世界よ、逆流しろ


3-1



〜第3話〜
少女の奮起



「え、いいんですか?」

 幸子は茫然としながら言う。そんな彼女の目の前には、空の食器を持つテレンスの姿があった。

「はい、時には外に出なければ息が詰まるだろうというDIO様のご配慮です」
「わあッ、ありがとうございます!」

 白い頬は桃色に染まり、海を連想させる澄んだ瞳を爛々とさせて幸子は喜んだ。彼女は、どんな煌びやかなドレスよりも、高価な宝石やアクセサリーよりも、太陽の下に出る事を喜んでいるのだ。
 ある日を境に、DIOはなにかと幸子に贈り物をするようになった。更に、自室へと彼女を呼びおしゃべりや、読書する時間を共有するようになっていったのだ――その時に、DIOの陰に彼以外の何かの気配を感じるのだが、おそらくは彼の《スタンド》だろうと適当に片づけることにしていた――。
 しかし、幸子はどんな贈り物をされようとあまり喜ぶことはなかった。そこでDIOは彼女が最も喜ぶものを執事であるテレンスに問うたところ、「日光浴」というDIOにとっては命取りなものを所望していた事を知ったのだ。しかし、彼は機嫌を悪くするでもなく、少しだけならばと許可を出したのだった。

「条件としましては、敷地内から出ないようにとのことです」
「はい。流石に館の外の世界は私には未知ですし、ここを出ても行く場所ありませんからね」

 幸子は喜んで条件をのんだ。ここにきて一番の良い笑顔で何度も頷いた。彼女はさっさと朝食を済ませたのち、一度部屋へ戻ると動きやすい格好に着替えて館のホールへ出た。彼女は、胸を大きく叩く心臓を抑えようと一度深呼吸し、扉の前に立った。

「……よっよぉし!」

 彼女は意を決してドアノブに手をかける。そして、ゆっくりと回し、重厚な扉を開いた。

「ううっ!」

 すき間から射す黄金色の熱線は、暗闇に沈むことに慣れた幸子の目を焼き付ける。それでも、その光を見る事に憧れていた彼女は必死に閉じそうになる瞼を開けた。

「わあっ……!」

 幼子に戻ったかのような、あどけない笑みを浮かべると、彼女は館内の外から庭へと飛び出した。暫くご無沙汰であった、生ぬるい風と太陽光を体全身で感じつつ彼女は目を閉じ、深呼吸した。

「ああ、素敵っ!」

 幸子は駆け出した。

「あ、君が番鳥のペット・ショップだね?」
「……」

 ペット・ショップは、鋭利な瞳を彼女に向ける。ギョロリトした気味の悪い目だ。しかし、日の下に出れた事があまりにも嬉しかったのか、彼女は全くそんなのを気にする事なかった。品定めするような目で見ているペット・ショップに数歩近づくと、彼女はその場にしゃがみ込んだ。

「動物も《スタンド》を使えるなんて……不思議だねえ」
「……」

 初めておもちゃを買い与えて貰った幼女のような無垢な表情に爛々とした瞳でペット・ショップを見つめる幸子。すると、ピクリと彼女の目の前にいる鳥は表情を変える。人間ではないので表情からでは判断しにくいだろうが、どうやら、珍しい人種の対応に困っているようだ。
 DIOの館には幸子と同様、《スタンド》を操る多くの《スタンド使い》がおり、時折訪れる者もいる。しかし、その者たちは彼女と違って、心に深い《闇》を抱えている。殺しも平気で行える、狂ったような《闇》を――
 つまるところ、彼女のような生ぬるい環境で育った人間はいないという事である。そのために、彼女のような人間に初めて接する事となったペット・ショップは困惑しているのであった。

「君はどんな《スタンド》を使うの?」
「っ!!!!」
「うわわっ、え、いいイキナリそんな怒らないでよ!」

 《スタンド使い》にとって、《スタンド》の能力を教えるという事は、弱点を教えるに等しい。一個体に一能力と決まっているので、《スタンド使い》は己の能力を他の者には教えたがらないのである。みすみす、己の命を危険に晒すような愚かなマネはしない。
 ペット・ショップも同様である。だから、軽率にもスタンド能力を下心はないとはいえ、聞き出そうとした幸子を警戒し、声を荒げたのである。彼は、彼女から距離を取り、観察する。少しでも妙な動きを見せればすぐさま攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。

「ごめん、ごめんてば。もう能力については聞かないよ、だからそんな警戒しないで。私、君の柔らかい体にちょっと触ってみたいだけなんだ」

 降参の意を表すために両手を上げ、幸子は申し訳なさそうに言った。そんな彼女の目をじっと見つめたままペット・ショップは彼女の周囲をぴょんぴょんと跳ねながら移動する。そうして、グルリと一周すると、彼は警戒しつつも彼女に近づいていった。

「撫でさせて、くれるの?」

 ペット・ショップも、DIOから幸子が客人だと聞いているのだろう。賢い鳥だった。
 彼は、しゃがんだ彼女の直ぐ傍まで来ると、器用に足でちょいちょい、と頭を指した。幸子は、ゆっくりと慎重に手を彼の頭へと伸ばし、そっと触れた。

「柔らかい……ハハッ、とっても柔らかいのね、貴方」

 ふわりふわりとした感触と、手のひらで簡単に覆えてしまう小さな頭に彼女は愛おしさを覚える。一頻り頭を撫でると、今度は背中の方も撫でてみた。すると、気持ちよさそうにうっとりと表情を恍惚とさせながらペット・ショップは目を閉じる。

「可愛い……」

 幸子は犬が好きだ。犬と猫どちらも好きだが、どちらかを選べと言われれば勿論犬だと答える。けれども、基本的には可愛い動物は何でも好きだった。

「ありがとうペット・ショップ、私のわがままに付き合ってくれて。本当は誇り高い貴方は決して頭なんか撫でさせようなんてしなかったでしょう?」
「……」

 しかし、ペット・ショップは彼女の問いに答える事なく、大きな羽を広げると飛んで行ってしまう。姿を追うと、館の屋根に上がり、遠くを見ていた。どうやら仕事に戻ったらしい。

「じゃ、私は屋敷の周りを探検するとしますか」

 立ち上がり、幸子は歩き出す。そんな彼女を、ペット・ショップはずっと見張っていた。


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