鉄壁の少女 | ナノ

17-1



〜第17話〜
夢でも幻でもない、現実だ




 青い空の下、うら若き学生4人が足並みそろえて登校していた。桔梗と億泰と仗助と康一である。しかし、桔梗と億泰が前を歩いて独自の話を展開させている中、後ろを歩く残り二人は神妙な面持ちでヒソヒソと互いにしか聞こえないような声で会話を行っていたのだった。

「康一ィ〜〜 さっきはなーんで足止めできなかったんだよ」
「仕方ないよ〜〜 億泰君がなかなか止まってくれなかったんだ」

 彼らの言う「先程」とは、億泰と康一のペアと桔梗・仗助のベアが合流する直前の事である。その時、仗助は桔梗に己の勇気を振り絞った《ある事》をしようと試みたのだが、億泰の登場によりあえなく『失敗』に終わってしまったのだった。

「早くした方が良いと思うよ〜〜。桔梗さん、最近とても人気らしいし……由香子さんが言ってたけど、あれくらいの方が『手を出し易く』て良いからすぐにでも……」
「分かってるけどよ〜〜ッ その、『手を出し易い』ってーのがなんか気に入らねーなあ……桔梗が軽く見られてるみてーでよォ! あいつはそんな『お手頃』な女じゃあねーって――」
「じょっじょじょじょ仗助君ッ」

 熱くなっていったのか、周りが見えなくなり始めた仗助を、康一がなにやら切羽詰まった表情で鋭い声を上げた。広い彼の肩を強いさい康一が必死に叩いて前を向くよう促す。その先には、不思議そうに彼らを振り返ってみている億泰と桔梗がいた。

「二人ともどうしたの? なんかちょっと変だよ」
「康一の奴も奇妙な動きしまくりだしよ〜〜。腹でも下したか?」
「いや、今の状況でそれは無いと思うよ」

 ボケ〜〜ッとした顔をおっ下げて言う億泰に、すかさず桔梗が突っ込みを入れる。手首のスナップを聞かせてビシリと彼の厚い胸板を叩いた手は洗礼された漫才師ばりである。

「なっなんでも……何でもないんだ! ねっねえ仗助君!」
「お、おう! 何でもねーぜ」
「?」
「?」

 揃って首を傾ぐ桔梗と億泰に、これまた揃って冷や汗をタラタラと流す仗助と康一。彼らの間で奇妙な空気が出来上がった。

「まあいっか、早く行こうよ! 遅刻しちゃうし」
「お、おお!」

 今回は切り替えが早いのか、桔梗が硬直しかけた空気を断ち切り歩き出す。これに乗らない手はない仗助と康一は、コクコクと大きく頷いて後に続いた。納得していない億泰も、考えると頭痛を起こしてしまうので早々に頭を空っぽにしてしまった。

「とっ兎に角、早くしないと先越されちゃうかもしれないんだからね!」
「おっおう、分かってるって……」

 チャンスはもう来ないか? いや、そんな事はない。今度チャンスが来れば、躊躇う事をせずにするのが肝になってくるだろう。
 小柄な彼女の背中、億泰と並んで歩けばそれは更にありありと見せつけられる。小さい。しかし、小さいのに時々大きくなる事を知っている。倒れる事を、まるで知らないように――


 * * *


 夕方――
 買い物の帰りに、私は不思議な光景を目撃した。露伴先生が、とても小柄な少年と物凄い熱い《ジャンケン》をしている。あの、給食の残ったパンや牛乳、順番を決めるときによく用いられるあのジャンケンだ。大の大人が子ども相手に何をそんなジャンケンに熱くなっているのだろうと様子を見守っていると、なんと少年が背後からロボットのような物が出てきた。それは――いつの間に先生の腕の中にいたのか――彼の腕から『透明になる赤ちゃん』を取り上げる。それだけで判断できたあの少年は《スタンド使い》だ。
 私は彼らに駆け寄った。勿論、赤ちゃんを助けるためにだ。すると、先生は少年の条件を何か呑んだのか、少年は奪った赤ちゃんをそっとおろした。そして、彼らは再びよく分からないけれどジャンケンを始めた。何故、勝負がジャンケンなんだ。それが少年の《スタンド能力》だとでもいうのだろうか。
 彼らの行動が理解できずに思わず足を止め、その場で茫然と成り行きを見ていると、彼らは三回勝負をした。そして、その全てを露伴先生は少年に勝って見せた。ふつう、勝敗何て三手あるから大体三分の一だというのに。先生は三分の一の確率を跳ねのけて三勝してしまったのだ。

「露伴せん……」

 なんとなく、私は露伴先生の勝利を肌で感じ彼らについに声をかけようとした。しかし――

「この僕の精神が、あんたの命令で左右されるぐらいならッ! こうやって死んだ方がましだッ!」

 『命令』を『書こう』とし近づいてきた露伴に対し少年はそういうと、なんと、彼は彼の背後にある道路に身を投げたではないか。しかもそこへは丁度大型トラックが迫ってきている。

「あぶッ……」

 私が《レディアント・ヴァルキリー》で盾になろうと思ったが、とても間に合わない。もうだめだ、そう私が諦めかけたその時、露伴先生は「プッ」と笑うと良い笑顔で。

「いいねえ〜〜っ! 気に入ったぞ小僧。僕はそういう『まるで劇画』っていうような根性を持ってる奴にグッとくるんだ」

 そう言ったかと思えば、なんと先生も少年同様に道路へ飛び出したではないか。しかし、露伴先生の《ヘブンズ・ドアー》はトラックを止められるような《スタンド》ではない筈。何を考えているのだ、と私が顔を青くしたその時だ。私は夢でも見ているのだろうか、まるで二人を避けるようにしてトラックが曲がったと思えばそのまま通り過ぎて行ってしまった。

(え、夢? 夢なの? どゆこと?)

 頬を抓ってみたが、とても痛かった。夢ではないらしい。先程まで争っていた露伴先生と少年だったが、今は二人の間に穏やかな風が吹いている。少年は敗北を認め、先生は少年に《スタンド》を悪用しないように言って颯爽をその場を後にしようとした――のだが。

「おーい、露伴君。あっ赤ちゃん見なかったかのォ……いっいや、見えないかも知れないのじゃが、いきなりどっかに行っちまってのォ〜」

 そこへ焦燥したジョースターさんと仗助君が走ってきた。彼らは赤ちゃんを探しているらしい。露伴先生は一瞬硬直したのち、焦ったように赤ちゃんを探し始める。

(まてよ……もしかして、先生ってば……)

 何故か赤ちゃんを抱いていた先生、その赤ちゃんと突然激高して取り上げた少年、今の状況――なんとなく予想がついてしまった。たぶん、いや絶対、赤ちゃんがジョースターさんの手からどこかへ行ってしまったのは露伴先生の所為だ。

「ここに居ますよ、赤ちゃん」

 少年が赤ちゃんを置いて透明になるまでの一部始終を見ていた私は、そこへ歩み寄って『見えない』けど確かに感じた感触を頼りに抱き上げる。すると、赤ちゃんは見る見るうちに姿を現したのだった。

「おお! 御嬢さんありがとうのォ〜。おかげで助かったわい」

 ジョースターさんは胸をなで下ろすと赤ちゃんを受け取る為に私の方へと歩み寄る。私は今までの仕返しに、とニッコリと微笑みながら言――

「いえ、それもこれも露は――」
「君が仗助の事好きだって本人にバラすよ」

 ――えなかったああああああっ!
 露伴先生は、いつの間にか私のすぐ横に立っており、さり気なく、近くに居なければ聞こえないくらいの小さな声で脅してきた。私はピグッと表情筋を引くつかせると笑顔のまま硬直した。

「ん? どうかしたかのォ?」
「あ、い、いいえッ。無事でよかったですね!」

 くっそぉおおおっ、と内心悔しい思いをしながら笑顔を張り付けてジョースターさんの腕に赤ちゃんを返した。ジョースターさんは不思議そうな顔をして何か問いたそうだったけれど、もうヤケクソに私は笑顔で誤魔化した。その後は、横にいる露伴先生を振り返ってずっと睨みつけてみる。しかし、一方の先生は余裕綽々といった態で知らん顔だ。

(ぬおおっ、悔しい悔しい悔しいィイイイイッ)
「おーい、桔梗ゥ〜」

 獲物を狙うとまではいかないけれど、ヒョウのようにギラギラと目を光らせながら露伴先生を睨みつけていると、仗助君に呼ばれる。勿論、憎たらしい先生なんかよりも大好きな彼を見ている方が断然いいのでそちらの方へと向く。すると露伴先生はどこかへ去ってゆく。逃げる気か、先生ッ。更に、ジャンケンをしていた少年も赤ちゃんが見つかったからか、いつの間にか姿を消していた。後々、露伴先生に聞いたのだが、彼の《スタンド》の能力はジャンケンで勝つと相手のエネルギーを三分の一奪えるらしい。五回勝負の内三回勝てばエネルギーを全て奪え、逆にその間に負ければエネルギーを返さなくてはならないという――なるほど、だからあんなに二人とも必死になってジャンケンをしていた訳だ。
 仗助君は、ジョースターさんの傍で赤ちゃんが無事かどうかを見ながら手まねきをしていた。吸い寄せられるかのように彼の方へと歩けば、なんと、散歩がてら私を家まで送ってくれると申し出てきた。
 私は断った。だって、仗助君が往復する事になってしまうからだ。けれども彼は頑として譲らなかった。私も譲れない、という態度に徹しようと思ったのだが、傍に居たジョースターさんが私の肩をトントンと二度軽く指で叩くと――

「良いカッコさせてやってくれ、これでもカッコつけたがりなんじゃよ」
「なっ!? おい、じじい! 何テキトーな事言ってんだよ!」

 真っ赤な顔をして反論する仗助君、可愛いなあ。絶対本人に言ったら嫌な顔されるだけだから言わないけれどさ。彼も、女の子にいいところを見せたいというお年頃なんだねえ。うんうん、モテるわけだよ。

「じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらおうかな」

 盛大にニヤケながら、私は言った。もう嬉しすぎるからこの際顔面崩壊していても気にしない事にしようかな。
 仗助君は、やけに嬉しそうな声音で「おう!」というと、さり気なく私の持っていた荷物をとって歩き出す。ああもう、そういうところ、カッコいいんだから。

「桔梗さんや」
「はい、なんでしょう」

 鼻歌交じりな仗助君から、ジョースターさんへと視線を移す。すると、ジョースターさんは皺くちゃなのにどこかチャーミングな笑顔で言うのだ。

「これからも、仗助君の事を宜しくしておくれ」
「え、ええっ、も、勿論です」

 唐突な物言いに驚いて、シドロモドロな返事になってしまった。ぬう、情けない。


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