14-2
会いたい、みんなに会いたい。私は、右手を堪能する吉良さんの行為に対して今にも悲鳴を上げてしまいそうな口を左手で塞ぎながら思った。じんわりと涙が滲み出て、そのまま零れてしまいそうだ。
(仗助君とも仲直りしたいし、億泰君とバカやってみたいし、康一君からかりた『ピンクダークの少年』まだ読み切ってないし、由香子さんの無事だって確認してないし……)
私の脳裏に浮かんで消えてゆくのは、大好きな友達の笑顔の数々だった。
(生きたい……ここから、無事生きて、みんなの所に帰りたいよ)
そのためには一体何ができるだろうか。私の《スタンド》で、この目の前の男の《スタンド》を倒せるだろうか。ここには、彼一人で住んでいるのか。それとも誰か一緒に住んでいる人がいるのだろうか。独身って言っていたから、奥さんとかはいないだろうけれど――
(彼の情報は木賊に託した……大丈夫、きっと、きっと承太郎さん達なら居場所を突き止めてくれる筈っ)
ならば、今自分ができる事。きっとそれは殺人鬼をできるだけ刺激せずにやり過ごし、生き延びる事だ。更に、逃走した時の為に、なるだけ情報を収集しておく事も大切だと思う。
――やってやる。
そう思うと不思議と、勇気が湧いてきた。鈴美さんやこれから狙われてしまいそうな人々の為にもとか、そういった意味も一応含んでいるけれど、やっぱり一番は自分の為。みんなに会いたい、みんなの笑顔が見たい、生きて、もう一度! ただそれだけ!
いつの間にか、震えは治まっていた。動揺によって浅い呼吸をしていたけれど、それも落ち着いてゆっくりと自然な呼吸になっていた。そんな私の変化を敏感に感じ取ったのか、手に夢中だった吉良さんが不意に顔を上げた。強い光を持った彼の瞳が真っ直ぐに、私を見つめてくる。その時不覚にも私は彼の瞳が「綺麗だな」なんて思ってしまった。凶悪殺人鬼相手に、だよ?
「君……」
吉良さんは何かを言いかけたがすぐに閉口した。彼は眉間に皺を寄せて、あたりをキョロキョロと見渡す。
ガタガタ、ガタガタ、という何か物音がする。一瞬、この家の住人かと思ったけれど、吉良さんが警戒している時点で彼の仲間という訳ではない。なら、この妙な物音はなんだろうか。それは段々と激しさを増して行き、床も少々振動で揺れ始めていた。そうなると流石に音源もおおかた分かってくる。私の後ろにある壁からだ。という事は、この部屋の隣という事だろうか。
「少し見てくる必要があるな……ここで良い子にしているんだよ」
彼のこの言葉を聞いた時、思わず私は「え?」と口にしてしまいそうになった。だって、いいの? 他に仲間が来るまで待たなくていいの? 様子を見に行ってくる間に私が逃げ出さないとは限らない筈だけれど。
そんな疑問でいっぱいな私の事など知ってか知らずか、吉良さんの涎でベトベトな手首ではなく、手の甲にキスを落として立ち上がる――が次の瞬間、吉良さんは何かに気が付いたのか、表情を急に強張らせすではないか。どうしたのだろう、そう思って彼の名前を言おうとした時だった。
「ガッ――!?」
何か鋭利な物が、私の背中から胸を突き刺した。口からは血が沢山吐き出され、突き刺された個所から全身にかけてジワジワと激痛が浸透していく。私は、全身が激痛で震えながらも、体を貫いた正体を見ようと自分の胸を見た。
矢だった。見覚えのある、もの。これは確か、形兆お兄さんから音石明に渡り、そしてSPW財団で保護された……一般人を《スタンド使い》にしてしまう不思議な「弓と矢」の「矢」の方であった。それは、丁度私の乳房の谷間から顔をのぞかせていた。
(もともと《スタンド使い》だった私が貫かれると、どうなるんだろう……)
億泰君も、形兆さんも、康一君も、縹も、由花子さんも玉美さんも間田さんも、音石明も、もともと《スタンド使い》ではなく、この「弓と矢」に射抜かれて《スタンド使い》になった。では、もともとソレだった私は一体どうなるのだろうか。死んで、しまうのだろうか。
(そ、れは……ヤダ……なあ……)
死ぬのだけは、駄目だ。ここで死んでは、駄目だ。……ああ、でも鈴美さんの所に行ってみんなに犯人の事を伝えるのも、ありかなあ。
私は段々と薄れてゆく意識の中で、思った。
闇に意識を落とす直前、誰かが倒れ込む私を受け止めてくれた気がした。
* * *
吉良吉影は動揺した。彼の腕の中には、背中から胸にかけて矢に貫かれている少女・山吹桔梗が死んだように眠っていた。吉良は、慎重に彼女の体から矢を抜くと床に横たわらせる。気が付けば、彼女の傷や血は消えていた。どうやら、「矢」に『選ばれた』様だ。生きた彼女は自分と同じような《力》を手に入れたのだ。確かこの力は以前始末した少年の言う《スタンド》といった名前だった気がする。
まさか、保管していた隣の部屋の壁を突き破り、この部屋にいる桔梗を貫くとは……。壁を突き破って出てきた時は正直、驚愕と動揺で言葉がでなかった。
「この子は、《スタンド使い》になったのか……」
《スタンド》は十人十色、千差万別――様々な形状に様々な能力を持っている。彼女は、いったいどんな能力を有した《スタンド》なのだろう。もし、危害を加えるようならば、始末しなくてはならない。それは、とても残念な事である。なぜならば、今彼女の手がとても気に入っているのだ。ころころと変えられる『彼女』達とはまた違った存在――彼女はずっと傍に置いて置き、愛でていたいものなのだ。
出来うることならば、能力に気づかなければ良い。それが一番だ。
「この調子なら、朝まで起きないだろう……」
けれど、用心に越した事はない。一応、部屋を変えて『父親』に見張らせよう。そう判断した吉良は気絶している桔梗を抱きかかえ、抜いた「矢」を持って部屋を出た。
連れてきた部屋は、吉良の自室の隣の部屋。そして、先程の「矢」を「弓」と共に保管してある部屋の隣だ。そこに布団を敷き、桔梗を横たわらせると、顔についた髪の毛を払ってやる。寝顔を暫く見つめたのちに、彼はそっと布団をかけ、その後、その部屋を後にした。
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