世界よ、逆流しろ


3-4



「DI……O……」

 幸子は見た。闇に溺れず、金糸のような髪を靡かせ妖しい色気を漂わせる男、DIO。彼はナイフを振り被る女の背後に佇んでいた。呟きを聞いた彼女は振り返り、その神々しいまでの男の姿を確かめた。瞬間、ナイフをさっと己の後ろに隠す。

「DIO様ッ……どうして、ここに……」
「愚問だな。夜は私の時間、そしてここは私の館だ」

 DIOはチラリと見える幸子の手を見る。女がDIOに気を取られているうちに、彼女は左手でもう一度床を掴んでいたらしい。なんというど根性精神だろうか。ここは普通助けを求めるところだろう。

(自力で這い上がるか)

 見事な底力に、かつての強敵を思い浮かべながら、ソレを目で確かめた彼は、口角を上げて目の前のみすぼらしくなってしまった女を見下ろした。

「君を探していたんだ」
「わたし、を……?」

 茫然としている女の首をそっと愛でる様に撫でた。すると、青くなっていた頬に赤みが差し、見る見る女の表情が恍惚としたものとなった。

「ああ、少し腹がすいてしまったんだ……君のその赤ワインのように香る血で、空腹を潤わせて欲しい……どうかな?」
「ぜっ是非ッ……是非ともッ、わたくしの血で貴方様の空腹を満たして下さいませ!」

 あふれるカリスマに、抗う事の出来ない女は、心から、自身の身を奉げる事を申し出る。すると、DIOは女の華奢な首筋に指を突き刺した。正確には動脈を狙ったのだろう。ドクンドクン、と脈打つそこから致死量ともなる程の血をくみ取っていく。生命を失った体はグラリと傾くと、誰に支えられる事もなく、冷たい廊下に叩きつけられた。
 吸い殻と化した女にもう興味はないのか、今度は宙ぶらりんになっている幸子を引き上げる。救出された彼女は、転がるようにして廊下に座り込んだ。

「肝が冷えたか? 幸子?」
「……うん」

 尋ねられた幸子は生返事をすると、廊下に倒れ伏せる女に近寄るとそっと頬に触れた。先程まで生きていたはずなのに、もう冷たくなっている。命とは、こんなにも容易く奪えるものなのか。

「殺し、たの……?」
「ああ」
「……何故?」
「何故だと? おかしな事を聞く……君はこいつに殺されかけたというのに、尚も情けをかけろというのか?」

 DIOは女の傍にいる幸子の隣に膝をついた。そして、そっと彼女の頬に触れる。

「何も泣く事はないだろう? 君には関係のない事だ。君は、この女の代わりに死ぬと言えるのかい?」
「……」

 猫なで声で話しかける彼の声に、幸子は不思議とほっとしてしまった。しかし、その安心感に浸るわけにはいかないと、彼女自身の理性が警笛を鳴らす。
 結局、DIOからの問いに彼女が答える事はなかった。そんな彼女に興ざめしたのか、彼はふらりとどこかへ行ってしまった。その場に残された幸子は、ギリッと奥歯を噛みしめると、静かに流れていた涙を今度は滝のようにボロボロと流し始めるのだ。

(悔しいッ……私はDIOに対抗できる力がないからと殺される事を恐れ、自分の意思を通す事を諦めているだなんて……)

 幸子はDIOが去ってから、自責する。そして、後悔した。

「……これは」

 燭台の炎に照らされて輝くのは、鋭利なナイフが一本。それを手に取ってそっと刃をなぞる。

「ッ……」

 指を傷つければ血が出る。同時に、焼けるような痛みがジンジンと伝わってきた。

「どうして、簡単に奪えるの……どうして……」

 幸子は頭を抱える。

「もう、訳が分からないよ」


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