鉄壁の少女 | ナノ

13-1



〜第13話〜
こんにちは愚鈍な赤ずきん
哀れな君を迎えに来たよ




 今日はとてもいい天気だった。いや、今の私の精神状態が晴れ晴れとしているからそう見えているのかもしれない。
 制服の胸に輝くハートのブローチは、改造を全くしていない私の制服ではよく目立った。けれど、それが良い。この、仗助君がくれたこのブローチだけが目立っていればそれで――

「ってうわあああ何恥ずかしい事考えちゃってんの私ィイイイイイイッ!!!!」
「煩いわよ桔梗」
「ごめん」

 今はお昼休み。早めにお昼を済ませて由花子さんと近くの売店でアイスを買ってベンチで食べている所です。あーもう今日は本当にいい天気だなあ!

「ね、ね、凄く優しいよね、欲しいだろうと思って買ってくれたんだよ! あーもう素敵! 大好き!」
「本人に言ってやればいいじゃない」
「うっ……はっ恥ずかしくていえません」
「何言ってんのよ、好きな相手に気持ちを伝えずにどうする気?」
「だッだって由花子さん、今の距離が一番幸せなんだよ。楽しいし、温かいし……ま、まあちょっと苦しいなって思う時はあるけど、さ」

 女の子に呼び出されて告白されてたりとか、告白されてたりとか、告白されてたりとかさあああッ。心臓がきゅうきゅうして大変な事になっておりますよ、もし仗助君があの子の事が好きだったらどうしようとか、気まぐれでも付き合ってみようとかいう事になってしまったらとかっ。
 私は、ペロリとチョコチップバニラアイスを舐めた。う〜〜ん、おいしいっ。

「はあ〜、いいなあ、優しいなあ……だからモテモテなのかあ〜〜」
「……それ」
「うん?」

 由花子さんは、長い指で私の胸で爛々と輝くブローチを指さした。やけに真剣な表情なので、私も姿勢を正して由花子さんを見つめる。すると、彼女は綺麗な唇をすう、と開いて言葉紡ぎ始めるのだ。

「貴方だけよ」
「んえ?」
「あいつから貰えるのは、貴方だけって言ってるの」
「え〜〜、いつもお菓子とかあげてるからじゃあないかなあ。あ、あとは一緒にゲームとか?……まあ、由香子さんの言う通りなら嬉しいけどさあ〜〜、イヒヒ」
「……はあ」

 由香子さんは、「分かってない」と言いたげに深く深くため息をついた。……むう、いったい何がいけないんだ。
 そろそろアイスが溶けそうになってきたので、急いで食べる。由花子さんはいつの間にか全て食べ終わっていた。楽しい休憩時間も終わったところで、私達は校舎へと戻る。しかし、途中でベンチにお財布を置いてき忘れた事に気づき、私は由香子さんに先に戻ってと言い残してもうダッシュでベンチの方へと引き返した。

「あ、あった! よかった〜」

 財布は無事だったようだ。中身もしっかりある。忘れたと気づいた時、心臓が喉から飛び出してくるかと錯覚するほどに焦った。
 昼休みももうあと10分くらいで終了してしまいそうだ。私は急いで元来た道を戻り始める。すると、後方の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、そこには仗助君と億泰君、そしてとげとげ頭の男の子が一緒に仲良く歩いてきていた。手を振って歩いてくるので、私も手を振りかえしてみた。

「珍しいなあ、ンなトコでよ〜〜」

 仗助君が言った。

「友達と一緒にアイス食べててさ。戻ろうとした時にお財布忘れた事に気づいて急いで戻ってきたトコ」
「財布忘れるたァ〜、オメー馬鹿だなあ」
「それ、すっごく億泰君には言われたくないって思うな……あ、で、その子は?」

 私達のやり取りをポカンとした表情で下から見上げている男の子を指して言えば、仗助君が彼を紹介してくれた。彼の名前は『矢安宮重清』、あだ名は『重ちー』。ぶどうヶ丘中学校の二年生らしい。

「中等部の子なんだ……私は山吹桔梗っていうんだ、よろしくね」

 後輩ってどうしてか可愛く見えて仕方ないよなあ。
 自然と上がっていく口角を押さえる事などできず、私はもう緩みっぱなしだろう表情のままに挨拶をした。すると、何という事だろうか、重ちー君が突如として泣き出したのである。うるうると目を潤ませ、出ていた鼻水を更に垂れ流しにし始める。いいい一体どうしたっていうんだいっ!?
 パニックになるも、なんというか……姉という性か、ポケットからハンカチとティッシュを取り出してハンカチで彼の涙をぬぐい、ティッシュで鼻水をぬぐった。けれどそうすると更にだらだらと目と鼻から汁を垂らしてい行く。いや、ちょっとだからどうした!?
 私はもうお手上げ状態になり、仗助君と億泰君を振り返るが――だっ駄目だ、仗助君の方は重ちー君と同じような状態の億泰君を宥めるので手一杯だった。

「ちくしょー! 重ちーのクセに女の子に鼻かんでもらってやがるぜ〜〜っ!」
「だから億泰よ〜〜、何も泣くこたあーねーだろがよォー」
「女の子に、しかも先輩にこんなに優しくされたの初めてだどォ〜〜っ!」
「しゅっ収集が付かない……」

 私と仗助君で一生懸命二人を引っ張り校舎へと戻りました。
 まさかこのような事態になるとは予想外であった私は、思った以上に体力を消耗したようで、教室に仗助君と着いて自分の席に座ってからは机の上に突っ伏してしまった。

「重ちー君、結構面白い子だね」

 私と同じく机に突っ伏していた仗助君に、私は言った。すると、仗助君は少々苦い表情をしていたが「まあな」と頷いた。

「桔梗って、仲良い後輩ができると溺愛するタイプだろ」
「え? う〜〜ん、溺愛は分からないけれど、可愛がりたいって思うね」
「だよな〜〜……ハア……」
(……?)

 何やら元気のない仗助君。どこか哀愁の漂うその雰囲気に、どうしてしまったのだろうかと心配になる。何か嫌な事でもあったのかな。彼が元気ないと私もちょっと不安になる。ここはひとつ、相談にのるという作戦を執行しようじゃあないか。私は「元気ないね、どうしたの?」と机に突っ伏す仗助君に聞いてみた。すると、彼はゆっくりと眠たげな表情で私の方を向く。その表情がなんだか可愛くてちょっと笑ってしまった……いかんいかん。

「役得」
「へ?」
「あ〜〜〜〜っ、やっぱ何でもねえ」
「え、ちょ、え? そりゃないよ〜〜、私じゃ役不足って事〜〜?」

 酷いなあ、言いかけてやめるとか、一番気になるパターンじゃないですか。しかも、どうしたのさ。再び俯いた君の耳、物凄く真っ赤だよ。なにか照れるような事を相談しようとでもしたのかい?
 結局、何度問いただしても仗助君は「何でもねえ」の一点張りであった。
 ぬ、ぬう気になる。気になるけれど、これ以上やったらきっと鬱陶しくなりそうなので諦めた。本当はかなり気になるけどさ。


 * * *


 カリカリ、カリカリ、と鉛筆の滑る音が静寂に包まれる教室でところどころから聞こえる。仗助は、その中でも適当に鉛筆を動かして黒板の板書を写していた。彼はチラリと隣に座る桔梗へと視線を移した。彼女は赤いふちの眼鏡をかけて真面目にノートを取っている。時折、顔にかかる髪の毛をスイ、と慣れた動作で耳にかけている。
 別に、髪の毛が特別好きでも何でもない。フェチとかそういう特殊な趣向を持っている訳でもない。けれど、彼女の、時折する先程の仕草になんとなくグッとくるものを感じてしまう。他の人間がやったとしてもそんな感情は抱かないだろうが、彼女がやるとどうしても心惹かれずにはいられない。
 いいなあ、と思う。それから、彼はふと昼休みの出来事を思い出した。欲深で面倒な奴だがどことなく放っておけない奴、つまり『重ちー』を紹介した時、桔梗は快く彼を受け入れた。まあ、初対面で見た目から差別するような人間でない桔梗であるから当たり前と言えば当たり前であった。
 問題なのは次の瞬間――女の子に初めて『優しく』された重ちーは感動で涙ぐむ。それを、小さい弟妹の世話に慣れて条件反射的に動いた桔梗が、出た涙をぬぐう。これは別にいい。けれど、一番に目を見張ったのが、鼻水をぬぐうという行為だった。いくら善人でも初対面の人間の鼻水を処理するなんてこと、できる奴など極僅かだろうに。桔梗は当たり前かのようにやってのけてしまったのだ。それで更に感激して重ちーは号泣、億泰も羨ましさに号泣しだす始末。

 ――俺だって羨ましい。

 億泰と重ちーとの違いは、「桔梗だから」という所だろう。

(……まっ、ダチじゃなきゃあ気兼ねなくブローチなんてつけて貰えなかっただろうし、それでもいいか)

 改造などされず、指定通りの制服に、唯一異色のブローチ。それがやけに目立ち、やけにフィットしていた。
 自分があげた物が、唯一身に着けて貰えている――その事実が無償に嬉しかった仗助。しかも、毎日「当たり前」のように着けてきてもらえているという所がまたイイ。

(暫くはこんな関係も、悪くねーな)

 ノートを取る事をやめて仗助は机に肘をついてその手に顎を乗せると、授業を聞くフリをして桔梗の勉強する姿をひたすら眺めているのだった。


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