驚異的状況でも慌てず騒がず、敵相手に怖気ずくこともなく真っ向から立ち向かうことのできる男、その名も空条承太郎。
彼のかよう学校ではすでに番長的立場にあり、誰も逆らうことのできない。しかし、そんな冷静沈着かつ度胸のある承太郎でも、どうにも打破できない問題もあった。その難攻不落とも思える問題の原因が、彼の逞しい腕を引く一人の女――
「さあ、行くぞ承太郎! 腹が減っては戦は出来ぬ、腹が満たされれば生きる!」
「極論だな」
この女はみょうじなまえ、承太郎の幼馴染である。
偉そうな口調だが、全くえらくはない。幼い頃は全く違った口調であったのだが、いつしか彼女は「こっちの方が頭良さそうだから」という理由で現在の口調を始めた。昔からそうだが、どうしてこんなに阿呆なのだろうか。承太郎はいつも疑問に感じる。だが、こんな阿呆に、承太郎は惚れているのだ。猛烈に。
「むむっ、なにかいい匂いがすると思えば、ケバブを売っているじゃあないか! あの店に突撃するぞ承太郎!」
「へいへい」
腕を引かれるままに承太郎はなまえと共に店へと向かった。涎をみっともなく垂らしながら爛々とした目で袋詰めされてゆくケバブを凝視する彼女を横目に見つめながら承太郎は思う。今日も相変わらずの奴だ、と。そんな彼の視線に気づいたのか、彼女はふっと顔を上げて彼を見た。
「そんなに見つめて、どうしたんだい?」
目を丸くして、かくり、と首を傾げる姿は、惚れた弱みと言う奴か、可愛らしく思えた。しかし、そんな彼女はハッと気づいたような表情を浮かべると承太郎をきつく睨みつけてきた。
「……まさか、このケバブが欲しいのか!? やらん! やらせはせぬぞ! これは私のケバブだ!」
「……誰もおめーのケバブなんざ狙ってねえよ」
「ふん! あの亭主をごまかせても、私の目はごまかせぬぞ承太郎!」
「……やれやれだぜ」
別に、好きだから見つめていただけなのに。なんで気づいて貰えないのだろうか。
二人は、無事ケバブを購入すると再び喧噪の中へと歩き出した。承太郎の横では、嬉しそうにケバブを頬張るなまえ。上手く食べれないのか、油やなんやら口の端に付けたりそれを懸命に舌や指でぬぐったりと奮闘している。その姿を可愛い、と思いながら見つめていると、不意に彼女は立ち止まる。
何かと思ってみていると、彼女は手に持っていたケバブを口に頬りこんで咀嚼するとその手をうなじの方へと回し、一言――
「ぬぅ、視線を感じるぞ……誰か私を見ているな?」
「……」
「あいた!? なっなにをする承太郎! きっさまァ――――ッ!」
なんとなくイラッと来た承太郎はなまえの頭を大きな手で鷲掴むとそのまま一気に力を込めた。けれども、全く胸の内にあるモヤモヤはぬぐえない。
茶番で周囲の視線を集めたまま、二人が今度向かった先は一見の喫茶店。そこで一服しようとしていた。大きな紙袋に入ったケバブを大事そうに横の椅子に置きながらなまえは着席する。彼女の向かい側に、承太郎は腰を下ろした。
「パフェを食べよう。ここの美味しいってさっきそこの少年が言っていたぞ」
「食いもんのことになると嗅覚と聴覚が異常に良くなるな、おめーはよ」
「いやー、それほどでもあるかな!」
「褒めてねえ」
幼馴染に呆れながら、承太郎は煙草を取り出すと火をつけ、吸う。紫煙がエジプトのぬるい風によって揺らめいた。その間、いつの間にかパフェの注文を終えていたなまえは、さっそく幸せそうな表情でパフェを頬張り始めた。そのあまりの良い笑顔にため息が出そうになった。ふざけやがって、と。
ふぅ、と外界へと煙たいソレを吐き出しながらパクパクとまるで無邪気なガキのようにパフェを食すなまえを見つめる。きっと、目の前の光景は、どれほど見ていても飽きないのだろう。
他人ならば飽きてしまうくらいに、彼女の食事姿を見てきた。胃もたれするくらいにたくさん食べる彼女を見てきた。けれども、承太郎は気持ち悪くなったり飽きたりしなかった。ずっと、ずっと見ていられる。誰よりも、なによりも。それなのに――
「貴様! 見ているな! 言っておくがこれは私のガフガフガフ」
「うるせぇ」
何故気づかない。いい加減、《視線》の意味について分かってもいいだろうに。
* * *
宿泊するホテルへの帰り道。承太郎は、なまえが居るにもかかわらず大きなため息をついた。今日一日、本当に彼は不憫だったろう。いままでため息が出なかったのは立派である。
ため息をついた承太郎が不思議だったのか、ケバブに夢中であったなまえは手を止めてまじまじと承太郎を見た。
「はは、珍しくため息なんかついちゃってぇ〜。幸せがにげてしまうぞ〜」
「……」
誰のせいだ、誰の。そう言ってやりたい所であるが、承太郎はグッと言葉が飛び出そうとするのを抑え込んで無言を貫いた。
二人の間に、沈黙が駆け抜けた。ケバブを咀嚼する音も聞こえず、あるのは周りの喧噪のみだった。
「ね、承太郎」
「あん?」
服を引っ張り、名前を呼ぶのでそちらへと向けば、思いの外近くまで体を寄せられていた。その事にほんの少し驚いていると、その隙を狙ったのか、なまえは承太郎の襟をグッと掴んで引き寄せて、そして、承太郎の頬にキスをしたのだった。
「!?」
驚きで声が出ず、茫然となまえを見下ろす。すると、目の前の彼女は照れくさそうにニヘラと笑うのだ。
「ホリィさん、いつもしてたよね。承太郎って何だかんだ嬉しそうなの、私は知っているよ」
なまえは穏やかな口調で言う。このときだけは、彼女は昔の口調に戻る。温かくて柔らかい表情を浮かべたまま、見つめてくるのだ。
「ホリィさんの代わりに私が幸せを分けてやろう。光栄に思うがよいぞ」
得意げな顔を作っているのだろう。しかし、途中から恥ずかしくなったのか、実際は顔が耳まで真っ赤である。そんなみょうじなまえは承太郎にケバブを押し付けるとクルリ、と方向転換をしてスッタカスッタカと早足で去ってゆこうとする。
「!」
ようやく、意識を覚醒させた承太郎は弾かれたようになまえの背中を追う。長い脚で少し歩調を速めに進めばすぐに追いついた小さい背中。その背中がブンブンと照れ隠しに勢いよくふる腕を掴み、引き寄せる。驚いているなまえの頬に、そっと包むようにして手を添えると少々強引に寄せる。そして――
「足りねぇよ、鈍感」
言って、承太郎は噛みつくようになまえの唇を奪う。
好きな女との初めてのキスは、ケバブの味という、甘酸っぱくもなく青春の「青」の字もないモノだった。
――――
あとがき
で、できた! リクエスト第一弾ッ。
夢主のセリフはおもっくそDIO様を意識しました。
一応、話はエジプトへ向かっているという設定があります。
お待たせして申し訳ないです、わかめいっぱい様。
このような拙品でよろしければ、受け取って下さいませ!
リクエストありがとうございました!
更新日 2013.07.21(Sun)
食いしん坊な君
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