鉄壁の少女 | ナノ

1-1



〜第1話〜
少女、奇妙な青年に出会う




 父親の転勤で、私は秘境だと言われ続けているG県から、M県S市の杜王町へと移り住む事となった。町の花は「フクジュソウ」、特産品は「牛タンの味噌漬け」だ。
 私の下には四人いて、彼らは父と母、そして祖母と共に私よりも先にここへ着いている。私は、他の兄弟達はとちょっと違うルートでここへやって来た。寮に入っていたからだ。たった三か月しか通う事のなかった高校のだ。その寮に、私は入っていた。
 大人の都合というのは本当に面倒だとこの時思った。今更嘆いても仕方ないし、家に居たくないという理由で、寮のあるところというだけだったわけだから特に思い入れも無い。まあ、レベルはそこそこ高かった。また、転校先のぶどうヶ丘高校はそこまで頭のよい高校ではないらしい。まあ、編入試験楽勝だったしね。
 駅を降りて私は町をうねり歩く。迎えが来る予定だったのだが、公衆電話で新居の電話に掛けた所、都合により無理だ、と……。歩いてきてと言われ、肩を落としながら町を歩く事はや10分――見事に迷子になってしまった。早く家に到着しないとまた下の子達が騒ぐんだよなァ……。
 若干人見知りな性格なため、始めてきたこの町の人々に声を掛けるのも緊張し、うまくできない。かといってこのままでは家にたどり着く事さえできない。ああ、もう!

「参ったなぁ〜〜〜〜」
「どうすんだよこれぇえ〜〜〜〜」

 不意に被った声。何やら困っているような声だったので、頭を抱えたまま反射的に其方へと振り向くと、彫りの深いビジュアルにリーゼント、そして改造学ランを身に纏った青年が、私と同じように頭を抱えながらこちらの方を見ていた。彼は所謂……不良ってやつだ。
 やばい、絶対関わったらおしまいだ。そう本能的に感じとった私は、その場を離れようと思うが、ふと、彼の足元が目に留まった。そこには、ありえない程に数多の亀たちが彼を取り囲むかのように展開していた。種類も豊富で、大小さまざま、その光景がなんだかシュールに見える。……不良と亀なんて、珍しすぎる。彼は好かれているのだろうか。雰囲気的には、「おいアンちゃんイケメンだな」という感じだ。
 案外悪い人じゃないのかもしれない。だって動物ってきっと感情に敏感だと思うし。うん、多分ね、多分。ただ単に、困っている人が放っておけないけど不良だから何かと理由づけして自分を納得させようとしているわけじゃあないんだからね。

「ええっと……どうか、しました?」

 恐る恐る青年に話しかける。
 これが彼と私の出会いだった。
 彼は亀が苦手だったらしく、これは、以前ぶちのめした不良の先輩らがなけなしに行った嫌がらせだという。やっぱり不良だったんだね、怖いよ君。また、驚くべき事に、彼は私と同年代だという。だって、全然見えないもの。外国人っぽい顔してるからかなあ。
 別段、私は苦手という訳でもなく、逆に亀とかは住んでいた環境の所為か、好きな方だ。兄弟たちも亀とか好きなので、近くの噴水に数匹入れた後、二、三匹家に持ち帰る事にした。隣にいる彼が驚愕に表情を歪めるのが見て取れる。
 彼の名は東方仗助という。助けたついでに、家の住所を聞いたところ、彼のお隣さんだったらしく、そこまで案内してくれるらしい。うん、すっごく助かった。運命っていうのは信じないけれど、一期一会という四字熟語は好きだ。

「本当に迷子になってたから助かったよ、東方君」
「アンタ、こんなちっせー町で迷子になるなんてけっこー珍しいっスよ」
「うえぇ、そっそう?」

 何だろう。東方君は、不良な格好をしている割にはとても気さくだ。堀が深くて一見厳つい様に見えてしまうが、よくよく見ると、垂れ目な目元によく動く口、それにニコニコとよく笑う彼の表情はとても人懐っこい。
 きっと好かれるような子なんだろうなあ、なんて思っていれば、引っ越しのトラックとそこから荷物を運んでいる作業員の人、そして母さんが遠くで見えた。良かった、無事に到着できそうだ。

(ん?)

 ふと、前方の方から大きな白を見つけた。なんというか、本当に大きいのだ。まるでノッシノッシと歩いてくるような感じで、遠くからでも威圧感を与えている。そんな人物がいれば、自然と視線が引き寄せられてしまい、なかなか反らせられなくなる。また、私の癖もあるだろうが。
 私は、気になる物を見つけてしまうと、目が悪い所為かそうでないか、理由は定かではないが暫くジッと凝視してしまう事が多い。それは気持ち悪いものでも綺麗なものでも何でも、気になったら止められない。その癖のせいか、よく「あの子が好きなんだろ」と勘違いされてしまう事が多々あった。
 ポケットに両手を突っ込んだまま(危ないよ!)私の横を歩いていた東方君は、白い巨人をその綺麗な瞳で捉えると、パッと表情を輝かせて白い巨人に向かって挨拶をした。知り合い、なのだろう。つられて私も会釈を加えながら控えめに挨拶をした。

「どうしたんスか?」
「いや、ちょっと近くを通ったものでな」
(きょ、巨人が二人……)

 威圧感が相乗効果で半端ない事になってますぜ、お二人さん。貴方達余裕で180超えてるでしょう。白い人の方なんて190超えてそうだし……うわあ……にほん、じん?――日本人ってなんだろう、とこの二人を見上げると思う。
 白い人の名前は空条承太郎というらしい。カッコいい名前だな。そして、れっきとした日本人でしたか、本当に日本人ってなんだろう。

「そちらは?」
「ああ、こっちに越してきたらしいっスよ。ちょっと道が分からなかったらしくって俺が道案内してたトコっス」
「どっどうも、最近越してきた山吹桔梗です……「弟さん」の東方君にお世話になっています」
「……ん?」
「……お?」
「……へ?」

 空気が、見事に固まりました。……え、なんで?

「「弟」?」
「へ?……え、違うの?……顔が似てるからてっきり兄弟かと……」
「まあ、親戚っていやあそうだけどよォ……というか、苗字ちがくねえか?」
「……あ、そういえば」

 兄弟以外でこんなソックリな親戚、私初めて見たかもしれません。では、従兄かと問えばまたまた違うらしく、だんだん妙な雰囲気になっている。……こ、困った。私のボキャブラリーでこの空気を打破できる力がないです、隊長。

「何つうか、信じらんねぇかもしんねえけど、この人俺の「甥」なんスよ」
「へえ「オイ」…………え、「甥」?」

 甥、って……甥だよね。でも、承太郎さんって明らかに年上だよね、東方君よりも明らかに年上だよ、ね!?……だ、ダメだ、「甥」というものが分からなくなってきたぞ。
 結局どうしてこのような奇妙な事が起こっているのか分からない。分からないので、私は考える事をやめた。
 額にピタリと手のひらを当てて、二人を眺めたまま、一言、

「世の中って不思議だね」

 と無理矢理完結させました。べっ別に思考力が足りないって、訳じゃ、な、ないで……すん。

「おぉおおねぇええうぃぃいちゃぁあああん!!!!」 

 グッド・タイミングというのはこういう事をいうのだろう。妙な空気になって会話が硬直しそうな所へ、私に気が付いたのか、七つ下の弟が大音声を上げながら大手を振って駆け寄ってきた。末っ子の所為か、余り親に相手にされなかったりしたので、とても構ってさんでまだまだ甘えたの小学2年生である。
 適当に返事として手を振ろうと腕を上げる。その時だった。

「あっ!」

 周りが見えていなかったのか、弟は横断しようとしていた自転車の前に飛び出すような形になってしまった。数メートル先で、走っても間に合わない。

「とっ木賊!!」

 弟の名前を叫ぶと同時に、私は、視界の端に何かが動くような物を捉えた。そして、自転車は……――既に「通り過ぎて」いた。
 更に驚いたのが、木賊のすぐ横に、承太郎さんが立っていた事だった。いくらなんでも、人間にはできない。確か、何かが動いたのも、承太郎さんの傍だったと思う。何が起こったのか把握できていないのは木賊と自転車に乗っていた人も同じようで(それでも足は止めずに走り去って行った)あった。

「周りには気を付けるんだぞ、坊主」
「はっは、い……?」

 ぽん、と承太郎さんの大きな手が木賊の頭に置かれた。ぺこり、と木賊は彼に頭を下げて返事をしたのち、思い出した様に私へと再び走り寄ってくる。おいおい、まだ微妙に分かってないんじゃないかい。
 走ると危ない、と口を開きかけた時、今度は、私の数歩手前で石ころに蹴躓いて前から転倒してしまった。……ああもう。

「おまぬけさん、本当にしょうがないんだから」

 やれやれと呆れながら私は後ろに回って脇に腕を通し、立ち上がらせようとした。すると、徐に東方君が歩み寄り、立ち上がりかけている木賊の前にしゃがみ込んだ。

「ちょっといいっスかぁ〜〜」

 どれどれ、というように傷の様子を見る東方君。彼は、擦り剥いた膝に手を当てた。すると、彼の腕に重なるかのように、もう一本、腕が現れる。しかし、ソレはほんの一瞬で、瞬きを一度だけした時には消えていた。
 ここで突然だか、一つカミングアウト。私は、昔から普通の人には絶対に「見えない」ものが見える。よく、一人の人に一つ、または一体、「何か」が憑いている。私はそれを「幽霊」や「悪霊」と呼んでいる。私自身にはまだ憑いていないので安心なのだが、「霊感」がある人には結構な確立で憑くというのを何かの特番で見てからはこの自分の体質を思い出す度に肝を冷やしています。
 東方君の手が引くと、覆われていた傷はどこにも見当たらなかった。茫然とする私達に彼はニコリと人懐っこい笑みを浮かべると木賊の頭を撫でた。

「よかったスねぇ〜〜、大した怪我じゃあないみたいで。ああ、俺こういうのケッコー得意でよォ〜〜……これくらいならまあ、簡単に治せちまうんだよ」
「へ、あ……すごい、ね」

 傷が本当にどこにもない。まるで、転んだ事実さえないように、跡形もなく消え去っていた。

「ありが、とう?」
「おう」

 疑問形で申し訳ないが、いまいち何が起こったのか把握しきれないので許してほしい。そして、承太郎さんいつの間にバックに控えていたんですか、とてつもなく心臓に悪いです。

「あ、お姉ちゃん早く早く! 荷物が来ちゃってますよォ!」
「ああ、うん、ごめん」

 木賊に腕を引かれて私は歩く。

「あの、「いろいろ」とありがとうございました!」

 腕を引かれながらで申し訳ない。しかし、感謝の気持ちは精一杯にこめて、私は巨人兵……じゃなかった、東方君と承太郎さんにお礼を叫んだ。
 そうだ、ふと思い出したが、東方君は同じぶどうヶ丘高校の生徒ならしい。同じクラスだったらいいなあ。知り合いのいないこの地で、初めて知り合った人がクラスにいるだけで安心できるし。

「クラス、聞いとけばよかったかな」

 家に上がってから、今更思ってしまった。



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