鉄壁の少女 | ナノ

13-3



「由花子さん私もう心が折れそうだよォ〜〜っ」
「そう言っているうちはまだ大丈夫よ」

 お弁当をやけ食いしながら、私は由花子さんに胸の内を打ち明けた。何故いつもそうするのかというと、彼女に相談すると私の悩みを彼女が一刀両断してくれるからだ。もう、バッサリと、清々しい程に思いっきり。それが、私には心地いいのかもしれない。
 空は憎たらしいくらいに青々としており、今私達のいるベンチに吹き込むそよ風は爽やかだ。だが、今の私にはそんな些細で爽やかなそよ風さえも鬱陶しく感じてしまう。
 平然としたいつもの無表情で自分のお弁当を食べながらいる由花子さんに、私はグズグズと出てくる鼻水をかんで寄りかかった。最近、彼女はこういうスキンシップを許してくれるようになった。この前なんて、ちょっとブルーになったのかあのいつも気高い由花子さんが背中を預けて来たんだからね。これは快挙だよ快挙!

「由花子さん」
「……」

 黙々と彼女はお弁当を食べている。けれど私は話を続けた。

「どうやったら由花子さんみたいに強くなれますか」
「貴方は十分強いわ」

 即答です、流石です!
 でもね、違うよ〜〜。由花子さんがいうからそうかもしれないけれど、違うんだよ〜〜。

「なんというか、仗助君に頼ってもらえるみたいなさ〜〜」
「無理ね、あいつが貴方に頼るなんてこと」
「そんな〜〜……ああもう、だから強くなりたいんだって」
「何度も言わせないで。十分強いわ」

 何が強いんですか由花子さん〜〜。確かにパワーはあるけどさ、由花子さんみたいに応用が利くような能力を持っている訳でもないし、康一君のように癖のあるような能力でもないし、億泰君みたいに必殺技かよみたいな能力でもないし。あと、承太郎さんみたいに時を止められるわけでも、仗助君みたいにモノを治すわけでもないし、縹みたいに風を操る能力なわけでもないし。
 防御――そう、まさに防御というたった一つの事柄で応用性ほぼゼロ! 完全に後手に回るような能力! タイマン張ったら一発で終わり! 思いっきりサポート役で更にあまり要らない隊員!
 それらの事を由香花子さんにうざったいくらいウダウダ説明すると、思いっきり《ラブ・デラックス》で締め上げられました。苦しかったです。一生懸命に平謝りしてなんとか解放してもらった私は「ゲホッゲホッ」と咳き込みながら呼吸を整える。その後、再び性懲りもせず由花子さんの華奢な肩に頭を預けた。

「貴方の強さは別にあるわ」
「んえー?」

 どこに?――そう問うと自分で探せと言われてしまった。確かに、おっしゃる通りです。
 私の強さってなんだろう。言い換えれば私の強み?……料理がそこそこできる所? それはあんまりスタンド能力には関係ないか。

「とりあえずありがとう、頑張ってみる……『女は当たって砕けろ!』ってね!」
「砕けたら元も子もないわ」
「それ、康一君もいつか言ってた」

 仗助君にあたって砕けてやるぞ。砕けたら由花子さんに破片を集めて貰おうかな。……全力で嫌な顔されてきっぱり断られそうだ。


 * * *


 ある日、由花子さんが学校に来なくなった。どうしたのだろう。花ちゃんはここ最近、食中毒にかかって入院中――幸い、命に別状はない――だし、私ぼっちでお昼なうだよ。
 仗助君と億泰君は相変わらず仲良さそうにお昼とってる。……いいなあ、私も混ぜてほしいなあ。

(もしかして、由花子さん病気にかかったりとか……)

 しかし、ふと私にはもう一つ別の考えが思い浮かんだ。それは――『殺人鬼』の話。
 まさか、彼女は『殺人鬼』と出会ってしまったのか。そして……こっ殺されてしまったのか。
 私は段々と顔が蒼くなっていくのが分かった。どうしよう、どうしよう、由香花子さんまでいなくなってしまったら、私はどうすればいいのだろうかッ。
 時計を確認すると、まだお昼休みはある。由花子さんの家に電話して、彼女がいるかどうか確認しなくてはっ。私はお弁当を片付けて、席を立とうとした――その時。

「桔梗さん」
「え、あ……康一君」

 おずおず、といった感じで康一君が話しかけてきた。そういえば、最近……重ちー君が殺害されてから、余り話してなかったね。

「由花子さん、最近学校に来てないみたいなんだけど」
「あ、うん……」
「何か知らない?」
「ううん……数日前に「学校を休む」っていう電話を貰ったきり」
「そ、そうか……あ、ええっと……彼女、家にいる事は分かっているんだ。けれど、電話にも出てくれなくって」
「家に、いるの?」
「え?……うん」
「そ、そっか」

 家にいる。そう聞いただけで私はホッとした。行方不明にはなっていない。家にいる。ただ……どうしてだろう?
 それを聞こうとした時には、康一君は既に背を向けて去って行ってしまっていた。……むう、冷たい。

(あーもう! こうなったら、強行突破で何としても問いただしてやる)

 事件の事を調べているのかとか、由花子さんの事とか、どうして最近そっけないのかとかッ。大体予想ついているけれどさ!
 ああ、あと私は足手まといなのかとか、協力させて欲しいとか、私も殺人鬼を止めたいとかッ。言いたいことは山ほどある。今日の放課後、ぜっっっっっっったいに聞き出してやるんだ!
 私は意気込んだ。気合を入れるために、残ったパックジュースを一気に飲み干した。


 その日の放課後――
 私は、先を歩いている大きな背中二つを追いかけている。早くしなければ。二人はもう既に校門まで来ている。……コンパスの差ってちょっと惨いね。
 そして、ついにやってきました、みなさん、私に元気を分けてくださいィ〜〜〜〜ッ!……なんてやっても無意味なのは分かっているのだが、こうでもしないと、暫く疎遠(?)になっていた身長高く彫りの深いビジュアルの仗助君と、厳つい億泰君相手に質問する事が出来ない。絶賛ビビりまくりです。

「仗助君、億泰君」

 声が震えていないのが奇跡だ。私は、立ち止まって振り返る二人を見上げた。

「由花子さん、なにかあったの?」
「ああ、それが――」
「いや、なんでもねーよ」

 仗助君が、億泰君の言葉を途中で遮り言う。その声音が、いつもより冷たいのは気のせいか。

「何でもないって……そんなはずないよ。だって彼女、二日も休んでるんだよ?」
「大丈夫だって。康一がいるんだしよ」
「……そ、そう……」
「そういう事だ。俺らが余り関わるのもどうかと思うしよ〜〜。何かあったら康一の方から連絡あるだろ」

 要件はすんだ。そう言いたげにさっさと踵を返して帰ってしまいそうになる仗助君。隣の億泰君は困惑した表情で私と彼を見ていた。
 ああ、もうッ。

「じゃあさ、最近みんなで何しているのかくらい教えてよ」

 ピタリ、と仗助君の足が止まった。私の方には背が向けられているので、彼の表情は分からない。

「縹には言ってるみたいだけど、さ……その……」

 沈黙がどうしようもなく怖い。けれど、ここでひいては女がすたる!……気がする。

「……私は、足手まといかな」

 言った。言い切った。けれども、仗助君は未だに背を向けたまま答えをくれない。私は彼の名を呼んだ。けれどやっぱり彼は沈黙したままだった。横の億泰君の狼狽ぐあいがやばい事になっている。冷や汗というか脂汗を大量にかいて、仗助君と私を交互に何度も何度も見ている。落ち着け、君。
 沈黙が訪れた。とても痛く、刺々しいものだ。これを破ると、何かが弾けてしまいそうな気がした。しかし、私はそれをあえて行う。否定して欲しかったのかもしれない。そんなことない、と。みんなで協力して殺人犯を捕まえよう、って。言って欲しかったのかもしれない。

「あの、じょう――」
「ッるせえぞ! テメー!」
「ッ!?」

 私は一瞬、呼吸が止まるかと思った。彼の名を呼ぼうとした時、彼は振り向きざま、大声で怒鳴りつけて来たのだ。そして、血走った鋭い瞳で上から彼よりも遥かに小さい私を睨みつけるのだ。

(怖いッ……)

 たぶん、初めてだったと思う。彼の鬼のような形相を向けられるのは。
 仗助君は、ズンズンと私の眼前に進み出ると、大きな体を屈めて顔を近づけ、ガンを飛ばす。そして、ビシリッ、と指を私に突き付けて言うのだ。

「オメーには関係ねー!」

 グサリ、と胸に深々と刃を突き刺された気がした。その痛みはジワジワと内面から私を侵食していき、ついには虚無感というモノを私の心の奥に植え付けたのだ。

「……そっか」

 彼の鋭い瞳から逃げるように俯くと、それだけ呟いた。それしか、出来なかった。

「……引き留めて、ごめん」

 私は彼に一礼すると、鞄を強く握りしめて駆け出した。そうでもしないと、ジワリと滲んでくる涙がこぼれてしまいそうだったからだ。顔を上げぬまま、彼らの横をすり抜けて、校門を飛び出て……。
 だから、彼らがどんな顔をしていたのかは分からなかった。


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