鉄壁の少女 | ナノ

10-1



〜第10話〜
とある少女の日常




 意気揚々と、私は商店街の中を歩く。鼻歌は人前だからする事はないが、下手をすればうっかり歌いだしてしまいそうな程、今、テンションが「ハイ」になっていた。それは何故かというと、ついさっき康一君から『ピンクダークの少年』を借りたからである。
 作者である『岸辺露伴』はちょっと危険で嫌な人だったけれど、この作品と、彼の漫画に対する情熱は尊敬するし素敵だと思っている。だから、毎日康一君がこの漫画を持ってきてくれる事を楽しみにしているのだ。今は漸く二部が読み終わりそうな感じだ。

「ん? あれは……」

 私は、前方を歩く見知った背中を見つけ、嬉しくなってそれに駆け寄る。風になびくその艶のある髪は何かが宿っているように揺蕩う。

「ゆぅーかこさんっ!」
「……桔梗」

 私は由花子さんと少しお話するような関係から始まりそこからちょっとづつ進歩、そしてついにお互いに認める友人になった……はず。でっでも、由花子さんと一緒にカフェ・ドゥ・マゴでお食事するようになったし、一緒に二人で図書室とか行くようになったし、休み時間もお昼食べながらちょくちょくお話するようになったし、これって友達になれたっていう証拠だよね!?
 こうして呼びかければ振り返って答えてくれるようになってもいるし、きっと友達だ。

「今日はあいつらと一緒じゃないのね」
「あ、うん。ちょっとはやく帰って本が読みたかったから」
「本?」
「うん、漫画! すっごく面白いの!」
「……そう」
「由花子さんは今日はもう帰り?」
「ええ」
「なにか家でやる事でも?」
「別に」
「そっか!」

 短いキャッチボールだけれど、やっぱそれでも嬉しくなってしまうのは、由花子さんが今まであまり人と言葉のキャッチボールをしないからかな。ちょっと優越感浸っちゃってる感じ?
 私達はそれから特に会話もなく歩く。由花子さんは康一君の事以外は興味ないみたいだから彼以外の事は大体無口になる。お互いの間に沈黙があっても彼女は気にしたりしないので、私も気にしないようにしている。喋りたいときにちょこっと喋る、それくらいが丁度いいのだ。
 カフェ・ドゥ・マゴに差し掛かった時、私は再びよく見知った人物を見つけた。向こうも私達に気が付いたようで、一人はにっこりと、一人は無表情で近寄ってきた。

「こんにちはジョースターさん、承太郎さん。……お散歩ですか?」
「まあそんな所だ」
「この子の散歩じゃよ。ずっと部屋にこもっておっては可哀想じゃろう?」
「なるほど」

 迷子の『透明赤ちゃん』のお散歩だ。ただし、お年寄りなジョースターさん一人で赤ちゃんのお守を任せるのは些か不安なのか、時々仗助君か承太郎さんが付いていくらしい。
 赤ちゃんはジョースターさんがいないと無差別にそこらじゅうの物を透明にしてしまうので、必ず彼が赤ちゃんの傍にいる。赤ちゃんは常に体がもう透明なので、お化粧とサングラス、そしてベビー服は欠かせない。大変だなあ。

「そちらの御嬢さんは?」
「あ、はい、こちらは山岸由花子さんといって私のとも――」

 ぞわり、と私は殺気を感じる。全身を凍てつかせるような鋭いソレに反応して咄嗟に、

「――親友ですッ!」 

 と口走っていた。突然大声を張り上げた私にジョースターさんと承太郎さんはほんの少し驚いたようなリアクションをした。ジョースターさんは目を少し丸くして、承太郎さんは口を少し開けたくらいだ。反応薄い人達だなあ、クールでカッコイイですよおもう!
 私が殺気を感じた方に恐る恐る振り返ると、そこには素知らぬ顔で自身の顔にかかる髪の毛をサラリと払っていた由花子さんの姿が。おっ御嬢さん……今のは一体なに、なんだったの。思わず親友って口走ってしまったけど良かったの? 友達と認めて貰えていない私が言っていいのかい? それと、そんなに友達というのが嫌だったのか!
 ジョースターさんと承太郎さんとはそこで別れた。去り際、承太郎さんが「大変だな」と言いながら頭をポムポムしていってくださいました。はい、私頑張ります。何を、とはわかりませんが。

「あの、由花子さん」
「なに?」
「……私、由花子さんの友達にまだなれていないのでしょうか」

 聞いた、聞いてみた。いや、聞きたくてしょうがなかった。
 まるで別の物のように高鳴る胸を押さえて、私は由花子さんを見上げた。由花子さんは私より数センチ高い。165センチである。……ちょっと羨ましい、私もそれくらい欲しかったからだ。
 少し背の高い由花子さんが私を見下ろしてくる。ごくり、と唾をのんだ。

「友達なんかじゃないわ」

 ガ――――ンッ! という効果音が似合う心境だった。頭の上から大きな重石が乗っかってきたような錯覚を起こしてしまう程のショック、大ショックッ。
 私はガックリと肩を落とした。そりゃあ、ちょっとは期待していたもの。
 はああああ、という長い溜息を必死に飲み込んで私は由花子さんから視線を外す。すると、なんと由花子さんは自分のスタンドである《ラブ・デラックス》で私のうつむき気味な顔を思いっきり上げて自分の方へと向けさせた。グギッ、という嫌な音で首が撓る。

「何を勘違いしているの? 貴方も言ったじゃない『親友』だって」
「へ?」

 ぎちぎちと絞められる感覚が、彼女の言葉の所為で嘘のように吹っ飛んだ。
 シンユウ?……しんゆう、しんゆう……。

「『親友』ッ!?」
「なに、嫌なの?」
「いえいえ滅相もございません!」

 しっ親友だと……うううう嬉しいじゃあないかッ。
 いつの間にそこまで昇格していたかは不明だが、とにもかくにも嬉しい事には変わりない。ああ、もうヤバい顔がにやけてきてしまっている。

「なに、そのしまりのない顔」
「へへへ、イヒヒ、嬉しいっていう証拠ですよォ〜」
「……そう」

 心なしか、由花子さんもちょっと嬉しそうに口元を緩めていた。気がする、だけだけどこの時私達はとっても以心伝心していたと思うんだ。
 帰り途中、喫茶店でパフェを食べたり、本屋によって本や雑誌を見て回ったり――『ピンクダークの少年』が暫く休載するというお知らせを見つけた――公園ではしゃぐ子供たちを見て笑ったり――私が一方的に由花子さんに「面白いね」と言っていただけだけど――、とても有意義な時間を彼女と二人で共有したのだった。


 * * *


 きっと露伴さんって友達いないと思う。
 私がそう思ったのは、彼が漫画に対する情熱以外ほとんど興味がないのだと気づいたからだった。そして更に、彼はこの杜王町に来て間もない。だから、きっと病院に入院しててもお見舞いに来る人なんていないんだろうな。
 それに気づいた私は、とても胸が痛んだ。私はどうしてか、誰かが辛いめにあうと自分に当てて考えがちだった。だから、どうしてもこの気持ちを抑えられない。この、「寂しい」という感情を、消したくてたまらない。

「すー……はー……っ」

 今いるのは病院のとある一角。そして、目の前にある病室のプレートには『岸辺露伴』というただ一つの名前。手にはフルーツバスケットと学生鞄。一応有名人なので髪の毛に変な癖はないかをチェックして……いざ、参らん! 戦国の舞台へ!……ってちがうッ。
 私はノックした。中からの返事はない。しかし、私はいくぞ。

「失礼します、露伴さん、いらっしゃいます……か……」

 ここが病院だという事を忘れて思わず、「ひいっ」という悲鳴を上げてしまった。けれど私は悪くない、悪くない筈だ。だって、露伴さんが物凄く黒くて刺々しいオーラを出しているのだものっ、そのオーラがいけないんだっ。
 露伴さんは仗助君にタコ殴りされて全身とても酷い怪我で、包帯がグルグル巻きのミイラ男状態だった。うん、さすがにこの状態じゃあスーパー漫画家と呼ばれる彼でも仕事は無理でしょうね。

「何してるんだ、入るならさっさと入れよ」
「あ、す、すみませ……」

 そういえば私は出入り口の所で硬直していたのだった。慌てて中に入ってドアを閉めた。

「何しにきた」
「え、あ、ろっ露伴さん、この町に来て間もないだろうから、きっとお見舞いに来る人いないんじゃないかなと、きっと退屈しているかもなあと、思って、その……おおお見舞いに参りましたッ」

 私は勢いよく頭を下げて言った。……怖いです。
 露伴さんは、私が言うと「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。嫌そうな顔をしているが、刺々しいオーラはなくなった。これは、まあ、そこそこ迎えられているという事ととらえてもよろしいのかな?

「あ、あの、フルーツ、食べますか?」
「……腐ってはいないんだろうな」
「もっ勿論です。あ、あの、何を食べますか?」
「……メロン」
「分かりました!」

 私は机にバスケットを置き、その床に鞄を置いた。鞄から小型の包丁とフォーク、そして小皿を取り出してそれらを机の上に置くと、次に洗面台で包丁を洗い、メロンを切り始める。

(……う、う〜ん)

 私に警戒しているのか、露伴さんは私の一挙一動を鋭い目で観察してくる。とてもやりにくい。けれど、さすがに視線でヘマをするような程経験が乏しい私じゃあないゼッ! 見事、綺麗にメロンを切って一口サイズにし、お皿に盛りつけました!

「はい、できました。えーっと……」

 露伴さんを改めてみて思う。彼、そういえば今手も動かすのも辛いんだった。これは、私が食べさせてあげなくてはならないな。
 私は、近くにあったパイプ椅子を露伴さんの寝るベッドまで引くと、そこに腰かけて――

「……なんだ?」
「?……食べないんですか?」
「質問を質問で返すなよ。僕は君に何をしているんだと聞いているんだ」
「食べさせようとしています。手、動かすの大変そうですから」

 答えると、露伴さんは心底嫌そうな表情を浮かべた。口元をへの字にして私を鋭い眼光で射抜く。

「ダメですよ、漫画家の手は大事じゃないですか。私、露伴さんの漫画は好きなので描けなくなられると困ります」
「確かにそうだ。僕だって困る」
「じゃあ、これ食べてくれますね」

 私はズイ、と露伴さんにフォークで刺した一口サイズに切ったメロンを突き出した。

「だが断る」

 露伴さんはフン、と鼻を鳴らして言った。

「年老いたじーさんやばーさんの様に僕が君に物を食べさせてもらうだと? 嫌だね、絶対にまっぴらごめんだよ! そこらへんの親のいない雛鳥にでもやってくればいいじゃあないか」
「ちょ、ちょっと何を意地張ってるんですかッ、怪我人が意地張ってても何も良い事ありませんってば!」

 露伴さんの口にメロンを突っ込むのに、私はゆうに一時間彼と格闘をする事となったのだった。


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