鉄壁の少女 | ナノ

9-4



「もういっぺん言ってみろだと? いいだろう、耳元で何べんでも言ってやるよ」

 露伴さんは椅子から立ち上がると大柄の仗助君の前にゆっくりと進み出た。

「お前のその髪型な、自分ではカッコイイと思ってるようだけど……ぜェ――んぜん似合ってないよ。ダサいねえ! 今どきいるのか! こんなやつって感じだよ」

 言った。言ってしまった。仗助君は目をカッ開いたまま怒りに顔を歪めて露伴さんを見ている。
 私の方は、億泰君についた火を何とかして消そうと奮闘している最中だ。手は、正直言って感覚が鈍化してしまっている。痛みがなくなり始めているという事は、だんだんと手の組織が破壊されて痛覚を感じられなくなっているという危険信号だ。正直、やばい。下手すると手を失う事になる。それでも、だ。それでも私は、手を失ってもいいという覚悟で挑んだのだ。億泰君を焼身自殺から救う為に、手を二本ともダメにしても構わないという覚悟が私にはあったのだ。
 けれど、露伴さんを倒さないことには億泰君の危機は救える事が出来ない。しかも、最悪な事に露伴さんは既に仗助君の目を開かせてしまった。……しかし岸辺露伴は知らない。多分、真面目に聞いてなかった「彼」も知らないだろう。私も知らなかった。仗助君が、髪の毛を貶された時、どうして、どこまで、怒りを爆発させるのかを――

「小汚い野鳥になら住処として気に入ってもらえるかもなあ」

 言い切った。彼はついに言ってはならないタブーを口にしてしまったのだ。
 仗助君が動く。もちろん、露伴さんも動いた。
 《クレイジー・ダイアモンド》の拳が露伴さんの顔面へと迫る。対して、露伴さんは素早くデスクの上の原稿を自分と彼の間へと持って行き、彼に原稿を「見せた」のだ。露伴さんの原稿をとる動きの方が《クレイジー・ダイアモンド》の攻撃よりも――

「ちょいと素早かったかな?」

 ニヤリと笑って勝利を確信した露伴さんは《ヘブンズ・ドアー》を発動させた。しかし――

「ブギャ!!!?」

 露伴さんの顔面に、原稿ごと《クレイジー・ダイアモンド》の拳が叩き込まれる。二、三本彼の歯が折れた。康一君と億泰君、そして私は驚く。もちろん、露伴さんも驚く。
 仗助君の《クレイジーダイアモンド》は拳で原稿を突き破り、そのまま「ドラァッ!!」の掛け声と一緒にラッシュを露伴さんの顔面に叩き込んでいった。余りの勢いに、露伴さんは彼自身の机を壊しながら殴り飛ばされ、そのまま瓦礫の下敷きになってしまった。
 何故原稿を見せたのに術中に落ちなかったのか、それが分からない露伴は自分がボロボロなのにも関わらずそれだけを考えていた。なんて凄い人だ。

「どこブッ飛んでいきやがったァ――――ッ、出て来やがれッコラァッ!」

 一方仗助君は怒声を上げながら近くの瓦礫の一部を蹴っ飛ばした。露伴さんはすぐ近くだというのに、まるで見えていないようだ。

「あ、あいつ……ありゃあ見えてねーよ。仗助の奴目は開いているが……見えてねーぜ」
「どこ隠れやがったあ――――ッ!! スッタコがぁ〜〜〜〜ッ、出て来いッ!」
「じょっ仗助君、思いっきり頭ぶつけてるし……本当に何も見えてないみたい」
「見えてない? それって……あんまり逆上し過ぎたんで自分でも何してるか分からないって事?」
「たっ多分……」
「髪型を貶されると原稿だろうが何だろうが見失うぐらい怒る奴なんだよ、あいつ……」
「まっまさか……『知らなかった』、あんな激しさで怒っているとは……『僕の想像を遥かに超えていた』よ」

 康一君の知らなかった仗助君の性格。それが露伴さんを打破するキーポイントになったわけだ。
 露伴さんの戦闘意思がなくなり、億泰君は焼身自殺せず済み、体も元どおりになり、康一君の「ファイル」も彼の顔に戻っていった。
 あんなにも何故怒るのだろうか。理由があるはずだ、と露伴さんは下敷きになりながら康一君に尋ねる。ちょっと、そのぼこぼこになった顔が怖かったのは内緒にしておこう。
 康一君も分からずにいたが、なんとなく心当たりがあったようで、私達に話してくれた。

 仗助君が子供の頃の話だった――。
 仗助君は4歳の時、突然原因不明の高熱に倒れ、『50日間』生死の境を彷徨った。……そう、それは『ディオ』という男を倒しに承太郎さんとジョースターさんがエジプトへ向かった時と一致し、承太郎さんのお母さんも高熱に倒れた時と一致し、億泰君のお父さんが『肉の芽』をディオに植え付けられた時と一致する時の事だ。
 高熱の原因が何か分からない仗助君のお母さん・朋子さんは夜、S市内の病院へ連れて行こうと車で向かっていた。しかし、その冬の日は杜王町18年ぶりの大雪で、スノーチェーンをつけているにも関わらず、車輪が雪に取られてしまい、進むことも戻る事も出来なくなってしまったのだ。
 朋子さんは近くの電話で救急車か誰かを呼ぼうと考えたが、杜王町は当時、開発途中で現在ほど住宅や交通量が多く、更にそこは農道であと1,2キロ先まで民家のない場所だった。絶望の淵に立たされたようなものだった。救急車を、「ただの風邪だ」と言われたとしても救急車を呼べばよかったのだ。そう彼女が後悔している、その時だった――
 ふと、朋子さんがバックミラーを見ると、雪の降る夜道に学ランを着た少年が車を覗き込んで立っていたのだ。とっさに、本能的に朋子さんは警戒した。何故なら、その少年の顔は暗くてよく見えなかったが明らかに青あざや切り傷があり、唇からは出血していたからだ。今さっき殴り合いをしてきたぞといった感じだったからだ。
 朋子さんは言った「何よ、あっち行きなさいよ」と。すると、少年は徐に、切れた唇を動かして返すのだ「その子、病気なんだろう? 車押してやるよ」と。
 少年はいうなり、自分の着ていた学ランを脱ぎ、なんと躊躇いもせずスッと後輪の下に敷いたのだ。仗助君は混濁とする意識の中、自身の勲章であろう学ランを躊躇う事なく敷いた少年の姿をずっと見ていた。朋子さんは少年に言われるがままアクセルを踏み、少年は後ろから車体を押す。学ランのお蔭で車は車輪が雪に埋もれる事なく進み、そのまま病院まで一度も止まる事なく走っていった。
 きっとチェーンタイヤの所為でズタズタになったであろう学ランを着て、「彼」はあの後雪でグショグショになりながら帰ったのだろう。
 朋子さんはのちにその「少年」を探したが結局見つかる事はなかった。
 その「少年」は直接仗助君を助けた訳ではない。けれど、「四歳の仗助君」はその少年の行動を自分のヒーローだと思ったのだ。心の底に焼き付いている『憧れ』なのだ『生き方の手本』なのだ。
 だから、なのだ。憧れてマネをしている「髪型」を侮辱されると、その人を馬鹿にされたようで、プッツンしてしまうのだ。

 康一君は、仗助君がふざけたホラ話だと思っていたらしく、だからこそ「ファイル」になかったのだろう。
 仗助君が暴れてめちゃくちゃな部屋の中、私と億泰君はポケ〜っとした表情で康一君の話を聞いた。……やばい、凄くいい話過ぎてグッと来た。

「ああ! 露伴がペンを握ってるぞ!」
「野郎ッ! まだやる気か!」

 いつの間にか、露伴さんは近くにあった紙とペンをとっていた。それに気が付いた億泰君は彼にとどめを刺そうとして大きく足を振ったのだが、それに待ったをかけたのは露伴自身だった。

「気を失う前に今の事をメモとスケッチをしておくんだよ……」

 そういうと彼はすぐにペンを紙の上に走らせ始めた。

「いい話だな〜〜〜〜それに、実に凄い体験をさせてもらったよ。嬉しいな〜〜」

 こんな体験は滅多に出来ないと言ったと思えば、これを作品に活かせば更に良い物ができるだとか、得したなあとか、杜王町に引っ越してきて良かったなあとか――こッこの人、死なない限りどんな酷い目にあっても漫画のネタにしてしまうよ。
 それが分かってしまった私達は何だかドッと疲れが出た。

「もうここまでくると誉めるしかないね。善悪の区別はないんだけど、ある意味ではこういう『姿勢』……憧れるなあ。本当、スーパー漫画家だよ、この人」
「康一君に激しく同感」

 私はへなへなと床に座り込んだ。ああ、もう疲れちゃったよ。

「そこにいやがったなあ! 漫画家ッ! まだ殴りたらねーぞコラァッ!」
「あいつもな……」
「もう誉めるしかない」
「同感です」

 ほとんど再起不能になるまで、露伴さんは仗助君にボコボコにされる羽目になったとさ、チャンチャン。
 ちなみに、そのまま放置しておくのはさすがに可哀想なので、私と康一君でで救急車を呼んでおきました。これで命の保証は大丈夫……だと思う。
 一頻り暴れまわった仗助君はいつのも仗助君に戻り、私達三人はほっと胸をなで下ろした。キレた仗助君の相手は本当に気苦労が絶えない。

「よし、みんな早く学校へ行こう。もうだいぶ遅刻しちゃってるよ!」
「えー、今から行くのかよー。もうサボっちまおうぜ〜〜」
「何言ってるの億泰君。ガクセーの本分は学校で勉強する事! あと私は早く保健室行って火傷に薬塗らなきゃ……」

 ぎゅっ、という感触に私は思わず億泰君から手に視線を移した。そしてそれを握る大きな手を見つけ、次にその手の持ち主である――いつの間に傍に来ていたのか――仗助君を見上げた。彼の顔はもう怒り狂ったバイソンではなく、太陽のように眩しい笑顔の私が大好きな顔だった。

「ホレッ、もう治ってるだろ? これで保健室いく理由がなくなったな」
「あ、ほんとだ……って違う違う、騙されないぞ私は! 学校にいく! 行くったら行く!」

 ほっ絆されんぞ私は! いくら人懐っこい笑みを浮かべようとも、絶対に、絆されんぞ!
 康一君、なんとか言ってやってよ全く、どうして君は必死に億泰君の視線を私と仗助君から逸らそうとしているのかなッ!? ねえ!?

「ンな事よりよォ〜〜おめーもっと自分を大事にしろよなあ。せっかくうめーもん作れる手なんだからよォ〜〜」
「じょっ仗助君……」

 大きくて武骨な手が私の手を優しく、それでもしっかりギュッと包み込むようにして握る。あったかいなあ。……うう、じ〜んときてしまった。今、私絶対顔赤いよ。そんな私の事を知ってか知らずか、仗助君はGペンを刺されて血が出ているけれど私の手を握りながら、眩しい笑顔で言うのだ。

「お前のうめー菓子が食えなくなったら困るぜ!」
「……へへ、ありがと」

 食い気が勝っているとわかっていても凄く嬉しいなあ。……所で康一君、どうしてそこで一人ズッコケているのかな。
 仗助君の笑顔に絆されそうになった私だが、なけなしの根性で漸く学校へ向かわせる事に成功した。まったく、ちょっと感謝して欲しいくらいだぞ!

「……ふと思ったんだけどさあ」
「おう」
「私が、出所してきた『音石明』を《レディアント・ヴァルキリー》で思いっきりぶっ飛ばしても構わないよね。あと海に沈めてやるとかさあ」
「ん? おお、いいんじゃあねえの? そんときは俺も手伝ってやんよ!」
「おお、ありがとう億泰君! 逃げようとしたら《ザ・ハンド》で捕まえておくれ!」
「任せろ!」

 私と億泰君は肩を組む。これで同盟結成だ! まっておれ音石明、貴様の命は出所するまでだ。
 嫁入り前の女の子の裸を見ただと……許すマジ『ホット・ペッパー』!……じゃなかった、《レッド・ホット・チリ・ペッパー》!!!!
 記憶が消し飛ぶくらいに何度も頭を殴ってやるもんねえええええええッ。女の子の恨みは怖いんだぞコノヤロー!

「……桔梗の奴、俺達とつるんでワルになったな」
「……」
「俺責任感じるぜー」
「……う、う〜〜ん」

 肩を組んで拳を空に突き上げて進む私と億泰君の後ろでは、至って責任なんて感じてなさそうな顔をしている仗助君と、難しい顔で腕組みする康一君がいたとさ。
 その日、私達は授業開始五分後に学校に着いた。教室に仗助君と共に入って来た私を見た先生は、何故か「ああ、君はどうしてそんな……」とつぶやきながら静かに涙を流した。なにゆえ。


.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -