鉄壁の少女 | ナノ

18-3



 商店街のとあるアイスクリーム屋にて――
 億泰君と仗助君は「CLOSED」という表札がかけられた店内をガラス窓越しから覗いていた。私というと、そんな二人の背中を眺めています。大きくて頑丈で逞しい、立派な背中です。
 「閉まってるね」私が言うと億泰君は目に涙を浮かべ、嘆いた。この今見ている店にある「ストロベリー&チョコチップアイス」を舐めながら登校するのが、彼の嫌いな月曜の朝の唯一の心の慰めだからだ。両手を組んで祈るような彼の姿を見ていると、ちょっともらい泣きしてしまいそうだ。可哀想だから明日お菓子作ってきてあげようかな。彼、持っていくとかなり喜ぶから。

「アイスクリーム……なめたいんですか?」

 仗助君が、嘆く億泰君に「諦めよう」と言ったその直後だった。不意に後ろから最近聞いた声が聞こえてきた。振り返れば、あの不思議な青年の姿があった。彼はもう一度問う。アイスを「なめたいんですか?」と。億泰君は頷き、しかし諦めたように今は店が閉まっていて朝は駄目だと返した。そんな彼に、青年は穏やかな口調で言うのだ、諦める必要はないと。
 青年は、自分の持っている鞄に手を突っ込む。

「丁度、三本持ってました……さっきのティッシュと交換ということで」

 彼が言って中から取り出したのはあの店のアイスクリーム。そう、私達の目の前に現れたのは、しっかりと包装されたアイスクリームだったのだ。それは持つとヒンヤリと冷たく、これはアイスクリームなのだと嫌でも思い知らされた。
 なんだか微妙におかしい。何故鞄の中からアイスクリームが出て来るのだろうか。私達が喜んでいないという様子からか、青年はそのアイスクリームじゃあダメだったのかと問うてくる。若干話が噛み合っていないようだ。私達はそんな事を聞いている訳ではない。

「何者だーテメ――ッ!? 俺達になにか用かよ――ッ!?」
「だから、それはさっき言ったはずですけれど……私はこの地球に住むためマゼラン星雲から来ましたと……あっ! 私の自己紹介を聞きたいんですか? そうですね? うっかりしてました」

 そういうと、彼は自己紹介を始めた。彼の名前は『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』、年齢216歳、職業は『宇宙船パイロット』、趣味は『ペットを飼う事』。今日も鞄の中に二十日鼠を入れてきており、目の前に出して背中を撫でている。そんな『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんへ、仗助君と億泰君が疑惑をもつのは明らかだった。

「こっこいつ、《スタンド使い》だ。間違いねえ、ブチのめそうぜ仗助!」
「慌てるな、億泰……《スタンド使い》がよぉ〜、てめ〜から『マゼラン星雲から来ました』なんて言うか? フツー」
「じゃ、じゃあなんなんだよぉ〜〜!? こいつはよォ〜〜!?」
「検討もつかねーよ……少し探りを入れてみるんだ。でも用心はしてろよ。その『アイスクリーム』は食うんじゃあねーぞ! 桔梗、おめーは少し離れた所で見てろ。もし変な動きを見せたら《スタンド》で防御してくれ」
「う、うん」

 私の《レディアント・ヴァルキリー》は、仗助君や億泰君の《スタンド》よりも若干射程距離が長い。それでいて防御力が高いのだから、守る対象がいる時、この《スタンド》程適正なものはないだろう。少し離れた場所で、私は二人と『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんを見ていた。

(……あ、やっぱりだ)

 私は少し離れた場所で見ていて分かった。やはり『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんは《観察》をしている。億泰君の動きを見て、一つ一つの動作を真似ている。

「するってーとよ、なにか? あんたよ〜自分が……その、『宇宙人だ』と……こういう、ことなのか?」
「宇宙人! そう! その単語を使えば良かったですね? 『私は宇宙人です』」

 仗助君のと問いに、『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんは嬉しそうな表情をして頷いた。そんな彼に億泰君が何か言おうとしたのだが、それを仗助君が制し、話を続ける。

「宇宙人ならよぉ〜『空飛ぶ円盤』つーの? あんたの宇宙船ここに呼んでみてくれねーか? 呼べんだろ?」
「勿論、呼べます……でも残念ながらここから150万キロ上空に待機して3日程かかります。今すぐには無理です」
「そ、その腕時計で呼ぶのかい?」
「おお――ッ!! どうして分かったんですっ!?」

 私は、どうにも彼は《スタンド使い》ではないような気がしてならない。本気で自分が宇宙人だと思っている様子なのだ。かといって、私だってほいほいと「はいそうですか」なんて彼の話を聞いて信じるわけではない。敵ではない、そう思っているだけだ。
 仗助君は、何度か探りを入れてみたが、その度に『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんは上手い事言って流してしまっていた。

(ん?)

 私はクンクンと鼻を引くつかせる。何かが焦げるような臭いを感知したのだ。火事か何かだろうか。それに気づいたとほぼ同時に消防車がけたたましいサイレン鳴らしてやって来た。朝から火事だなんて穏やかじゃあないなあなんて思っていると――

「ギャアアアアア―――ッ!」

 私はビクリを肩を震わせて驚いた。いや、仗助君と億泰君も、まるで断末魔の叫びのような悲鳴に驚いている。悲鳴の発信源は、あの『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんだ。彼は尚も大音声で悲鳴を上げ、苦しそうに悶えている。彼の顔や手のひらには、アレルギー反応によくにているブツブツが大量に現れていた。

「この音は嫌なんだ〜〜! アレルギーなんだよぉ――ッ! 止めてくれ――っ!」

 頭を抱えたまま、彼は茂みの方へと飛び込んで行った。
 億泰君は、「此奴は危ない」「もう行こう」「関わるのはごめんだ」と言って行こうとする。確かに、ちょっと『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんと関わるのは骨が折れそうだ。けれど、流石に置いていくのは惨いと思った仗助君は、様子を見るだけだと言って茂みの方へと入ってゆく。私も、ちょっと気になったので彼について行った。
 『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんは、大丈夫かという問いかけに、息も絶え絶えに。

「駄目だ、連れてってくれ……この音の聞こえないところまで……」

 そういうと、彼の体が、なんとひも状に分解。私と仗助君は驚愕した。彼は何にでもなれる『能力』がある。だたし、機械のような精密で『自分の力以上で動く』ものにはなれないらしい。ひも状になった彼は、仗助君の足にまとわりつくと次に何か別の物へと変化して行っている。スニーカーだった。しかも『MIZUNO』。

「うおっおっ!?」
「じっ仗助君!」

 仗助君は、スニーカーとなった『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんを『履く』と動物で最も俊足だと言われている豹よりもあるだろうスピードで学校へと向かって行った。その凄まじい脚力に茫然としていたが、ハッと我に返った私は億泰君の方へと走って戻る。

「おおおお、おくっおくっ億泰君っ」
「どっどうしたんだよ桔梗? っつーか仗助の奴はどうしたんだ」

 異様に動揺している私に驚いた億泰君は、戸惑った表情で、フラフラ覚束ない足取りで茂みから出てきた私を受け止める。……うん、いい人だ。

「ひっひも! ヌーさんが紐になって仗助君の足に引っ付いてスニーカーになってビョアンってぶっ飛んで!」
「おいおい、落ち着けよぉ。おめーの話の方がぶっ飛んでるぜ」

 彼の言葉で幾分か冷静になれた私は、しがみ付いていた億泰君から離れ、深呼吸した。

「あ、そ、そうだね、うん。とりあえず学校に行こう」
「仗助は?」
「多分、学校に、ものすんごく早く着いてると思う」

 私の言葉を彼は疑問に思っただろうか。眉間に皺を寄せて訳が分からねえと言いたげな表情になっている。しかし、考える事が苦手な彼はもうそれ以上頭を自ら悩ませる事をやめ、鞄を持って歩き出した私について歩き出した。
 学校へ行って教室に入れば、予想通り、仗助君がいた。ただ、一緒にいたはずの『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』さんはどこにもおらず、なっていたスニーカーもなかった。それとなく聞いてみると、仗助君はなにやら悪どい笑みを浮かべて知らないと言う。何か別の物に変身してどこかに隠れているのだろうか。
 怪しい、何だか怪しいぞ。仗助君の笑顔が更に私の疑惑を大きくしていっている気がする。彼がこういう表情をする時は、何か悪戯を仕掛ける時だと私は知っている。真意を探ろうとじっと見ていると、視線に気づいた彼は、ニッと笑って手を伸ばしてくる。何をする気だろうかとみていれば、仗助君の手は中指を丸めて親指にかける形にすると――

「いでっ」

 デコピンしてきた。
 ……くそう、仗助君の意地悪。


.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -