短編(jojo) | ナノ


 灰を撒いたような空、今にも泣きだしてしまいそうな中――真っ黒なスーツに身を包み、真っ黒なベールのかかる帽子を被った女が一人。彼女の手には花束が握られていた。小さな花が幾重にもなった、可愛らしい花束だった。花の一つ一つがまるで彼女の思いの結晶であるかのように、彼女は大事そうに花束を抱えた。

「ドタバタしてたから、来るのが遅くなってごめんなさい……ブチャラティ」

 女が前にして言うのは一つの墓。
 ここは、墓地だった。彼女の前に立つ墓には、『BLONO BUCCIARATI』と彫られている。女はそっと、その墓に花を添えた。

「なまえ」

 墓場に、女以外の声が響く。声は若々しく、判断するに10代半ば程。それなのに、妙に人に何かを訴えかけるようなものを孕んでいる。女が振り返る先には、金糸のような眩い髪を持ち、精悍な顔つきの少年が立っていた。彼もまた、女のように真っ黒なスーツ、その上に真っ黒な厚手のコートを羽織っていた。彼の手にも、花束が抱かれていた。

「Buon giorno, ジョルノ……いや、今はボスって呼んだ方がいいわね」
「Buon giorno……いえ、今日くらい、構いませんよ」

 少年は女をなまえと呼び、女は少年をジョルノと呼ぶ。彼らは、とある『任務』に共に当たったチームだった。

「ふふっ、そう……でも、感心しないわね。パッショーネのボスが護衛もなしにこんなところに来るなんて」
「貴方もですよ。仮にも、パッショーネ幹部、更には女性なんですから……護衛くらい、つけて下さい」

 呆れながら、ジョルノはなまえの横に並び、墓を共に見下ろした。

「今日は一人で歩きたい気分だったの」
「じゃあ、ぼくもそういうことで」
「……まったく」

 屁理屈を返しながら花束を添えるジョルノに、なまえはため息をついた。その後、とくに会話もなく、二人は墓を見つめ続けた。
 彼らの見つめる墓に眠る人物、『ブローノ・ブチャラティ』は二人の元上司である。彼らが所属していたチームのリーダーだった。

「……」

 なまえは、無意識なのか、拳を強く握る。心なしか、無理矢理閉めた鍋蓋が中身が沸騰したために吹っ飛んでしまいそうになっている様に、彼女の表情もなにか奥に秘めた感情が今にも溢れてしまいそうだった。
 それを、目ざといジョルノが見逃すはずはなかった。

「なまえ、これから時間、ありますか?」
「?……ええ、まあ」
「なら、少し付き合ってもらえませんか? 美味しいデザートが手に入ったので、ご一緒に」
「……そうね、大事なボスの護衛もかねて、ご馳走になろうかしら」

 二人は、肩を並べて歩き出す。一度、なまえは足を止めて墓を振り返り、そして再び前を向いて歩き出す。
 ジョルノが乗ってきたであろう車に彼女は乗り込み、曇天を仰いだ。彼女の気持ちを代弁しているかのように、今にも降り出してしまいそうな空だった。


 * * *


 なまえが到着した場所は、ジョルノが普段寝泊りする家――パッショーネ本部でもある――であった。仰々しい雰囲気に怖気づくこともなく、彼女はジョルノのあとに続いて歩いた。
 長い廊下を歩いた末に着いたのはプライベートルームだった。ここには彼女も何度か友人のミスタと訪れたことがあった。
 部屋にある丸テーブルを囲む椅子の一つにエスコートされ、座る。待っていてと言われて約数分後、いい香りのする紅茶とデザートを乗せたトレーを持って彼は現れた。

「言えば手伝ったのに」
「構いませんよ。ぼくが好きでやっているんですから」

 テーブルに並べられたのは、落ち着いたデザインだがお洒落なカップにティーポット、そして、デザートを乗せたグラス。
 デザートは、黄色くテラテラとライトに照らされて輝くプリンだった。

「この間、オープンしたお店です。とても評判なんですよ」
「へぇ〜」

 ジョルノが席に着くと、なまえはスプーンを取り、プルプルと震えるプリンにさす。そして、ゆっくりと慎重に掬いとると、口に運んだ。
 真っ赤なルージュの引かれたなまえの唇に、つるり、と滑り入ったプリン。冷たくヒンヤリとした感触に、口どけはなめらかで、甘味もしつこくなく、美味しい。ジョルノが押すだけはあった。

「おいしい……」
「それはよかった」

 ジョルノはクスリと微笑む。それになまえも微笑を返し、再びプリンを食べた。一口、また一口と――

「……あれ?」

 冷たかった唇に、ナニか温かいものが入る。それはとてもしょっぱくて、とても美味しいものではなかった。

「ジョルノ、なんか……」

 頬が熱い。そこを濡らすもののせいで熱くなっている。
 目頭が熱い。瞼がぽってりと普段よりも重く感じる。
 ジョルノを見ようにも、視界がぼやけて、輪郭がはっきりとしなかった。

「わたし、ど、どうしちゃったんだろっ……」
「……なまえ」
「こんな、だって……こんなことっ……今までっ……」
「なまえ」

 ただ名前を呼ぶだけだった。けれども、そこには何か逆らえない力が籠っていた。
 混乱しそうになるなまえは、ジョルノの声に漸く気づいた。自分は、今までずっと、身を切り裂かれるような思いをしているのに泣いていなかったということに。

「……すき、だった」
「はい」
「……尊敬してた、大好きだったっ……」
「はい」
「自分に自信が持てなくて、ずっと心に閉まって置こうって思ってた。けど、いま、凄く、後悔してる。あのとき、伝えていたらって……後悔してるのっ」

 ボロボロと双眸から溢れ出てくるのは、彼女の熱く切ない思いが形となった涙。
 なまえは、静かに泣いた。嗚咽をこらえるように、手で口を押えて泣いた。
 ジョルノは、ただただ、見守っていた。何も言わず、ただただ、彼女が落ち着くのを待った。


 数分後、スンスンと鼻をすすりながら涙をハンカチで拭くなまえ。目は赤くなって痛々しいが、どこか吹っ切れたような表情をしていた。

「ありがとう、ジョルノ。おかげでスッキリした」
「どういたしまして……まあ、ぼくとしては」
「あ……」

 ジョルノは椅子から腰を浮かすと前に屈み、仄かに朱に染まるなまえの頬へ、ちゅっ、と一つ口づけを落とす。

「これくらいさせて貰えれば安いもんです」
「……ませガキ」
「イタリアーノの男は大体そんなもんですよ。イタリアーナの貴方なら、ご存じでしょう」
「はいはい、そうですね」

 不貞腐れたように、口を突きだすなまえ。それを見てクスリと爽やかに微笑むジョルノ。どう見ても、年が逆転しているよう。

「忘れないで下さい、貴方の、その思い」
「……」

 ふいに、真摯な表情をし、なまえの机に置かれた手を握りながらジョルノは言った。

「貴方の想いはブチャラティが生きた証なんです……絶対に消えることのない、貴方が想う彼の存在が確かにあったという、証拠なんです」
「ジョルノ……ええ、そうね。わたしは忘れない。この気持ちは、わたしの大切な宝物よ」
「Grazie, なまえ……貴方は本当に素敵な女性だ」
「その手には騙されないよ」

 ジョルノの握っていた手をそっと抜き取ると、なまえは手厳しく言い放った。それに対しジョルノはやはり余裕の笑みを浮かべながら紅茶を啜った。それを見て、なまえは何故だか笑った。何がおもしろかったとか、そういう訳ではない。ただただ、彼女は急に笑いがこみあげて笑ったのだ。

「貴方は笑っていた方がいいです」
「そう」
「ええ、もっと、笑っていて下さい」
「……そう」
「太陽のように、明るくて眩しい笑顔です。自信を、持ってください」
「……あ、あんまり、そういうのはよして…………恥ずかしいから」
「それは嫌です」
「なんでよ」
「ぼくは貴方を落とす為に口説いているんですから」

 なまえは茫然とした。彼のセリフもそうだが、彼がまるで自分の好きな食べ物や趣味を話すようにさらっと歯の浮くようなことを言ってのけたからだ。まったく、同じイタリア人ながらなまえはそういう免疫が足りない。
 思考を暫くどこかへぶっ飛ばしていたなまえだったが、漸く状況が呑み込めたのか、かぶりを数回振るを再び、数分前と同じような言葉を吐くのだった。

「……ませガキ」
「十分ですよ、貴方を落とせるなら」





――――
あとがき

「Cold pudding will settle your love.(冷たいプリンは貴方の恋心を落ち着かせる)」
 このことわざを見つけた瞬間、そくジョルノを思い浮かべました。
 プリン最強節、ここに誕生ってやつですね!(え、違う?)
 意味は、「恋のために身も心も燃えているから、冷たいものを食べると体が冷えて心も落ち着くという意味」らしいです。

 ブチャラティは本当に素敵な男性だと思います。彼の様な恋人が欲しいです。わたし、浮気しない主義だから、きっと汗をなめられても大丈夫!(いやいやいや)

 初ジョルノでしたが……むっむつかしい……。
 「とにかくそれっぽい事を言わせておけばだいじょ……ぶじゃねえええええorz」という感じになっていました。
 次なにか思いついたらもっと頑張ろう……うん。





更新日 2013.8.18(Sun)
冷たいプリンは貴方の恋心を落ち着かせる

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