12-3
私のテンションは今、「ハイ」になっていた。
ついに、この日が来たのである。家を出るとき何度も何度も、学生鞄の中身をチェックしたり、財布の中身をチェックしたりと妙に落ち着きがなかった。自分でも笑ってしまうくらいだ。
登校している時や学校でも、そわそわと落ち着かなくて、一緒にいた仗助君や億泰君に不審がられてしまう始末。ごめん、初めての試みに緊張して仕方ないんです、見逃して下さい。特に億泰君、いちいち突っかかってこないで指摘しないでッ。君ってやつは本当に、空気が読めないというかなんというか……つまるところ、お馬鹿だなあ。
今日は適当に誤魔化して二人より早くに下校した。あの二人の事だ、なんだかんだ言って後をつけて来ようとするかもしれないので、回り道して行った。今回の件は誰にもバレるわけにはいかないのだッ。特に、仗助君にはね!
いろいろと回り道をしてから、私はついにジュエリー店を訪れた。そして――
(いざ、出じ……ッ!)
意気込んで店内に入ろうとした私は絶句した。
ショーウィンドウに目が入った私の視界には、どこにもあの、ハード型のブローチがないのだ。もしやと思って近くの店員さんに聞いた所、昨日、誰かがプレゼントとして買っていってしまったとか。
ショックだった。とても、ショックで目の前が真っ暗になりかけた。あれほど楽しみにしていたのに、それが実行できないと分かった瞬間のこの絶望感は半端じゃあない。心に実態があるとしたら、ぽっかりと大きな穴が開いたようだ。イメージ的には、大きな分厚い板を《レディアント・ヴァルキリー》の拳がぶち抜いている感じだ。……我ながら例えが意味不明である。あまりのショックに頭が混乱している、ととっていただこう。
フラフラとした足取りで――はた目から見れば完璧にゾンビだ――私は家に帰宅した。その日は何をしても失敗ばかりで、夕飯を作っている途中に指を切ったり鍋で煮てる時に手の甲を火傷したりと散々だった。ああ、あと二階に上がるとき、階段に躓いて膝に青あざを作ってしまった。寝るときなんて、ベッドの角に小指を思いきりぶつけて悶絶する羽目になるし、なんだ厄日じゃあないかッ。唯一の救いは仗助君からの「明日はちょっと早く出ようぜ」という電話――その時私は何も考えずにOKした――だな。
「うう〜〜あんまりだァ〜〜〜〜っ!」
ベッドで10分泣いた。
忘れたくてその日は泥のように寝た。明日は仗助君の顔が見れそうにない。
* * *
「おはよー」
「おお……今日は何だか元気ねーな」
「そう?……はははは」
明らかに見て元気ないって分かりますよね、ごめん。今日は本でも読んで大人しく過ごしてようかな。何してもうまくいきそうにないし。
「ん? おめーそれ火傷? 切り傷に……打ちみ?」
「あ、ああ……昨日ちょっと下手こいちゃって……」
力なく笑っていると、仗助君はスッと《クレイジー・ダイアモンド》を出した。そして――
「これで問題ねーな!」
「……さっ流石です」
火傷も切り傷もアザも消えてしまいました。正確には治った、かな。
(凄いなあ、元通りにしちゃうなんて)
私は、先程まで怪我があった個所をみる。跡も残らずに完治してしまっているので、正確な場所は分からないが大体今見ている所だったはず。
(ん?)
私はふと、影が差したのが見え、なんとなく顔を上げる。すると、目の前にはなななな、なんとっ彼の顔がっ!? ちっちちちち近い、近いでありますッ!……前にもこんな状況にあった気がするんだけど!
「やっぱ、元気ねーな〜〜」
立派な眉毛を寄せて彼は言う。ふと、顔を離したと思えば、次にニカリと悪戯っ子のような笑みを浮かべてポケットの中から何かを取り出した。
「そんな元気のない奴にはこの仗助さんからコレを授けよう」
「へ?」
これ、と眼前に差し出されたのは、一つの小さな小箱。受け取れ、という視線に促されてソレを手に取った。けれど、受け取ったはいいがこれをどうすればいいのか分からない。答えを求めるように仗助君を見上げれば、「開けてみろよ」と不敵な笑みをたたえながら彼はおっしゃった。
なんだろ、と私は箱を開けた。
「え……え、こ、こ、これ!」
ど、どどどどどういうこったこれは! 箱を開けてみるとなんと中にはあの日、買い損ねたハートのブローチがッ。なぜ、なぜ彼がもっているのか。私はブローチと仗助君を交互に見やった。すると、仗助君が少しはにかみながら、「欲しかったんだろ?」と。どうしてそれを知っているのかと問うと、何度か私がショーウィンドウ越しにこのブローチを見ている所を見かけたそうだ。うっわ恥ずかしいッ。
「たっ、確かに、これは欲しかったけど……」
「けど?」
なにか問題があんのか。そう彼は上から聞いてくる。私は、どうしても顔を上げられずに彼の足元ばかり見ていた。しかし、このままでは埒が明かない。意を決して私は顔を上げ、仗助君に告げた。君の為に欲しかったのだと。
「俺?」
「うん……似合いそうだなって……その、いつもお世話になってるし、つけてる所も見てみたいと思ったし、だから、ええっと、その〜……」
くっ、ここで説明下手という能力が発動してしまったッ。次の言葉が全然見つからないぞッ。もごもごと歯切れ悪く口を動かしていると、今度は仗助君の口が開く。
「でもよ〜、俺もお前が似合うと思って買った事だしよォ〜〜……それはお前がつけろ」
「ええッ、でっでもさ!」
「そのかわり!」
反論しようとした私の眼前に、仗助君の大きな指が立てられる。ぽかんとしながら彼を見上げれば、彼は人懐っこい笑みを浮かべて言う。
「――それを買おうとした金で俺の為に菓子作ってくれよ」
「え……」
「それでチャラだな」
「え、え……い、いいの? 私なんかので?」
「おう。おめーの作る菓子が好きなんだよ……だから、な?」
親指をグッと立てて不敵に笑う彼はとてつもなくハンサムでした、はい。……え、それだけじゃあ駄目?
仗助君は、つけてみろよ、と言う。私はあまりの嬉しさで何度もコクコクと頷くと、慎重に箱からブローチを取り出した。間近でみると、そのブローチの輝きは一層美しく、それでいてキュートだった。
さて、どこにつけようか。こういった物は一度も付けたことがないのでどこにどう着けていいのか分からない。そんな時、仗助君が付ける場所に困っている私へ、制服の襟につけてはどうかと提案する。とくに拘りもない私は、素直に彼のアドバイスに従ってブローチを襟につけてみた。
「ちょっと曲がってんな」
そうやってさり気なく着け直してくれる貴方はハンサムです。変に胸が高鳴って、気づかれないか冷や冷やしたよ。
「どう、かな?」
「バッチリだぜ!」
「ありがとうっ!」
大げさかもしれないけれど、今、私とっても生まれてきてよかったと思った。
とりあえず、今日はこの事を由花子さんにご報告しなくてはならんな! うううおおおっ、早くお昼休みになれええええっ。……まだ朝で授業すら始まってもいないけれどね!
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