鉄壁の少女 | ナノ

11-4



「さて、あたしを殺した『犯人』の話は置いといて……いよいよこの先に出口があるわよ」

 いいのかそれ、という突っ込みはあえてしなかった。
 とにかく、出口と聞いて私達のテンションは急上昇した。どこ、と問うと鈴美さんはポストの先を左に曲がるとすぐだと言った。これを聞いた康一君は大喜びし、駆け出そうとした、が、それを鋭い鈴美さんの声が制した。

「ポストから先を通るにはちょいとした『ルール』があるの……あのポストを越えて曲がった後、20メートルくらい先で出口が見えるわ。そこまで、何が起ころーと『決して後ろを振り向かない』って約束して」
「後ろを振り向かない?」
「ルール」

 先生と康一君がおうむ返しすると、鈴美さんは「そう」と頷いた。何故、と問うと「『この世』と『あの世』の決まりごとだから」と返ってきた。太陽が東から昇って西に沈むのと同じように当たり前、決まった、『ルール』なのだ。《振り向いて見て》はいけない、それがルールなのだ。アーノルドも、分かっている事なのだ。
 もし、振り向いて見てしまったら? そう尋ねると……なんと恐ろしい事実を告げられた。

「あたし達の『魂』が「あの世」へ引っ張られてしまうわよ。つまり、『死ぬ』って事」

 再び、戦慄した。ここへきて私は何度怖がれば済むのだろうか。

「あっあ〜〜ッ! 怖がらないで! 振り向かなければいいのよ、簡単でしょ?」

 プレッシャーが十分にかかりましたよお姉さん……。それでも、この方法でない限り「この世」、つまり私達の生きる世界には戻れない。私は深呼吸し、意を決してポストを越えた――

「ッ!?」

 瞬間ッ、私の体の横を得体のしれない何かが勢いよく足の間を通り過ぎ、私の後ろに行ったように感じる。よろり、と体がよろめいた。無意識に、背後に回った何かを探ろうと視線が、意識が、己の背後へと向いていく。

「振り向いちゃあだめよ! ゆっくりと、落ち着いて歩いて」

 鈴美さんの静かだけれど力強いその言葉に、私の弱き心は姿を消した。残ったのは、誘惑に打ち勝とうという心意気だった。背後からは「ナニカ」の息遣いが聞こえる。ソレは私の耳元に息を吹きかけたり、涎のような物を首過ぎに滴らせたり――きっ気持ち悪いぃ〜〜――いきなり「バチン!」という大きな音をたてられたりする。けれども、私は絶対に振り返らない。露伴先生と康一君、二人も恐怖で荒い呼吸になっているが、鈴美さんとの約束を守って後ろを振り返らなかった。しかし、鈴美さんが出口の光が見えたと告げた時、康一君は我慢の限界に達したのか、走り出してしまった。

「慌てないでッ! 転ばされるわよ!」
「こっ康一君っ!」

 鈴美さんの警告と、彼を引き留めようとする私の声が重なった。その時、康一君の足元を「白いナニカ」が旋回した。それに驚いた彼は足をもつらせるがなんとか持ちこたえ、光の中に足を踏み入れた。その時――

「もう大丈夫よ。乗り越えたわ。そこからは振り向いてもいいわよ」
「嘘よッ康一君! 今のあたしの『声』じゃあないわ!」

 え、と私は康一君を見たまま強直した。露伴先生も、そして――鈴美さんも。康一君は、「振り返っ」てしまった。

「バッバカな……」
「あたし一人の時はこんな事されなかった……騙すなんて……」

 私の目の前にいる康一君の顔がどんどんと青ざめていった。
 康一君は一体何を見たのか、恐怖に顔を歪め、絶叫した。途端に私達の背後から無数の手が彼と、彼のスタンドである《エコーズ》を掴んだ。瞬間、私は恐怖で全身を硬直させてしまう。このままでは、康一君が「あの世」へと連れて行かれてしまう。なんとか、なにか、しなければいけない。けれども私はその術を知らなかった。まただ、また私は無力を感じる。何もできないという無力感をッ。

「フン! 何だか知らないが、見なきゃあいいんだろ? 僕と一緒で良かったな康一君」

 横にいた露伴先生は言うと――

「《ヘブンズ・ドアー》ッ! 『君は何も見えなくなって吹っ飛ぶ』」

 彼は目にも止まらぬ速さで空中に絵を描くと能力を発動。そして、康一君を『本』にしてすぐさまソコに描き込むと康一君は描き込まれた通り、何も見えなくなって、後ろに――そう、光の先へと吹っ飛んだのだった。

「うわっうわっうわっ、うわ――――ッ!」
「落ち着けよ康一君、直ぐ見えるように描き込むから」
(先生の《スタンド能力》ってほんと便利だなあ……――ん?)

 気が付いて周りを見れば、左には「ドラッグのキサラ」、そして右には「オーソン」――ちなみに、コンビニと薬屋の間に道はなかった。どうやら、戻ってこれたようだ。
 私は安堵のため息を漏らす。すると、不意にヒンヤリとした物が手に触れてきた。小さな悲鳴を上げて振り返れば、鈴美さんが私の手を握っていた事が分かった。じっと手を見てくる彼女は、どこか真剣だ。どうしたのか、と尋ねようと口を開くと当時に、彼女の唇の方が先に言葉を音にした。

「貴方、気を付けて……」
「へ?」

 唐突に気を付けてと言われ、何が何だか分からない私。茫然と彼女を見ていると、漸く手から私の方へと視線を移して、目を合わせてきた。

「『犯人』が好きそうな手をしてるわ。だから、もし『御嬢さん、手が綺麗だね』と言って近づいてくる男が居たら……要注意よ」
「え、でも……」
「分かった?」
「……わかりました」

 鬼気迫る鈴美さんに、「イエス」と返事せずにはいられなかった。可愛い人が迫ると色んな意味で厄介だね、言葉がのどに突っかかってなにも出なくなる。
 彼女があの場所で『後ろを振り向いて』、「あの世」へ行くのは『犯人』が捕まるまで。町の「平和」と「誇り」を取り戻すまで。それまで闘い続けるという、覚悟が、彼女にはあったのだ。なんて、強かで健気なのだろう。思わずホロリと涙が出てしまいそうだ。

「何かあたしに聞きたい事があったら、いつでもここに来てね……いつでも会えるわ。露伴ちゃんに、康一君、桔梗ちゃん……話を聞いてくれて、心から感謝するわ」

 鈴美さんは穏やかな笑顔を浮かべて、そしてアーノルドと共に姿を消した。きっと、ここを再び訪れて、尋ねたい事があると言えば、彼女は姿を現すのだろう。

「あの小娘……僕の事を『露伴ちゃん』だとよ。馴れ馴れしい奴だ」

 先生、15年のインターバルがあると考えると確実に鈴美さんは先生よりも年上ですよ。……あえて言わないけど。

「でも、ま……あの幽霊の『生き方』には尊敬するものがある。生きている人間の為にたった一人で15年も闘っていたとはな……犯人の存在を知らせるために」
「ええ、でも彼女、いつでも会えるって言ったけど何かちょっぴり寂しいですね」
「うん……それに、『殺人犯』の存在の不気味さも」


 * * *


 鈴美さん『本人』が語ったあの事件は、杜王町に当時から住んでいる人ならば誰もが知っていた事件だった。今から15年といえば、10ヶ月程前の1983年8月13日に実際に起こっていた。殺人の動機、物的証拠からも捜査が行き詰まり、文字通り、『迷宮入り』してしまったのだった。
 私は、あの日の出来事を仗助君と億泰君の二人に康一君と共に話し――てはおらず、ずっと自分の手を見ていた。だって、あの鈴美さんから直々に「奴の好みの手」とか言われちゃったんだもの。しかもその犯人はこの杜王町の平和な日常に溶け込んでるって言うじゃあないか。不安で不安でしょうがないのですが、軍曹っ!

「桔梗さん?」
「え?……あ、ごめん、何?」
「上の空だなァ〜〜、さっきからよ〜〜」
「ごっごめん……」

 私は、自分の手から視線を移して仗助君を見上げた。彼は不思議そうな表情で私を見下ろしている。

「仗助君、仕方ないよ。桔梗さんの手が『犯人』の好みだって言われちゃったんだし」
「なにッ!?」

 私はビクリッ、と肩を震わせた。仗助君が大声を出すので、思わずといった感じだ。そんなに驚く……こと、だね、殺人犯だし。

「確かにオメーの手は綺麗だがよ〜〜」
「そうかな? 私の手って親指がとても短いんだよ」
「そうかァ〜〜?」

 仗助君は私の手を握ってしげしげと眺め始める。彼のは、大きくてちょっとかさついてて、ゴツゴツしている武骨な手だけど、とても、安心……――あれ、出来ない。安心するどころか、なんだか、どんどん、しっ心拍数が上がって行っている気がするのですがどういう事なのでしょうかあああっ!? そして康一君! どうして写真に夢中な億泰君の視線を逸らそうと躍起になっているのかな!?

「そっそうだよ……ほっ他の指が勝ってるのに親指だけ負けてるっていうのがしょっちゅうだし、その所為でバスケットボールを片手で掴み上げられないし」
「……最後関係あんのか?」
「あっあるよ! なんていうか、一つの目標みたいなもので……自分の手が大きくなると嬉しくならない? バレーボールが片手で掴めたら今度は一回り大きいバスケットボールだって!」
「いや、なんねえ」
「なぜッ!」

 長く語ったのにたった一言で否定されちゃったよ、悲しいな、自分!

「……なんつ〜〜か、よ」
「ん?」

 ぽりぽり、と仗助君は頬を掻く。シンプルなピアスが飾られている耳が、ほんのり赤くなっていた。

「オメーさ、その……時々、妙に可愛い事言うよ、な……」
「へっ、へえッ?」

 ボンッ、と私は一気に顔を赤くした。握られている手だって真っ赤になるくらいに体温が急上昇していた。そんな原因を作った仗助君までちょっと顔が赤い。な、な、何をッ、突然、言い出すんだ、きききき君はッ。というかッ、ちょっと変な空気になってしまったのですが隊長ッ、応答を願いますッどうぞおおおおッ。それと、康一君はいい加減助け舟出してくださいませんかああああッ。

「た、と、ととと兎に角、わわわ私と康一君が『幽霊』にあった事は、じっ事実ですっ」
「お、おお……おめーらが『杉本鈴美』?――この写真の幽霊に会ったつーんなら会ったんだろーよ。信じるよなあ、億泰?」

 億泰君は写真の鈴美さんにくぎ付けの模様です。うん、分かるよ。鈴美さんめちゃくちゃ可愛かったものね。仗助君は、そんな億泰君は放置する方向で、康一君との会話を進めていった。
 自分たちも鈴美さんに会う、そして一応承太郎さんやジョースターさんにもこの『話』をする。けれどおそらく、次の言葉が返ってくる――「その犯人はスタンド使いなのか?」って。そこまでは康一君も私も、ましてや鈴美さんにだってわからない。となると、これは警察などの仕事になる。
 いくら杜王町に殺人犯が潜んでいようと、承太郎さんやSPW財団はいちいちただの殺人犯は追わない。康一君は懸命に――きっとなんとかしようと必死なんだろう。彼、「良い人」だから――、訴えるけれどどうこう出来ない現実だった。

「天下の警察から15年以上も『手がかりゼロ』で逃げている相手だぜ。ここでタクシーつまえるみてーにバッタリすぐに出会うわけねーだろ? 慌てねーでじっくり調べて行こうぜ」

 仗助君のこの言葉に、しぶしぶ頷く康一君。その背中が少し落ち込んでいるようで、ちょっとだけ、気の毒だった。私も、鈴美さんの力になりたいけれど、確かに仗助君の言うとおり、いっぱしの小娘が警察でも捕まえられない相手の手がかりを掴むなんて無茶があった。
 ……それにしても億泰君はいつまで写真を見つめているのだろうか。涎まで見えるのは気のせいかな。ひっそり、写真を見つめる彼の横に屈むと一緒になって写真を見た。やっぱり鈴美さんは可愛くて、一緒に写る愛犬のアーノルドも凛々しい。それを凝視する彼は、何か思うところがあるのだろうか。ちょっと尋ねてみよう、そう思って口を開いた時、不意に耳を劈くような車のクラクションが聞こえた。驚いて振り返ると、康一君の襟を掴みながら「ぼけっとすんな」と彼を叱る仗助君の二人と、結構高級そうな車が一台あった。なんとなく状況を把握した。
 ぺこり、と二人は車の運転手に頭を下げる。運転手の方は、無言で去って行く。私の方からじゃ、大きい仗助君が壁になっていて全く見えなかったから、運転手がどんな表情をしていたのかは分からなかった。

(タクシーをつかまえるみたいに、か……)

 もし、先程のドライバーが「殺人犯」ならば……、さらに、《スタンド使い》ならば……――

(スタンド使い同士は引かれ合う……ははっ、まさかね)

 都合のいい事ばかり考える頭だ。私は、なんだかおかしくてひっそり笑ってしまった。


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