鉄壁の少女 | ナノ

10-3



 最近、妙な噂を学校で聞く。しかも、私の事についてだ。
 ちょいと小耳にはさんだのだが、なんでも、「真面目そうに見えて実はかなりの遊び人」というレッテルを張られているらしい。初めて友人の花ちゃんに教えてもらった時は、「冗談じゃあない」と思った。
 正直、中学生時代なんて一回も「遊び」らしい事なんてした事なかったし、今だって節約の為の手作りおやつとか、兄弟のための夕飯だとかで忙しいし、逆に遊んでいる暇なんてほとんどない。変な言いがかりをつけられるだなんて思わなかった。
 けれど、私は怒るだけでなく、そこで「ちょっと待て」といったん冷静になって考えてみたのだ。「何故、どんな理由で、そんな噂が流れたのか?」と。噂ができるという事は、それなりに私の振る舞いにも匂わせる節があったかもしれないからだ。

(でもぜーんぜん思いつかないんだよなあ……)

 とぼとぼとひとり、夕焼けを背負いながら私は歩く。今日は、きっと考えすぎて上の空で、きっと仗助君や億泰君達に迷惑をかけそうだったからあえて一人で下校している。けれど、ひとりぼっちの下校は中学時代を喚起させてほんの少し寂しい気持ちになる。ああ、今日は何てブルーな一日なんだ。
 これでもかと為にため込んだ息を吐き出す私。あ、これ幸せ逃げたな。やっちまったぜ。

(あーもー、悩むの面倒になってきたなあ……もういいや、この件はまた明日考える事に――)

 私はそこで思考をいったん停止した。そして、道を塞ぐ数人の学ランを着た厳つい男たち数名を見上げる。彼らはニヤニヤというなんとも下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
 彼らは問う、「山吹桔梗か?」と。私は素直にイエスと答えた。すると、彼らの笑みが深くなる。その表情に、私の中の警報器が大きく鳴り始めた。ジリリリリリ、ジリ、ジリリリリッ。
 何か用があるのかと問うと、彼らはニヤニヤ笑う顔を少しかがみこみながら寄せてきた。私は反射的に後ずさりながら仰け反るが、いつの間にか背後にもう数人が待機しており、逃げるという選択肢が見事につぶされた。もっともっと、警報器が大きくけたたましくなっていく。ジリリリリリッ、ジリ、ジリリリリッ。

「おいおいんな逃げんなって〜〜」
「そうそう、ちょーっと俺たちの相手”も”して欲しいだけだっつーの」

 男たちの言葉の意味が分からなかった。訳がわからず茫然としていると、その隙に彼らの内の誰かに腕を掴まれてしまった。なんなんだ、と抗議するような声を上げると、彼らはまたニヤニヤ笑いを浮かべて言うのだ。

「だーからァ、俺達にも”させて”欲しいっつってんだよ〜〜」
「だから、一体、なにをっ」
「もったいぶんなよォ〜〜、どーせあのjojoや億泰なんかにもさせてんだろ〜〜」
「じょっ……へ?」
「こんな『優等生です』ってーな顔してる癖に『ピ――ッ!』してるなんてよォ〜〜」
「は……」

 ハアアアアアアアアアアッ!!!!!?
 いま、この人……ちょ、え、ハアアアアアアッ!!!?
 何て言った、なんて言ったこの人。私が、えッ? 仗助君――「jojo」は多分、仗助君のニックネームとかなんかだと思う――と億泰君に『ピー!』な事をしている、だと? 破廉恥な事をしている、だと?
 言いがかりも甚だしいわァアアアアッ!!!!
 こちとら生まれてこのかた約15年ッ、一度たりとも男の人に貞操を汚された覚えはないわァアアアアッ。ましてや奉げた覚えもないわアアアア――ッ! つい最近、裸を見られたがそれはノーカンじゃあああっ。
 一体何がどうしてそんな噂が広まったんじゃあああコラァアアア――ッ、流した奴出てこんかいイイッ!

「おいおいどーしたそんな震えちゃってェ、こんな大人数相手するのは初めてんで震えてんのかい?」

 何を勘違いしたのか、彼らは私が恐怖で震えているのだと思ったようだ。
 恐怖?……ふん、貴方たちなんてね、中学時代のストーカーや他スタンド使い同士の戦闘にくらべれば赤ちゃんのおむつを取り替える程度の不快感しかないのだよッ。私が震えているのは、正真正銘まっさらな「怒り」の所為だッ。
 けれど私は怒鳴らない。これはもう癖というのだろうか、昔から喧嘩が嫌いな私は、トラブルがあると大抵我慢しがちだ。多分、意識的じゃあないけれど「私が我慢すればことはまるく収まる」とどこかしらで思っているのだろう。だから、今回だって――

「おいおい先輩方ァ〜〜、女子相手にこんな大人数ってェのはちょっとどうかと思うんスけどね〜〜〜〜」
「ああっ!? カンケーない奴はすっこんど、れ……」

 とくん、と私の心臓が高鳴った。
 私と、私の腕をつかむ人、それとその他の人が、急にかかった声を振り返る。先輩と呼ばれた人達は顔を青くし、私は反対に表情を輝かせた。

「仗助君! あ、それと億泰君もっ」
「俺はついでか!」
「え、あ、ごめんッ、そういう意味で言ったわけじゃあないよ」

 仗助君しか最初は視界に入ってこなかったからだよ。別に億泰君がおまけというわけじゃあないんだッ。大丈夫、君たちはマックのハッピーセットみたいなものだからさ!
 以前、仗助君にコテンパンにされた経験を持つのか、「先輩方」は私の腕を振り払って脱兎のごとく去って行った。うわー、ちょっとなんかマヌケっぽい。

「大丈夫かよ、桔梗」
「うん、大丈夫」

 もう少し早く来られてて彼らの話を聞かれていたらちょっと色々ショックだったけれどね。よかった、きっと話を済んでからだと思われる。うん。
 私は歩き出した。けれど、再び止まる。仗助君と億泰君が足を止めたままだったからだ。様子のおかしい二人を振り返ってみてみると、ほんの少しだけ表情が暗かった。

「あのよぉ」
「うん?」
「……悪かったな」
「へ? 何が?」

 私は彼らに何か嫌な事でもされた経験はあっただろうか。ちょっとした悪戯は友人としての戯れ、それくらいで他に何か迷惑をかけられた覚えはない。私の方は彼らに迷惑をかけっぱなしなのだろうけど。
 一向に話の意図が読めない私にしびれをきらしたのか、仗助君が数歩歩み寄ってきて言う。

「俺達みてーなナリの奴がお前とつるんでっからだろ、あれ」
「あ……」

 もしかして、聞いてたのかな。うう、そうだとしたらちょっとショック。
 億泰君も珍しく沈んだ顔してるし、仗助君も捨てられた子犬のような顔になってるし……君たちは、君たちってやつはっ!

「せいッ」
「うお!?」
「どりゃッ」
「おおう!?」

 私は彼らのお腹に一発ずつ拳を叩き込んだ。けれど、私が痛いだけで屈強な戦士の肉体みたいな丈夫で固い体を持つ二人には全くのダメージになっていない。それでも別に良かった。

「私、全然気にしてないよ」

 フンスッ、と鼻から息を出して私は言い切った。

「私は好きで二人と一緒にいるし、好きで友達やってる。確かに見た目はちょっと怖いけど、二人ともその辺の人より優しいに頼りになるし……なにより、あったかいね! 心が!」

 そうだ。確かに見た目は厳ついし逆にその辺のガラの悪い不良なんかよりも威圧感が半端ないけれど、情に熱いし、馬鹿な事をしている所が可愛いし、とっても仲間想いで頼りになるし、強いし、それでいて優しい。そんな所がカッコよくって、大好きなんだ。
 私は得意げにニヒヒと笑う。すると、仗助君は「なにこっ恥ずかしい事大声で言ってんだよ!」と顔を赤くし、億泰君は感動して「お前良い奴だなあ」とやや泣き顔になった。うん、そんな所も好きだよ。
 好きで二人といる。本当に、大好きだから一緒にいるんだ。だから、周りから何と言われようと関係ない。……ああ、でもあの人たちはやっぱり一発ずつ《R・ヴァルキリー》で殴っておけばよかったかな。いくら腹いせだからって仗助君と億泰君の事酷く言っていたのは許せない。

「気にしてねーんならいいけど、よ」
「うん!……ふふ、仗助君と億泰君も一応そういう事とか気にするんだ」
「なんだよ、ワリーかよ」

 ちょっとどこか不貞腐れたような感じの仗助君。そんな彼をみて、やっぱ体が大きくて見た目は年上に見えるけれど中身は私とおんなじまだ高校一年生なんだなあ、と実感し、思わず笑ってしまう。

「ぜんぜんっ」

 ああ、楽しい。楽しいなあ。
 その日からか、変な噂はなくなった。どうしてかはあまり分からなかったけれど、なんとなく、心当たりはある。けれど、私はそれをあえて、そうあえて口にもせず、深く考える事もせず。ただひたすらに「ありがとう」と「よかった」の言葉を胸の中で綴った。


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