鉄壁の少女 | ナノ

14-3



 目を覚ますと、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。鼻孔をくすぐる匂いも、いつもの家の物と違う。頭の下に敷いている枕の感触も、体を預けている布団も、上にかかる毛布だって全然違う。どうして、そう思った時、まるで走馬灯のように脳裏に浮かんできた昨日の出来事――ああ、そうか私は『殺人鬼』に誘拐されたんだった。

(部屋に通された後……物音がして……あっ!)

 ふと思い出されたのは、『弓と矢』の事。そうだ、私は『矢』に射抜かれたのだった。生きているという事はつまり、その……《スタンド使い》になった? いやいやいや、私ってもともと《スタンド》持ってたじゃん、使ってたじゃん。
 でも生きている事はそいうい事なんだよね?……ああ、いくら考えてもさっぱり分からないよ。
 考えても分からないのでそうそうに諦めた私は、ゆっくりと上半身を起こした。すると、タイミングよく部屋の戸が開いた。現れたのは、私を誘拐した張本人『殺人鬼』――またの名を『吉良吉影』その人だった。

「おはよう、よく眠れたかな」
「は、い……」

 私の返事に気をよくしたのか、にっこり、と微笑んだ彼の表情はとても良い印象を与えるだろう――彼の正体を知らない人間ならば。

「丁度良かった。起こそうと思っていたんだ……」

 静かに彼は歩み寄ると、布団の上に置かれていた私の手をとってその手の甲にキスを落とした。……この人、本当に手がすきなんだなあ。

(ああ、なんていうか、この人の目がどうして綺麗だと思ったのか、寝て整理できた脳で理解できた気がする)

 純粋なんだ。真っ直ぐすぎるんだ。自分の『平穏な生活』の為なら全力を尽くす……なんか、気が付いてしまうと凄いな、この吉良って人。……そして、柔らかくてフワフワだと言いながら手を撫でているけれど、それ、遠回しに私の手がプクプクって言ってるよね、太ってるって言ってるよね!? まあ実際そうなんですけどね!
 ちょっと不貞腐れそうになっていると、不意に「ぐう」という大きな音が鳴った。……私のお腹だ。その時、私は漸く自分が昨日の夕方から何も食べていない事に気が付いた。そりゃもうお腹ペコペコだね。
 はしたなくもお腹を鳴らしてしまった私は、顔を熱くさせる。ああ、もう恥ずかしい。そんな私を見て、吉良さんはクスリと笑うと「朝食にしようね」と、まるで赦しを乞う罪人を慰める神父のような声音で言うのだ。その声でホッと安堵してしまう私は既に末期なのかも。
 リビングに連れて行かれると、美味しそうな匂いを漂わせ、温かそうな湯気を立ち上らせる出来立ての朝食が机の上に並べられていた。……二人分だった。この家には、吉良さんしか、いないみたいだ。
 吉良さんに促されるままに席につけば、向かいの席に彼が座った。

「そんなに警戒しなくても大丈夫さ……毒は入っていない」

 彼の言葉で、私は漸く自分が彼の作ったこのごはんを食べる事を警戒していた事に気づく。別に、彼には《スタンド能力》があるのだから、態々回りくどい事をしなくてもいいよね。馬鹿だなあ、私。
 作ってくれた彼に少し申し訳ないと思い、心の中で謝罪したのち、私は静かに手を合わせて。

「いただきます」
「ああ……いただきます」

 目の前にあるお箸を手に取って、私は目の前の卵焼きを一口サイズに割って口の中に入れた。瞬間、私は目を見開いて思わず「おいし……」と呟いてしまった。そんな私に、吉良さんは「ふふ」という笑みをこぼして、ありがとうと言う。
 本当に、美味しかったのだ。男の人に、手料理を食べさせてもらったことは無いけれど、この料理の出来は相当だと思う。とっても、とっても美味しい。ぶっちゃけて言えば私のお母さんの手料理よりも美味しい。もう、無言で箸を進めていく。それしかできない。そこまで私は話すのが得意じゃあないし、誘拐犯相手に饒舌になれるような肝っ玉ある人間でもないし、彼の趣味だって分からな……ああ、手があった手が。
 とにかく、特に話題もないので、会話をする事なく私はただただ、吉良さんの作ったごはんを食べてゆくのだ。

「私はこれから仕事に行かなければならないが……君のお昼の為にお弁当を作っておいたから、それを食べるんだよ」
「はい……あ、ありがとうございます」

 緊張で声を震わせながらもお礼を言った。よし、頑張った私。
 朝食を済ませたのち、再び私は元の部屋に戻った。暫くすると、吉良さんに呼ばれた。どうしたのだろうか、と隣の部屋に向かえば、ネクタイを片手に持って立つ彼が居た。

「絞めてくれないかな?」

 え、私が?
 最初、吉良さんに言われた言葉を理解できなかった。けれどそれはほんの一瞬。状況を把握した私は頷いて、彼に歩み寄った。ネクタイの絞め方は大体知っている。たまにお父さんのをやってあげてたりしていたからね。
 ネクタイを受け取ると、私は、ちょっと身長が高めな吉良さんの首にネクタイを回した。吉良さんとの距離がグッと縮まる。絞めようとしている間、彼はずっと私の手を見ていた。そんなに、いいのだろうか?……私には分からないなあ。

「上手にできたね……いい子だ」

 吉良さんは私の頭を撫でる。撫でられる行為自体は全然苦にならないし、逆に、承太郎さんにしてもらった時はとっても嬉しかったし安心した。けれど、吉良さんの手は違った。承太郎さんの武骨で大きな手とは違う、綺麗で滑らかな手だ。でも違いはそれだけじゃあなくて……どう表せばよいのか。感覚的で抽象的に言えば、「『安心』出来ない」のだ。大きくて、温かくて、頼りになるような……そんな感じが、全然しないのだ。だから、失礼だけれど、余り嬉しくなかった。
 その後、五分くらいして吉良さんは出かけて行った。

(……チャンス、だよね)

 彼の事を探るチャンスだ。
 まずは、彼の部屋から調べるのが妥当だろう。私はそう思って、朝寝ていた部屋の隣である彼の部屋へ行こうとした。

「……え?」

 しかし、「行けなかっ」た。引き戸にすら触れる事が出来なかった。まるで、透明な壁が行く手を阻んでいるかのようだった。いや、実際そうだと思う。他の場所も触ってみたけど、出入り口となる引き戸の所以外はふつうに触れた。どうやら、この部屋から出られなくなってしまっているみたい。
 この家には、吉良さんしかいないと思ったけれど、もう一人いるのかもしれない。だって、吉良さんの《スタンド能力》はこの目で目撃して「爆弾」系だと分かっている。この超常現象みたいな状況もきっと《スタンド能力》だ。スタンドは一個体につき一能力だから、これは吉良さんのとは別の存在……。

(え、じゃっじゃあ、いったい誰のスタンド?)

 この家に協力者がいるのか?
 ごくん、と私は生唾をのんだ。
 下手に動いて探っているとばれては困るので、私は大人しく部屋の座布団の上に座る事にした。向かいの机には、吉良さんが置いて行ったお弁当がある。隣の置時計はまだ9時を指していた。


 * * *


「良い子にしていたようだね」

 夕方の8時――
 吉良さんが帰宅した。その時には、『透明な壁』は消えていて私は閉じ込められていた部屋から出る事が出来るようになった。直ぐにその後は夕食を済ませ、お風呂に入った。お風呂に入るときも『透明な壁』があった。……これって、覗きされているって事だよね。おもいっきり裸見られてるって事だよね。
 またか! また私は好きでもない――しかも今度は顔も知らない――人に裸を見られているのかッ!

(うわああああお母さんごめんなさいッ親不孝者でこめんなさいいいいいいっ!)

 湯船につかりながら、私は両手で顔を覆い、胸の中で絶叫した。ここで大声あげたら、きっと吉良さんに消されるからねッ。
 ショックに打ちひしがれているも、なんとか気を取り直して浴室を出て与えられた夜着の袖に手を通す。着替え終わったら吉良さんと共にホットミルクを飲んだ。……美味しかった。

(ほんと、気持ちいいなあ……これなら本当に気持ちよくグッスリ、眠れ……る、よ……)

 効果覿面だった。ホットミルクを飲み干すと、段々と眠気が襲てきた。ぐいぐいと意識を闇に引っ張ってゆく睡魔はとても心地よい。ああ、でもいけないなあ。ここは吉良さんの部屋で、私に与えられてる部屋は隣なのに、ここで寝ちゃったら迷惑になってしまうよ。
 でも、私は睡魔にはどうしても勝てなかった。吉良さんが私に何か呼びかけていた気がするが、私は言葉を返す事なんてできなくて、ただコクコクと頷き返すだけだ。そうして、重力に引かれていくように、正座の体勢から横にそのまま倒れると、ついに意識を手放してしまったのだ。


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