私は長女で上には一人の兄しかいないのだが、その代りに、小さいときからよく面倒を見ていた、弟みたいな近所の男の子がいる。その子は本当に、小さいときから可愛くて可愛くて……もちもちほっぺに齧り付きたくな――おっと失礼。
宝石のような強い光をもつ瞳、きりっとした眉、彫りの深い顔立ち――そんな幼い子が近くにいたら、可愛がるしかないだろう。
しかも、私の後ろを「おねえちゃん、おねえちゃん」なぁんて拙い言葉で呼びながらついてくるんだから、もう可愛くてしょーがないじゃないッ!
そんな、私の可愛い"弟"みたいな存在の子の名前は、空条承太郎という。よく、「将来はおねーちゃんと結婚するんだぜ」と言って小さい体で私に抱き付いてきたのを覚えている。あの可愛さはあざとすぎだぜ。
しかしまあ、私はどちらかというと年上がタイプなわけで――きゃわいい承太郎のプロポーズは丁重にお断りしたわけですよ。それに、承太郎は私にとっては弟としか思えないしね。それに私ちょっとワイルドな人が良いし。承太郎ってどっちかっていうとママ大好きなお坊ちゃまな感じするし?
「あーあ、最近全然会ってないなぁ」
アルバムを眺めながら呟く。本日は、久しぶりに広げたアルバムを見て、過去ののんびりとした微笑ましいひと時を思い出していたのである。
昔はよく遊びに行っていたのだが、私が高校生になってからだんだんと勉強や部活に忙しくする毎日で、空条宅とは疎遠になっていた。まあ承太郎が不機嫌になっちゃうので、ホリィさんからよく「遊びに来てくれないかしらぁ」なんて及ばれしてたから、そんなに会ってないってわけじゃあないんだけどね。昔よりはへっちゃったって感じ。
中学生の承太郎は、入学祝いでホリィさんの手料理を食べたいとかかわいい事言ってたっけな――あれ、高校生だったっけ? そこらへんは記憶があいまいだ。まあ時の流れというものはそんなもんである――。あの子、かっちりと制服を着こなして、いかにも「優等生です!」な感じがにじみ出てたわ。
「……そういえば、もうあの子も高校生なんだよねぇ」
今では私も社会人だ。まだまだ新米な感じは抜けないけど。
「よし、会いに行こう」
家自体は近いんだよね。ただ単に、私が仕事とかで遅くなって会いに行けないだけでさ。
ホリィさんに一度、そっちに手見上げをもって遊びに行くと伝える。すると、彼女は電話の向こうでとても喜んでいた。
さて、たしか家の棚の方に、お兄ちゃんが旅行から買ってきてくれたお饅頭があるハズだ。黙って持って行くのは申し訳ないが、代わりに期間限定のアイスバーを冷凍庫に入れておいたからいいだろう。……うん、怒らないでネ。
「久しぶりねぇ、何か月ぶりかしら? 元気してた?」
「お久しぶりです。聖子さん。確か……3か月ぶりでしょうか? ソコソコ元気してますよ」
空条邸はほんと、広い。廊下が長いよ。
「あ、承太郎くんは元気ですか?」
「ええ、それはそれは元気よ!」
承太郎も変わりなく元気なのだそうだ。良かった良かった――と安心したのも束の間だった。
「うっとおしいぞこのアマッ!」
「はーい!」
(えっえぇぇええええええ!?)
三か月ぶりに出会った承太郎は吃驚するような不良になっていた。めっちゃオラオラ系になっていたのだッ! 怒号を放った時「ガルルッ」という獣の唸り声のような雰囲気が出ていたような気がするッ。わっわけが分からないッ、一体承太郎の身に何かあったのだろうかッ。でっでもホリィさんは普通に返事しちゃってるし、っていうか「ルンルン」してるし、え、これフツーなの? ねえフツーなのこれ? 危うく手見上げの饅頭落っことしそうになったんだけど。
「じょ、じょうたろ……?」
「――?」
「あら、承太郎、覚えてないの? なまえちゃんよ。三か月しかたってないのに、見違えるほど綺麗になっちゃったから吃驚してるのね?」
「えっ、ちょ、聖子さんっ」
「……なんだ、マジになまえおねーちゃんだったのか」
(ふおぉっ!?)
「あとやかましいぜババア」
みっ見た目物凄くいかついオラオラ系な不良なのに、よっ呼び方がっ、「姉貴」とか「ばばあ」とかじゃあなくて、おおお、おおお、「お姉ちゃん」だとォー!? くっっっそ萌えるじゃあねえかぁッ!
「あ、なまえちゃんがお饅頭持ってきてくれたの! 折角だからお茶にしましょ! お湯を沸かしてくるから、なまえちゃんは好きにしていてね」
「えっ、てっ手伝います!」
「いいのよ〜、久しぶりに遊びに来てくれたんだもの、ゆっくりしていて? あ、承太郎、なまえちゃんの事よろしくね」
ニコニコと優しい太陽のような笑みを浮かべながら、ホリィさんはお台所へと行ってしまった。居間に残された私と承太郎。承太郎は最初からくつろいでいて、適当に雑誌を読んでいた。っていうか、めっちゃムキムキ……やばい。
「おい」
「あ、はい」
いかん、ついつい敬語になってしまった。相手は承太郎だというのに。
おっかなびっくりしながら、座っている承太郎を見下ろした。彼はじっと宝石の埋まる二つの目で私を見ている。
「突っ立ってねーで座りな」
「うん」
遊びに来たときに、いつも座っていた場所に、自然と足を進めて、わたしは座った。慣れって、凄い。
「久しぶり」
「……ああ」
「だいぶ印象変わったね」
「そうか」
「うん。前はなんというか……優等生って感じだった」
「……」
無言やめろ。なんか悲しい上に怖いだろ。
「……最近」
「――?」
ふと、承太郎が唐突にしゃべりだす。彼は雑誌を広げたままだが、きちんとこちらを見ている。私も、喋るときはその人の目を見るように教わっているので、彼をじっと見つめ返した。
「顔を出さなかったのに、いきなりどんな風の吹きまわしだ」
「あ、あー……ここに来る前にアルバム眺めててさ。なぁんか懐かしくてね、承太郎に会いたくなってきちゃった」
いやはや、今更ながら恥ずかしい。いつもそうだ。こう、昔から興奮したりすると直ぐに慌てて行動に出ちゃってたから……よく、いきなり承太郎の家に遊びに行ってたな……今は多少は落ち着いて、アポをとるくらいの配慮はするようになったけど、やっぱりいきなりだよねぇ。
苦笑いを浮かべると、ふと承太郎は私から一度視線を外し顎肘をつくと、フッと柔らかい笑みを浮かべながらもう一度私を見た。
「思いついたらすぐ行動するところは、昔のまんまだな」
――どくん。
胸の奥がうずいた気がした。
なんだ、この感じ。
耳が妙に熱い。
なんか、ずるい。さっきはあんなに別人のような奴だったくせに。
「承太郎も、見た目はだいぶ変わったけど、笑い方は変わってないね」
「人間そうそう変わるもんじゃあねーぜ」
「フフッ、そりゃそっか」
私の知っている承太郎だった。でも、やっぱりどこか違うのは、時の流れの所為なのだろうか。私の知らない承太郎が増えていた。きっと、今の承太郎も昔のように心優しい男の子なのだが、それに加えてちょっと野獣のような強さが加わった。
優しいだけじゃ別に普通だった。可愛い可愛い、弟だった。
なのに、なのに、ずるいよ承太郎。そんな風に、勇ましく、たくましく、神々しく成長されちゃったら、私こまっちゃうんだけど。
「――あのままじゃあ、いつまでたっても弟としか見られねえだろうしな」
「……ん? なに?」
「なんでもねーぜ」
何かを呟いたきがしたけれど、自分の世界に入っていてちょっと聞き取れなかった。承太郎は今度はもう雑誌に目を移してしまっていた。そんな彼を、私はじっと観察する。……うん、こっからのアングルだと、承太郎が俯き気味なせいか、長い睫が強調されててなんか色っぽい。涎が出そうだ。
暫くして、お茶を持ってきてくれたホリィさんが、にこやかに承太郎の武勇伝――不良に囲まれて逆に病院送りにしたなど等――を語ってくださったおかげで、私の心の震えが凄まじいものになってしまったのだった。
* * *
ホリィさんと承太郎とのお喋りもそこそこに、気が付けばもう夕方を過ぎていた。
「あらもうこんな時間ね」
「早いですねえ……それじゃあ私はこの辺でおいとまします」
「今日は楽しかったわ〜、また遊びにいらっしゃい」
「はい、勿論です。承太郎、その雑誌の新刊出たら教えて」
「おうよ」
立ち上がった私にニコニコしながら見送ろうとしてくれるホリィさん。承太郎も見送ってくれるのか、のっそりと立ち上がった。こういうところは昔から変わんないなあ。
「送るぜ」
「え」
「あ、そうね。いくらご近所だからって夜道に女の子一人は危険よ」
「いや、大丈夫」
「つべこべ言ってねーでさっさと行くぞ」
がしっと私の腕を掴んでずんずん歩き出す承太郎。ちょ、なんか、積極的(?)なんだけど。
「キャッ、もうっ、承太郎ったら久しぶりのなまえちゃんともっと近くで一緒にいたいのね!」
「余計なこと言ってんじゃあねーぞクソアマ」
「はーい」
ホリィさんに見送られて真っ暗な空間に出た私と承太郎。横を歩く彼は、いつの間にか私よりも一回りも二回りも大きくなっていた。横に立たれるとまざまざと実感させられる。けどあんまり怖くないのは、やっぱり承太郎だから、だろうか。
「承太郎、ホリィさんにあんなくち聞いちゃメっだよ」
ついつい昔の感じで注意すると、明らかに不機嫌な顔になった承太郎。彼は一度足を止める。彼につられて私も足を止める。
「承太郎?」
彼は学帽をずっと被っている。帽子のつばの所為で、目元が暗い。ほんのりと月夜が彼の顔を照らしてなんとなく見える感じだ。でも、不思議と、彼の宝石のような眼だけは、キラキラ……いや、獣のようにギラギラしているようだった。
「……いつまでも俺をガキ扱いすんじゃあねー」
「えっ」
ずい、と顔を近づけてくる。だいぶ大きくなった彼の背丈の所為で、まるで覆いかぶさられているみたいだ。視界が殆ど承太郎に覆い尽くされた瞬間、どくどくと胸の奥から何かがせりあがって来る、得も言えない高揚感を覚えた。
「もう、てめーの後ろをついて歩く"可愛い弟の承太郎"はどこにもいねーんだ」
「っ……」
承太郎の手が、ぎゅっと私の手首を握る。ごつごつしていて、大きくて、これで一体何人の不良を殴って来たのだろうか。
力強い瞳が私を射抜く。ごくっと思わず生唾をのんだ。
「今日はこの辺にしてやる」
「へっ……?」
「次会ったときは覚悟しな」
「ちょっ……」
再び歩き出してしまう承太郎。私は慌てて彼の後を追った。
家に帰って、後から帰って来た私の兄が、一言――
「食われんなよ」
と言い捨てて自分の部屋にこもってしまう。おい、もしかしてアレ見てたんか。
「……肝に銘じておくさ」
しかし、私の胸の高鳴りは、ベッドに潜ってもなかなか静まりそうもなかった。
――――
あとがき
半分ほどが独白っぽくなってしまってますな……ぬう。
承太郎さんに顎肘をつきながら見つめられたら、心が震えると思うの。もう最高に「ハイ」になって灰にと化すと思うの(シャレじゃあないヨ!)
主人公はこの後承太郎さんを意識し、勘の良い承太郎さんはそれに気づいてどんどんアプローチしていけばいいと思うの。オラオラ迫って来る承太郎さんに、アップアップしてればいいと思うのー! わー!
……うん、疲れてるんだね、私。言っている事とっても変。
冬眠様、リクエストありがとうございました!
年上ということで、高校生承太郎さんに対して、主人公は社会人にしてみましたッ。とっても素敵なリクエスト内容に、物凄くワクワクしながら仕上げました! 技量は伴っていませんが、愛は込めましたよッ。
宜しければ受け取ってくださいませ!
更新日 2015.11.29(Sun)
年下の野獣
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