世界よ、逆流しろ


2-1



〜第2話〜
少女は己の懐疑的思考に戸惑う



 館に来て初めての食事――時間帯は夕食時だ――を終えて再び部屋に戻ってきた幸子。その時にテレンスにDIOがどのような仕事をしているのか尋ねたのだが、はぐらかされてしまい、ご本人に直接お話しを聞くのがよろしいかと、と教えてもらえなかった。
 そんな彼女のもとに、突然二人の美女が乱入してきた。頑丈な造りだったからよかったものの、女性にしては勢いが良すぎて初め、男が入って来たのかと勘違いしてしまった。
 美女の二人とも誰もが羨むようなプロポーションであるが、『マライヤ』と名乗った女は特に足が抜群であった。『ミドラー』と名乗る女は、なんとも派手で露出度の高い踊り子のような服装であった。突如現れた来訪者に幸子が茫然と立ち尽くしていると、彼女らはつかつかと無遠慮に部屋の中へと押し入ると、なんと幸子の服を引っぺがしにかかる。

「え、な、なにを!?」

 慌てる幸子を他所に、美女二人は涼しげな表情を浮かべたまま「採寸よ」と口をそろえて言う。「誰の? 私の?」と幸子がついにされるがままになっていると、彼女らはテキパキと服を脱がせてメジャーで採寸し始めた。

「ちっさいオソマツな胸ね……もう少し成長してもいいのに」
「ぬあっ、ももも揉まないでくださいッ」
「A……いや、ぎりぎりBね」
(ど、どうして一回触っただけで分かったんだ……)

 素っ裸になっている幸子の乳を無遠慮に鷲掴んできたミドラーとの距離を慌ててとる。すると、ミドラーは値踏みするように彼女を見たのちに胸のサイズを言い当てた。ドン引きだと言いたげに、幸子の口角がひくつく。
 するり、と幸子の白い肩にかかる漆黒の髪が流れるように胸へとおちた。

「ミドラー、その人はDIO様の客人……無礼のないようにしなさいよ」
「……はいはい、分かってるわ」

 腑に落ちない、と言いたげなミドラーの表情に、幸子は肩をすくめる。

(そろそろ、服着てもいいかなあ……)

 素っ裸と言うのは恥ずかしい。幸子はソワソワと落ち着きがなくなってきた。

「あ、あの……服、着てもいいですか?」

 恥ずかしい上になんだか虚しい。幸子は恐々としながら尋ねた。するとマライヤがにっこりと愛想のよい笑みを浮かべて「どうぞ」と一言。助かったと胸を撫で下ろし、幸子は先ほどの下着と服を着た。

「幸子様」
「……え、あ、はっはい!」

 上着を着て、グシャグシャとなった髪を整えていると、不意にマライヤから声がかかる。素っ頓狂な声を上げながら返事をすると、何故か二人に驚かれてしまう。彼女達の反応に、また更に幸子が面喰ってしまった。首を傾げながら、どうしたのか、と尋ねるとハッと我に返る。マライヤは、ゴホンッ、と咳払いを一つ。

「明日の朝、朝食を済ませたのちに市場へと出かけたいと思います」
「……は、はあ」
「そこで幸子様のお洋服などを揃えてさせてもらいます」
「……はあ、服……え、ふっ服!?」

 幸子はカッと目を見開くとマライヤの先程言った言葉を復唱した。すると、マライヤは「ええ」と首を縦に振って肯定する。

「あ、いや、その……いいんですか? わっ私なんかに――」
「DIO様がそうしろとおっしゃられたの! だから私達はトロそーなアンタの為に態々……」
「ミドラー!」

 ウダウダと歯切れ悪く、遠慮の言葉を述べようとしたところにミドラーの辛辣な言葉が入る。それが全て言い切る前にマライヤが割って入った。話の腰を折られたミドラーは不貞腐れたような表情になるとマライヤに背を向けてしまった。そんな彼女を見たのちに、マライヤは茫然としている幸子へと振り返り謝罪を述べた。そんな彼女に幸子は狼狽しながら「大丈夫です」と返す。

「頃合いを見てお伺いします、それまでどうか、旅の疲れを癒して下さい」
「あ、あ……はい、ありがとうございます」

 部屋を出てゆく美女たちを見送った後、緊張の糸が切れた彼女はフラフラと部屋のソファに後ろから倒れ込んだ。ドッと疲れが彼女にのしかかってきたのだ。柔らかく、そして新品の香りがするそれの背もたれに背を預けると、額に手の甲を当てて天井を仰いだ。

(DIOさんって本当に何ものなんだろう……あんな綺麗な女の人達に「様」づけされて、さらにこんな凄い館の主だなんて……おまけに)

 幸子は、自身の立場を今一度思い返す。家族や友人を失い、また世話になった村の人々まで失って、行く当てのなくなった自分を引き取ってくれたDIO。学校の手続きや戸籍はどうするのだろうかと今更ながらに不安になって来た。暫くしたら、そこもきっと色々と話し合う事になりそうだ。
 このように、面倒な事に巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちが幸子の胸をつつく。

(なのに、どうして疑心暗鬼になってしまうのだろう……)

 なんて恩知らずな人間なのだろう。幸子は自分で自分が嫌になった。

 自己嫌悪に陥っている幸子の部屋を出たマライヤは、横にいるミドラーを一瞥したのちに小さくため息をついた。幸子に、ミドラーが嫉妬しているのは一目でわかった。その気持ちも理解できる。ポッと出の見知らぬ女に、まさか我らが主人であるDIOを盗られるなど――否、まだ盗られたとかそういう訳ではない。ただ、突然『客人』だと連れられてきた女がいて敬愛する主人と『ほぼ同等』の扱いをするようにと言いつけられた事が不服なのだ。
 容姿で負けているとは思っていない。おそらく、戦闘においてもあのように隙だらけならば負けはしないだろう。けれど、決定的な違いが彼女と自分たちにはあったのだ。
 部屋に入った瞬間に合った幸子の青い瞳。澄んだ海色に陽だまりのような優しく温かな光をたたえ、まるでその場だけ太陽の光がさしている様にさえ錯覚してしまう。この館の主の弱点とする、太陽の光。この暗闇には似合う事のない存在だった。
 これだけで、なるほど、『特別』な存在だという事がハッキリと理解できた。しかし、そうなると逆に、何故彼女はこのような場所に堕ちてきてしまったのだろうかという疑問が生まれる。DIOもあまり好まないようなタイプの女――否、人間な筈だ。
 考えられることはひとつ、『あの《スタンド使い》は利用できる』という事。なにか特殊な能力を持っているのだろう。でなければあのDIOが直々に出向いて連れてくるはずがない。

(可哀想な子……あの様子じゃあ何も知らないようね)

 それは自分も同じだが、きっとすぐに情報は掴めるだろう――当人以外は。


 * * *


 幸子は、夕方ごろ、げっそりとした表情で両手に荷物を抱えて館に帰ってきた。横には、ほくほく顔のマライヤと、無表情なミドラーが大量に荷物を持ちながら立っている。

「あ、の……本当に、こんなにたくさん……」
「あーもう! 今更よッ。全部買ったんだからちゃんと使いなさいね!」
「あうう、ちっ違いますよ、私にはこんなにお洋服など勿体ないと……」
「あんなにもDIO様が出して下さったのよ! これに甘えなきゃあDIO様に失礼だわ!」
「……はい、すみません」

 ミドラーの覇気に、幸子は完全に気圧されてしまっている。彼女達を出迎えた館の執事であるテレンスは小さくため息をつくと、幸子の持つ荷物をひょいひょいと奪ってしまった。「あっ」と驚いている彼女に、彼はにっこりと笑みを向けると「お部屋まで運んでいきます」言って先行していった。
 申し訳ないが、無理矢理奪う事も出来ない幸子は、しぶしぶと彼の後をついて行く。そんな彼女の後ろをミドラーとマライヤが追随した。

(彼女、どうしてあんなにも遠慮ばかりするのかしら……今日の市にだって、色々と進めてみても「そんな高価な物」やら「もう大丈夫です」やら……何が大丈夫よ、化粧品やら装飾品とかいるでしょうに!……日本人は謙虚だっていうけれど……あれ、本当かもね。典型的日本人だわ)

 おろおろとテレンスの後ろを歩いて、荷物を持つと申し出ようかしまいか悩みに悩んでいる幸子の様子を見つめながら、マライヤは一人、可笑しくなって笑ってしまった。

「どうしたのよ、急に」

 どうやらミドラーに見られていたようで、突然笑った彼女を訝しむ表情で見つめていた。そんな彼女に、「何でもないわ」と返す。

「ただ、彼女が面白いなって思っただけよ」
「……ふぅ〜ん」

 興味なさげな声をミドラーはこぼすだけだった。
 幸子の部屋につくと、テレンスは荷物を置いてさっさと退出していった。一言、「DIO様がお呼びです」と言い残して。とすると、マライヤとミドラーが適当にタンスやクローゼット、ドレッサーに収納しておくと申し出てきて彼女にとってはさあ大変。必死に自分でやっておくと言い出した。けれども、「DIO様優先」という二人の凄まじい剣幕に気圧されて結局幸子はDIOのもとへと行く事になったのだ。
 薄暗い廊下を、壁伝いに進んでゆく幸子。唯一の光源は、転々とある小さなランプ達のみ。彼女はその心もとない光を頼りにしながら、今朝、テレンスに教えられた道順でDIOの部屋へとゆっくりと向かっていった。

「ええっと……確か、ここを曲がって……」
「逆だ。そちらではなくここを右だ」
「へ……?」

 突然、彼女の耳とのに至極愉快そうな声音で紡がれる。途端、背中にピタリと感じる存在に、ゾワリと全身が総毛だった。

「でぃッ、でぃでぃでぃっ……DIO、さん……ッ」

 ゆうに190以上はある大きな男が、今の今まで背後に迫っていたなど気づきもしなかった。廊下を仄かに照らすランプの光に当てられて、魅惑の吸血鬼、DIOの煌びやかな金髪は一層艶やかにみえた。悠然とした態度と堂々たる佇まいに、圧倒されつつも、幸子は必死に彼に向けて言葉を紡いだ。

「あ、の……私に用とは、いったい……?」

 尋ねると、ここではなんなので、DIOの自室に行くように促された。幸子は彼の言葉にうなずいて、彼について行く。
 通された部屋に、幸子は少し躊躇しながらも、遠慮がちに入出した。進められた椅子に腰かけると、その向かい側にDIOが腰かけた。


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