はまるで時の止まったかのように静寂に包まれている。ただ、ときおり、ページを徐に捲る音が聞こえるだけだった。

「……ねえ、DIO」
「ん〜?」

 静寂の中、ぽつりと落ちたのは、凛としているのに、どこか眠たげな声。それを発したのは漆黒の髪に深海のような青い瞳を持つ少女幸子だった。彼女の瞳は、いつもなら少しの光でも爛々と輝いているように見えているはずが、今はほんの少し深い黒が混じっている。その表情は今にも寝てしまいたいという気持ちがありありと伝わってくるものだった。
 そんな彼女の見下ろす先には、なんと彼女の膝の上に頭を乗せて読書をする男・DIOがいるではないか。幸子の据わった目は、間違いなく彼を見ていた。恨めしそうな視線をおとす彼女に、DIOは口角を上げる。

「なんだい、幸子?」

 分かっている癖に、あえて尋ねて来た彼に、幸子はため息を一つこぼした。

「もう……そろそろ私寝たいんだけれど……そもそも、こんな夜更けにわざわざやってきたと思えば人をベッドに座らせてその膝の上に頭を乗せて寝ころびながら読書だなんて、自由過ぎだよ」
「いいだろう? 暇なのだ、幸子」
「よくないよ。DIOは暇でも私は眠いのー」

 ふわぁ、と一つ欠伸を漏らした。眠たげに目をこする彼女の手をDIOは徐に掴むとそれを退け、そっと頬に触れる。愛でるように指先を頬に滑らせて、DIOは再び口角を上げた。その拍子に現れるのは、彼の鋭利な犬歯だった。

「今夜は一段と色気があるな……キスでもしようか?」
「やだ」
「残念だ」

 まるで、悪戯をあしらうかのような彼女の態度に苦笑を漏らしつつ、DIOは再び持っていた本に視線を戻した。
 再び、静寂が訪れる。

「DIO」
「ん?」

 読書を中断させられることを特に煩わしいとは思わず、彼は柔らかな声音で返事をした。そんな彼に幸子はふっと恥ずかしそうに頬を染めながら言う。

「髪の毛、触ってみてもいい?」
「髪の毛?」

 幸子は、こくりと一つ頷いた。

「とても綺麗でフワフワしてそうだなって、思ったら、確かめたくなっちゃって……だ、駄目かな?」
「いいや、駄目じゃあないさ。好きなだけ触るがいい」
「ありがとうっ!」

 許可が下りた途端、まるで蕾が開花するように明るい笑みを浮かべて喜ぶ。彼女は、そっと、夜具に突いていた手を伸ばしてDIOの金糸のような髪に触れた。

「柔らかぁい……」

 嘆息するように声をもらしながら、彼女は控えめに触れる。その触れ方がなんだか歯がゆかったのか、もっと触れろというように手を押さえつけた。そして、驚く彼女に言うのだ、「遠慮するな」と。その言葉のお蔭か、彼女は感触を確かめるように、触れる。暫くすると、触れるだけでなく、頭を撫でるかのように髪を梳きはじめた。
 よほど気持ち良かったのだろう。うっとりとした表情で幸子は撫でた。その手の動きが気持ち良かったのだろう。DIOも目を細め、彼女の青い瞳を見つめた。

「? DIO?」

 不意に、ぱたむ、と本を閉じてベッドに放るDIO。幸子は思わず目を丸くし、彼を不思議そうに見つめた。すると、彼は、ごろりと体勢を仰向けから幸子側を向いて横になると血のように真っ赤な瞳を瞼の内側へと隠してしまった。

「どうしたの?」
「寝る。少し、眠気を感じてな」
「お昼寝、みたいなものだね」
「そうなるな」

 珍しく、自分から甘えてくるDIOに幸子は戸惑いを抱くも、それ以上に、常に帝王としている彼の弱さを見せられているのかもしれない、という友人としての喜びを感じていた。
 微かな寝息が聞こえてくると、クスクスと含み笑いを浮かべながら彼女は、そっと、いつくしむようにDIOの頭を撫ぜた。


 * * *


 ふと、眠りから覚めたDIO。ずっと、優しく触れていた感触が感じられなくなったあたりで目が覚めてしまった。彼に心地よさを与えていた手は、力なくパタリと夜具の上に落ちており、その持ち主である女は、膝にDIOの頭を乗せたまま、仰向けで眠ってしまっていた。このままでは、風邪をひいてしまうだろう。
 やれやれ、世話の焼ける女だ。そう思いながら、DIOは上体を起こして立ち上がると、妙な体勢で眠る幸子をそっと抱き上げて夜具の上に改めて横たわらせた。

「……」

 すやすやと、安らかに眠る幸子。闇に落とされ、現実を知らずに過ごしている彼女は、とても滑稽だった。
 DIOは、眠る彼女に顔を寄せる。互いの吐息がかかるほどに近寄っても、幸子は何も心配することなどないかのような安心しきった寝顔を崩さなかった。そんな能天気な彼女の表情に、微苦笑をひとつ零すと、そっと黒い前髪を掻き上げて、露出した白い額にそっと真っ赤な己の唇でキスを落とした。

「……今はまだ、早い」

 にい、と浮かべた彼の笑みは、幸子と先程過ごしていたときに見せた笑みとは全く違ったものだった。酷く冷たく、影の濃い、悪魔のように残酷な笑み。そんな笑みを浮かべているにもかかわらず、幸子の頬に滑らせる手の動きは柔らかった。





――――
あとがき

 本当にただの戯れ。
 こんな日も送ってたのよ、というアトヅケ ( ・ω・)っ≡つ ババババ

 悪い男DIOをかくのは難しいですな……。



更新日 2013.04.04(Tur)

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