鉄壁の少女 | ナノ

10-4



 さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びながら、杜王町を闊歩するのはぶどうヶ丘高校一年B組の東方仗助であった。今日は日曜なので学校も休み。なので家で昨日の途中だったゲームを進めようかと思った矢先、彼の母である東方朋子が彼に会って開口一番に、

「今日はお客さんが来るから、部屋で大人しくしてるか、商店街で適当に億泰と時間つぶしてきて」

 そういって数千のお小遣いを持たされ、家を追い出されてしまい、現在に至る。彼はふて腐れたが、せっかくお小遣いが貰えたのでひとまずいう事を聞いて家を出た。
 最初に思いついたのは桔梗の家でゲームをさせて貰う事だった。しかし、家を訪ねてみればその彼女以外の兄弟しかおらず。彼女が居なければなんとなくゲームをする気にもなれなかったので仗助は今度は億泰のところへと向かった。……のはよかったものの、彼もやはり自分の父親の世話で取り込み中なのか今日は珍しく遊べず。
 康一はと思ったが、そういえば家族でお出かけするのだったと思い出す。そうして彼は結局一人で時間をつぶさなくてはならなくなってしまったのだった。

「くっそー、半日をどうやって一人で潰せってーんだよ〜〜」

 口をへの字に歪めながら仗助は歩く。方向は商店街だ。そこ以外に時間をつぶす所など彼には思いつかなかったのだ。

(おふくろもおふくろだぜ。もーちょっと早くに言ってくれてりゃああいつらと適当な約束して時間つぶせたってーのによォ)

 本当は今頃、ボス戦まで行っているはずなのに……、と嘆かずにはいられない。
 しかし、ため息しか出てこない仗助は、ふと、ピクニックには丁度いい程の丘に差し掛かった時、見覚えのある物を見つけた。正確に言えば、見覚えのある「人物」である。

「……桔梗?」

 彼の視線の先にいたのは、広場の草原の一角、木陰の下に腰を下ろしている山吹桔梗の姿らしきものがあった。確かめるべく近づくと、それははっきり確信へと変わった。
 彼女のところまでくると、仗助は、彼女が眠っていることに気づいた。そして、座る彼女の膝には一冊の本……確か康一から借りたという『ピンクダークの少年』がある。これを読んでいる最中に、眠ってしまったのだろう。今の天気は快晴、さらに風も心地よく吹き、あたりは人気も少なく、静かだ。気持ち良くて寝てしまうのも無理はない。
 しかし、それはそれ、これはこれ、である。

「不用心な奴だなァ〜〜、いくらストーカー被害がなくなったとはいえ、こんな町でも不審者とかいたりすんのによォ〜〜」

 警戒心の足りない不用心な友人、桔梗の傍によると、仗助は呆れながらその場にしゃがみ込んだ。そして、気持ちよさそうに眠る彼女の寝顔を覗き込む。

「おーい、桔梗ー、おきろー」

 返事はない。代わりに「スー」という寝息だけが聞こえた。そんな彼女に「俺はスーさんじゃあねーよ」と返してみたが、やはり返事はなかった。

「おきねーとほっぺった引っ張んぞー」

 指をほんの少し彼女の頬に触れさせながら言う。けれども彼女は起きなかった。仗助はこうなれば、と耳元に顔を近づけ「おーい」と少し大きめに声を上げてみた。けれど、一度睡眠に入るとなかなか起きないのか、彼女はピクリともせず昏々と眠り続けていた。
 なかなか目を覚まさない桔梗に、だんだんと対抗心を燃やし始めたのか、何が何でも起こしてやろうという意気込みをすると仗助はあの手この手で目を覚まそうと試みる。しかし、何をやっても彼女は起きなかった。ほんの少し、「うーん」と眉間に皺を寄せて唸るくらいだった。結局のところ五分以上粘ってみたが起きなかった。がっくりと頭を垂れてため息をつく。このままこの場を去ってもいいのだが、そうすると、彼女が危険なような気がしてならない。
 こんな人気のない場所で、女の子が、ましてや花も恥じらう女子高生が、穏やかな顔をして深い眠りについている。こんな所を、気の早い奴や変質者が見たら何もしないわけがない。むしろ間違いしか起こらない。

「おーい、頼むから起きろよー」

 むにむにと桔梗の頬を手で突きながら言う。しかし、これくらいで彼女が置きない事はもう三分も前から知っていた。
 むにむに、むにむに、と彼女の頬を突き、ぼーっとした表情で彼女の寝顔を見つめながら、彼はこの間の出来事を思い出す。
 ガラの悪い不良たち(高校の先輩)に囲まれて困った表情を浮かべながら立つ彼女は、暴言を言われた途端に、困惑を吹き飛ばして、今にも向かって行きそうな、けれどそれを懸命に押さえつけるような表情になっていた。
 不良たちに言われた言葉を聞いた自分たちだって半分キレていたんだ。彼女も普通じゃあ我慢できない程憤っていたに違いない。それでも、スタンドすら出さずにいたのはきっと彼女の寛大な心のお蔭だろう。
 「先輩方」が去ったのちに、突然襲ってきた不安には少々戸惑った。彼女がもし、このことで自分たちの関係を断ちたいと思ったらと考えると、寂しさが胸に滲んだのだ。あの「定位置」に、彼女がいないと思うと、寂しさを感じてしまう。だから、彼女がニコニコと眩しいくらいに笑いながら「好きで一緒にいるから気にしていない」と言ってくれた時には嬉しすぎて逆に照れくさくなってしまった。

(結構、睫毛なげーんだなあ……)

 思考を現実に戻し、彼は、過去に思いをはせている間ずっと頬に触れていた手を離すと、彼女の顔の前で手を振ってみる。けれど反応なし、だ。

「……」

 もう少し、彼女に近づいてみた。若干、彼女の体に覆いかぶさるようにして、だ。彼女の凭れ掛かる木にそっと片手をついて、じっと彼女のつむじを見つめた。

「おーい、起きろ。これは最後の忠告だぜェ〜〜」

 起きない事は分かっている。すでに、もうすでに分かっている事なのだ。

「起きねーと、このままキスしちまうぞ」

 返事はなく、「スー」という小さな寝息だけが聞こえる。これも、分かっていた事だ。

「ほっ本当に、マジで、キスしちまうぞ」

 仗助は言いながら、ぐっと距離を詰め、木にもたれかかってうつむき気味な彼女の顔を下から覗き込むようにして見つめる。起きる気配はなく、吐息を漏らす唇がうっすらと開いているだけだ。
 柔らかそうな唇だった。ほんのり赤に近い桃色でいつもこの形のよいソレで名前を呼ばれているのだと思うと、変に照れくさくなった。今、自分が何をしようとしているのか分かっているのに理解できない。馬鹿な事をしているのは承知しているが、変に感覚が麻痺してしまっており上手く考えがまとまらない。
 すー、と吐かれる彼女の寝息がかかる程の距離にまで近づいてしまった。
 本当にするのか。いいのか、マジでやっちまうぞ、おい。起きてるなら今なら冗談でしたで済むぞ、コラ。胸の内で叫んでいても全く聞こえるはずがないのに。
 体勢がきつくなり、仗助はあいている手の方を彼女の肩に置いた。

(あと、ちょっと……)

 もう鼻の先が触れるような距離。そんな間近に迫った時に、事はおこる。

「ううむ……《ドデカ・マンジュウ》、は、かっこ、いいじゃん」

 寝言だった。ただの、けれど、その言葉は結構心臓に悪かった。内容が、ではない。言葉を発したという行為が、だ。声が仗助に反射して思いの外彼女自身に返ってくる。妙に聞こえた自身の声に、異常を感じたのか、ゆっくりと彼女は瞼を開けた。

「……」
「……」
「……よっよう」
「……あ、う」

 うわァアアアアっ!?
 予想通り、彼女は大声で叫び、混乱した。そのせいで彼女は思いきり木に頭をぶつけてしまった。

「じょっじょっ、仗助く、くんっ!? あ、び、ビックリしたぁーっ」
「おっ俺の方こそ、ぶったまげだぜェーっ、いきなり起きるもんだからよォ〜〜」
「え、そ、そんなにいきなりだった?」

 胸を手で押さえ、丸い瞳をさらにまあるくしながら仗助を見上げる桔梗は、本当に今まで眠っていたようだ。彼女に、五分以上前から起こそうとしていたというと、更に驚かれる。その後、呑気にも、どうして起こそうとしたのか問うてくるので、少々怒り気味になりながら「危ないから」と言うとこれまた呑気に「なんで?」と首を傾げた。

「何でって……おめー女子がんなとこで寝てて何もしねーって輩がいるかよ」
「えー……そんな人いるかなあ?」
「いるいる」
「いないよー。絶世の美女とか可愛い子だったらわかるかもしれないけど、私だよ? 大丈夫だよ」
「何言ってんだよ。現にお……」
「……? どうしたの?」
「……なんでもねえ」

 現に俺だって云々、と滑らしかけた口を慌てて閉じる。奇妙に思われただろうが、こればかりは口を閉ざさないわけにはいかない。

「ンな事よりよ〜〜、桔梗、おめー今日暇か?」
「ん? うん、今日はお母さんが夕飯を作ってくれるし、課題も終わってるし、漫画も読み切ったし、暇だね」

 暇。その一言で仗助は胸を躍らせる。これで一人で時間をつぶす必要がなくなったからだ。
 仗助は、荷物をさっさとまとめてしまった桔梗に、半日家に帰らずに時間を潰さなければならない事を伝え、一緒に商店街にくり出さないかと誘った。彼女は「いいの?」と問うてくるので頷けば嬉しそうに「行きたいっ」と笑った。その顔が可愛いと思ったのは本人には内緒である。
 彼らはとぼとぼと商店街へ向けて歩き出す。

「あれ、仗助君そこの首、怪我でもしたの?」

 今気が付いた、というような声で桔梗は仗助の首のあたりをチョイチョイと指さす。そこには、絆創膏が一枚、張られていた。

「ああ、これは……」

 仗助はふと、言いかけて止める。そして、ある事を思いつき、ニヤリとした表情を浮かべて彼は見上げてくる桔梗を見下ろし、いうのだ。

「キスマーク」
「き、……へ?」

 ぽかん、とした表情を浮かべて見上げてくる。あ、ちょっと予想外だ。

「え、仗助君、電車通学だっけ?」
「いや、朝俺と登校してんだろ」
「あ、そっか。あ、でもその前になんで絆創膏? ハンカチとかでぬぐえば……」

 どうやら、電車で偶然ついたとかと思っているようだ。かなりベターな。しかも、ただの、リップが付いたというこれまたベターな勘違い。
 彼女はそういえばこの杜王町よりも「ド」が大量に付くほどの田舎に住んでいたのだ。どうりで世間知らずなわけだ。

「ああ嘘。これ承太郎さんと一緒に「狩り(ハンティング)」しにいってちょいとな」
「はんてぃんぐ?」

 仗助は、本当の事――『音石 明』が矢で射抜いたネズミを承太郎と共に狩りに行った事を話した。
 射抜かれたネズミは生きており、スタンド使いとなった。動物のスタンド使いなんているのか、と桔梗は驚いたが、本当の事だと話すと神妙な顔で「ふーん」と頷いた。
 通常のネズミとは考えられない高度な知能を持ち合わせ、同種や人間を襲っていた。そんな相手を見逃すわけにはいかないので、仗助は承太郎と共にそのネズミをハントしに向かったのだ。

「この傷はそん時についた奴」
「そっか。でもそれくらいの傷で良かったね」
「おう」
「それにしても音石明はいつ出所するのかな」
「ん?」

 とても不機嫌だ、と言いたげな表情で彼女は前を見据える。

「早くあの人の顔面に一発決めたいんだ。覗きとか、絶対に許せないっ」
「ああ……」

 仗助も、もう少し殴り足りなかったなと思っていた。しかも、岸辺露伴だって、せっかく本人がショックだろうからと黙っていた事をべらべらと話してしまったのだ。まあ、実際に聞いた自分や康一よりはまだましな方だったのだが。
 桔梗の風呂場をのぞいて裸を見たとか、ちょっとうらやまし……ゲフンゲフン、許せん。

「億泰君が手伝ってくれるっていうし、私、頑張るよ!」
「お、おう……まあ、ほどほどにな」
「うん、一発思いっきりやるだけだから大丈夫だよ!」

 良い顔で笑うな。仗助は苦笑しながら桔梗の額を小突いた。小突かれた彼女はイヒヒと妙な笑声をだして小突かれた額を押さえた。彼女は、やはり自分たちとつるんでほんの少しワルになった気がする。言葉づかいとかちょっと荒くなった気がする。まあ、そんな事はどうでもいいのだが。
 さて、今日はどこへ行こうか。どこで時間を潰そうか。きっと彼女と一緒ならばどこでも楽しいのだろう。

「まずどこにいく?」
「おめーはどこ行きたいよ?」
「んー、じゃあ、カフェ・ドゥ・マゴ! あんま〜いパフェが食べたい」
「よっしゃ、んじゃまずはそこ行くか」
「やったーっ!」

 嬉しそうに頬を押さえてパフェを食べた時を想像する彼女に甘いものが好きなのかと問うと、物凄い勢いで頷かれた。その顔も、ちょっと可愛いと思った。


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