鉄壁の少女 | ナノ

12-2



 帰り道、再びジュエリー店を確認してみたが、大丈夫、まだあった。その日は、家にいた木賊にせがまれて二人で町の商店街にくり出ていた。所謂、散歩ってやつだ。木賊は末っ子で、いつも余りみんなに構ってもらえないので、こうやって長女の私に構って欲しがるのだ。そういう事情を理解している分、断れないのがちょっと悔しい。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、あれ、あれ凄いですよ!」
「あー、模型屋ね……この前も見たでしょ」
「そうですけどー、あれ、あれ、あのでっかい飛行機!」
「ラジコンか……」

 飛行機、ラジコン、模型屋……いやな思いでが蘇って来るよ。早く彼、出所しないかな。思い出すたびに腕が疼くのだがあああ。
 私は木賊の腕を引いて先を急いだ。なんたって、いい思い出がないのだ。むしろ、嫌な事を思い出す。露伴さんに大暴露された、風呂場覗き事件とか裸覗き事件とか……そう、女の子の裸を見るとか最低だぞコノヤロオオーッ!!!!

「お姉ちゃんお姉ちゃん!」
「なに? 模型屋は入らないよ」
「違いますよォ〜、あれ、あれ」
「あれ?」

 足を止めて、騒ぐ木賊の指さす方へと顔を向ければ、そこには仗助君と億泰君、そして、見かけないまるまるとした小さな男子が一人いた。

(誰だろう、あの子……制服からいって中等部の子かな?)

 頭が針山のようにチクチクしてそうだった。鼻穴の片方から鼻水が滴っている。ああいうのを見るとティッシュで拭いたくなるのは、下にたくさん兄弟がいるからだろうか。となると私はそうとう職業病にかかっているんじゃあないか?
 仗助君は鼻水たらたら少年と一緒にだらだらとその場で凄し、億泰君はゴミ箱の傍で何かチケットのような物と一枚の紙を交互に見ていた。何をやっているのだろうか。なんだか話しかけにくい雰囲気だし、今日は散歩ついでに買い物も済ませてしまおうと思っていたから、三人には悪いけれど今回はスルーさせてもらおうかな。ごめんよ!
 煩い木賊――何故か、木賊は仗助君に結構なついていて仗助君が家にお邪魔しにくる度に彼に飛びつくのだ―――の手を引いて、私は散歩を再開した。また今度構ってもらいなさいな、家はものすんごく近いんだからさ。

「じょ〜〜す〜〜け〜〜」
「あーもう、煩いよ木賊」

 私だって仗助君とお話ししたいし。でも話とかするとドキドキし過ぎて大変だから今はちょっと遠慮してるんじゃあないかッ、まったくもう。
 ぶつけようのない感情の爆弾を抱えたまま、歩き出す。今は本当に弟に構ってやれないのだ。

「あ!」
「む!」

 歩いているとスケッチブックを抱えた男性、もとい露伴先生に遭遇した。彼はよく取材のためにスケッチブックを持って町を出歩いたりするらしい。確かに、家にこもるより外に出て歩いていた方がネタになりそうな事とか見つかりやすいと思う。でも出かける時どこでも必ずスケッチブックを常備している人間は岸辺露伴以外いないと思う。
 彼は、私とその横にいる木賊を見やると「弟か」と問う。「はい」と答えると、「丁度いい」と彼はスケッチブックと鉛筆を手に取る。

「え、なんですか?」
「観察させてもらうよ。丁度、仲良く散歩する兄弟の絵が欲しかったんだ」
「さいですか」

 別に邪魔なわけじゃあない。買い物とかするだけだし。私たちは後ろに露伴先生を伴って歩き出した。はたから見ると、なんだか奇妙な組み合わせかもしれない。仲良く買い物に行く姉弟と変な男の人。……けっ警察に通報とかされないで下さいよ先生。
 店に入ると、木賊は真っ先におもちゃコーナーに突っ走ろうとするので、私はいつもの様に素早く彼の襟首を掴み捕獲。そして、「お姉ちゃんの買い物が終わってから」と注意するのだ。毎度毎度彼は言い聞かせてもその日だけなのだから小憎らしい奴だ。返事もその日だけだから尚むかつく。

「はい、カゴもって」
「えー」
「おもちゃ買ってやらんぞ」
「イエッサー!」

 木賊は、カゴを持たせないと直ぐにどこかへ行ってしまうので、その対策に毎度毎度彼と買い物に来るときは荷物持ちにさせる。これで目を離したとしても忽然と姿を消されるという心配はなくなるというわけだ。
 店内をうねり歩きながら、必要な物を木賊の持つカゴに放り込んでいった。木賊は小学生だが、スポーツをやっている所為か結構力持ちだ。また、良いトコ見せたがりなので態々重たい荷物を持ちたがったりする。まあ、私にとっては重い荷物を持たずに済むからラッキーだからいいんだけどさ。
 必要なものをカゴの中に全て入れたらは後は木賊のお待ちかね、おもちゃコーナーへ向かう。目的地に着いた途端の彼の顔と言ったらなんの、煌々と表情を輝かせて、私に荷物を押し付けコーナーの方に駆け出して行った。

「それにしても描きますねえ先生」

 私は露伴先生の横からスケッチブックを覗き込んだ。猛スピードで木賊の先程の爛々とした表情が描かれていた。うきうきとおもちゃを選ぶ様子もだ。

「あれくらい馬鹿騒ぎしてもらえた方がこっちとしてもいいしな。丁度あんなキャラが欲しかったんだ」
「へえー」
「光栄に思えよ。君の好きな『ピンクダーク』にアレが載るんだ」
「嬉しいですけど、アレって言わないで下さいよ。木賊です木賊」
「あっそ」

 関係ないね、という態度に私は胸の内で「さいですか」と思って流す。いちいち気にしても彼がこのような性格なのはもう十分に知った事なので、仕方がないと諦める他ないのだ。

「お姉ちゃんコレがいいです!」
「はいはい。それじゃカゴの中入れて」
「はーい」

 先生から離れて木賊の方に歩み寄り、カゴを出せば無造作に投げ込まれるおもちゃ。……今日はプラモデルみたいなやつか。あとは、弟の手を引いて会計のところに行き、さっさと済ませると商品を適当に袋詰め。それが終われば後は家に帰るだけだ。今回は買ったものが少なかったのでおもちゃ以外は私が全部持つ。
 先生とは、店を出てから別れた。もう欲しいものは取れたらしい。去ってゆく背中に「さようなら」と言うと、言葉はなかったが左手を振ってもらえたのでよかった。……結構恥ずかしがり屋さんなのだろうか。そう思うと、ちょっぴり先生の事が可愛く見えた。いつもは小憎らしい皮肉たっぷりな発言しか言わない彼だけれどもね。
 私達二人は夕焼けの中を歩く。木賊は私の手をしっかりと掴んで離さないでいた。しかし――

「あ〜〜! じょーすけ!」
「ん?」

 私がちょっと目を離したすきに彼は叫ぶと、手を解いて一心不乱に駆け出して行く。彼の目指す先には、きょとんとした表情で立つ仗助君がいた。今は一人らしい。確かに、億泰君の家はもう過ぎているから当たり前か。
 とげとげ頭の男の子もいなかった。

「おお、木賊じゃあねーか〜〜」
「じょーすけー!」

 買ったばかりのおもちゃを手に持ったまま、彼は自分の身長の倍はある仗助君へと飛びついた。飛びつかれた方はしっかりと小さな存在をキャッチするのだ。……木賊、そこ代わって、羨ましい。
 小さい子は何やっても許されちゃうからいいよなあ。私も貴方みたいに飛びついてみたいよ。絶対にどん引かれるだろうけどさ。

「買い物の帰りか、お疲れさん」
「うん、ありがとう」

 ニカリという彼の笑顔に私の心臓は止まりそうになった。何だこの破壊力、悩殺ですか、なんなんですか!

「重いだろ、一個持つぜ」
「え、あ、だっ大丈夫だよ」
「いいって、いいって。気にスンナよ」
「あ、あ……」

 さり気なく、そっととられる――両方とも。まるで魔法にでもかかってしまったかの様に抵抗らしい抵抗も出来ない私の両手から、一個と言って二つある袋を両方とも掻っ攫っていく仗助君。君のその優しさで私の胸が破裂しそうなくらい心臓が爆走しているのですがッ!?
 更に、ちょっと君、茫然とする私にニッコリ笑いかけないでおくれよ、苦しくて息ができなくなっちゃうからさ!……っていうか、さり気なくおんぶされるな木賊あああっ! ああもう羨ましい〜〜っ。

(なんというか、これってちょっと夫婦みた……って、あっかアアアアンッ!)

 なにを妄想しているのか! まったくピンク脳めっ、自分でも呆れるほどだよ。
 でも仕方ないよね、買い物袋を持つだけじゃなくて小さい木賊を背負って、その隣を私が歩いてたらそんな錯覚を起こしたくもなってしまうさ。はたから見たらどんなふうに見えているのかなあ。
 にしても、どうして仗助君、ほんの少しお酒臭いんだろうか。


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