鉄壁の少女 | ナノ

17-2



「山吹桔梗さん、ですよね」
「はい、そうですけど……」

 下校しようとしたその時、私は声をかけられる。学校では見かけない男子で、どこかのコンサートかパーティーにでも行くのか、制服ではなく、紳士服だった。何故彼は、ここにいるのだろう。だって、ここは教室だ。年齢的にはそうだけれども、こんな格好をしていてはまず先生にとっつかまったりする筈だ。いくら改造学ランで注意されない学校でも、さすがにこれはアウトだと思う。更に驚きなのが、そんな彼がこの場に溶け込んでいる事だ。まるで、ここに居て当たり前、てな感じで。
 振り返ったままその男子を凝視する私に、彼は気を悪くした様子もなくニコリと人の良さそうな愛想笑いを浮かべると手を差し伸べてきた。

「そのォー、非常に申しあげにくいんですが、貴方に伝えたい事があって……」
「はあ……」

 生返事をかえしても、気を悪くした態度を取らず、ただただ愛想笑いを浮かべている。どうして愛想笑いだって分かるかって? 彼の纏う雰囲気が全然穏やかじゃあないからだよ。

「なら、どうぞ、言ってください」
「いやあ、それなんですけど……ここじゃあ言いにくいといいますか……できれば人目のない所がいいなあ、なんて」
「はあ……そうですか」

 私は、正直行きたくなかった。なにせ、学校では何度か呼び出しを食らっていちゃもんをつけられたり難癖つけられたりした経験があったからだ。最近は由香子さんと一緒にいるからか全然ないけれど、やはりどこか抵抗がある。

「分かりました……じゃあどこ行くのか決めて下さい。一緒に帰る筈だった友達に断りと連絡するんで」
「すいませェん……ええっと、ここから近い古い橋……あそこ、あそこなら人通りが少ないので……」

 彼が提案した場所を聞いた瞬間、私は「ウッ」とうめき声をあげてしまった。なぜならそこは、その……《出る》という噂があるからだ。私の苦手な、『幽霊』が。
 他の場所は無いのかと聞いてみたものの、彼は頑として譲らなかった。人を呼び出しておいてこちらの都合も合わせてはくれないのかと少し腹が立ったが、ここは冷静にこちら側が大人になって身を引いた。直ぐに済ませよう、そしてダッシュで逃げよう。いざとなったら鈴美さんの名前でも叫んでみようかな。……届くかは不明だけど。
 私は、その男子から離れ、窓際でおしゃべりをしている仗助君と億泰君、そして康一君に一緒に帰れなくなった事――呼び出されてしまったという理由と、これから行く場所――を伝える。仗助君と康一君に、神妙な表情で誰に呼び出されたのかと問われたが、名前が分からなかったので、「男の子」とだけ答えた。すると、二人は何故かとても焦ったような表情になる。どうしたんだろう。気にはなったが、時間もなかったので私は適当に見切りをつけて廊下で待っていた男の子と合流し、橋へと向かった。

「あの、貴方の名前は?」
「……西尾……西尾紀正」
「西尾君、だね……えーっと、宜しく?」
「……ああ、コチラこそ」

 不敵に微笑んだ彼の表情が、なんとなく恐かったのは秘密だ。


 * * *


「どーすんのさ仗助君!」
「どーするもこーするもよォ〜〜っ、そりゃあ桔梗本人の気持ちしだいじゃあねーの?」

 桔梗が教室をあとにした後、仗助と康一は互いに顔を突き合わせて会話を展開していた。仗助は、言葉の割には少々焦燥感の見え隠れする表情である。
 康一は頭を抱え、先を越されるだのヤバいだのと悶々としていた。仗助も、今回は本当に急いているのか、タラタラと掻きたくもない汗を流している。そんな彼らの様子を、億泰は不思議そうに見ていた後、徐に友人が出て行った扉を見る。

「なあ、仗助、康一〜〜」
「ああ億泰君、ちょっと今は大事な事を……」
「いや、俺も結構重要な事言おうとしてんだよ。桔梗を連れてった野郎の事だぜ」

 言って、二人の視線を集めた億泰は、なんでもないような表情から、眉間に皺を寄せて剣呑な表情になる。

「あんな奴、うちの学校に居たっけな〜〜? 服装だって妙だったしよ〜〜。制服じゃあなくてありゃあなんてんだっけなあ? どっかのパーティーにでも言ってくるような恰好でよォ! なんか怪しーぜェ〜〜」

 彼の言葉を聞いた瞬間、仗助の頭の中で一つの可能性が生まれた。それはこの間岸辺露伴が対決したというジャンケン小僧(本名、大柳賢)の事だ。彼は、話を聞く限り十中八九『写真のおやじ』が『矢』を使って《スタンド使い》にした人間だ。奴は吉良吉影を守る為ならば迷うことなく『矢』を使用する。だからこそ、身に起きる不可思議な出来事は疑ってかかった方が良い。
 桔梗の場合はどうだろうか。彼女は、妖しい見ず知らずの少年に、人通りが少なくおまけに嫌な噂の立つ橋へと連れてかれている。彼女がほいほいと着いていくとは考えたくないが、滅多な事がない限り押しの弱い彼女の事である、確実に言われた場所までついて行くのだろう。例え警戒心があったとしても。

「ちょっと俺行ってくるぜ、気になるしよォ」
「おお、何かあったら知らせてくれよ。康一と俺ですっ飛んでくからよォ〜〜」

 仗助は言うや否や鞄を引っ提げて足しあがると大股で歩き出した。そんな彼へ億泰が割とのんびりとした声音で見送り替わりにかける。

「場所は分かってるが……できる事ならソコへ着く前に追いつきたいところだぜ」

 廊下に出て、玄関、学校の敷地と出てみたものの、桔梗と『謎の少年』の姿は見えない。学校から商店街へ続く道の脇道へと入ると、そこはまるで別世界のような奇妙な静けさがあった。ごくり、と生唾をのんで彼は歩を進める。

(話には聞いていたが……結構歩きづれー上に薄暗くて気味が悪いぜ……)

 不気味で冷やりとした空気を払うかのように彼は加速すると、あの青いリボンでおさげを作る彼女の姿を探した。彼はこの時ほど己の身長を恨めしく思ったことはないだろう。
 仗助の通る脇道は、木々が両脇から迫ってくるかのような感覚に陥ってしまう程に狭く、更にその木々の枝や葉が空を覆うようにしな垂れているのだ。長身の仗助には進みにくい事この上ない。

(くそ〜〜、見当たらねえ! まさか、もう既に橋に着いちまってんじゃあねーだろーなあ)

 そのまさか、であった。枝や草をかき分け、漸く広い舗装してある道に出て視界がクリアになったと思えば、彼の居る道と平行になるようにしてあった橋の上に桔梗と、その彼女の両手をとって恭しく片膝をついた『謎の少年』がいた。その光景を見た瞬間、彼の中で何かが爆発したのだった。

「桔梗ゥ――――ッ!」


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