短編(jojo) | ナノ


 冬の寒さを越え、春の温かな風が芽吹く木々や草花を揺らす。M県S市の杜王町にも、それはやってきた。しかし、同時にある一定の人間たちには少々辛い時期がやってきたのだ。それは、ぶどうヶ丘高校二年みょうじなまえも例に洩れず。彼女は顔をすっぽりと覆ってしまいそうなほど大きなマスクの下にある鼻をズビズビとならした。
 花粉ッ! この時期に、必ずやってくる花粉症の人間殺しのその存在。症状は人それぞれであるが、目のかゆみや、くしゃみ、鼻づまりはスタンダードな症例だろう。彼女の場合、鼻水鼻づまり時々くしゃみが症状だ。

「ぐるじー」

 薬を飲んできた筈だが、それでも効かないとは恐るべし花粉症。朝から嘆息せずにはいられない。

「ちーっす、なまえ先輩」
「ん? あ、仗助君」

 後ろから声をかけられ、振り返れば母校で有名な東方仗助であった。彼は少々時代遅れと思われるようなリーゼントをしているが、なんとその髪型をちょっとケチをつけられるだけでも周りが手におえない程に怒り狂うとんでもない奴であった。しかし、普段は見た目とは違いとても温厚な性格だった。
 ハーフなので堀の深い顔立ちに翡翠の瞳で、学校では評判の男前。しかも性格も三枚目なところがあるが、男前ときた。これでモテない訳がない。なので、なまえは何故このような素晴らしい後輩と「お付き合い」所謂恋人な関係にまでなれたのか日々、不思議でならない。

「風邪っスか?」
「ううん、花粉症」

 ズズ、と鼻をすする。声も鼻声だ。情けないとは思いつつも、生理現象であるわけで、どうにもならないのである。

「仗助君も気を付けた方がいいよ、かなり辛いから」
「見りゃ分かるっスよ〜〜、話難そうだし、せっかくなかなか会えない先輩と会えても顔みれねーし」
「ッ!?」

 最後のセリフは些かいらないモノだと思われる、というか絶対いらない、必要だなんて認めないィイイイイッ!
 なまえは、胸の内で叫ぶ。余りの動揺からか、口をパクパクとさせているが、幸か不幸か、マスクをしている為に目の前にいる仗助には分からない。

(くっ、いつもそうだ! 彼はさり気なくトンデモナイ事を平然と言ってのけてしまう! こっちの心臓を考えなされよ!)

 しかし、本人に言うのは恥ずかしいので胸の内で留めておく。
 しばらく肩を並べて歩いていると、前方の方によく知るメンバーの背中が見えた。あれは康一に億泰に……なぜそこにいる玉美。ああ、康一の荷物持ちか。
 今日も彼らは愉快なのだろう、なんて思いながら目を細めると、不意に名前を呼ばれた。「なまえ」と。彼女は驚いた。一度だってそう呼ばれたことなんてないからだ。いつも「先輩」が付くかそれだけの呼び方だったからだ。驚いて顔を上げれば、太陽の光何て見えず、あるのは普段より近い彼の顔。「え?」と思った瞬間、マスク越しに柔らかな感触を唇に感じる。しかし、意識がその行為について理解した時には既に彼の顔は彼女よりも高い位置にあった。

「暫くおあずけでも、これくらいはいいっスよね!」
「へ、え?」

 悪戯が成功した子供のような表情を浮かべたのち、彼はそう言い残して前方を歩いている仲間たちの方へと走って行った。彼の耳はよく見るとほんのり朱に染まっていたのだが、彼の行動に目を白黒させているなまえは気づかない。
 残された彼女は、段々と顔を真っ赤にして行き触れられた場所を思わず手で押さえていた。確かに、彼の言うとおり、今の自分の顔をマスクの下から晒したくないし、鼻声だってできれば聞かせたくない。だが、これは――

「私がおあずけされたみたいで悔しいんですけど……」

 頬をふくらまし、放課後は絶対にやり返してやると意気込むなまえであった。





――――
あとがき

 初めての短編は絶対に仗助君だと決めていたのだ!
 絶対に、彼しかいないのだと!
 ようやく短編の方をup出来て良かった。でも、一個だけだと寂しいから早く何かほかのを考えなきゃなあ。
 長編では同年代だったので、今回は先輩にしてみました、はい。
 ……花粉症つらいです。



更新日 2013年 3月15日(金)
おあずけ

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