世界よ、逆流しろ
5-4
「ところでホリィ、《承太郎》のことじゃが」
ホリィさんがジョースターさんの鞄を持って歩き出そうとしたその時、彼は剣呑な瞳で尋ねる。
「たしかに《悪霊》と言ったのか」
すでに質問ではない声音に、私は多少なりとも震えた。やっぱりジョースターさんは時々鋭利な刃物のような雰囲気になる。そこが怖いが、そこがジョースターさんが頼りになる男の人の証でもあった。
ジョースターさんが問うと、聖子さんの顔から笑顔が消え、悲しみをたたえた物になる。彼女は両手で顔を覆うと、弱弱しい声音で訴えてきた。
「ああッ! なんてこと承太郎ッ! そうよ、お巡りさんには見えなかったらしいけどあたしには見えたわ……別の腕が見えて、それで拳銃を……」
「他人の目には見えなかったのに、お前には見えたのかい?」
「ええ」
どきり、と私の心臓はまたもや音を立てて撓る。
他人の目から見えない、もう一つの腕――それはもしかして《スタンド》なのではないだろうか。そして、その存在は同じ《スタンド》を持つ者、《スタンド使い》にしか見えないことから、聖子さんはもしかするとジョースターさん同様にDIOの影響で――
「承太郎は最近取り憑かれたというが、お前は何か異常はあるのか?」
「あたしにはないわ。でも承太郎は原因が分かるまで牢屋から出ないって」
聖子さんは《スタンド》は見えるけれど特に身体的に異常はないらしい。というか、あの、先程、なにか不穏な単語が飛び出してきたように思うのですが気のせいでしょうか。彼女今、《牢屋》って言った?
「パパ、どうすればいいの?」
「よしよし、可愛い娘よ、このジョセフ・ジョースターが来たからには安心しろ! まずは早く会いたい……我が孫の承太郎に」
頭を抱えてふらりとジョースターさんに体を預ける聖子さんを見ていると、先程の単語はどうやら聞き間違いではないらしい。来日して早々、トンデモナイ問題にぶつかってしまったものだ。こんな優しいお母さんを困らせる息子っていったいどんな人なのだろうか気になる。
「あ、ラッキーちゃん、承太郎っていうのはね、私の子供で大体ラッキーちゃんと同歳くらいかしら? とっても格好よくって優しい子なの。もしよかったら、仲良くしてね?」
「は、はい……」
聖子さんを見ていれば分かる。きっと息子さんは相当に美形だ。こんなにも可愛いお母さんがいるんだもの。
ジョースターさんが、ベンチに座るアヴドゥルさんを呼んで、私達四人はその、《承太郎》という男子が収容されている刑務所へと向かうのだった。
私は知らない。そこで、運命の歯車が《回転》し出すのを――
いや、本当はもっとずっと前から、動き出していたのかもしれない。少しずつ、気づかぬうちに回っていたのかもしれない。そうして、変化が目に見えて現れた時、一気に《加速》していったのだろう。
奇妙な胸騒ぎを覚えつつ、私は《回転》が始まったことに気づきもせず、ゆっくりゆっくりと巻き込まれていくのだった。
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