短編(jojo) | ナノ


 なまえは生まれつき体が弱かった。原因は、心臓にあり、彼女の心臓は心房中隔欠損症というものを患っていたのだ。右心房と左心房の間に穴が開いている病気で、5mm程度ならば大抵何の問題もなく過ごすことが多い。しかし、彼女の場合は2cm近くは開いていて、走ればすぐに息切れはするし、酷い時は運動時に呼吸困難にもなった。
 また、彼女が不幸だったのが、両親が潔癖症で余りにも心配性であったことだった。外に出してもらえることなど殆どなく、ほぼ一日中ベッドの上に縫い付けられる日々だった。その影響で、なまえは病気の耐性が弱く、ちょっと外へ抜ければ病気をもらいやすい体になってしまったのだった。また、手術が出来る程の体力もなく、将来は働くことさえも危ういとされ言われ始めてしまう。

 医師たちや看護師たちが親に話しているのを盗み聞きしたときに、なまえは思ったのである。

(――このまま自力で何もすることなく、あっけなく死んでしまうのではないだろうか)

 ハッと我に返った瞬間、なまえはゾッとした。両親に囲われて、無気力にただただ日々を過ごすなど、結局「死んでいる」ことと同じじゃないか。生き甲斐なくして、何を生きているというのだろうか。
 このままじゃいけない。そう思ったなまえは病院を抜け出した。彼女は、病院の中ならば移動出来ていたので、暇さえあればあらゆる所を歩いていた。だからこそ、彼女は誰にも何も疑問に思われることはなかったのだ。
 人通りが少ない窓からそっと抜け出したなまえは、ガリガリで空しくも通れてしまう塀の隙間を通り、彼女は脱走したのである。
 しかし、極度に運動が出来ない体である。少し走ればすぐに息は上がり、心臓がバクバクと脈打つようになれば、どんどん負荷も二次関数的に大きくなっていった。

「はぁっ、げほっ、ごほっ……!」

 咳は止まらなくなるし、足は一気に重くなった。どこまで走れたのだろうか、わからない。一心不乱に、病院から必死に遠ざかろうと鉛のように思い両足に鞭打って動かした。
 ぜいぜいと息荒く、彼女はふらつきながら走る事をやめる。しかし、足は止めなかった。なんとか、自力で彼女は最寄りの公園へとたどり着くことが出来た。しかし、ベンチで休もうとしたのだが、公園に入る前に力つき、倒れてしまった。

「おいっ、あんた大丈夫ッスか!?」

 ふと、朦朧としていた意識を引っ張るかのように、力強い声が聞こえてきて、なまえは顔を上げる。彫りの深い顔をした、宝石のような瞳を持つ、リーゼントヘアの男がこちらを見下ろしていた。改造された学ランを身に纏う彼は、とてもじゃあないがマトモには見えない。所謂不良ってやつだ。しかし、このいかつい彼を見ても、なまえは不思議と恐怖心はなかった。逆に、何か胸に熱い物がこみあげてくる。

「わ、たし……」
「怪我をしてる訳じゃあねーようだなァ……病院に電話とか」
「ッ、だっだめ!」

 折角抜け出してきたのに、苦しい思いをしてまで離れたのに、また戻されるのはごめんだった。なまえが余りにも必死に拒否するので、これは何かあると察したのだろう。しかも、彼女が来ている服は患者がよく来ているものである。履いているものも、スリッパだった。

「うし、まずはそこのベンチまで動けるッスか?」
「は、い……」

 男の手を借りて、公園のベンチに移動した。
 男の名前は『東方仗助』というらしい。そして、高校一年生なんだとか。なまえの一つ年上だった。
 事情を話せたら話してほしいと言われて、初対面の高校生に話すような事ではなかったのに、何故だかなまえはぽつぽつと自分の事を話してしまう。
 心臓の形がおかしくて、普通の女の子として生活が出来ない。しかし、無理さえしなければ少しくらい運動は出来るはずだし、気を付けて生活をしていれば風邪にかかってしまったくらいで死にそうになったりはしなかった。しかし、両親が余りにも異常になまえを拘束するために、手術する体力すらないと判断されてしまったのだ。

「このまま、一生ベッドの上なんて嫌。同い年の子達と学校行きたいし、一緒に遊びたいっ……」

 じんわりと涙をにじませる。

「このままじゃいけないって思って……そう思ったら不思議と力が湧いてきて、病院を抜け出しちゃったんです」

 結局倒れて助けてもらう事になったけれど。そう、苦笑交じりに仗助に微笑む。
 一方、全てを聞いた仗助は、うーんと唸って思考したのち、何かを思いついたのか、ぽんと彼は膝を叩いた。

「今からちっと歩けるか?」
「え、えっと、はい」
「まあ無理なら俺がおぶってやっからよォ〜」
「え、おぶっ……?」
「着いてきて欲しいトコがあんのよ。アンタの病気、心臓の形さえもとにもどりゃあ治るんだろ?」
「はい。でも、手術は……」
「だーいじょうぶだっつの。ガクセーが外科医みたいにメスもって胸を割くなんて出来ると思うかァ?」
「お、思わない、です」

 近くの電話ボックス平気、仗助は誰かに電話をかけた。そして、暫くしてなにやらアポをとった。

「ちょいと歩くんで、特別サービスに仗助クンの背中を貸してやるぜェ〜」
「へ?」
「ホレ、乗れよ」

 そういって、仗助は背を向けてなまえの前に屈んだ。背負って連れて行ってくれるらしい。
 最初に戸惑ったものの、結構な距離を病人に歩かせるわけにもいかないと言われてしまえば、体力のない自分が反論することなど出来ることもなく。なまえはご厚意に甘えて仗助に背負ってもらうことにした。

「おおっ?」
「あ、重い、です?」
「逆だ逆ッ、なんっつー軽さだッ。羽根でも乗っけてるみてーだぜ」
「それは言い過ぎでは……」

 のっしのっしと仗助は歩く。時折人の視線を集めたものの、なまえが笑顔を浮かべれば、なんだただのお散歩かとスルーする。

「到着ッス」
「ここって……杜王グランドホテル?」

 何故ここに、という疑問。しかし、答えを貰う前に仗助は慣れたように受付の人と話をつけるとサクサクと部屋を目指し始めた。ここに誰か会いたい人がいるのだろうか。
 そして、ついに目的の部屋に到着し、仗助がノックをしてから入った。

(……大きなお爺さん?)

 仗助の親族だろうか。彼に似た大きなお爺さんが赤ん坊をあやしながらソファの上に座っていた。

「おお、この娘さんか?」
「そうッス」

 仗助はお爺さん――名をジョセフ・ジョースターというらしい――に言った。こいつの心臓を映してくれ、と。仗助の背から降ろされたなまえはぎょっとしながら仗助を見る。

「え、ど、どういう……れっレントゲンじゃあ、あるまいし――」
「まあまあ……あ、そこのテレビに映してほしいッス」

 仗助は、状況に追いつけないなまえを無視してどんどんことを進めていく。ジョセフ・ジョースターが片腕を上げて「ハーミット・パープル」と叫んだ瞬間、バァアアアンとスイッチもつけていないのにひとりでにテレビ画面に何かが映し出された。

「ムゥ、これは……」
「マジに穴が開いてるぜ……」
「わっ私の、心臓……?」

 自分の心臓がまさかテレビに映し出されているとは――驚いたなまえに対し、彼女の気持ちに呼応するかのようにテレビに映る心臓がばくっと一度跳ねた。

「動くなよォ〜」

 仗助にそういわれ、反射的にぴしっと身体を固くするなまえ。すると、仗助はなまえの心臓がある所――つまり、胸の近くまで自分の手を近づけた。しかし、それ以上はとにかく彼も動かない。彼は、じっとなまえではなく、彼女の心臓が映るテレビを見ていた。

「あ、れ……?」

 暫くなまえも仗助と同じようにテレビを見ていた。するとなんと、不思議な事に、ひとりでにみるみる穴が塞がってゆくではないか。完全に穴が塞がってしまうところを目の当たりにしたなまえは開いた口が塞がらなかった。
 仗助は、「ふぅ」と安堵のため息を零すと、二カッと眩しい笑みを浮かべて言うのだ。

「人間の細胞ってやつは、常にボロクソになって死んだりまた新しく作られたりしてんだろ? だったらよォ、細胞が死ぬ直前の奴を"治して"使ったって問題ねーよなァ? だって自分自身の一部だぜェ?」
「え、ど、どうやってな、なおし……だって胸を切ったり触ったりなんてちっとも……」
「まあ俺はこーゆーの得意だっつーことだ」

 今度はちょっと困ったような、照れくさいような笑みを浮かべた仗助。そんな彼の微笑みを見て、なまえは思った。

(きっと、仗助さんは魔法使いか、天から舞い降りたエンジェルなんだ……)

 きらきら輝いて見える彼の笑顔に、一瞬にして心を奪われてしまったのだった。


 心臓を治してもらってから、なまえはみるみる体を丈夫にしていった。運動をしても直ぐに息切れはしないし、咳き込みもしない。体を自由に動かせることが何よりも嬉しかった。そして、両親の反対を押し切ってなまえは一年かけて猛勉強をし、ぶどうヶ丘高校に入学したのだった。
 彼女がまず最初に探したのは、命の恩人であり、想い人である――東方仗助。

「い、いたッ! 仗助さんっ」

 一心不乱に探し回り、漸く彼女は放課後に特徴的なリーゼントヘアを見つけた。名を叫べばクルリと大きな背中が回り、彼女へと顔を向ける。一緒にいた厳つい男も同時に振り返った。

「オメーは、あン時の……!」
「仗助さん、あなたのお蔭でわたしッ、こんなに元気になりました!」

 目に涙すら浮かべてなまえは仗助に駆け寄った。彼女の小さな体が近づくと、二人の身長差が際立つ。

「随分走り回ったみてェじゃあねえか! 大丈夫なのかよ?」
「はいっ、もう、わたし全然苦しくならないんですっ。こんなに走り回ったの、初めてです!」

 嬉しそうに、頬を赤らめて語るなまえを見て、仗助も嬉しくなったのか、だらしなく頬を緩ませた。隣にいる彼の友人――名を億泰という――がぎょっとした顔で仗助を見ていた。

「あ、ああああの、それで、ですね……」
「ン?」

 もじもじと恥ずかしそうにし始めたなまえ。そんな彼女を見て、はてと仗助は首を傾いだ。
 なまえは暫く言いにくそうにしたのちに、覚悟を決める「よし」という言葉をつぶやくと、仗助を見上げた。

「あのっ、仗助さん」
「おお、なんだ?」

 ぎゅっと胸の前で両手を握ったなまえは声を振り絞って言う。

「あっ貴方に助けられてから、私の心臓が病気とは違った感じで苦しいんですっ。助けて下さいッ」
「っえ、な、そっそれって、どーゆう意味――」
「仗助さんの事が好きなんですよっ!……いいいい言わせないでくださいっ」

 真っ赤な顔をして「わーっ」と小さく悲鳴を上げるなまえは両手で顔を覆った。対して仗助はというと――

「グッ、グレートだ、ぜ……」

 ――そう呟いて、顔を真っ赤にしたまま硬直する。
 まるで二人の間にある時が止まったかのような瞬間だった。
 時が動き出したのは、仗助の横で鼻水まで垂らしながら泣いている億泰が雄たけびを上げてからだった。


 * * *


 実は仗助も一目惚れだったらしい。理由は、目が合った瞬間に何か「ビビッ!」と来たらしい。
 出会いが出会いだったことや、仗助の性格がもともと優しい事もあり、なまえがちょっと咳き込めば、他の生徒達の目の前だというのに、平気な顔で抱えて移動する。また、ちょっと寒そうに体を震わせれば背中から抱き込んだり、冬にくしゃみをすれば自分のマフラーをグルグルに巻いて温かくさせた。
 なまえもなまえで、仗助のことを聞かれれば、待ったをかけない限り仗助のいいところや素敵な所を語りだすし、好みのタイプは仗助君、可愛い人もカッコいい人も仗助君、全てが仗助君と意味不明な事を友人に語りだすし、マフラーをまかれたら「わたしも!」と自分のしている手袋を仗助の頬に当てたり抱き付いたりしていた。
 こんな事ばかりしているからか、いつしか二人は学校でも有名なバカップルとして名を馳せてしまったのだった。

 そんな二人は、本日、久しぶりのデートで、水族館へと向かった。

「見て見て仗助さんっ、仗助さんそっくりな特徴的頭の魚が居ますよ!」
「おいなまえテメーどういう意味だコラ」
「そのままの意味ですコラ」
「ンだとォ〜?」
「いひゃいれふ、いひゃいれふ」

 みょ〜ん、と仗助の手で両頬をつままれて引き伸ばされる。

「ギャハハッ、傑作だぜなまえ〜」
「もうっ、ひどい!」

 ゲラゲラと笑う仗助になまえは拗ねた。

「仗助さんみたいだと思ったから素敵な魚だって言いたかったのに」
「どこが似てるっつーんだよ」
「頭の形ですね」
「マジでなんなの」
「仗助さんって髪型が特徴だから、直ぐに見つけられるんですよね」

 なまえは唐突に語りだした。彼の手を引いて、薄暗い館内を歩く。

「だから、似たような物を見ると『あ、仗助さんだ』ってふとした瞬間に仗助さんのことを思い出せて」

 ぎゅっと彼女は仗助の武骨な手を握りなおした。

「胸のところがあったかくなるんですよね」

 そういって、彼女は自分の丁度心臓があるところにトンと手を置いた。

「だぁ〜っ、ったくよォ〜〜〜〜ッ」
「わっ!?」

 突然、小さく呻きだした仗助に、なまえは思い切り抱きすくめられた。ちらほらといる他の客の目もあり、暗くてもちょっぴり恥ずかしい。

「じょっじょじょじょ仗助さんっ」

 慌てて離れるよう仗助に呼びかけるも、彼は大きくため息をつくだけで離してはくれなかった。

「もう、マジに……好きだわ」

 たまんね〜ッスよォ〜。仗助はそう言って暫く彼女を抱きしめた。なまえも諦めて暫くはされるがままになったのだった。





――――
あとがき
 ……おや、水族館デートのところが少なくて、殆どであった時の御話になってしまったぞ……ふむ。
 しかもタイトルが意味不明という……疲れてるんだね、私。

 ツンドラ様、このたびはリクエストしていただき誠にありがとうございました。
 病弱ヒロインということで、心臓移植しないと治らないようなシチュエーションだったのですが……。仗助くんの【クレイジー・ダイアモンド】が怪我など外傷的なものは治せても病気系は治せないので、形を変えると治せるような心臓の病気を調べた結果今回の御話になりました。少々いじくってしまって申し訳ないです。
 このような拙品ですが、よろしければ受け取ってくださいませ!


更新日 2015.11.20(Fri)
恋と、リーゼントと、ときどき魚

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