鉄壁の少女 | ナノ

11-2



 初めに見たのは、真っ赤なポスト。それと、それの傍に落ちている、誰かが踏んづけた後のある犬のものと思しきフン。まだ新しいのか、ちょっと臭っている。康一君が鼻をつまんで「うえ〜」と唸った。露伴先生は辺りを見回したり地図を見たりと交互に視線を移して照合を行っていた。暫くそれをしていたと思ったら、彼は地図を手でパンと苛立たしげに叩いて言うのだ。いい加減な地図だと。

「まったくムカつくな〜〜、見ろよ『米森』とか『本間』とか『小野寺』とかいう家も載ってないぞ」
「本当ですね、ここら一体全く合ってない……」

 露伴先生は「図書券の二枚や三枚じゃすまない」とかぶつくさ文句を言う。確かに、間違いだらけ過ぎてここら一帯の地域が見当もつかない。これじゃあ迷子になりそうだ。康一君は、ここにある特に大きな家を指して空き家だという。よくよく見れば『米森』も『本間』と『小野寺』、『沼倉』という表札のある家もみんな空き家のようだった。近くにある自動販売機は電気が止まっている。……なんだか、静かすぎる。時において行かれてしまったように静かだ。
 だんだんと気味が悪くなってきて、私の歩く足はどんどん重くなっていく。いつか言ったと思うが、私は幽霊の類が苦手だ。その理由は、小さい頃から『悪霊』――今は『スタンド』という事が分かったからいいけどさ――が見えていたからである。異形な物体が時には襲いかかってきたり、物を盗ったりしてきたので余りいい思い出がない。その所為で幼いながらに恐怖心というか、所謂トラウマが植え付けられてしまったのだ。幽霊の話とかも苦手だ。百物語なんてされた頃には目を瞑り手で耳を塞いでしまうだろう。

「駄目だこの地図……役に立たない。あの曲がり角もその先の道も載ってないな……」

 不安なので、出来るだけ先生や康一君と離れないように歩き、目の前の角を曲がった。

「あれ?」

 この呟きは私のかそれとも康一君だったのか。今の私には判断できなかった。もしかすると露伴先生だったかもしれない。しかし、そんな簡単な判断すらできなくなる程に、私……いや、私達は目の前の光景にくぎ付けになっていたのだ。三人の前にあったのは、真っ赤なポスト、そして、その近くに落ちている、子供が踏んづけた跡のある犬のフン。また、『米倉』さんに『本間さん』、『小野寺』さん、『沼倉』さんの表札まであった。
 いつの間に最初に戻ったのだろうと首を傾げる私達は歩きながら確認していく。大きな家には犬小屋と鎖のついた首輪があって、電気の切れた自販機があって、次の角を曲がったら――

「う、そ……」

 今度は私の声だとはっきりわかった。なんとなく、予想をしていたのかもしれない。
 私達三人の前にあったのは、先程と同じ、真っ赤なポストだった。近くには小さな子供の足跡が残る犬のフンがある。まだ新しいのか、臭いが漂っている。右左右と三回しか曲がっていないのに、元の場所に戻るなんて、おかしい。そう、おかしい、奇妙だ。
 ブルブルと身震いが止まらなくなってきた。思わず、近くの露伴先生の上着の裾を掴む。それにビックリしたのか、彼は私を見下ろしてきた。

「お、おい……なんだお前、もしかしてビビッて……」
「怖いです、ビビッてます」

 露伴先生に縋るほど現在進行形で恐怖しているんですよ先生、察してください!……いや、察しの良い先生は直ぐにからかいの種にしそうだ……。

「あ、あの露伴先生、僕、なんか気分が悪いな……申し訳ないんですけど、もう時間がないし、こっこれで引き返させてもらいます」

 なぬっ、康一君!
 私が呼び止める間もなく康一君は一目散に元来た道を駆けて行った。取り残された私と露伴先生は、彼が走って行った方向を見つめたまま硬直した。
 どうしよう、とうとう露伴先生と二人きりになってしまった。

(くそう、康一君め、後で戻ってきたら文句言ってやる〜〜〜〜!)

 だって、巻き込まれた挙句置いてけぼりを食らったのだ、文句を言う権利くらいあるはずだ。むしゃくしゃしたので、露伴先生の服の袖をグシャグシャになるくらいに強く握ると明らかに嫌な顔された。巻き込んだ貴方も悪いので私にはこれくらいやってもいい権利は有る筈だ。なかったら泣くよ、私の人間としての権利を下さいって。

(それにしても、どうして同じところをぐるぐると? 忍者や魔法使いの幻術とかじゃああるまいし……)

 私は、康一君が去って行った方から曲がり角の方へと視線をやる。その先には先程見た真っ赤なポストがあるのだろう。
 これからどうやって露伴先生とこの二人きりという状況を切り抜けようか、そんな事を考えていると、不意に目にしたのは、見覚えのある髪型と――

「え……」
「あっ! あっ!」

 声にならない声を上げる『彼』は私と露伴先生を交互に見ている。
 露伴先生も声に気づいたのか、振り返った。

「あ〜〜〜〜っ!」

 私と露伴先生の眼下には、先程戻っていった筈の康一君の姿があった。康一君は自分が曲がった角を、露伴先生は康一君が去って行った筈の方向をそれぞれ振り返った。私と言えば、余の状況に茫然とする事しかできず、気が付いた時には二人が再びお互いを見ていた。
 何故康一君が私達の後ろから来るのか。本人も角を曲がったら露伴先生と私が居たというし、この道、何かがおかしい。もしかして本当に幻覚でもかけられているのだろうかっ!?

「だが落ち着けよ二人とも、ひょっとすると何者かに『スタンド攻撃』を受けているのかもしれん」

 あ、そうか。そういう見解もあった。幻覚だの幽霊だの、ちょいと非現実的な方へと気を取られてしまっていた。……いやまあ、一般の人にしては《スタンド》も十分に非現実的だと思うけどさ。
 この迷路のような道が《スタンド》なのか、それは露伴先生にも康一君にも、勿論私にも分からない。だから、と先生は康一君にとある提案を出した。「君の《エコーズ》を空に飛ばしてみてくれ」と。彼の言いたいことはそれだけで十分に理解できた。つまり、康一君の《エコーズ ACT1》で上空から道を見ればいいのだ。
 さっそく、康一君は《エコーズ》を空に飛ばした――のだが。

「ああああっ!」

 突如悲鳴を上げた康一君。彼は青い顔で途中まで飛ばしていた《エコーズ》を引き戻す。どうしたのか、と私と露伴先生が問うと、彼はなんとも奇妙な事を口走った。

「なっ何かいる……今、空中で何かに触られた!」
「気のせいじゃあないのか? 僕には何も見えなかったぞ……」
(私も見えなかったな……)

 康一君が言うのなら本当なのだろう。無意味に彼が嘘をつくわけがないのだ。しかし、どうしてかこの漫画家、岸辺露伴は無理強いがお好きなようで康一君にもう一度《エコーズ》を飛ばすように強要する。確かに、《スタンド使い》の仕業か定かではない分、こうしてはっきりさせておかなければならない。けれど、「触られた」というのならば無理に飛ばしてしまわない方がいいのではないだろうか。下手して康一君が致命傷でも受けては元もこうもない。この場には仗助君がいないのだし。

(仗助君……)

 彼が居ないととっても心もとない。彼が隣にいれば、きっと私はまだ強く心を保っていられたと思う、自分でも。……仗助君は私の精神安定剤か何かか! 情けないぞ自分!

「もっもう一度ですか?」
「そうだよ! もう一度!」
「ろっ露伴先生、そんな無理強いは――」
「貴方たち、道に迷ったの?」

 私達の会話に飛び込んできたのは、少女の声。振り返れば、そこには私や康一君と歳の殆ど変らないような一人の可愛い女の子が立っていた。あまりに可愛過ぎてついつい見惚れてしまった。

「貴方は……」
「《天国への扉》――ッ!!」

 あっと気が付いた時には、露伴先生のスタンド能力である《ヘブンズ・ドアー》の所為で少女は一気に本にされてしまった。しかし、露伴先生は私達と初めて会った時のように紙とかの媒体ではなく、空中に『ピンクダークの少年』の顔のような物を描いて能力を発動させていた。少女は気を失うと、その場で崩れ落ちる。有無を言わせず先手必勝という事か。
 驚く私と康一君の、先生の先程の空中絵への質問は、「僕も君たちや仗助に鍛えられてちょっとは成長したって事かな」と不敵に微笑んだ。……おっ恐ろしい、恐ろしい能力ですよ先生、それ。もう媒体なしで発動可能とか、最強じゃあないっすかソレ。

「もっとも、僕の漫画が嫌いな仗助のようなダサイ人間には通用しないけどね」
(仗助君はダサくないです、イケてます、イケメンです、ハンサムです〜〜)

 聞き捨てならない言葉を聞いた私は心の中で「あっかんべー」と先生に向かってした。実際にやると恐ろしい事になりかねないからだ。

(……まてよ、露伴先生の能力が通用しないという事は……仗助君が最強?)

 いや、その前に承太郎さんの《スター・プラチナ》がいた。彼のスタンドは時を1秒から2秒くらい止める事が出来て尚且つ精密な動きと凄まじいパワーがあるんだ。更にあの承太郎さんの氷のように冷静でたくさんの経験からくる的確な戦法に観察力はもうね、感嘆の声しか出ません。素敵です、承太郎さん!……いやいや私、こんな事して現実逃避している場合じゃあないでしょ。頭を振って気を取り直す。
 私が馬鹿をやっている間に露伴先生は必要な情報をとれたようで、突如現れた少女は《スタンド使い》ではなかった。露伴先生の《ヘブンズ・ドアー》には嘘はつけない。全てを読ませてくれるのでこれは本物の情報だ。良かった、こんな可愛い子と闘いたくないしね。
 彼女の名前は杉本鈴美と言うらしい。可愛くて綺麗な名前だなあ。

(それにしても、露伴先生のスタンドは便――)
「なになに……彼氏はいない、スリーサイズは82 57 84、左乳首の横にホクロがある、初潮があったのは11歳の9月の時で、初めて男の子とキスした時に舌を入れられてるぞ」
「ちょっと待ってェ――ッ! 岸辺露伴ン――――ッ!!!!」

 便利すぎてプライバシーが迷子です、すぐに先生の能力は警察に差し出すべきだと思います。出来ないけど。……鈴美さん、結構お胸ボンなんですね、羨ましい。

「その女の子が《スタンド使い》じゃあないんなら、それ以上読むことは僕が許しませんッ!」
「そうですよ! いくら漫画家でも他人のプライバシーに入る事は許されませんよッ」
「ちなみに君のスリーサイズは――」
「うわあああああやめて下さい! 露伴先生、貴方をセクハラで訴えますよ!」
「分かった、分かったよ! そう怒るなよも〜〜」

 詫びいれたような態度ではないけれど、とりあえずは読むことをやめてくれた。その後、露伴先生は鈴美さんの記事に『今起こった事は全て忘れる』と書き込んで彼女をもとに戻した。すると、少女は何事もなかったようにむくりと起き上がると再び、私達に最初に尋ねて来た言葉を述べた。

「案内してあげようか? この辺、迷う人が多いのよ……似たような路地が多いから」
「……」
「……」
「……」

 私達は無言になる。それもそうだ。似たような路地というよりそっくりそのままの路地だし。一発で、私達は鈴美さんが何かを隠しているという事を察した。けれどそれだけで、彼女はスタンド使いではないからそれ以上の事は分からなかった。
 さっきから真っ赤なポストの所ばかり戻ると康一君が言うと、鈴美さんは似たようなポストも何個もあるという。……犬のフンまでそっくりそのままなのかい?

「行き方だけ、教えてくれればいいんだけどな」
「ダメダメ! 説明だけじゃあ分からないのよ! 案内してあげるからついて来て!」

 鈴美さんの様子に、私達は再び混乱した。先程のは《スタンド攻撃》ではなく、本当にただ単に道に迷っていたのではないかと。それでも不信感を抱いてしまうのは、頭のどこかで納得できていないからだろう。


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