短編(jojo) | ナノ


 私は、弱い。自他ともに認める、軟弱者だ。そんな自分を変えて、私や死んだ両親を馬鹿にする親戚を見返す為に、私はこの《スティール・ボール・ラン》に参加したのだ。けれど、現実はそんなチョコレートのように甘くはなかった。荒野を愛馬と共に駆け抜けた第1レースは21位。その際に、右足に重傷を負ってしまった私。ポロコロ(?)という男の馬が蹴った骨が偶然にも私の足に突き刺さったのだ。
 他意はないと思いたい。レースでみんないっぱいいっぱいなわけだし、これは事故なのだと、思いたい。

「ううっ……いったぁ……」

 手配された治療具でもって傷を手当てする。包帯をグルグルと丁寧に巻いてゆき最後に解けないようぎゅうっと縛った。

「これで、いくらかマシになったかな……」

 大丈夫、まだ走れる。私は包帯の上から傷を撫でながらつぶやく。諦めることは許されない。このレースを完走することこそが、弱い自分との決別だと、信じているから。

「?」

 おもむろに顔を上げると、長い髪に独特の顎髭を持ったテンガンロハットの男。名前は確か、ジャイロ・ツェペリだ。彼の目は明らかに私を見ていた。自意識過剰とかそういうのではなく、本当に私をじっと見ていた。目が合うと、彼はハッと我に返ったような表情を浮かべ、暫く何かを迷う素振りを見せたのち、こっちへと歩み寄ってきた。
 レース中、まったく目立たなかった私にいったい何の用か。不思議に思って彼を見上げ続けていれば、ついにすぐ目の前に、彼が立った。

「傷」
「きず?」
「平気か?」
「え……う、うん。リタイアするほどじゃあないし、ゆっくり走れば、大丈夫……あ、おっ惜しかったね、1位……ツェペリ君、意図的にやったわけでもないのに、違反と見なすだなんて、ちょっと理不尽だよね」
「おたく、分かってくれんの? ほんと、あの野郎共の目は節穴かってぇーんだよなぁ」
「は、はは……そういえば、スティール氏達の後ろにあった酒樽全部がひっくり返ったってほんと?」
「おうよ、良い気味だぜ」

 ジャイロ・ツェペリは言って「ニョホ」と独特な笑声を上げる。その時に、にぃ、と開かれてチラリと唇の間に見えた歯はもう個性の塊。「GO! GO! ZEPPELI」なんて掘って歯が悪くなったりしないのかな。

「ほれ」

 不意に、ジャイロ・ツェペリが私に差し出したのは、小さな小瓶が二つ。大きな彼の手に乗せられたそれらはより小さく見えた。それらとジャイロ・ツェペリを交互に見ていると痺れをきらしたのか、彼は眉間に皺を寄せて私の腕を掴む。手のひらをひっくり返されてそこへ小瓶を乗せられた。
 何やら液体の入った小瓶と、半径3ミリ程度のタブレット。なんだろうか、これは。薬瓶のようだけれど。

「液体の方が止血効果のある奴。タブレットタイプは痛み止めだ」
「えっ!」
「やるよ、あんたに。脹脛、怪我したんだろ? 使いなよ」
「いっいや悪いよ! ツェペリ君の大事な医療具じゃ……」
「ちげーよ。スティール・ボール・ランの設備のもんだ。こっちがゲストなんだ、思う存分、好きに使えばいいんだよ」
「え、あ、う、でも、でも……」

 なかなか引き下がらない私。こういう時は意固地になりやすいんだから、私って結構メンドーな性格してる。
 小瓶を持ったまま、上から見下ろしてくるジャイロ・ツェペリを見て、意味もなく宙に視線を泳がせて、私は狼狽する。
 ああ、なんか目に涙が滲んできた。恥ずかしくなって俯く。ふと、そのとき頬に温かくかさついた感触。驚いて顔を上げると、目と鼻の先に彼の顔があった。驚いて、一瞬呼吸が止まる。
 意志の強い彼の瞳が、私の体を射抜いた。

「使え、なまえ。あんたに使ってもらえなきゃあ俺がムカつく野郎共に態々貰ってきた意味がなくなっちまうぜ」
「あっ……う、ん」

 素直に頷くと、満足そうにジャイロ・ツェペリは「ニョホホ」と声を上げて笑う。頬から両手を離すと彼はすっくと立ち上がって颯爽と去って行った。去り際、彼は「ジャイロって呼んでくれ。《ツェペリ君》だなんて擽ってぇーよ」と言っていた。

「変な人……」

 自分以外の選手全てが敵だと言っても過言ではないこの横断レース。少しでも、ライバルは少ない方が良いに決まっている。私だって、――止める気はないが――あとちょっと突けば脱落せざるを得ない状態となるだろう。それなのに、彼は、貴重な品を私に渡すだけでなく、心配までしてくれた。これを変だと言わずになにを変だと思うのだろうか。

「けどまあ、悪い人じゃあなさそうだよね」

 レース、もう少しだけがんばれそうだ。


 * * *


「おかしい」

 私はとある酒場のカウンターにて頭を抱えていた。

(どうして私、10番以内に入ってるの? てっきり20番以下だと思っていたのに……え〜〜なんでなのよ〜〜〜〜)

 おかげで、先程妙なやっかみを受けたりレース中に幾度か危ない目にあった。そのたびに、いいタイミングでジャイロ君と相棒のジョニィ君に助けられた。もうほんと、申し訳ないです。
 いつか、どうして私を助けてくれるのか聞いたことがあった。彼は困ったような顔をして一言「恩人だからだ」と言った。私、彼に助けられた覚えはあるけれど彼を助けた覚えが全くないんですけど。

(でもまあ、そのたびにジャイロ君とお話しできるから、ちょっと嬉しいっていうか……って何考えてるのかしら、私ったら)

 自分でも分かるほど顔が火照るのが分かる。慌てて熱いそこを両手で押さえて辺りを見渡した。よかった、誰もいない。ほっと一息ついて、私は目の前に置いてあるグラスを口付けた。その時、ふと誰かが隣に腰かけてきた。私は気にせず、振り返りもせずにグラスの中にあるアイスコーヒーで喉を潤した。あ、おいしい。

「なあ、君」
「?」

 隣から声が聞こえ、話しかけられたのだろうか、と思ったので私は隣を振り返る。そこに居たのは、トンデモナイ奴だった。
 絹のように柔らかそうな金髪、獲物を狙うような鋭い光を宿した瞳、ぽってりとした唇に、スッとした鼻筋、全体的にバランスのとれた端整な顔。そして、自身に満ち満ちた表情。彼の名は知っている。この大会でも、話題になった人物だ。

「貴方は、ディエゴ・ブランドー……」
「おや、君のように可愛らしい女の子に名前を知られているだなんて光栄だな」

 私はとっさに、ウソだ、と口に仕掛けた。なんとか言葉を飲み込んで、曖昧に笑う。
 この人は、私のことを可愛いだなんて思ってもいなければ、光栄だとも思っていない。なんとなくわかる。女の勘って奴かな。まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは、どうして優勝候補のディエゴ・ブランドーが予想20番以下の選手に一体なんのようだ、というところだ。
 嫌な予感がする。早々にこの場を離れた方がよさそうだ。私は無言で立ち上がった。すると、腕を彼に掴まれる。

「おいおい、話しかけた直後に席を立つだなんて無粋だな……それとも、なにか疾しいことでもあるのかい?」
「いえ、ただちょっと馬の様子が気になったので……今日は、ちょっと無理をさせてしまったから、明日に支障がでないように、ケアを施すのは、馬にまたがる人間にとってはごく普通のことだと、思います」

 声が震えるのを隠すために、私は一区切り一区切り、ゆっくりと言った。

「ああ、確かに君の馬、少し疲れている様だったな……だがま、俺とほんの少しお喋りするくらいの時間はあるさ」
「そ、そうですか……」

 結局言いくるめられてしまい、私は再び席に着いた。ああもう、私のこういう押しの弱さは本当に悪い。とくに今の様な場合とか。

「まどろっこしいのは嫌いなようだから、さっそく本題に行こう……君は一体どんなトリックを使っている」
「へ?」

 私は目を丸くしてディエゴ・ブランドーをまじまじと見た。全く心当たりがないからである。茫然と彼を見ていると、彼は痺れを切らしたのか、眉間に皺を寄せて唇を歪ませる。

「君の馬術はそこそこだが、それくらいこの大会ではごまんと存在する。長距離に向く馬を使用しているのはまあ良しとして、それに跨る君は戦闘においてあまりにも無謀すぎる……このほとんど無法地帯とも言ってもいいレースの中で、君のような格好のカモがどうしてここまで残って、かつ上位の方に食い込んできているのか疑問なんだ」
「ああ……」

 私はなるほど、と思わず納得してしまう。彼は私が疑問に思っていることを、彼も疑問に思っているのだ。私は困った笑みを浮かべる。

「それは、私にも……よく分かりません」

 いやほんと、よく分からない。何か組織的なものに加入している訳でもなければ後ろ盾だってない。だって私かなり貧乏だし。毎日必死にバイトして生計を立てているに過ぎない。
 にへら、と情けない笑みを浮かべたまま頭をかいていると、ディエゴ・ブランドーの目が一瞬丸く見開かれる。珍しいその表情に私が見惚れていると、次の瞬間には鋭くキラリと光った。

「……最初はスタンド使いか、または遺体保持者かと疑ったが、そうではなさそうだな」
「すたん……えっ?」

 聞きなれない単語が聞こえ、私は首を傾ぐ。というか、先程恐ろしい単語を聞いた気がする。彼、今《遺体》って言った? え、何で遺体? そういうの流行ってるの? 怖っ!
 こっそり、ドン引きしていると、不意に手首を掴まれる。ディエゴ・ブランドーだ。私は困惑した。

「あ、えっと……?」
「予定が変わった」
「よ、予定?」

 なになに? なんなの?
 私は戸惑いで上手く思考がまとまらない。ただ、分かることはひとつ。逃げないとなんかヤバい。草食動物の勘って奴だ。

「ご、ごめんなさい……そろそろ馬の様子をみなきゃ」

 私は立ち上がり、引け越し気味に言う。それでもディエゴ・ブランドーは私の手首を放さなかった。いやむしろ、力を入れる。ぎちぎちと、骨が軋むくらいには強い。

「いっ痛い、痛いよブランドー君っ、はなし――」

 私は言葉をなくす。彼の顔が目と鼻の先にあったからだ。獲物を狙う捕食者のような鋭利な瞳。どう猛に、貪欲に、目の前の対象を見つめる目だ。端整な顔をしているので、さらに威圧感倍増だ。
 彼はにんまり、と笑って私に「顔を赤くしないんだな」とのたまう。いやまあ、心に気になる男性がおりますので。浮気は私の住む場所ではご法度ですし……――なんて、のん気な事を考えているのがいけなかった。気づけば、彼の大きな手は私の腰の上を厭らしく這い、そっと尻をもむ。私はゾワリと肌が泡立つのを感じた。

「やっやめて下さいッ、そういうの、こっこまっ困ります!」
「ああ、見た目を裏切らず力がないな。まるで赤子のようだ」

 逞しい彼の胸を叩いても、腕をはがそうと掴んでも、全くビクともしない。虚しいくらいに無力だ。
 彼のハスキーボイスがそっと私の耳元で囁く。気を楽にしろ、と。彼の声はまるで高級なワインのように甘美でとろけてしまいそうだった。けれど、だめだ。負けられない。女の意地として、負けられないっ!
 こうなれば、恨まれてもいい。男の勲章を蹴り上げるしかない。私はそう決意して唯一自由な足を勢いよく上げようとした――その時だ。ギャルンッという空を勢いよく切る奇妙な音を聞いた。すると、目の前のディエゴ・ブランドーは私の視界から一瞬にして消えてしまう。そして、なにか黒い球体が私の目の前を通り過ぎて行った。吃驚していると頭上から何かがうなる声が聞こえた。見上げれば、いつの時代からタイムスリップしてきたのか、本物の恐竜が壁にへばりついていた。思わず、「ひぃっ」と引きつった悲鳴を上げてしまう。しかし、その恐竜の下に見覚えのある物がめり込んでいるのを見て、私はそちらの方へと意識を持っていかれた。
 それは、鉄球だった。このレースの選手の中で、鉄球を好んで投げる人を、私は一人しか知らない。

「無事かなまえ!」
「じゃっジャイロ君! ジョニィ君も!」
「僕はついで?」
「あ、ごめっそういう意味じゃ……」
「おいジョニィ、そうやってなまえをからかうなよ。彼女がそういうの苦手だって知ってるだろ」
「反応が可愛いし面白いから仕方ない」

 ジョニィ君の言葉に、私は思わず顔を赤くする。ジョニィ君はお世辞を言わないから、褒められると素直に嬉しいのだ。でも、照れると決まってジャイロ君が拗ねて私にデコピンする。何故だ、解せぬ。

「あ、あの恐竜は……」
「ディエゴだ」
「えっ、ブランドー君!?」

 二人は、鋭利な瞳で恐竜、通称ディエゴ・ブランドーを睨みつけた。確かに、よくよく見てみれば見覚えのある顔(?)と人に近い体、鋭い目(?)――う、うん、なんとなくディエゴ・ブランドーということは分かるぞ。
 恐竜はグルグルと唸っていたと思えば、さっと踵を返して窓を割って外に出て行った。一体、彼の目的はなんだったんだ。私みたいなちんちくりんな体を持つ女の子を探すほど、相手に困っていないだろうに。

「なまえってスタンド使いじゃあないんだよな?」
「う、ん? ブランドー君も言ってたけど、そのスタンドってなに?」
「……ああ、分からなきゃあいいんだ。なあ、ジャイロ」
「ああ。知らなきゃ、それでいい」
「?」

 ジャイロ君は私の頭をひと撫ですると踵を返す。

(あ……もう、行っちゃうのか)

 そりゃそうだよね。彼にも用事とかあるし、なにか使命があるような雰囲気だし、私みたいな平凡な選手が彼とほんの少し話せて関わりを持てることが幸運だと思うべきだよね。
 ひとり、しょぼん、と落ち込んでいると、「あ、そうだ」とジャイロ君のつぶやきが聞こえた。俯き気味だった顔を上げると、すぐそこに彼が立っており、驚く。しかし、更に驚いたのは、彼が私の頬に手を添えると反対側の耳をもう片方の手でゴシゴシ汚れを拭うように擦ってきたことだ。

「痛い痛い痛い、ジャイロ君痛いっ」
「ああ、悪いな」
「悪いと思ってる声じゃない!」

 絶対耳真っ赤だ。羞恥心とかじゃなくて物理的なもので真っ赤だ。

「ちゃんと、身体洗っとけよ。爬虫類くさいからな」
「えっ!? ほっほんとに!?」

 うそん!? そんな爬虫類クサいですか!? ディエゴ・ブランドーのせい!?
 私が大慌てで自分の匂いを嗅いでいると、それを遠目で見ていたジョニィ君に思いきり笑われた。恥ずかしいです。
 グシャグシャと私の髪を揉みくちゃにしたのち、「じゃあな」とジャイロ君は言って今度こそ去っ行こうとする。しかし――

「!?」

 私は《見た》。海に沈む彼の姿を。思わず、彼の手を取る。驚いた彼は弾かれるように私を見下ろす。

「気を付けて」
「は?」
「海が、襲ってくるから」

 私は昔から、奇妙な力がある。ふとした拍子に近いか遠いかわからないけれど、未来が見えるのだ。誰も、信じてはくれないけれどね。

「海?……まあ、肝に銘じておくぜ」

 手をフリフリと振って今度こそ彼は愛馬に跨って去って行った。

「はぁ〜、柔らけぇなあ、あいつの髪」
「君って意外と一途だよな」
「しかし、あの野郎……なまえの体にベタベタ触りやがって……俺だってまだなのに!」
「まーそうだね。あ、ジャイロそこのナイフとってくれよ」

 私の知らぬ間に、そんな会話が交わされていたとは、夢にも思わず、私は愛馬の様子を見たのちに眠った。





―――――
あとがき

 ジャイロむずかしー!
 彼って、結構俺様かつ若干ミステリアスなところがあるイメージなので、口調がちょっとわかりにくいと言いますか。
 まあ、いつもキャラクターの口調には悩みまくりなんですが、ね!

 kotte様、ジャイロならば何でも大丈夫とおっしゃられたので、色々と悩みましたがこのような形になりました。
 ちょっと文章にまとまりがなさそうで、落ちも微妙かもしれませんが……こっこのような拙品でよろしければ受け取ってくださいませ。





更新日 2013.07.21(Sun)
鉄球使いの恩返し

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