鉄壁の少女 | ナノ

17-3



 私は突然聞こえた声に驚き、膝をついて見上げてくる西尾君の鋭利な視線から声の出所を探した。何せここはよく音が響く。
 歩道の方へと向けば、そこには手すりに身を乗り出して、凄い形相をした仗助君が居た。声は彼の物だったから、間違いない、彼が私を呼んだのだ。翡翠の瞳と目が合うと、その持ち主である彼は、スウゥ、と深呼吸をして――

「好きだぜッコラァ――ッ!」

 大音声で彼は叫んだ。しかも内容がないようなだけに、まさにそれは『愛の叫び』ッ!
 私は彼の雄叫びの意味を理解した瞬間、熱い物が腹から喉へと込み上げてき、呼吸が正常に行えなくなった。どうして今なのか、何故追って来たのか、そんな事などどうでもよくなった。徐に西尾君の手から自分の手を抜き、橋の手すりを掴む。私の喉は既にもうカラカラに乾いてしまっており、声が出せない。でも、言うんだ。喉の奥から外界へと飛び出そうとしている熱いモノを、出すんだ。

「……ッし……もッ……!」

 手すりを掴む手に、力がこもった。私は、あたりに充満する氷のように冷たい空気を一気に吸い込むと――

「私もッ、好きですよ! コラァ〜〜ッ」

 ―― 一気に、放出した。

 喉からありったけ搾り取りったその声と思いは、果たして仗助君へと届いたのだろうか。思わず閉じていた目を開き、向こうにいるであろう彼を見る。遠くに見える彼の顔は真っ赤だった。多分、私も頬……だけじゃなく、全身が火になったように熱いから顔まっかっかだろうな。
 仗助君は、橋の方へと駆け出す。私も、行かなければ。

「あの、ごめんなさい! 私ずっと仗助君が好きだったから」

 茫然としている西尾君を振り返って早口に捲し立てるとさっさと彼の事など放っておいて、私は仗助君のもとへと走り出した――が。

「え……」

 私の向かう出口から、一つの人影が現れる。それは真っ直ぐに私の方へと向かってきていた。

「どう、して……どうして、居るの……?」

 私の目の前に現れたその人物は、もはやトラウマと言っても過言ではないその存在。

「『吉良吉影』ッ!」

 仗助君の方からも見えたのか、彼と私の声が重なる。そう、私、そして仗助君の目の前にはいる筈のない人物である『吉良吉影』が立っていたのだ。

「そ、そんな……だって、もう別人になっているし……今は迂闊に動けないとかなんとかな筈じゃあ……」

 おかしい、絶対におかしい。だって「ありえない」のだから。

(まてよ、そうすると……可能性はひとつしかない)

 《スタンド》だ、と私、そして多分仗助君も思ったのだろう。目が合うとなんとなくそんな気がした。以心伝心って奴か、これ。……違うって言わないで、傷つくから。

「誰の《スタンド能力》なの……どこに……」
「桔梗! 後ろだァ――ッ!」

 吉良吉影に気を取られていた私は仗助君の声でハッと我に返る。そして背後から感じた殺気を警戒し《レディアント・ヴァルキリー》でガードする。すると、「ガツンッ」という金属と金属が衝突する音が聞こえた。縦の内側から見ていた私には、向こう側の状況も分かる。だから、絶句した。銃口を向けている西尾君を目にして、私は絶句してしまったのだ。

「チッ、もう少しだったのに……」
「う、あ……」

 私は、思い出してしまった。《彼》の事を。そうだ、彼は――

「貴方、は……」

 あの時、《彼》つまり嬬恋晃と音石明によって《スタンド使い》にされて操られた、あの、《西尾紀正》だった。

「漸く思い出したかい? まあ、もう遅いけど」
「ううッ」

 西尾さんは、言いながら立て続けに3発銃を撃った。《レディアント・ヴァルキリー》の盾で守ってはいるものの、耳を劈く大きな音と、迫ってくる銃弾には萎縮してしまう。

「あ、なたの能力は……《幻》!……《リアル》に《嘘》を混ぜ込んで狡猾な《幻覚》を見せる能力ッ」
「ああ、覚えてたんだあ……そう、僕の《スタンド能力》は《幻想的な幻》さ! 誰もを魅了し誰もを貶める、魅惑的な演奏のような物! たとえ目の前に映るすべての物がまがい物だと分かったとしても、本体である僕を気絶させない限り絶対にこの幻覚からは抜け出す事は出来ないッ」

 態々、解除法を自ら教えるなんて、随分と己の能力に自信があるようだ。承太郎さんと一緒にいた時だって、かなり苦戦した。あの時は、まだ能力が開花したばかりだったから、凄まじいパンチ一発で現実に戻ってこれたけれど、今回は相当に力をつけて挑んできたようだ。……あれ、ちょっとまって。

「どう、して……」
「ん〜〜? ど・う・し・てだとォ〜〜?」

 私の言いたいことが分かったのか西尾さんは、とぼけた表情を浮かべたと思えば、次には私への憎悪を隠そうともしないゆがんだ顔で見下ろしてきた。

「全ては! 嬬恋晃と音石明の所為だ! あいつらが、あいつらが僕にこの力を与えて操った所為だ! あの時は丁度、世界へ進出するための大事なオーディションの真っ最中だっていうのに! 君を襲うというクダラナイ事の為に、僕は、僕はッ、人生を棒に振ってしまったんだぞ!」

 肌が泡立つような殺気・憎悪。それらすべてが、私一人に向けられている。彼の纏うどす黒い空気が私の体を雁字搦めにしてしまったんじゃあないかと錯覚してしまう程、私は足が竦んで動けなくなってしまった。

「しかし、奴らは両方とも大事に大事に監視されながら刑務所ン中だッ、流石の僕も手出しができない……だから、元凶である、君、山吹桔梗君……君に二人に代わって復讐する事にした」
「そんなの、ただの逆恨みじゃあねーか!」

 仗助君が吠える。でも、西尾さんの意見にも一理ある。彼は、被害者だ。嬬恋晃と、彼を早期に留める事が出来なかった私の。

「逆恨みがなんだッ、逆切れがなんだッ! 僕は自分のこのどうしようも出来ない怒りを発散させる事さえできればそれでいいッ! 大口叩いているようだけどねえ、僕のこの《スタンド能力》は例え痛みが《嘘》だったとしても、君たちの脳は《本物》だと思い込む……つまり、この幻覚にかかったまま死ねば、脳は自分が死んだと勘違いするんだよォオオオオアハハハハ!!!!」

 つまり、ショック死という事だろう。まずい事になった。おそらく、目の前にいる吉良吉影は偽物だが、本物同様の能力を使っているように私達は《勘違い》するのだろう。そして、ダメージをくらえば脳は勝手にダメージがあったのと《思い込ん》でしまう。

(まずい……更にまずいのが、これは幻覚だからもしかするとこの銃を持っている西尾さんも《偽物》の可能性が高いッ)

 何十メートルと離れた仗助君にまで同じ幻覚を見せているとなると、射程距離は相当広い事になる。本体が遠くに居て苦しむ私達を嘲笑いながら眺めているという可能性だって大いにあり得るわけだ。

「うう、どうすれば……どうすればいいのッ……」

 せっかく、仗助君に勢いだけれど告白したっていうのに。せっかく、彼と気持ちが同じという事を確かめる事が出来たというのに、だ。すごく幸せだった。すごく嬉しかった。それを、今、自分が不幸になったからとその腹いせに、他人の幸を奪い剰え命を奪おうなんて。
 私の中で、密かに闘志の炎が灯った。それは段々と勢いを増して行き、彼の憎悪に対しての恐怖をいったん心の奥へと押しやってしまう程にまでなっていった。

「他人の不幸は蜜の味ィってね〜〜〜〜ッ!」
「逃げろ桔梗ゥ――ッ!」

 西尾さんは銃を構え、偽吉良吉影は《スタンド》である――後から聞いたけれど名前は――《キラークイーン》を出現させて迫ってきた。仗助君は逃げろと言った。橋の下は川になっているから飛び込めという事だったんだろう。けれど、私は逃げなかった。逃げたくなかったんだ。
 彼は私の手で倒す、絶対にそうしなければならないと自分の中で既に自己完結していたのだ。

(私はもう逃げも隠れもしない、真っ向から立ち向かって……絶対に勝つ!)

 そう、意気込んだ時だった。

 ――ソウ、ソレデイイノデス。

「え……」

 頭の中で、声がした。


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