鉄壁の少女 | ナノ

1-3



 まるで時が止まったかのようだが、そうではない。いがみ合う二人は、今度は一歩も動かない。相手の隙を窺い、そして己の隙を見せまいとしている。ごくり、と私は固唾を呑んで状況を見守るしかできない。
 その時だ。窓際の億泰君の「兄貴」が徐に億泰君に語りかける。《スタンド》はバイクや車を運転するのと同じように、能力と根性の無い者がどんなに凄い物に乗ったとしてもそれは全く役立たず、宝の持ち腐れという結末を迎える、と。
 彼らの会話からだが、私は漸く、今まで呼んでいた「悪霊」が《スタンド》という存在だと理解した。成程、その悪霊もといスタンドを使役するから、《スタンド使い》という事なんだ。
 一方東方君は、彼らが話に耽っている――主に億泰君――間に康一君へ近づく。億泰君が振り返った頃には既にその場にはおらず、すぐ横まで到達していた。「きたねーぞ!」と罵倒されるが、いやいや、戦闘中は普通、敵から目を逸らさないもんでしょ。何というか、億泰君って結構抜けているというか……。

「お前、バカだろ」
「なっ、何でそれを――」

 言いかけた億泰君の左頬を東方君の《スタンド》が殴りつけた。そうして殴り飛ばした億泰君の事など目もくれず、彼は白目をむいている康一君を抱き上げる。

「よかったぜ、まだ生きている……これならまだ助けられ――」
「東方君! 後ろォおお!!」

 猛進してくる億泰君が彼の背中に迫り、私は思わず大声を上げた。億泰君の《ザ・ハンド》は網目状の模様が異様な存在感を放つ右手を彼に向けて開く。

「どいてろって言ってんスよ! 近づくとマジに怒るぜッ! 俺の《クレイジー・ダイアモンド》に破壊された物は顔を殴りゃあ顔がッ、腕を殴りゃあ腕が変形するぜ!」

 な、何その能力怖い。
 でも、その能力を使わなかったのは、きっと彼の優しさなのだろうと思う。

「やってみろコラー! できるもんならなーッ」

 彼の《クレイジー・D》は左手拳を、《ザ・ハンド》は右手を相手に向かって突き出す。彼らの《スタンド》の突き出された腕が、接触しようとなった時、不意に私は彼の右手の平から妙な危機感を覚えた。それは東方君も同じだったようで、彼は接触する直前で突き出された右腕そのものを両手でがっちりと取り押さえた。
 右手に異様な自信を感じ取った仗助君は、億泰君に脇腹を蹴られようが何だろうが決して放さなかった。そして、ギリギリの所で彼の脇を過ぎて後ろへと回った。彼の右手は虚空を掻き、「立入禁止」の看板にあたった。

「逃げてんじゃねえぞ仗助ェ、友達見捨ててんじゃねえぞォ! 俺の腕を変形させんじゃあなかったのかよ〜〜〜〜っ」

 冷や汗を掻いているいる東方君に向かって、挑発をする億泰君。その態度に、ますます「右手」に対する疑惑が膨らんでゆく。何かあると推測する彼は、迂闊には近づかない……いや、近寄りたくとも寄れない。
 ふと、私は億泰君の後ろにあった看板に違和感を覚え、そこへと目を凝らす。ただ、そう……ただじっと目を凝らしていると、その違和感がなんなのか気が付いた。

「たち、禁止……?」

 何時からなかったのだろう。二人の戦闘へ目が行っていて気が付かなかった。
 立ち入り禁止の看板の、「入」があった筈の場所は、その文字の大きさより少々間隔が小さ目な空白だった。まるで、消し去られたように……削り取られたかのように……。私はその時気が付いた。億泰君の《スタンド》の能力は……正確に言うと右手の能力は、触れたモノ――物体、また人も可能だろう――を消してしまうという事だったのだ。
 東方君も気づいたらしい。すると、億泰君は自ら《スタンド》の能力を明かした。《ザ・ハンド》の右手は、「空間を削り取る」能力で、切断面は元の状態だった時のように閉じ、そしてもっとも、本人自体が削り取った物体がとこへ向かうのか分からないという。なんと無責任な!
 しかし、掴んだ物だけと限定されているのならば、彼はバリバリの近距離系であり、下手に近寄らずに攻撃して行けば勝機はこちら側にある、そう思っていた。しかし、その考えは甘かった。

「逃げる相手にはよォ……」

 ぐん、と《ザ・ハンド》は右腕を上げる。それを操作する彼の表情は不敵そのものだ。何故、と疑問に思っていると、《ザ・ハンド》は勢いよく腕を振り下ろした。すると、手が触れていた「空間」が「削り取られ」て消え、そこを埋めるかのように断面が閉じる。すると、その一直線上に立っていた東方君と私が億泰君の元へと引き寄せられた。
 突然の事で、私は状態を保てず、前のめりになり、地面に両手をつく。

「ほお〜〜ら寄って来たァ〜〜「瞬間移動」って奴さあ〜〜っ」

 東方君は億泰君の攻撃範囲内に入ってしまっている。

「そして死ねい、仗助ッ!」
「……やっぱり、お前、頭悪いだろ」
「何で!?」

 ひょい、と東方君は大きな体をかがませる。すると、彼の後方――私の後方でもある――から、飛んできた植木鉢が真っ直ぐに億泰君へと勢いよく迫る。彼自身が気づいた時には既に遅く、顔面から思い切り激突して昏倒してしまった。……お、おバカさん。
 このように間抜けな事になってしまっているが、《ザ・ハンド》の能力は本当に恐ろしい能力である。空間の削り取るなんて、ちょっと考えて工夫したりすれば先ほどの「瞬間移動」もとんでもない脅威となっただろう。
 目を回す億泰君を見下ろし、ふう、と溜息をつきながら東方君は、

「コイツが馬鹿で助かったぜ」

 本当にね。
 暫く気絶しててもらう為に、彼は億泰君の首を閉めようと屈む。……ま、間違っても息の根を止めない様にね!?
 ……って、あれ――

「ひっ東方君ッ、康一君が!!」
「なに!?」

 館の中にずるりずるりと引きずり込まれてしまった康一君。姿は捉えられなかったが、彼の流した血が細く長く館の方へと続いている。
 東方君は、私に、外で待っている様に言い残すと館へと乗り込んでいった。私は、目を回している億泰君をどうしようかと悩む。私は、彼らの様に、《スタンド》なんて使えない――見えているだけな――ので、どうする事もできない。
 おろおろと所在なさそうにしていると、徐に億泰君が起き上がった。「ひいっ」と情けない悲鳴をだしてしまったが、私の声など気づくことなく、彼は東方君を追って館へと入って行った。……ぼ、ぼっち……。
 暫くして、館のほうからパラパラという音を聞いたと思えば、突如壁が破壊され、その穴から東方君と、彼に襟を引かれて億泰君が転がり出てきた。二人が出た後、壁は直ぐに元通りになる。そして――無数の小さな穴が開いた。……なっ何故!?

「だっ大丈夫!?」
「おう、何とかなァ」

 二人に駆け寄ると、東方君は手の平に、億泰君は顔面に無数の穴があけられていた。その異様な怪我の仕方に、中で戦闘があった事がうかがえた。

「さて、と、億泰……お前の兄貴の《スタンド》の正体を教えてもらおうか?」

 どうしてこのような傷ができるのか、そして教えたら傷を治してやると、彼は交渉する。

「……だれ、が、言う……もんか、よ」

 二人は、場所は違えど同じ傷を作っている。億泰君も彼の「兄貴」から攻撃を受けたのだろう。多分、「お前は使えないから」とか、そんな理由で……なんて、むごい。
 しかし、億泰君は決してお兄さんを裏切るような事はしなかった。彼は、きっとお兄さんを慕っているのだろう。絶対に、話さないと口を閉ざす。

「……やっぱりな。言うとは思わなかったよ、最初からな。それじゃあやっぱり……」

 しょうがねえなあ、と言いながら、東方君は《クレイジー・D》を出現させると、右手を彼の顔に翳す。すると、傷はまるで最初からなかったかのように元通りになってしまった。ついでに、彼自身が負わせた傷も治っている。
 ……全く、この青年は本当に優しい人だ。

「康一を助けに行く。山吹、おめーは絶対入ってくんなよ。あぶねーからな!」
「は、い……あ、でもっ」
「入るなよ」
「……はい」

 足手纏いになるだけだろうし、私は館の前で待機となってしまう。康一君の安否が気になり、死んでしまう事になったらと思うといてもたってもいられないが、そもそも、私は戦えないので居ても邪魔なだけだ。
 東方君は、驚愕して何が起こったのか状況を把握できていない億泰君に、邪魔だけはするなよ、と言い残して館の中へと潜入していく。

「……」
「……」

 取り残された私達。何も、会話が、ない。

「……行かないの?」
「……」
「疑問に思ったら、思った事を行動に移してみればいいと思うよ?……君、考える事苦手でしょ?」
「…………おう」

 多分、ほんの数十分しか、彼の事を見ていない。けれど私は、どこか、彼の性質を掴んだ気がした。わかりやすい性格だからかな? それとも、兄弟が多い環境で育ったせいかな?
 どっちでもいい。ただ、きっと、彼は――東方君の力になると思う。ああいう性格は、「借り」を作る事を結構気にするタイプだと思うし。

「無事に、帰ってきてね……」

 この世にもし、救いの神様がいるのならば、どうか、あの優しき青年をお助け下さい。


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