短編(jojo) | ナノ





 早送りで流れるように過ぎ去る風景。胸の奥に恐怖と不安を押し隠し、徐倫は信頼する仲間達と大好きな父親の空条承太郎と身体を寄せて、プッチが攻撃してくるのを待った。
 アナスイの《ダイバー・ダウン》が体の中に潜み、彼がジッと身を硬くしているのも、肌で感じていた。

 ――……あの子は?――

 ふと、気になった存在。油断が命取りなこの状況だというのに、徐倫の意外と冷静な頭はこの場に似つかわしくないものを思い出していた。
 彼女の隣に立つ小さい存在。自分と同い年だと言うなまえという女。


 * * *


 彼女との出会いはそう――父親のDISCを奪還すると誓ったあの日から数日のことだった。
 背後に気配を感じて、振り返った。しかし、なにもいない。
 ――確かに、気配を感じたはずよ――
 油断できない立場の徐倫は、今度は注意深く背後の空気を探りながら歩く。すると、小さいが確かに聞こえる足音。徐倫は気を引き締めた。彼女はほんの少し歩く速度を上げ、サッと角を曲がった。さすれば、急に早く荒くなる足音。近づいてくるソレに対して彼女はスタンドの《ストーン・フリー》を構えた。

「一体あたしに何の用?」
「ひゃっ!?」

 どうやら相手もスタンド使いなようだ。《ストーン・フリー》が突き出した拳を避けるように後ろへ仰け反ると、そのまま尻餅をついた。
 相手は小さな女の子だった。人畜無害そうな表情で茫然と見上げて来るさまは、想像していた敵と違う。しかし、スタンド使いとなっては油断はできない。可愛い顔をして懐に近づき、油断しているところを寝首掻っ切る作戦かもしれないのだ。

「何の用、って聞いてるのよ。答えて頂戴。あとあんたの名前も」
「あ……あの、私……貴方に、憧れて……ああっ、私の名前はなまえっていいます」
「あたしに?」

 意外な答えに困惑していると、謎の少女は勢いよく立ち上がり詰め寄ってきた。徐倫は咄嗟に《ストーン・フリー》を構えたが少女の行動は彼女の予想の斜め上を行き、なんと両手をまるで包み込むように握ってきたのだ。そして、なにやら興奮したように彼女は叫んだ。

「あ、あの! 好きです!」
「はぁ!?」
「あ、ちがっ……そういう意味じゃなくて、ファンっていう意味ですっ」

 一瞬、ホモかと勘違いして殴ろうと思ってしまった。しかし、彼女はどうやら同性好きではなさそうだ。
 けれども、警戒心や不信感は解けない。徐倫はなまえという少女の両手を振り払い、適当にあしらうとその場を後にする。戦闘をしないのは、今は彼女に殺気を感じないからだ。だからと言って、完全に信用するのは危険である。なので、一先ず距離を置いて様子を見ることにしたのだった。


 なまえという女は、その後も徐倫の前に現れた。最初のコンタクトから、もう姿を隠したり後を付けたりしないことにしたのか、今度はおずおずと「おはよう」やら「こんにちは」やら「こんばんは」やら、適当な挨拶を送ってくる。その目は周りに言われなくとも分かるくらいに爛々と「尊敬」と「憧憬」で輝いており、いやでも懐かれているというのが分かった。
 彼女に対して、特に徐倫がなにかをしたわけではない。けれど、彼女はスタンドが見える訳だし、どこかで戦っているところを見かけられた、とか。それを《水族館》の監視の者に告げ口しないあたり、理解があると判断……――

「いや、駄目よ。何をほだされそうになっているの? しっかりするのよ徐倫、あいつが味方と断定できたわけじゃあないじゃない」

 傾きかけた思考を一度シャットアウトし、徐倫は自身を叱咤する。そして、タイミングを見計らったように現れたなまえを見据えた。彼女が何故剣呑な表情を浮かべている理由が分からないのか、なまえは首を傾いでニッコリと笑う。
 ――やめて、そんな人畜無害な表情をしないでっ!――
 徐倫は胸の内で叫んだ。爛々と眩しいくらいに輝くなまえの目に、徐倫は嫌そうな顔をすると目を逸らす。
 ――ああ、こんなときエルメェスが居たら追い払ってくれるのに――
 最初は自分で適当にあしらって来たのだが、どうにもできなくなってきた。それは、なまえの穏やかな表情と眼差しのせいだそう。この《水族館》にはとことん無縁な顔なのだ。なぜ、ここに居るのかも不思議なくらい。

「あんた、なんでこんなところにいるのよ」
「へ?」

 ついに、自分から話しかけてしまった。いつもは、なまえが話しかけて適当にあしらって去ってゆくだけなのに。

「あ、ごめんなさい。迷惑だった?」
「違うわ。なんで、あんたみたいないかにも優等生って人間が捕まってんのって、言う意味」
「あ……ああっ! なるほど!」

 不安げに揺れた瞳は直ぐに光を取り戻した。しかし、再びその光は鈍くなる。

「ええっと……信じてもらえるか分からないけどね……実は私、無実なの」

 ――ああ、やっぱり――
 以外にもあっさりとなまえの言葉を受け入れた。彼女の罪状は殺人罪、しかし彼女は人殺しなどしていないらしい。親友と思っていた人間に、裏切られてこの場所に《代わり》として収容されてしまっているらしい。

「ば、ばかだよね……分かりやすいウソに騙されて、こんなとこに……しかも私マヌケだから、ポカミスして刑期伸ばしちゃったりしてさ……ほんと、バカだよね」
「信じたかったんでしょ」
「えっ」
「親友のこと……最後まで信じたかったんでしょ」
「……うん」

 目にほんのり涙が浮かんでいた。けれども、零すことをしない。

「あ、じゃあね徐倫……」
「……ええ、『また』ね」
「っ!……う、うん!」

 嬉しそうにパタパタと駆けてゆくなまえ。その後ろ姿が何だか可愛らしく思えて……徐倫はハッとなった。
 ――いけない、絆されているわ――
 軽く頭を振って自分を制す。彼女はまだ、安全と決まったわけではない。彼女のスタンド能力がハッキリしないかぎり、安心などできないのだ。
 徐倫は自分の頬をばちん、と両側から挟むように叩くと気合を入れなおした。


 それから翌日のこと――
 たまたまトイレに行こうとしていたときのことだった。徐倫は見てしまった。カツアゲされているなまえ。しかし、彼女はカツアゲされていることに全く気付いていないのか、ポケッとした顔で「今日はお金ないから無理だよ、ごめんね」と言う。しかもだらしなくふにゃふにゃとした笑顔付きだ。
 意外と頑固な性格なのか、彼女は頑として譲らなかった。その時は見逃して貰えた。
 しかし、また別の場所では、あまりにも相手が執拗に迫るのでスズメの涙程度の金を渡していた。

(あ〜〜っ、もうっ、なんだかモヤモヤするわっ!)

 なぜ、スタンドで対抗しないのだろうか、と徐倫はイライラとしながら考えた。
 午後はなんだかささくれ立った気分で過ごした。
 しかし、夜、事件は起こる。
 徐倫は、周りに余り好い印象がない事は自覚していた。なんといっても、問題を起こす――スタンド同士の争いをしているのだから仕方のないリスクではある――からである。けれども、気にしたことはない。周りは周り、あたしはあたし。父親を助けるためならばなんだってするしなんだって乗り越える。そんな強い徐倫をねたむ人間は少なくない。今日はたまたま、陰口の現場に居合わせてしまった。

(陰口言いたいなら、もっと聞こえないようにしてもらいたいもんだわ)

 徐倫が居ないと思っているのか、相手は大きな声で言い合っている。ああもう、女ってめんどうだ。そう落胆している時だ。

「ねえ、煩い」

 徐倫は驚いた。穏やかなのに有無を言わせぬ声、その持ち主が、なんとあのいつもビクビクと小さくなっているなまえであったからだ。女囚たちも彼女に対しては小心者だと思っていたのだろう。生意気言うなと汚らしくなじっては脅す。しかし、そんな彼女達へでもないような表情でなまえはすっくと立ち上がると前に進み出てきた。その表情は無表情だった。

「徐倫はカッコよくて素敵な女の子だよ。あんた達みたいに醜悪な性格と顔面じゃないしね」
「んだと!? もういっぺん言ってみろッ!」
「ああ何度でも言ってやるわッ! この顔面凶器ッ! おたんこなす! ばーかばーか!」

 途中からあまりにも稚拙な罵声になったなまえに、徐倫は思わず失笑してしまう。しかし、彼女の笑声は直ぐに悲鳴にかき消された。

「なんだよコレっ! 服が裏表逆じゃないのッ」
「あたしなんて上着とズボンがさかさまよォ〜っ!」
「バカ言わないでッ! あたしなんて髪の毛とすね毛の度合いが逆なのよッ!?」

 なんとも悲惨な有様だった。彼女達のいう通り、ある者は服の裏表がいつの間にか逆になっていたり、またある者の服は上着とズボンが逆に着せられている。一番悲惨なのは、髪の毛とすね毛の度合いが逆になって、禿な癖にすね毛がボサボサな女だろう。

(これが、なまえのスタンド能力?)

 当の本人を見てみると、満足そうな笑みを浮かべて、彼女達に「徐倫を馬鹿にした罰よ!」なんて得意げに言って見せた。
 信用できるのかもしれない。そう思うには十分な状況だった。徐倫には、彼女は信用に足るという確信があった。

(自分のことではなく、大切だと思う人間に、自分の力を使う……最初は気色悪いと思っていたけれど……敬意を表すわ、なまえ!)

 これが、徐倫となまえの出会いから仲間となるまでの経緯(いきさつ)である。
 一度気を許すと、とことん懐く性格なのかなまえは徐倫にべったりであった。グェスが嫉妬するくらいにはべったりされていた、と言っておこう。
 よく分からないクセがあり、彼女は徐倫を見るたびに背中からタックルして頭を背中にこすり付けてくるのだ。そして――

「ジョリーン! ジョリーン! 徐倫徐倫徐倫徐倫ジョリーン! じょ、じょ、じょり……ジョリジョリ?」
「やめなさい」
「うぐぇっ」

 徐倫はそんな彼女の腹を肘で突く。そうでもしないと離れないのである。
 まあ、可愛いときもある。
 なまえはとてもおまぬけさんなので、多くのポカミスをしてしまう。それをカバーしてやることは容易ではないが、助けた時に向けられる輝かしい笑顔と大きな感謝の気持ちと評して熱い抱擁をもらうのは、なかなか悪くない。
 気づけば、彼女のお世話係(エルメェス命名)になってしまっていた。おいおい、父さんのDISCもあるのにお世話係とはなんだ。
 なまえのスタンドは、一度もお目にかかったことはなかった。なんでも、見た目があまりにも気持ち悪いので余り人には見せたくないらしい。スピードはかなりあるので、能力を発動させたら一瞬にしてひっこめるらしい。ちなみに、能力は対象物の《位置関係》を逆にするらしい。むしろそれだけでとくにパワーのあるスタンドではないようだ。サポートには向いている。それで何度か助けられた。けれども同時に、それで窮地に陥ったこともあった。そう、なまえ自身のポカミスっていうやつ。
 面倒ごとをよく運んでくるのだが、それでも彼女を放って置けないのは、彼女に助けられることが多々あるからだ。物理的ではなく、精神面で。
 なまえの能天気な笑顔と話には殺伐とした刑務所生活ではいつも心の支えであった。ときどき、神様ありがとう、なんて泣いて感謝したくなるときもある。

 なまえは優しい。生ぬるいくらい。徐倫の母のように。
 だから、半分くらい後悔していた。
 プッチ神父との戦いに、彼女を巻き込んだということを――

 小刻みに震えている。死闘を共にしてきた徐倫には分かる。多くの仲間を失い、命の危機にさらされ、なまえの精神はもういっぱいいっぱいなのだろう。
 ――ああ、彼女だけでも生き延びて欲しい――
 共に居て、戦って欲しいのに、そんなことを思う。
 徐倫の思いは虚しく、《その時》は訪れた。
 アナスイの《ダイバー・ダウン》がプッチの攻撃を《肩代わり》する。そして、承太郎が《スタープラチナ》で《時》を止めた。


 * * *


 徐倫は違和感を感じた。頼りにしている承太郎を見上げると、彼も何が起こっているのか分からない、という表情をしていた。

「どうやら、空間とかに影響を及ぼすことのできるスタンドだから、動くことができるみたい」

 ぞくり、と徐倫は全身に電流が走ったような感覚を覚える。気分は一気に高揚し、動悸が激しくなる。隣を見れば、不敵な笑みを浮かべるなまえの姿があった。そんな彼女の傍には、皺だらけでオドロオドロしい姿のスタンドがいた。そう、それこそなまえが今まで見せることのなかった彼女のスタンドである。
 なまえは、プッチを見上げながら言う。

「だから、時の止まった世界で、動きの止まったプッチ、あんたに私の《スタンド》能力をかましてやったわ! あんたはもう《加速》できない!」
「な……ん……だ……と……」

 そう、気が付いたのだ。早送りされたテレビ画面の様な景色は通常の流れを取り戻し、ただひとり、プッチだけが異様なまでに《スットロい》。

「誰よりも《速く》動けたあんたは、今度は誰よりも動きが《すっとろい》の! 早ければ早いほど、あんたの動きは鈍ってるはずよ!」

 にやり、となまえは笑う。

「私のスタンドの名前は《リバース》ッ! 対象となったモノの《位置関係》を逆にしてしまう……そう曖昧に説明しておいてよかったわ。もっと詳しく言えばねぇ、」

 ――指定した《物体》《現象》《空間》《スタンド能力》までもあべこべに出来てしまうの!

「私のスタンド能力は何もかもを逆さまにする能力……けれどそれだけ。単体じゃあなにもできやしない。だから、弱点をずっと隠してきたの。本当の能力を知られるということは、それだけ対策をされやすくなる」

 気づけば、アナスイの傷は致命傷になるようなところではなく、傷は深いが手当てすれば助かる位置へと変わっていた。ああ、これも彼女の仕業なのだろう。
 徐倫は、いつも妹のように可愛がってきた(たまにいじめたりしていたけれど)なまえが余りにも頼もしく見えて、目を見張った。

 ――ああ、忘れていた……なまえは、いつも土壇場で底力を発揮していたわ――

 普段は頼りないくせに、いざという時に頼りになる。そういう人間だった。だから彼女を連れてきたのだ。彼女についてきて欲しいと頼んだのだ。

「そらみなさいな! あんたはカメよりもノロマね!」

 あっかんべー、と舌を出しながらなまえはプッチに吐き捨てる。そして、徐倫を見上げた。徐倫は、彼女の視線を受け止め、もう方隣りにいる父親を見上げた。
 アイコンタクトで、全ては伝わる。頭ではなく、心で理解しているから。

「《ストーン・フリー》!」
「《スタープラチナ》!」

 徐倫と承太郎はそれぞれスタンドを出現させると、動きのすっトロいプッチに向かって渾身のオラオララッシュを叩き込んだ。途中でぶっ飛ばないように、ご丁寧に《糸》で身体を縛り付けての連打だ。

「うおぉ! 7ページ無駄無駄ラッシュも霞むような怒涛のオラオララッシュッ! さっすが空条親子ッそこに痺れる憧れるゥッ!」
「なまえ、あんたテンションが『ハイ』になり過ぎてキャラ変わってんぞ」
「エルメェス兄貴ッ! そこは『メタ発現、駄目、ゼッタイ!』っていうところッスよォ!」
「兄貴じゃあねぇッ!」
「あだっ!」

 最強のパワーと精密動作を兼ね備えた《スタープラチナ》と、そのスタンドを持つ承太郎の娘である徐倫のタッグ攻撃のおかげで、プッチの全身は複雑骨折。指一本も動かすことなどできない状態で海へと沈む。
 彼はもう、水面から顔を出すことなどできないだろう。能力を解除する《動作》の前に、体内の酸素は失せ、窒息死するだろう。
 徐倫には感覚で分かった。プッチ神父がやられたということを。感覚で理解したのだ。

「やったぁー! 徐倫の役に漸くだったどーっ!」

 上着を破いてアナスイの傷に当て、きつく縛り付けながらなまえははしゃぐ。余りの力の入り具合にアナスイが悲鳴を上げているがお構いなしだ。
 暫くすると、力が抜けるようなフニャフニャな笑みで徐倫に近寄って来るなり頭を撫でてほしい、なんて期待した目で見上げてくる。ああもう、その目に弱いのだ。

「仕方のない子」
「でへへ」

 ご褒美だ、というように頭を撫でてやれば素直に照れて喜ぶ。ああ、可愛い。

「徐倫のお命は私がお守りするであります!」
「チョーシ乗るな」

 ぽか、と軽く頭を小突く。それでも嬉しそうに笑う。
 ――ああ、あんたいつもいつも……――

(あたしの不安や恐怖を掻っ攫っていくんだから……)

 時々思う。もし、女ではなく男だったら、逆プロポーズをしてやってもいい。
 ……なんてね。





――――
あとがき

 おっそくなりましたぁああああッ!<(_ _)>
 そして異様に長ったらしい。申し訳ないほどながったらしいっ。
 原作をうろ覚えの方が自由度高いかと思ってあまり6部を読まずに(時間軸はできるだけ合わせようとそこは注意しました)やった結果がこの長ったらしい文だよ!
 もう、お相手が徐倫となってからうっきうっきしまくって……徐倫大好き結婚してください。アナスイには譲らんっ。
 だれか、徐倫お相手の友情(女)か恋愛(男)下さい(真顔)

 ファミレスで書き上げました(唐突な告白)。

 匿名様! いつもいつも力強い励ましの言葉やアドバイス、ありがたいですっ。
 感謝の気持ちをこの作品にぶつけました! 技量は間に合いませんでしたけれどもっ!(´;ω;`)
 もし、よろしければ受け取ってくださいませっ!
 リクエストありがとうございました!



更新日 2013.08.06(Tue)
姐さんのお命守り隊

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