鉄壁の少女 | ナノ

15-1



〜第15話〜
夢だけど、夢じゃなかった




 夢を見た。みんなが助けに来てくれる夢。承太郎さんの《スター・プラチナ》が吉良さんの《スタンド》をタコ殴りにして、そのあとに仗助君が《クレイジー・ダイアモンド》の能力で岩と彼を融合させてしまう。その後に、優しい笑顔の康一君と呑気な顔の億泰君、相変わらず無愛想な顔の由花子さんに何だかんだで心配してくれた露伴先生、そして透明になる赤ちゃんを抱えたジョースターさんが来てくれる――そんなバカバカしくて、私がもっとも望んでいる夢だった。
 目が覚めて見ていたものが全部自分の作った幻想だと気が付いた時、胸にはポッカリと穴が開いたような虚しさがあった。そして、タイミングよく現れた吉良さんに、私は恐々としながら「おはようございます」と挨拶するのだ。
 朝食はいつも静かである。けれど、今日の吉良さんは何故かとても上機嫌だった。もしかして、この前のケーキを手で食べさせた事が原因なのかな?
 黙々と食べていると、吉良さんは今日の予定を話し始める。本日は、行きつけの店に、取れたボタンのつけ直しを頼んだ服を取りに行くらしい。……あれ、それって『重ちー』君の《ハーヴェスト》が取ったものじゃあないか。こっこっこれって、承太郎さん達に知らせなくちゃならない事なんじゃあないかッ!? どどどッどうしよう、どうやって知らせよう!?

「どうしたんだい? 顔色が悪いみたいだが」
「あ、いえ……大丈夫です」

 危ない。知らせる事も大事だけど、一番重要なのはこの目の前の吉良さんに悟られてはいけない事だ。私は、出来るだけ平常心を保つようにして、すまし顔で味噌汁をすすった。
 今日も美味しかった。
 朝食を済ませてトイレに入る。ここで一つカミングアウト。私、入浴中だけでなく、トイレまで見張られている。トイレは狭いから窓に触れて開ける事はできるけれど、外にはやっぱり透明な壁の所為で出れなかった。

(もうさ、ここで私には全く人権という物ないよね、プライバシーの侵害っていうレベルじゃあないよね、コレ)

 泣く泣くトイレを済ませて手を洗い、出れば毎度の事のように吉良さんのネクタイを絞めて、与えられた部屋に戻り、彼を見送った。
 これで、再び自由なようで物凄く不自由な状況になるわけだ。この時は本当に辛い。吉良さんの帰りが待ち遠しくなるほどだ。暇でたまらないだけじゃあない。部屋から一切出る事――トイレは別だけどさ――が出来ないから、正直ストレスが半端じゃあない。ストレスレベルを測れるとしたら、もうMAX一歩手前なんじゃあないか?
 この際だから、《レディアント・ヴァルキリー》でなにかして遊ぼうか。そんな突拍子もない考えが思い浮かぶ。しかし、ここには『誰か』が『居る』。迂闊に《スタンド》を出してみすみす切り札を晒すわけにはいかない。
 結局、今日も特に何もする事なく、自堕落な一日を過ごすのだろうか。そう思うと気が滅入ってしまう。

「暇、暇、暇だ……適当にタンスとか開けてみてもいいかな? 暇つぶしくらいにはなりそうだし」

 突然、ヒトの死体の一部が出てきたり……はないな。用心深い吉良さんの事だから、多分、容疑の証拠となりそうなものは一切残していないだろう。あの、《スタンド》の能力で全てを消し去ってしまうんだ。
 私は、座布団から立ち上がって、そして、こけてしまった。意外と長い間じっとしていたようで、正座の姿勢からとかれた足は血が巡っていなかったせいで痺れてしまっていた。

「ひィ〜〜じびれるぅ〜〜っ」

 この力が抜けるというか、入らないというか、変に感覚がなくて時々怖くなる。あと、痺れてる部分を触ると感じる妙な感覚が苦手だった。
 5分ほど足の痺れと格闘したのち、漸く解放された私はため息を一つこぼして立ち上がった。

「ええっと……まずは、机の引き出し」

 目の前にある机の引き出しの中を見てみた。中には鋏とA4用紙があった。逆にそれ以外は何もなかった。……つまらん。私は直ぐに引き出しを戻すと今度はタンスの中身を見てみた。中には、なんと包丁があった。

「ぬーん、飽きた」

 私は直ぐに飽きてしまい、再び座布団の上に戻った。

「ん?」

 ふと、隣の部屋――吉良さんの部屋から電話の鳴る音が聞こえた。

(けれども、私はどうせこの部屋から出られないのだし、行くだけ無駄だろうなあ)

 そんな事を思って無視していても、電話はずっとなり続けている。あまりにもそれが煩いので、私はためしに部屋を出てみようと重い腰を上げた。無理だったらそのまま無視して寝てしまおう。そう決めると私は引き戸に手を伸ばし、取ってを「掴ん」だ。
 驚いた、ちゃんと掴めている。そして、戸を開けて部屋を出てみた。……ちゃんと出られている。

「どうなってるの?」

 サッパリわからない。

「ああ、とりあえず電話電話」

 私は、鳴り続ける電話の受話器を取った。

「はい、もしもし?」

 電話に耳を当ててみると、聞こえてきたのは、テレビの調子が悪い時によくある「砂嵐」だった。ザーザー、と耳触りな音ばかりが聞こえる。私はもう一度、「もしもし?」と問いかけてみた。すると、電話の奥にいるだろう人が一呼吸する音が耳に入る。

「お前を殺す」
「ッ!?」

 私は、突然聞こえてきた嗄れ声に驚いて電話を落としてしまった。

「息子の為に……貴様の手を切り落としてから……こォ〜〜ろォ〜〜すゥ〜〜ッ!」
「ひいッ」

 私は慌てて吉良さんの部屋から与えられている部屋に飛び込んだ。そして勢いよく戸を閉めるとその場にへたり込んでしまった。心臓はドッドッドッドッと大きく鼓動していた。

「ハァ、ハァ、ハァッ……」

 呼吸が自然と浅くなっていった。辺りを見回し、目に留まった順から手当たり次第に窓や戸を全て締め切る。

「無駄だよ〜〜ッ! そんな事したって無駄なんだよ〜〜!」

 隣の部屋の受話器から、お爺さんのような声が私を嘲笑うかのように言う。それとほぼ同時に、何かが私の上にハラリと落ちてきた。それは写真だった。よくよく手に取って見ると、この部屋の写真だった。座布団の上に座る私の写真だった。これだけならなんの変哲もないただの写真で終わらせられるが、そうではない。もう一人、その写真に写りこんでいる人間がいた。
 お爺さんだった。鬼のような形相をし、私の隣に体育座りしているお爺さんだった。そして私はこのお爺さんに見覚えがあった。どこでだっただろう?

「あれ?」

 写真は一枚の筈だ。今握っている、この一枚。それなのにどうして、お爺さんが「立って」いるのだろう。最初は「座って」居たはずなのに。

「こォ〜〜ろォ〜〜すゥ〜〜」

 喋った。そして動いた。手には包丁を握っている。

(こっこの人だ! この人が私を閉じ込めていた《スタンド使い》だッ!)

 戸を開けようとしたが、手は戸に届かなかった。閉じ込められている。この、写真に写っているお爺さんが犯人だと思うのが自然だろう。

「で、でもどうすれば……!」

 どうやってこの状況を切り抜ければいいのか全く思いつかない。仗助君や承太郎さん、億泰君や康一君は一体どうやって他のスタンド使いと戦っていたのだろう。
 私が狼狽している内に、お爺さんは包丁を振りかざし、そして――私の手首を切り落としてしまったのだ。それを目の当たりにした瞬間、サッと全身から血の気が引いて行くのが分かった。
 目の前のタンスの引き出しが、音もなく開く。そこからゆっくりと中から姿を現したのは、一本の包丁だった。くるう、と半回転して、刃を私の方へと向ける。ゴクン、と生唾をのんだ。瞬間、それが合図だったかのように包丁は真っ直ぐ私の方へと向かってくる。反射的に《R・ヴァルキリー》を出し、ラッシュで叩き落とそうとしたが無駄だった。包丁は《R・ヴァルキリー》の拳をすり抜けてしまった。そして、真っ先に私の手へと向かってくる。

「うわあああああっ!」

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ――――

 私の脳みそは一つの言葉以外考えられなくなった。そう、たった一言「死にたくない」と。

 ――目の前が真っ白になった。


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