鉄壁の少女 | ナノ

16-1



〜第16話〜
少女の取り戻した日常



 トニオさんの出す料理は凄かった。因みにトニオさんも優しくて良い人だった。常に、食べる人が喜んでくれるように心がけているらしい。素敵だ。
 なんと言い表せればいいんだろう。この世の物とは思えない程の美味しさ、かな? 出されていた水を飲んだだけで大量の涙が出てきた時はとても吃驚したけれど、目の奥が重たい感じもすっかり消え、まるで10時間以上ぐっすり眠ったような爽やかな気分になった。次に出された料理を食べれば、ストレスから来ていた胃の荒れがすっかり元気になってしまい、なにこれ魔法かッ、なんて驚愕してしまった。
 前に座る仗助君は面白そうに見ていた。当事者としては全然面白くないよ!
 ああ、でも。終始どうして彼は『肩こりはないのか?』なんて尋ねてきていたのだろう。流石にこの歳で肩こりはないと笑うと何故か物凄く残念そうな表情をしていた。何でだろう。理由が分かるのか、トニオさんはクスクスと含み笑いしながら「残念でしたね」なんて言う。何が残念なんだろう。私にも分かるように説明して欲しかったものだ。
 その日は、体も心も、つき物が取れたのでグッスリと眠れた。


 翌日――
 億泰君に、トニオさんの料理について聞いてみる事にした。特に、『肩こり』についてだ。すると、全力で仗助君に阻まれた。どうしてそんな事をするのかと問うと、彼は押し黙ってしまう。

「意地悪だよ〜仗助君」
「世の中知らねー方がいい事ってーのがあんだよ」
「ぬう……」

 隣の康一君に、酷いよねー、なんて愚痴をこぼすと、康一君はただただ苦笑するだけだった。億泰君がうっかり喋ってくれないかなあ、なんて思っても仗助君が彼の口を手で抑え込んだりなんだりして可能性をけしてしまう。

(もう、意地悪だなあ)

 朝はちょっと不貞腐れてしまった。そんな日のお昼――
 私は由花子さんと天気のいい空の下、ベンチでランチタイムを過ごしていた。珍しい事に、話があるとかで教室では食べたくないといってここになったのだ。誰にも聞かれたくない話となると、スタンド使いの内容かもしれない。花ちゃんは漸く退院して今は自宅休養しているので今日はいない。明日からは通えるようになるらしい。
 私は、由花子さんが元気になって良かった事、二日程音信不通で心配した事を告げる。すると、彼女は「そう」とだけだった。彼女にとってはどうでもいい事ならしい。

「あ、それで……話って?」

 なかなか話し出さないので、こちらから話題を振ってみる。すると、何様私様由花子様な愛の化身は、なんと突如頬をポッと染めるではないかッ。一体全体どうしたのだろうかッ。私が彼女を凝視しているとそんな私の状態など目に入らないのか、彼女は弁当箱をつついていた箸を置いて語りだした。
 学校を休んで二日目のその日――彼女は康一君とついに結ばれたらしい。

「ちょっと待ってそれまでの過程はっ!?」
「そんなの、貴方には関係ないじゃない。これは康一君と私の思い出なの」
「さっさいですか……」

 とりあえず幸せそうにしているのでいいやと諦めた。康一君ならきっと由花子さんを幸せにしてくれるだろう。逆に、康一君の苦労が大きそうだなとこちらが心配になる。彼の事だから、可哀想とかそんな理由じゃあなく、本当に好きだからお付き合いしているのだろう。

「キスもしたわ」
「ごふっ……え?」
「キスもした」
「にッ二回も言わなくていいよ!」

 なんと由花子様、お付き合いする二日前に康一君とカメユーデパートでキスをしたらしい。どうしてそうなった人目はどうしたと突っ込みどころ満載なのだが、やっぱり幸せそうな彼女を見て何も言えなくなった。

「次は貴方の番ね」
「ううええ私っスか!?」
「どこまで行ったのよ」
「どっ、どっ、どこまでって……ふふふフツーだよ、普通に友達だよ」
「まだなのね」

 呆れたような、憐れんでいるような、そんな表情を浮かべながら私を見ている由花子さん。頼むからそんな目で見てほしくないです。

「そんな、高望み出来ないよ……私には仗助君なんても勿体なさ過ぎる」
「そんな事ないと思うけど」
「ありがとう……でも、」

 ゆらぁり、と風の所為ではない揺れ方をする由香子さんの髪の毛。それは私の首へと近づくと一気に巻きつく。

「情けない事いってると――」
「うわああっ! らっ《ラブ・デラックス》は無しィイイイイ!」

 降参の証に両手を上げると由花子さんは《ラブ・デラックス》を納めた。そんなデンジャラスなお昼を済ませ、授業も乗り越えれば今日のスクールライフは終わる。
 学生のお楽しみである夕方――
 私は一人、バス停に向かっていた。

(べっ別に由花子さんの言葉の所為で意識しすぎて仗助君の顔が見られなくなったとかそういう訳じゃないし、うん)

 誰に言うわけでもないのに胸の内でぶつぶつと言い訳をつもらせて歩いていると、ふと私は見覚えのあるシルエットが見えた。近づいて行けば段々と輪郭がハッキリしてきた。

「露伴先生?」

 私は、2メートルほどの距離で目の前にいる人物の名前を呼んだ。すると、その人・露伴先生はまるでお化けにでもあったかのような驚きようで勢いよく振り返った。思わず私もビクリと肩を震わせてしまう。

「……無事帰ってこれたみたいだな」
「はい、なんとか」

 今日の先生のファッションははヘソ出し系だった。こういうのって見る度に私はお腹壊さないのだろうかと心配になる。そんな彼は、ふと、私に向き直ると右手を上げようとした。それを見た瞬間、私はとっさに《レディアント・ヴァルキリー》を前に出していた。

「なんだよ」
「いっいや……なんとなく嫌な予感がしたと言いますか」
「……チッ、勘のいい奴め」
「あっ、もしかして今《ヘブンズ・ドアー》使おうとしましたねっ!」

 やはり先生は、私が体験した『誘拐事件』や『吉良さんとの生活』とかを彼の《スタンド》である《ヘブンズ・ドアー》で見ようとしていたようだ。油断も隙もない人である。しかも、こんな他人の目があるような場所で能力を行使しようとするなんて、やはりこの人は常識では測れない人種だ。

「少しくらいいいだろう」
「少しで済まないから嫌なんです」
「漫画のネタになるだけじゃあないか」
「『だけ』で済むような事ではないです」
「……面倒な奴だな君は」
(どっちがッ!)

 ふん、と拗ねたような態度を取る露伴先生。しかし、油断はできない。いつ《ヘブンズ・ドアー》を仕掛けてくるか分からないからだ。彼の能力は見てしまったら最後、あっという間にその能力に嵌ってしまう。行動の遅い私ならなおさら、発動される前から警戒しなくては。

「おい」
「はい」
「いつまで見てるんだよ」
「先生が見えなくなるまでだと思います」
「……知ってるか? 人間、背後を見つめられ続けると神経に堪えるんだよ」
「えッ、あ……そ、そうだったんですか。すいません、気を付けます」

 私はやってしまった、と頭を抱えた。別に彼を不快にさせたい訳ではなく、ただ単に彼からの《スタンド攻撃》を回避する為だった行為だ。それが今目の前に居る人を不愉快にさせてしまっている事に、申し訳なく思った。だが決して私はそれで「記憶」を見せようなんて思わないけれどね。
 これ以上後ろで立っていたは迷惑だろう。そう思って私は彼の横に並んだ。多分、露伴先生もバス待ちなんだと思う。
 暫く二人で、互いに沈黙しながら待っていると漸く待ち望んでいた物がやってきた。それは私達の前に止まる。
 私の前に先生が乗った。彼も私と同じバスを待っていたようだ。彼は、開いている一番後ろの個人席に座ると無言で私を見つめる。私はつり革にでも掴まっていようと思ったんだけれど、先生が余りにもこちらを穴が開くほど見てくるので試しに歩み寄って聞いてみた「何ですか?」と。すると、先生は「ここに座りなよ」と言う。本当は、後からお婆ちゃんとかおじいちゃんとかの為に開けておこうと思ってたんだけど、まあ、今はいないしいいかなと座った。

「……」
「……」

 露伴先生、仕返しですか。物凄く見ているのが分かる。先生が、私の後頭部を物凄く見ているのを感じる。なるほど、確かにこの視線、結構精神的に来るかもしれない。
 いちいち気にしても仕方がないので、私は別の事を考える事にした。

(そうだ、明日行く海の事を考えよう。木賊と一緒に砂浜で貝殻とか集めに行くんだ)

 楽しい事を考えれば気にならなく……ならなかった。先生の視線が鋭すぎてチクチク痛いです。
 そんなにいいもんじゃあない――ああ、勿論誘拐事件の事だ――。ネタになるような所だってないと思う。吉良さんが変な人っていうくらいだよ。

(ああ、でも……――そうか!)

 私は良い事を思いついた。自分にとってだけれども、きっと先生も得をするからイーブン。
 半ば、手すりに身を乗り出しているだろう後ろの露伴先生を勢いよく振り返ると、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている先生と目があった。そんな彼に私はニコリと笑いかけると言った。

「先生は誘拐された時の私の体験が『読みたい』んですよね?」
「……まあ、外れではないな」
「ネタにしたいんですよね?」
「漫画の資料にしたいだけだ」
「いいですよ、見ても」
「……心変わりか? どういう風の吹きまわしだい?」

 訝しむ表情になった露伴先生。何か裏があるだろうと勘ぐっているみたいだ。私は慌てて両手を首を左右に振った。警戒心を解いてほしい。

「ただ、こんな経験さっさと面白おかしくネタしにてもらちゃったほうがいいかなって思っただけですよ」

 きっと、私じゃ自分の体験を客観的にだなんて見れない。「思い出」として見れるには膨大な時間が必要になるだろうから。でも、先生なら、先生の《ヘブンズ・ドアー》ならば私の実体験をそのまま、かつ先生の事だから一歩距離を置いた視点で見る事が出来るだろう。
 たぶん、誰でもいいから「こんな事」と笑い飛ばしてほしいんだと思う。私の周りに居る人はみんな優しくて気遣われてしまう。でも露伴先生は厭味ったらしく鼻でスパッと足蹴にしてくれる。それでいいんだ、いまは。それが一番助かる。今の私には、この「嫌な体験」を笑い飛ばしてくれる人が欲しい。

「面白おかしくする訳ではないけど……まあ、君がどういう魂胆でもいいネタが掴めるのならどうでもいいか……よし、じゃあ」
「え、ちょちょちょちょーっと待ってください、まさかここで何て言わないでしょうね」
「……」
「……せめて人目のない落ち着ける場所にしてください」

 でなければ見せない。そんな姿勢を取れば、露伴先生は眉間に皺をよせ悪態を一つつくと両手を上げ「オーケイ」。

「僕の家に行こう。それならいいだろ」
「はい!」

 そんなこんなで、露伴先生の家にお邪魔する事になった。


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