鉄壁の少女 | ナノ

16-2



 現在、私は露伴先生の家にいる。客室のふかふかソファで美味しい紅茶を貰い、寛いでいるのだ。
 つい先ほど、私の実体験を『読ん』だ先生は忘れないうちにと目の前でスケッチブックにラフやメモを殴り書きしている。その尋常でない素早いペン捌きに私は目を奪われていた。

「そんなに凄いですか?」
「ああ、なかなかできない体験だ! 更にあの例の『矢』に刺さったという所が気になる……君がまだ症状らしい物がないので『書かれて』いないから残念だ」
「さいですか」
「承太郎さんに言ったのか? この事」
「はい、一応『矢』の事は仗助君と報告に行ったんですけど……もともと《スタンド使い》だった人があの『矢』に打たれたという前例がないのでSPW財団の方もほとんどお手上げだそうで」

 一応健康の検査をしてみたけれど、特に異常はなかった。そのうち出てくるという可能性もある為、注意して様子をみるようにと言う承太郎さんの表情は相変わらず鉄仮面だったけれど、どことなく私を気遣っている様だったと思い出す。

(みんな優しいなあ……)

 記憶を『読んで』いる先生の表情はとても嬉々として恐ろしかった。本人には言えないから秘密……に出来てないかもしれない。いや、読んだのは事件の所だけだったしきっと大丈夫だと思う、うん。
 私は、目の前に出されたクッキーを一つ摘まんで口の中に放り込んだ。これはファンからの贈り物らしい。出されてしまった時、私が食べていいのかと思って遠慮をしたのだが、「僕にこれ全てを処理しろって言うのか? 冗談だろ?」みたいなこと言われてしまえばもう自分の甘い物への欲求を止められるわけもなく。更に、このクッキー、物凄く私好みの味をしているのだ。止められるわけがない。

「よく食べるな」
「いやあ、これがあまりにも美味しくて。しかも私好みの味なんですよ!」
「……知ってる」
「へ?……ああ、そっか、先生の《ヘブンズ・ドアー》で好みだけでなくスリーサイズまで知られてるんでしたね」

 どうやったら忘れてくれますか、なんて問えば「くだらない君の情報はほとんど忘れたよ」なんて鼻で笑われながら返された。今回のは、たまたま思い出してたまたま開けてあったクッキーの缶を出したらしい。ちょっと見直したと思ったらすぐこれだ。優しい所もあるんですね「キュン」とした私のトキメキを返してもらいたいものだ。

「君、男の趣味悪いぞ」
「……へ?」

 ペンを持つ手が止まったと思えば、唐突に露伴先生は言う。彼のその言葉に、私は訳が分からず右手にクッキーを持ったまま茫然としていると――

「まさかあのクソッタレ仗助の事が好きなん――」
「うわああああそれ以上言うのやめて下さいィイイイイ――ッ!」

 そうだったそうだったそうだったッ。露伴先生のスタンドを使えばあっさりと好きな人までばれてしまうのだった。全く考慮していなかった、なんてこったい私のマヌケッ!

「僕は聞きたいだけさ、あんなののどこがいいって言うんだ」
「どっ、どこって……そりゃあ優しい所とか」
「ふんッ、ありきたりだな」
「……あと、嫌味を言わないところとか」
「僕への当てつけか? それ」

 私は露伴先生の言葉が気に入らないので、ちょっと嫌味めいた事を言ってみた。それだけで反論はしなかったけれど、無言を肯定とみたのか、彼の目は刃物のように鋭利になっていった。

「あと友人の趣味も悪い」
「どういう事ですか?」
「何故あのプッツン由花子が親友なんだ」
「花香子さんは……ちょっと情熱的過ぎるだけであって良いひ……とではないけれど愛に生きる凄い人なんです!」
「善人ではない事は認めるんだな」
「うう……ごめんなさい愛の化身由花子さん」
「なんで僕に向かって由花子に謝ってるんだよ……しかも愛の化身って…………やっぱり君は変な奴だな」
「奇想天外が服を着て歩いているような露伴先生には言われなくないなってちょっと思います」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

 ダメだこの人、何言っても通用しない。むしろ私が言いくるめられているような気がしてならない。もともと口下手だし、口論じゃあ絶対に負ける自信がある。……勝つ方の自信が欲しいな。
 こうなりゃ自棄だ、と私は目の前にあるクッキーをむさぼり始めた。

「やけ食いか」
「やけ食いです」

 太っても知らないぞという言葉は野暮だぜ。

「何してるんですか」
「やけ食いしてる人間をスケッチしているだけだぜ」
「やめて下さい」
「断る」

 私はむくれた。これ以上ない程に怒っている表情をした。すると先生はニヤリと笑って「その表情もいいね」なんていいながらペンを走らせる。

「怒りと不貞腐れた感じが両方出ていてイイね」
「嬉しくない!」

 こんな感じで散々弄ばれた。
 露伴先生の家を離れる時、彼にはしつこいくらい「仗助君には内緒にしててくださいよ!」と念を押した。それとうっかり喋ってしまいそうな億泰君にも黙っているように言った。先生は終始、悪戯っ子のような表情を浮かべて「それは僕が決める事だ」と言いやがってまして。――いかんいかん、口調が荒くなってきている。
 それでも、情けないくらいに顔を真っ赤にしてまでひたすら頭を下げて私は先生に「分かった、黙っておく」を言わせた。だから絶対大丈夫、なはず。

(それにしても、厄介な人にばれちゃったなあ……)

 帰り道、ため息が絶えなかったのは言うまでもない。


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