短編(jojo) | ナノ





 無機質な廊下をひたすらに走っていた。
 どこへ行く当てもなく、彷徨うように、逃げていた。
 息を切らせ、時折足を縺れさせながらも、必死に走っていた。
 女の名前はなまえ。囚人だ。犯罪は窃盗。二年ほど前から収容されている。

 彼女は、あるブローチの様な物を拾ったとき、指に怪我をした。そのまま気分が悪くなったところをエルメェスという女に助けられながら看護ベッドの上に上げられることとなる。その時に負った指の傷は、いつの間にか消えていた。
 その日を境に、彼女は妙な力を手に入れた。その力は今は公開しないことにしよう。
 なまえは、紆余曲折を経て一人の女囚人と出会う。
 名を、空条徐倫といい、自分は無実の罪で収容されていると語った。
 初めて出会ったころ、「なんて頼りのない女なのだろう」というのが印象だった。態度はデカい割には口だけで、母親に会いたがる泣き虫女であった。けれど、ある日を境に彼女は変わった。そう、確か、「面会」があった日だ。その時何が起こったのかは分からない。ただ、彼女は脱走しようとしたのにのこのこ戻ってきたらしい。勿論、刑期は伸びた。ただ、彼女の瞳の中の弱弱しい光が、強固のものになっていた。
 何か、使命を背負っているような、眼差し。時折切なげに、慈愛に満ちた流し目をする。そんな彼女の隠された事情を知ったなまえは、生まれて初めて誰かのために何かをしてやりたいと思った。
 徐倫に関わるようになってから、なまえの周りには奇妙な者達が集まりだした。
 エルメェス、F・F(ミジンコ)、エンポリオ、ウェザー、アナスイ――。

 なまえの現状に戻る。彼女は、徐倫達と共に戦っている。しかし、今は「裏」の事情で必死に逃げ惑っているのではない。
 彼女が必死になって逃げている、その理由とは――

「こ、ここまでくれば……」

 後ろを振り返り、追ってくる者がいないことを確認すると、なまえは一息ついた。走り続けていたので、息は絶え絶えで視線も覚束ない。

「早く、エンポリオの所へ行かなくては……」

 気だるい体を無理やり動かそうと一歩を踏み出す。しかし、彼女の一歩が発した音とはまた違う一歩の音が前方から聞こえてきたために、彼女はすぐさま構えを取った。

「あ、れ……ウェザー?」
「……」

 強張っていた体の筋肉を緩めて茫然と見る先には、仲間のウェザー・リポート。彼の《スタンド》も同様の名前なのでとてもややこしい奴である。
 珍しい対面に、なまえはきょとん、としながらウェザーに歩み寄った。彼は、無機質な、なにを考えているのか分からない目で彼女を見下ろす。
 不意に、ウェザーはその逞しい腕を動かす。むんず、とその手でなまえの肩を掴んだ。びくり、と彼女の肩が震える。
 実は、なまえはとても臆病な性格なのである――だからこそ、窃盗は闇夜にまぎれてビクビクしながら行っていた経歴がある――。ウェザーのように自分よりも頭一つ分以上も大きい人間に不可解な行動をされるととても不安がるのだ。心拍数を密かに上昇させながら、彼の出方を伺っていると、ふいに顔が近づいてくる。
 ウェザーはとてもボソボソと小さい声で話すので顔を近づけて耳を傾けなければ聞き取れない。今回もそれだろう、と思ったなまえは自らそっと近づけた。すると、耳ではなく正面に顔を寄せられ、視界が真っ暗になったと思えば唇に柔らかい感触。何をされたのか理解した途端、ボッ、となまえの顔が火を噴いた。
 キラリと彼の無感動な瞳の奥に見えた鋭い光。一瞬にして状況を理解し把握したなまえは彼を思いきり突き飛ばして後方へ走り出した。

(な、な、な、なに、なんなのッ!? 今の!?)

 まるで、先程まで自分を追い掛け回していた奴らのようであった。
 彼女はどうしてか、今日は妙に色んな人間たちから告白を受けていた。男囚だったり監視官であったり、時には女囚でもあった。勿論、弱虫ななまえは何か裏があるのではと、逃げ出した。

(こんなの、絶対にオカシイッ、何者かの《スタンド攻撃》を受けているに違いないわ!)

 一体なんの目的で「人に告白されまくる」という《スタンド攻撃》を行なっているのかさっぱりである。しかし、憶病な彼女には十分に精神的苦痛を与えていた。
 滲む涙をこらえながら、彼女は仲間を必死に探した。そう、信頼できる仲間を探していた。
 涙で視界を歪めながらも数メートル先に見つけたのは、高身長で厳つい顔をした女、エルメェス。密かに兄貴と呼ばれている女囚人だ。

「エルメェス!」
「あ? んだよそんな金切声あげちまって……」

 エルメェスは振り返るとともに息をのんだ。ソレもそうだろう、なにせ、駆け寄ってきたなまえは、全身汗だくで目に涙を浮かべながら必死な形相で立っている。驚くのも無理はない。

「どーしたんだよなまえ。オメー、こんな……誰にやられたんだ!」
「ううっ、エルメェスゥ〜〜!」

 なまえは、自分がスタンド攻撃を受けているのかもしれないと語った。告白のこと、ウェザーのこと。すると、エルメェスは苦虫を噛みしめたような表情をすると低く唸った。

「……先を越された」
「……へ?」

 なまえは、零れそうになる涙を引っ込ませてしまった。茫然としながら、エルメェスを見上げる。段々と、血の気が失せて青い顔になっていく彼女をよそに、ガシガシと苛立たしげにエルメェスはため息をついた。その後、ガバリと両腕を上げるとガッチリなまえの両肩を掴んだ。

「なまえ、あたしは、お前のこと――」
「だめぇええええ! 絶対に認めないぃいい!」

 なまえはもう泣きながら叫ぶ。彼女の絶叫に驚愕したエルメェスに一瞬隙が生まれた。その僅かな隙を狙ってなまえは彼女の腕を振り払うと再び走り出した。

「ジョリーンッ! どこなのッ、どこにいるのよーッ!」

 咄嗟に出た名前は頼りになる空条徐倫のその人のもの。他人の目などどうでも良かった。ただただ、彼女に会いたかった。
 大声で名を呼んでいたのが功を奏したのか、なまえが名を叫びながら走り回っているのを目撃した誰かが呼んできたのだろう。徐倫は切羽詰まった表情でなまえの前に現れた。彼女の姿を目にしたとたん、なまえはすぐさま飛びついて泣きつく。状況の読めていない徐倫は狼狽えた。
 とにかく人目を避けようと、徐倫は泣きながら離れないなまえを腰に抱きつかせたまま歩き出す。向かった先は運動場、その隅っこにあるベンチ。そこで、おいおいと泣くなまえを彼女は宥めた。

「どうしたのよ、なまえ……あんたが泣き虫っていうのは知っているけれど、あそこまで必死になるなんて初めてじゃない」

 なまえの両手を握り、徐倫は顔を覗き込むようにして言った。

「ぐずぐず……徐倫に泣き虫って言われたくないわ。ここに来たての頃は貴方もママに会いたいって泣いてたじゃない」
「ちょっと! いつの話してんのよ!? しかもそれいつどこで見て知ったわけ!?」
「いつでしょねー? どこでしょねー?」
「とぼけんなっつの」
「あた、あたたっ。ほっぺた引っ張らないで痛いっ!」
「生意気なこといった罰よ」

 精神的強さを身に着けた徐倫に敵わないなまえは、数秒と持たず降参した。その後、ポツリポツリと徐倫に今までの経緯をかいつまんで説明した。
 なまえが全てを語り終えるまで、口を挟まず聞いていた徐倫は、浅くため息をつくと、ぽん、と手のひらをなまえの頭の上に置いた。

「それは《スタンド攻撃》なんかじゃあないわ。今日は、そうね……今までアンタの魅力に気づけなかった奴らが一斉に気づいて我先にと押し寄せてきたのかも」
「What's!? 一体どういうこと!?」
「そのままの意味よ。鈍感さん」
「あたっ」

 ぴん、と徐倫はなまえの額を長い指で弾く。

「なんなら守ってやろうか? あんたは大事な仲間なんだし、なにかあったら大変よ」
「徐倫……!」

 なまえには、徐倫が神か仏に見えてしかたなかった。彼女は徐倫の前で手を合わせると「ありがたやー」と拝む。そんな彼女が面白かったのか、徐倫は噴き出してそのまま大笑いする。
 なにがツボにはまったのかは不明であるが、彼女は笑い転げるかのようにひっきりなしに笑声を上げた。些か不気味に見える徐倫の状態に恐々としていると、不意にピタリと笑うのをやめ、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。不思議に思っていると、彼女は唐突に肩を組んでなまえとは別の方向を見つめ言う。

「ということで、みんな、あたしの目が黒いうちはなまえに指一本、触れさせやしないわよ?」
「え?」

 驚いて徐倫の向く方へ首を回せば、見知った面々が並ぶ。その中に、何故か悔しそうに指をくわえて鋭い視線を送るアナスイが一人。ヤダ怖い。

「じょ、じょり……わッ!?」

 ビクビクと鋭い視線に怯えていると、不意に体が宙に浮かぶ。気づけば徐倫の腕の中に居た。なんと、同じ女ながらに徐倫はなまえをお姫様抱っこしてしまったのである。パワフルさがケタ違いだ。

「大丈夫……アンタを死なせないし殺させやしない」
「徐倫っ!」

 殆ど無法地帯とも呼べるようなここ《水族館》で、なまえはひとりの王子様を見つけるのだった。





――――
あとがき

 ハーレムいと難し……三回ぐらい構成し直した。し直してこのクオリティ……嘆かわしや。
 どうしても、一人に対して多数の人間への好意という構図が描けない。うぬぬ、くやしい。これが私の限界だった……。

 のの様、このようなしょんぼりクオリティになってしまいましたが……受け取って下さると、嬉しいですっ。



更新日 2013.09.30(Mon)
わたしの王子様

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