鉄壁の少女 | ナノ

12-1



〜第12話〜
気づいてしまった気持ち




 私はいま、屋上にて愛の化身もとい由花子様と共に昼食をとっていた。そして、花ちゃんがトイレに行っている隙に、とある事を彼女に相談するのだ。

「由花子さん、ちょっとご相談があ――」
「康一君の事なら許さないわよ」

 康一君の事になると相変わらず恐ろしい愛の化身・由花子様です。綺麗な顔は一瞬にして鬼の形相になり、艶やかな髪はゆらりと妖しく風もないのに揺らめく。

「いや、あの、別の人です」
「……そう……続けて」

 先を促された私は呼吸を整えて頭の中の考えを整理し、言葉にするのだ。

「その……最近、おかしいの」
「おかしい?」

 出だしの言葉に由花子さんの綺麗な眉毛がゆがむ――珍しいな、康一君の話題以外で表情を変えるなんて――。それでも、私は言葉を続ける。
 最近、妙なのだ。仗助君に手を握られたりすると、いつもだったら安心したりするのに、最近じゃあドキドキしすぎて心臓が爆発しそうである。また、ちょっと顔が近くなっただけで自分の顔が真っ赤になっていくし、彼が笑うとこっちまで嬉しくなるのにその分胸が苦しくなったり、痛くなったりする。だからと言って傍を一時的に離れると、今度はとても恋しくなってしまう。

「これは一体どういう事なのでしょうかッ!」
「恋よ」
「即答ッ!?」

 なんと吃驚、質問したらソッコーで答えが返ってきましたよ。ロケット並みの速さだ。

「ドキドキするんでしょ?」
「うん」
「見てると苦しくなるんでしょ?」
「うんうん」
「恋よ」
「こっ鯉?」
「ふざけてんの?」
「グギギッ、ずいまぜんッごべんなざいッ真面目に聞きまず、だから《ラブ・デラックス》をしまって下さいッ」

 絞殺されるかと思いました。流石は愛の化身、恋に関しては鬼のような対応です。
 解放されると、一気に空気が器官へと入ってきたので当然咽た。漸く呼吸を整えて、改めて彼女が言ったことと自分の気持ちを整理して考えてみると、まるでパズルのピースがカチリと合致したように納得がいった。そうか、私は仗助君の事が好きなんだって。しかも、今度のは勘違いとかそんなんじゃあなく。

「わ、たし……仗助君に恋してるのか、そっか……」

 ドキドキ、ドキドキ、と胸が落ち着かない。とても苦しいし時々痛い。けれども、どうしてだろう顔がユルユルとだらしなく緩むのを止められない。

「由花子さん」

 彼の事を考えるだけで高ぶる感情、それを止める術を、私は知らなかった。

「恋って、素敵だね」

 今日の弁当箱の中身にあるミートボールをパクリと食みながら、私は言った。だって本当に素敵だよ。その人の事を考えるだけで気持ちが高ぶって、幸せな気持ちになれて。良い事ばかりじゃないのは由花子さんの一件で分かっているつもりだけれど――胸が苦しいとか痛いとか――、それでも全部ひっくるめて、「幸せ」だった。
 空を見上げれば真っ青な快晴。今の私の気持ちを表しているようだ。そんな私に、由香子さんは「当然よ」とほんの少し口角を上げて返したのだった。
 花ちゃんは未だにトイレから帰ってこない。……便秘かな?


 * * *


 自覚すると、なんというか色々と大変で……一日中ドキドキしてしまうようになった。仕方ない、同じクラスに隣の席で尚且つよく会話するのだ。しっしかも、自意識過剰かもしれないけれど、授業中に、しっ視線を感じるといいますか。
 前に『勉強している姿がいい』とか言われたから、多分、それなのかな。もっもう〜〜自分の良いように考えちゃうから駄目だよそういうのッ。しかも、最近なんて『メガネが似合う』とか『横顔がいい』とか……だからッ、そういうの良くないってばああああ。嬉しいけど、嬉しいけどよくないって、ダメだって! そんな簡単に女の子褒めちゃダメだってばあああ!

(今日は、ちょっともう身がもたない……)

 私はフラフラとした足取りで下校する。今日はとても一緒に帰れる状態ではなかった。下手したら気絶していたかもしれない、そんなレベル。……本当は一緒に帰りたかったけれど。

「ん?」

 ふと、私の視界に飛び込んできた一軒のジュエリー店。きらびやかなアクセサリーがガラス窓越しに「私を見て!」と主張しているように見えた。その中でも、一際私の目を奪うのは、一つのブローチ。それは可愛いハート型。けれど、それを見た瞬間、私の脳裏に仗助君の顔が浮かんだのだ。

(似合いそう……)

 彼なら男でもこのブローチが似合いそう、そう思った。チラリと値段を見てみると……ちょっと値が張る。買えないってレベルじゃあないけれど、今の私の有り金では足りない。あと数千円、必要だった。
 私の目を奪うブローチ。これがいい、この色、この形がいい。これが、どうしても欲しい。

(お小遣い前借すれば、いけるッ)

 私は無我夢中で走った。今日はきっと無理だろうけれど、明日か明後日には絶対に買うっ、手に入れてみせるぞ!
 友達に、プレゼントしたいものがある。そう言えばきっと、お母さんもお小遣いの前借を許してくれる筈だ。本当は友達じゃなくて好きな人、だけれどさ。


 翌日――
 私はウキウキと気分を上昇させながら家を出た。しかたない、前借が成立したのだから! お母さんをそれはもう押しに押したよ。初めての事態にお母さんもタジタジだったよ。私もびっくりだよ。恋の力ってすごいね、由香子さん!
 意中の相手である仗助君とのタイミングも今日も相変わらずバッチリだった。いつものように「おはよう!」と言って肩を並べ、登校する。

「なんだお前、今日はやけに上機嫌じゃあねーか」
「そう?……へへへ、そうかな〜」

 そりゃあもうね、好きな人にプレゼントとか初めての試みですから、楽しくて楽しくてしょうがないんですよ。ふふふ、変な笑みがこぼれてきそうだ。
 ニヤニヤ笑いを一生懸命に抑えていると、不意に目の前が陰る。何かと思って顔を正面に向ければ、仗助君の顔ドアップっ!? 吃驚しすぎて声も出ず、ただ足を止めて茫然と彼の――据わっているけど――綺麗な瞳に、思わず見入っていると「なにがあったんだよ」と聞かれた。私は声に詰まったけど、一生懸命声を絞り出して「内緒」と返す。
 もう一度、何があったんだよ、と聞かれたけれど私は「言わないっ、内緒!」と返す。こればっかりは教えられないね、当日までは。
 眉間に皺を寄せて睨むように見下ろしてくる仗助君を、私は下から対抗するように睨みつけてみた。……あれ、これってはたから見ると仗助君が身長の低い私に覆いかぶさっているみたいに見え……――うあああああ何考えてるの私のバカバカバカバカ! 破廉恥! 馬鹿!
 だってしかたないじゃないか! 顔近いし、横からグッと正面に顔を持ってきているから必然的に彼の顔が横向きでまるでキ……――だああああもうっ、だからどうして、そんな方向に持っていきたがるの私っ!

「あ、あの……ほっほら、早くガッコ行かないと、ち、こく、するよ?」
「……おう。まあ、言いたくねーんならそれ以上聞かねーけどよ〜〜」

 しぶしぶ彼は引いてくれた。ふうー、心臓に悪かったよ。
 商店街を通るとき、ちらっとジュエリー店の方を見てみてみると、まだハートのブローチはあった。良かった、まだ誰にも買われていないぞ。明後日、お金を貰えるので買いに行くつもりだ。それまでに、絶対に無事でいておくれよ!


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