東方仗助は面白くなかった。
人懐っこい笑みは仏頂面に変わり、ぽってりと下唇を不機嫌そうに突き出して、眉間の皺をよらせる。彼の瞳は虚空へ向けられていた。
そんな彼の心境をつゆ知らず、楽しそうに言葉を紡ぐのは彼の幼馴染であるみょうじなまえ。彼女はまだまだ中学生である。
「でね、でね、露伴先生に『ピンクダーク』二部のボスを描いてもらった後、美味しい紅茶をもらったの!」
「へぇ〜、良かったじゃあねーかー」
「うん!」
ちなみに露伴と仗助は犬猿の仲である。そんな相手と家族も同然に大事に思っている幼馴染が仲が良いなんて……小さい男だと自己嫌悪するも、たかだか高校一年生に己の感情を完璧に抑制する事などできなくて。
にこやかにほほ笑む彼女に苦笑を返す事しかできなかった。
なまえは、幼いころから、アニメの類が好きである。よく漫画を買うし、関連したグッズを集めることも多々ある。中でも最近のお気に入りが『ピンクダークの少年』だ。しかも、それの作者はあの岸辺露伴。うっかり彼について口を滑らせた日は「凄い凄い!」と目を輝かせていたものだ。
そうして、いつの間にやら、彼女は露伴と知り合い、家に招かれるような間柄になってしまったのだ。もともと人柄も愛想も良い彼女だからこそ、あの癖のある露伴も気を許すのだろう。単純に言うと、女版康一な立ち位置。
ここまでならいい。ここまでならば。困ったことに、なまえは露伴に懐いてしまったのだ。
道でばったり会えば、まるで子犬がしっぽを振って喜ぶかのように表情を輝かせて駆け寄る。露伴も満更でもないからムカつく。しかも、仗助にとってはまったく分からない会話を二人して盛り上がるから尚更つまらない。
「今週も面白い内容だし、あの人は本当に漫画に関して天才的ィ〜」
ほわん、とまるで好きなアイドルや俳優を見たかのような恍惚とした表情を浮かべながら空を眺める。
「……んな顔見せてんじゃあねーよ」
ぽそり、と仗助は呟く。
「ん? なにか言った?」
「あ、い、いやー、なんでもねーよ」
「そう?」
あぶねーあぶねー……危うく本音を聞かれるところであった。
なんとか誤魔化した仗助は、袋から二枚、ポテチをつまんで口に放り込んだ。
なまえに友人や頼れる大人が周りに増えるのは別に悪い事ではない。むしろ喜ばしいことだ。ちょっとおっちょこちょいな彼女に手を差し伸べてやれる人間が周りにいれば、仗助も安心する。
しかし、そこでちょっと「つまらない」と思ってしまうのが、男心というもの。ずっと傍でなにかと彼女と支え合ってきたのはほかでもない彼であるからして……ポッと出の誰かに彼女を任せられない。いや、任せたくない。
どうしたものか……――悩みは尽きない。
「仗助くん、最近難しい顔が増えたね」
「んあー? そうか?」
「うん。眉間に皺寄ってるよ?」
ここ、と言ってなまえはほっそりとした人差し指で仗助の眉間を押す。
「コーコーセイは考えることが多いのよ〜」
「えー。じゃあ私ヤダなー。難しく考えるのキライ」
「バカだもんなぁ」
「バカじゃあない。複雑なことを考えるのが苦手なだけだもーん」
べー、と真っ赤な舌を出して不貞腐れた表情をする。そんな顔さえ可愛い、と思ってしまう辺り、自分も思春期かあ、と感じる今日この頃。
「学校行ったらいろいろ教えてね」
「おう」
へにゃあ、と笑うなまえの頭を大きな手で掴むようにして置くと、彼は勢いよくワシワシと撫でくり回す。「やめてよー」と言いながらも手を振り払わない彼女は、どうせ彼が頭の中で考えていることなど、全く分かっていないのだろう。
――――
あとがき
たいっっっっっっっへん遅くなってしまい申し訳ないです!
気分が乗らないと三行書くのも苦労する管理人故に、このこのっ……うう。
中川様、遅くなってしまいましたが、どうか受け取って下さいませ!
2014.03.14(Fri)
複雑なのです
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