14-4
吉良は、目の前で眠ってしまった桔梗を見て不敵に微笑む。彼はコップを机の上に置くと、横たわる彼女を抱えて隣の部屋へと連れて行った。睡眠薬は大いに役立ったようである。すでに敷いてある布団に寝かせると、穏やかな表情で眠る桔梗の手の甲にキスを落とし、かけ布団の中に丁寧にしまった。
見張りをさせていた「父」からの話によれば、彼女は一日中、大人しく過ごしていたそうだ。時々ゴロゴロと床の上を転がってみたり、ストレッチをしてみたりと暇をつぶしていたそうだ。今度からは、何か本でも持ってきてあげなければならないだろう。
彼の『父』は既に故人である。けれども、例の『弓と矢』の影響で、彼は魂だけになっても――いや、だからこそ《スタンド使い》になったのだ。彼女を閉じ込めていたのは、その父の《スタンド能力》である。
どうせ、昨日《スタンド使い》になったばかりの彼女には到底、解く事の出来ない問題だろうと吉良は笑う。しかし、彼は知らない。彼女が生まれながら、すでに《スタンド使い》出会ったという事に。
美しい系統ではなく、可愛いという表現がピッタリな桔梗の手は、同様に可愛らしい。けれども、妙に色っぽい所もある。それがまた吉良にはグッとくる。今度、様々な事をやらせてみたいものである。きっと、どんな仕草も可愛らしく、そして色っぽく見えてしまうのだろう。
――ああ、明日が楽しみだ。
吉良は嬉々とした表情で部屋を出た。
* * *
翌日――
私の膝には、吉良さんの頭が乗っかっていた。所謂「膝枕」という奴だ。そして更に、私は耳かきをしてやっているのである。
(うう……手が、震えるよおお……)
正直、緊張している。だって、殺人犯相手に耳かきだよ。一体どういう状況だよって突っ込む所だよッ?
「ん〜〜……君の膝も柔らかいな」
(それって、やっぱ遠まわしに太ってるって事ですかああっ! まあそうなんですけどねッ)
どうせぽっちゃりしてますよーだッ。
仕返しに、耳の穴を傷つけてやりたいところだけれど、命が惜しいのでやめておこう。
「今日は、デザートを買ってきてあげるよ。何が食べたいかな?」
「え……」
で、ででで、デザートッ。これは、どんな女の子でも食いついてしまう単語である。実際、本気で私は悩んでいる。考え込んでいると、吉良さんは「ケーキがいいかい?」と尋ねて来た。それにコクコクと頷き返す――多分、今私満面の笑みを浮かべていたと思う――と、吉良さんは微笑して「じゃあそうしよう」と頷いた。
耳かき作業が終わると、吉良さんは膝から頭を上げ、仕事へ行く準備をし始める。本日も私がネクタイを絞めました。
吉良さんは、去り際、手に頬擦りをしてキスしていく。……ちょっと鳥肌が立ってしまった。
……ケーキ、楽しみだなあ。
その日の夕方――
吉良さんがやっぱり8時くらいに帰宅した。手にはケーキの箱が握られている。
夕食の後、食べる事になった。いつものように、美味しい夕飯を吉良さんと静かに食べて、その後食器を片付け、落ち着いた頃に、彼は冷蔵庫にしまってあったケーキを取り出した。中には二つあって、ショートケーキとシフォンケーキ。どちらにするのか先に選んでよいと言われたので、じっくり検討したのち、私はイチゴのショートケーキにした。シフォンケーキも捨てがたいけれど、今日はショートケーキという気分だったのだ。
ぱくり、と一口食べる。生クリームの甘い味と、生地の間にある小さな苺の甘酸っぱい味が絶妙なハーモニーを醸し出していて――ざっくり言えば絶品でした。
「おいしいかい?」
私は、もう、首を千切れんばかりにブンブンと縦に振った。ケーキ一つで幸せを感じる私って結構単純だなあ。
「一口、くれないかな」
「……えっ……あ、はい」
私は、新たにスプーンを取ろうと立ち上がった。けれど、不意に吉良さんに腕を取られる。
「君の《手》で食べさせてくれないかな?」
「へ……」
……こっこの人、今なんて言った? 手でって言ったの?
(ううう嘘でしょおおおお〜〜〜〜っ!)
顔を青くする私に対して、吉良さんの目は本気だった。聞き間違いとかじゃあなさそうです。
どうする、やるのか私。グルグルと頭の中を巡るのは「どうしよう」という五文字。けれど、ここでやらなければ後々大変な事になりそうな予感がする。なので、私を意を決して彼に《手》で食べさせる事にしたのだ。目の前の更に乗る苺のショートケーキ、それの端の部分を手で千切り、しっかりとクリームをつけると、目の前の吉良さんへと差し出す。彼の唇に、ケーキの欠片が触れたと思えば、パクリ、となんと指ごと口に含むではないかっ!
ケーキの欠片をそのまま食べた彼は、次にデロデロと私の指についているクリームを舐めとり始めた。それが終われば、逃げそうになった私の手首を掴んで、今度は丹念に指の間一本一本を赤いその舌で撫で始めるのだ。
ちゅぱっ、ちゅぱっ、という水音を立てて私の指をしゃぶったり舐めたりする彼の光景は私にとって強烈で、なんというか、卑猥な感じがする。
漸く解放された時には、私の顔は変に熱を帯びており、心臓も早鐘のように激しく鼓動していた。
「ごちそうさま」
とってもいい笑顔で吉良さんは言う。
(ああ、早く誰か助けに来てほしい。吉良さんとこのままこの家で長く過ごしていると、気が変になってしまいそうだ……)
私は、胸にベトベトになってしまった手で作った拳を当てて、思った。
.
▲▼