鉄壁の少女 | ナノ

14-1



〜第14話〜
殺人鬼は綺麗な手がお好き




 家のインターホンが鳴った。仗助は、読んでいた雑誌を置いて玄関へと向かった。その間でも、ひっきりなしにインターホンが鳴っており、鬱陶しい。
 うるせえなあ、なんて思いながら扉を開くと、そこには、切羽詰まった山吹桔梗の弟である縹が立っていた。

「仗助さん、姉貴来てませんかッ」

 やけに青い顔になっていた。そんな彼に戸惑いながらも「来ていない」と答える。すると、彼はますます青い顔になっていった。どうしたのか、と問うと彼は一枚の紙を目の前に出した。
 置手紙だった。丸めな字で、『いつもより早めに帰宅出来たので、木賊と一緒に買い物に行ってきます。 桔梗より』と書かれている。余ったスペースには、不細工にかかれたクマが描かれていた。これを見た瞬間、察しの良い仗助は縹が言わんとしている事を理解した。

「帰ってねーのか」
「はい……夕飯に間に合わなくなれば、いつも連絡をくれる筈なんスが、それもなくて……下手すると両親も警察に連絡する勢いっスよ」
「他のとこにも連絡してみようぜ。もしかすっと他の家にお邪魔してるっつー事もあるかもしれねえ」
「ウス」

 彼らは手当たり次第に仲間に連絡を取った。由花子、康一、億泰、承太郎にジョースター……。大穴で露伴や玉美、間田、そしてトニオ。しかし、彼らも学校が終わってから一度も会っていなかった。
 隣にいる縹は相当に焦っていた。しかし、焦っていてもどうにもならない。一応、知っているスタンド使いを集めて再び『重ちー』の時のように鈴美の所へと集まった。

「桔梗ちゃんは来ていないわ……けれど、『あいつ』に殺された魂がさっき通って行ったわ……女の人だった」
「時間は?」

 縹が問う。

「桔梗ちゃんが出かけて行った時間帯とほぼ被っているわ……彼女、もしかすると事件に巻き込まれたのかもしれない」

 ごくり、とその場にいる者たちが鈴美の言葉に息をのんだ。
 巻き込まれたという確証はないものの、無事でいるという証拠もない。康一はジンワリと手のひらに汗をかいている事に気が付く。今こうしている間にでも、彼は失踪した桔梗と木賊を探しに行きたいのだ。体もそわそわと落ち着きがない。しかし、手がかりがない以上闇雲に探して、果たして見つかるのだろうか。重ちーの死体すら見つからなかったというのに。
 一同が暗い顔になっていく中、ふと、トニオが思い出したように呟いた。

「先程、此方ニ来ル途中、パトカー見マシタ……ナニカあったのでしょうカ?」
「そっ、それはどこ!?」
「公園だった気がシマス」

 もしかすると、そこに何かがあるかもしれない。一抹の望みを抱きながら、一同はトニオの言う公園へと向かった。
 問題の公園は直ぐに分かった。野次馬ができていたからである。人ごみをかき分けて公園へと入れば、三人ほどの警官が公衆トイレで膝を抱えたまま駄々をこねている少年を宥めているのが分かった。

「木賊!」

 縹が公衆トイレへと駆け寄る。すると、三人の警官に「知り合いですか?」と尋ねられた。彼は「弟です」と答えると、三人の警官は安心したような表情を浮かべて、少年・木賊に「迎えに来てもらってよかったねー」と言って、野次馬に事情を説明してからその場を後にしていった。問題が解決されたと思った野次馬は直ぐに散って行った。
 残されたのは、この場に駆け付けたスタンド使い達。
 縹は、未だに泣きじゃくっている木賊に事情を説明してもらうよう諭すが、彼はいっこうに泣きやむ気配がない。落ち着くまで待ってやろうか、そう思ったのだが、今度は必死に彼は何かを訴えるように――何時間も泣き叫んでいたのか――ガラガラになった声で「お姉ちゃんがッ、お姉ちゃんがッ」と繰り返し始めた。泣きじゃくる彼に、どう接したらいいのか分からなくなった仗助は困惑する。

「お姉ちゃんがッ、お姉ちゃんがあ〜〜ッ!」
「だから、桔梗がどうしたんだって!」
「仗助ッ、壁だ!」

 承太郎の鋭い声で、仗助は漸く木賊の背中に隠されていた存在に気づいた。
 爪で削ったような傷が壁にいくつも刻まれていた。それはいびつな文字を形成しており、辛うじて読める。――『スタンド使い』『バクダン』『サツジン鬼』『キラ』『33』『ベッソウ』『ドクシン』。

「お姉ちゃんがッ、ぼっ僕を、庇ってッ、ゆうかいッ、され、ちゃったァアア――――ッ」

 愕然とする縹の腕の中で木賊は叫び、泣いた。

「『スタンド使い』『バクダン』『サツジン鬼』『キラ』『33』『ベッソウ』『ドクシン』……」
「もしかすると、『犯人』の情報なのかもしれん」

 殺人鬼はスタンド使いだと確定した。そして、おそらく能力は『爆弾』にちなんだもの。しかし、他のメッセージが何の事を指すのかが不明である。
 仗助は、ギリリと奥歯を噛みしめ、拳を強く握った。

 ――桔梗は戦闘に向いてない。

 それは《スタンド》の能力もそうだが、何よりも彼女の性格が向いていないのだ。もともと喧嘩や争い事態が苦手な性格だ、無理もない。だからこそ、遠ざけたかったのだ、この惨い事件から。しかし、遠ざけようとしたらどうだろうか? 逆に『犯人』に連れて行かれてしまったではないか。
 悔しさと、不甲斐なさで、自分を自分でぶん殴りたい気分だった。


 * * *


 気が付けば寝ていた。朧げな意識の中で、私は「人間って案外図太いんだなあ」と実感した。……いや、きっとこの、私の胸につけられているブローチの存在があるから、かな。この仗助君にもらったブローチの存在が、私を勇気づけているのかもしれない。これを送ってくれた本人には、拒絶されてしまったけれど、さ。
寝転がらされていたからか、車のスピードが段々と落ちてゆくのを感じる。そうして、ぐん、と車体が揺れたと思えばついに停止した。直ぐに、ドアを開ける音と、人間一人が車から降りる音、そして、ドアを閉める音が聞こえてくる。

(私の存在、忘れられてないよね)

 不意にそんな不安がよぎる。殺人鬼の根城に行くよりも、私は暗闇の中で取り残される事に恐怖したのだ。けれどもそれはただの杞憂で終わった。ざっくざっくと、車のトランクの方へと歩み寄る音がしたと思えば、ロックを解除される音と、現れる凶悪殺人犯の『吉良吉影』その人。彼は、まだ眠たげな顔をしているだろう私を見てニンマリと微笑んだ。

「よく大人しくしていたね……いい子だ」

 私は今、口をガムテープで塞がれている為に喋れない。もともと、こんな怖い人と話す気なんてさらさらないけれど、ね。声が震えて情けないばかりか、みじめな気分になるだけだもの。
 吉良さんは、私に起き上がるように言う。両足だけでなく両手を縛られている私には一人で起き上がるのは結構苦労するわけで――けれど、目の前の彼がさり気なく肩を支えて起き上がる補助をしてくれたおかげか直ぐに起きる事が出来た。『殺人』という部分を取り除けば、この人は案外いい人……いや、ただ単に女の人の扱いに慣れているだけかも。
 歩かせるためか、彼は足の縄を解く。

「さあ早く中へ入ろう。その手首の縄を早く解いてあげなくちゃあいけないからね」

 冷や汗だらだらだった。肩には吉良さんの綺麗な手が置かれており、すぐ横には彼が居る。きっと、彼の胸ポケットには先程殺害した女の人の手があるのだろうな。……考えるだけでゾッとした。
 導かれるままに吉良さんの自宅に入る。結構大きかった。そういえば、別荘地帯にあるとかなんとか……結構リッチな人みたいだ。
 玄関に入ると、そこで座らされる。茫然と目の前に立つ彼を見上げていると、彼は私の前で屈み、靴を脱がせ始める。器用に私の足から靴を脱がせると、立ち上がる。彼が靴を脱ぐのを見て家に上がるのを見て、私も上がった。彼は再び私の肩を抱いて歩き出す。
 広い家の廊下を歩いて通されたのは広い座敷。多分、お客用に使われるような所だと思う。

「そこに座ってくれ」

 用意された座布団に、私はしずしずと近寄ると、そこに正座して座る。向かいには吉良さんが座っている。
 これから、どうなってしまうのだろう。そう思って彼を見上げると、突然、彼の手が伸びてくる。緊張で体を強張らせると、彼の手は私口についたガムテープをはがず。その後に両手を縛る縄に触れた。そして、直ぐに解いていく。

「ああ、少し赤くなってしまったね……ほら、君の白い手首にこんなクッキリとついてしまっている」
(ううっ……そんな撫でまわさないでええええ)

 恍惚とした表情で私の手を食い入るように見つめながらスリスリと撫でまわしていくさまは、私の乏しいボキャブラリーでは「異常」としか表現できない。こんな、欠陥だらけだろう私の手なんて、どこがいいのだろう。親指短いんですよ、親指。他の指と比べてとても親指が短いんですよ。ああでも、言われるまで他人が気づかない程度だからいい……ってわけにはいかん。

「君の手はどうしてか、とても惹かれるよ……この『未完成』という所だろうか。日本人は『完成』よりも『未完成』の方が不朽だと考える事が多いらしいが……なるほど、こんな感じの事をいうのか」
(さっ、さっぱり分かりませんよ……)
「頬擦り、してもいいかな?」

 吉良さんは、私が返事をする間もなく、右手を取ってそれを自分の頬に摺り寄せた。今にも、猫のようにゴロゴロと甘えながら唸りそうな勢いだ。

「ん〜〜……フワフワと柔らかくて温かく、大きすぎず小さすぎない、一本一本が細くて華奢で可愛い、このままとっておきたいが、いっその事汚してしまいたくなる妙な魅力を持っているよ」

 訳が分からないよ! 私は心の中で叫んだ。
 吉良さんは、そんな私の心境などまるで知らずに、手を愛でる。

「ひっ!」

 私は悪くない。決して悪くない。いきなり、手首についた赤い鬱血痕を舌で舐める吉良さんがいけないんだッ。それでも、一瞬ギラリと光った鋭利な彼の瞳に怯えて、私は慌てて自分の開いている手で今にも悲鳴を上げてしまいそうな口を押えた。そうしていると、気をよくしたのか、彼は再び何事もなかったかのようにレロレロ、ベロベロと鬱血痕を舐める。私はその間、叫びたい衝動と必死に戦っていた。身を硬くして、手を引っ込めてしまいたいけれど出来ない状況と彼の異常としか言えない行動に震えながら。


.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -