18-2
月曜の朝――
私は眠たい目をこすりながら家を出た。昨日はなんだか寝つきが悪かったのだ。奇妙な夢を見ていた気がする。そう、確か夜空に円盤型の物が飛んでいたような。
(まさか宇宙人がやってきたとかあるまいし……でも、あったらあったでおもしろそー)
しょぼしょぼする目を何とか開き、横で会話を展開する大柄な友人たちを見た。ほんと、彼らは出会いこそ敵同士だったがよく気が合って仲が良い。見ている私の方が楽しくなってしまうくらいだ。
「ちっくしょ〜〜例の金……宝くじで当てた116万円よ〜〜」
今にも涙ぐんでしまいそうな仗助君は言った。凄いなあ、宝くじが当たって116万円って。学生なのに凄い大金だ。ああでも、億泰君もある理由でかなりのお金をもっているんだっけ。
彼がこんなにも嘆いている理由は、せっかく当てた大金を納めている口座が朋子さんにバレて封鎖されてしまったからだった。流石の彼も、東方宅のドンである朋子さんには口で勝てないのか、封鎖された口座を取り戻す事が出来なかったらしい。
「するってーと仗助〜〜『オケラちゃん』に逆戻りかよ〜〜?」
「だよッ! 吉良の事件も起こってるこんな時だ、別におれ豪遊しようとは思ってねーよ。でも、サマーシーズンに小遣いがねェーつーのはきちィよォ〜〜〜〜」
「そいつは残酷だなあ〜〜。なあ、桔梗」
「まあ、遊びたい時期にお金がないのはつらいねえ」
サマーシーズンっていえば多くのイベント盛りだくさんじゃあないですか。夏祭りとか、花火大会とか、デパートじゃサマーバーゲンセールとかやる時期じゃあないですかあ! そんな娯楽満載の時期にお金がなくて遊べないというのはきついし辛いだろう。
「オメーはいつもどんなふうに過ごしてたんだ? なあんか偏見かも知れねーけどよォ、延々と図書館で本を読んでるイメージだぜ」
「ふっふっふ、残念だったな億泰君、私がもといた場所は山奥で交通の便も悪く町の外に出ないとコンビニがないという場所だから無論図書館もない!」
「マジか! すっげード田舎だな」
「マジだ! だからお金があっても周りに何もないから家で日がな一日ゴロゴロするしかなかったんだ。ときどきお菓子作りしてたけど」
「ミノムシみてーに布団にくるまってゴロゴロしている様が目に浮かぶぜェ〜〜」
「それこそ偏見だよ!」
さすがに布団にくるまってロードローラーのように床を転がったりはしない。そう言いながら背中に一発平手を決めてやろうかと思ったが、私と億泰君の間には仗助君が塗り壁のように聳え立っているので出来なかった。ちょっと今だけ場所をチェンジしないかね、仗助君っ。
「ふわぁ……」
先程の会話で眠気が吹っ飛んだと思ったが、それは気のせいだったようで欠伸が出てしまった。それを見ていたのだろう、仗助君が「眠れなかったのか?」と聞いてきた。
「う〜ん、なんか不思議な夢を見たせいっていうか、寝つきが悪かったっていうか……」
言っている間に段々と瞼が重くなってきたので、私は思わず眉間あたりを押さえる。しかし、不意にあたりがほの暗く感じ、伏せていた顔を上げると、目と鼻の先にあった仗助君のしかめた表情があった。まさか彼の顔が近くにあるとは思ってもみず、驚きのあまり声も出ずに硬直してしまった。
横にいた仗助君は、長身からか体を少し前に倒すだけで私の視界を全て奪ってしまった。もう少し身長差が縮まればこうはいかず、普通に目の前に立たなければならないだろう。
「大丈夫か〜〜? ちょっと顔色もワリーしよォ〜」
じっと私の目を覗き込んでくる真摯な瞳に、ついつい目を奪われてしまう。一瞬、彼の言ったことを流しそうになったが、なんとか「大丈夫」と答える。それでもやはり、意識を全て彼の瞳に奪われてしまいそうになる。それは爛々としているようにも、獣が獲物を狙うギラギラと殺気立った光を発しているようにも見えた。
(綺麗な色だなあ、宝石みたいだ)
彼の瞳に見事目を奪われていて、私は全く気が付かなかった。仗助君の顔がありえないくらい近づいているという事に。
ふと、彼の瞳がスウゥ、と細くなる。私は、宝石のような瞳が見えにくくなった事で少し不満を抱くものの、さすがに文句は言えなかったので、そろそろ彼に離れて貰おうと口を開いた。
「じょう……」
「ちょっちょっと待て仗助、桔梗……みっ見ろよ、あれを……」
いつの間にか億泰君を置いてあるいていたようだった。少々離れた位置にいる億泰君を私は見る。彼は茫然と広大な畑のある方を見ていた。次に隣の仗助君も見てみると彼も億泰君が見ている方を見て茫然としていた。そこに何があるのだろうか。私は体の大きい仗助君が壁になっていて見えないので、体をずらしてみてみた。
「え、お、う……?」
私達の視線の先には、なぎ倒された跡のある畑。しかもそれがまた不可思議な模様を描くようにして倒されているのである。億泰君は不可思議な模様を指さして声を震わせ、仗助君は周りに私達の他の人間がいないのか視界をめぐらしていた。私はただ、あの「夢」だと思っていた昨日の事を思い出していた。
「お、おれ知ってるよぉ〜〜。雑誌とかで写真で見た事あるぜ〜〜。謎の円形模様なんだよ……人の足跡もないのに草が綺麗に薙ぎ倒されているんだ。えーっとあれ……なっ名前なんだっけ? テリー・ファンクJRじゃあなくて」
「……『ミステリー・サークル』か!」
「そう! 『ミステリー・サークル』! テリーしか合ってなかったけど」
ミステリー・サークル。超常現象。その単語たちがグルグルと私の脳内を旋回していた。そして、ちらちらと脳裏に浮かぶのは、円盤状の飛行物体だ。
(うそ、まさか、あれは夢なんかじゃあなくて……)
私は、ある可能性に思い立つ。もやもやと想像されるのは、鋼の鈍い色の体色に頭でっかちで大きな虫眼鏡のような目、そして片言の『地球語』を話すあの――
「ちょっと待て、なんかよ〜おかしいぜ。よく見ろあれの真ん中のとこを……」
テレビ局にタレこめば有名になれると騒いでいる億泰君と、茫然としている私に仗助君はサークルの真ん中を指さして言った。彼のさす先をよくよく見てみると、誰かが草むらの下で倒れているのが見えた。するとなると、この『ミステリー・サークル』はその人物がどうやってか作ったものだろうか。これもこれでミステリーだが、火の玉やプラズマなどとは関係なさそうだと仗助君は言う。
また、倒れている人の服が、どうも学ランっぽい。学生の可能性がある。仗助君は持っていた学生鞄を放り捨てて畑へと入っていく。億泰君が「サークルの中へ入っていく気か?」と尋ねると仗助君は「行くしかない」と返す。ああ、やっぱり倒れている人物を助ける為なんだろう。そんな優しい君が好きだ。私も鞄を置いて『サークル』の中へと入って行った。
(……くそう、仗助君に騙された)
上半身が出ていたからそこまで高さはないという、単純な感覚に頼ったために私は畑に飛び込んだ途端に物凄い後悔した。立っている分には問題ないが、歩こうとすると一時的に視界が草に遮られてしまって方向感覚が掴みにくくなる。歩きにくい事この上ない。二番目に飛び込んだはずが、いつの間にか億泰君に先を越されてしまっていた。身長高い人って狡いぞ。ああでも平均的に考えれば私の身長も女子としてはそこそこある方なんだ。じゃあ男の子が狡いって言うことにしておこう。
ようやくサークル内に入れた頃には、倒れていた人の上から草が払いのけられており、顔が分かるようになっていた。予想通り男子らしいが、制服が宇宙を思わせるような装飾がついており、まあ見事に改造されていた。どうして私の周りには個性的な学ランやセーラー服の人しかいないのだろうか。時々、自分の規定通りの格好が変なのではないかと錯覚してしまう。
「なあ桔梗、此奴の顔見た事あるか?」
「ううん……ないなあ」
倒れていた男子は長髪で耳のピアスから伸びる紐みたいなものが鼻のピアス――確か、ノーズピンっていうんだっけ?――と繋がっているという一風変わったお洒落(?)をしていた。彼は命に別状はなく、気絶しているだけらしい。首の後ろにかすり傷のような物を除いては特に外傷もなかったみたいだ。
私達の声や視線でか、青年の瞼が震えるとゆっくりと持ち上がる。
「おっ、気付いたようだぜ」
「大丈夫かよお前? こんなとこでいったい何やってんだ?」
「怪我してたみたいだけど、立てる?」
気を取り戻した謎の青年の顔を覗き込む。すると、なんと彼はなんのモーションもなく姿勢をぴんと正したままで突然起き上がった。背中にブースターか何かあるのかと私はちょっと覗いてしまった。……なかった、残念。
「ここは、どこですか?」
あたりを見渡した後、謎の青年は私達を振り返って問う。仗助君が杜王町のぶどうヶ丘の畑の中だと親切に教える。すると彼は次にトンデモナイ事を問うてきた。
「ここは地球ですか?」
青年のこの問いには、さすがに私も仗助君も億泰君も絶句してしまった。どういえばいいのか分からなかったからだ。唖然とする中、彼は自分のしている腕時計を見る。時間を確認しているのか。
「昨日の夕方、歩いていたら何故かいきなり気分が悪くなって……わたくし、そのまま気を失ってしまったようです。今8時過ぎだから地球時間で13時間近く気を失っていた事になります」
暫し、沈黙した後。
「ギャア――――ハハハハハハハハハハハハハハ!」
仗助君と億泰君の馬鹿笑いが辺りに轟いた。途端、二人はその場に腹を抱えて笑い転げまわる。まさに抱腹絶倒だ。私はとてもそんな気分にはなれず、ただただ茫然と青年を見つめていた。
「いや、騙されたぜ。完璧にまいったスよーッ! おめースゲーおもしれー奴だなあー! 朝っぱらからこの『ミステリー・サークル』作ってひたすら誰かが来るのを草の中でずっと待ってたわけ?」
「ギャハハハハハハッ!」
(……ふ、二人とも笑い過ぎじゃあないかなあ)
際限なく笑い転げる二人を見て、私は段々焦ってきた。目の前には、無表情にただじっとこちらを見つめているだけの謎の青年がいる。彼のそのちょっと無機質な視線が怖かった。ただ、なんとなく私達を観察しているようにも感じる。
仗助君は謎の青年の行動を全てギャグだと思い、それがとても良い傑作だと腹を抱えて笑いながら褒めた。その傍で億泰君が笑い過ぎて腹が痛いと言う。するとなんと、謎の青年は持っていたカバンから『胃腸薬』を取り出した。その所為がまた二人の笑いを誘う。もう凄まじい程笑っていた。
暫くして落ち着いた二人は青年に学校を聞く。彼の顔を見かけた事がないから別の学校だと思ったのだ。首の傷も偽物かと問うてみた。彼の赤い血は意外と深いのか、ぽたりぽたりと滴っている。
「私の星はマゼラン星雲にあります。でも滅亡してしまいました……私はこの地球が住みやすい所か、人々は親切かどうか、調べに来たのです」
「アハハ……ハ……」
億泰君の笑声が止み、笑顔が固まった。私も体が硬直してしまった。昨夜の出来事と、この目の前にいる青年、果たして偶然なのだろうか?
「もういいよ。あんましギャグとかくどいとよ、このせっかくの傑作アイデアもシラけるからよ。ほれ、俺のティッシュやるよ」
怪我をしている彼の為に、仗助君はポケットティッシュを差し出した。流石に初対面である彼に《クレイジー・ダイアモンド》は使えないようだ。傷も大したものでもないし、私も絆創膏を渡そうかと思った。……あ、鞄の中だった。
ティッシュを受け取った彼は、物珍しそうにそれを色々な角度から見る。その後、彼はなんと彼はパクリとティッシュを食むとそのままムシャムシャモグモグと食べてしまったではないか。しかも、「ありがとう、とても美味しかったです」だんて、ありえない。
仗助君と億泰君は完全に表情を硬直させてしまった。私はそんな彼らと青年を見比べて掻きたくもない冷や汗をかいて狼狽してしまう。
「さっ、そろそろ学校行かねーとな、遅れるぜ!」
「お……おお〜〜っそうだな、行こ〜〜っと!!」
時計を見ながら、見た目に全く似合わないようなセリフをいう億泰君に仗助君は覇気のない声で賛成し、未だ青年を見続けていた私の肩を抱くようにして歩き出した。畑から抜けると各々鞄を持って学校へ向かって歩き始める。今度は、私が大柄な仗助君と億泰君の間に挟まれながらという形態だ。
「あいつティッシュ食いやがったよ。なにもあそこまでウケ狙わなくてもよ〜〜。おれ最後はおもいっきしシラけたぜ」
「図に乗る奴と見たぜ。知らねー奴相手に笑い転げて見せるのはもうやめにしよーぜ」
億泰君と仗助君は私の頭上で会話を展開した。確かに、昨夜の事がなければ私も彼らと同じ思いをして同じ考えに至っただろう。
ちらり、と私は数メートル先にいる謎の青年を一瞥した。彼は、じっと私達三人を《観察》するように見ている。私が見ている事に気づくと、彼も私を見つめ続ける。
「あんま見ねー方が良いぜ、ついてくるかもしれねえ」
「あ、うん」
仗助君に言われて前を向いて歩く。
「なんかよぉ、桔梗、お前やけにあいつの事見てたけど……知り合いかなんかか?」
「ううん、違うよ……なんていうか、説明しにくいんだけど、私、夜に妙な物を見たんだ。円盤型の宙に浮くやつ」
「おいおい、お前までそんな事言いだすなよ〜〜」
「ふび」
「そうだぜェ、シラけたっつったろー?」
「むぼ」
仗助君と億泰君は両側から片方ずつ私の頬を引っ張る。むにょ〜っと私の頬が彼らのゴツゴツして大きい手に伸ばされているのが見えなくても分かった。
「ふひゃりひょもっ、しょろってのびゃしゃにゃいれよぉー!」
「ブハハ! 何言ってんのかわかんねー! なあ仗助!」
「ああ、良いぜ桔梗、傑作だ!」
「うれしふにゃいっ!」
二人の太くて硬い腕をバシバシと叩いて頬の解放を要求するものの、更に彼らを面白がらせるだけだった。それどころか、彼らは私の頬がぷにぷにしてるだのよく伸びるだの言いだす。
「俺なんてあんまのびねーぜ。よく伸びんなー、桔梗のはよぉ〜」
「どーぜ丸顔ぽっちゃりですよーだ!」
自分の頬と私のを比べながら言う小憎らしい億泰君の背中を、私はぺチリと叩いた。
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