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ここに来るまでに、一体何があったのかは分からない。けれど、ほんの少しだけ、億泰君が「漢の顔」になっていた。見送る康一君に、「ありがとよ」と真剣な面持ちで言って、康一君も彼のそんな真っ直ぐな「敬意」をしっかりと受け止めて「頑張って」と手を振っていた。
ボートは勢いよく発進し、ジョセフ・ジョースターさんの乗る「トラフィック号」を目指す。もちろん、操縦は承太郎さんである。なんでもできちゃうのですね、さすがです!
「桔梗、君は着いたと同時に《R・ヴァルキリー》でジジイを護衛してくれ」
「はっはい!」
そりゃあ私の《どで》……《レディアント・ヴァルキリー》は「守り」専門ですから。全力で仗助君のお父様をお守りさせて頂きますよ!
暫く走行している内に、船が私たちの肉眼でも見る事が出来る距離にまで近づいてきた。空を見張っていた億泰君からは、「まだ模型飛行機も飛んできていない」との事。よし、順調(?)だね。
(仗助君、大丈夫かな……)
「……心配か」
「えっ……、はい……」
承太郎さんは周りをよく見ているなあ、と改めて尊敬してしまう。さっきの作戦だって、どうしてあんなふうに的確に物事を分析して予測してしまえるのだろう。本当、凄いなあ。凄いと同時に、彼はその凄さゆえに色んな苦労をしているんじゃあないかって、ちょっと考えてしまう時がある。
私が浮かない顔をしていると、彼はチラリと私を一瞥し、また前を見ると、左手を伸ばしてきた。その大きな手は私の頭の上に置かれる。
「あいつなら、大丈夫だ」
「はい……康一君もついてますし、きっと大丈夫、ですよね」
「ああ」
康一君は何だか最近いざという時に頼りになる男の子だ。だからあのコンビなら大丈夫。うん、信じよう、二人の《スタンド力》を。
「む、着くぞ。億泰、まだ模型飛行機が飛んでくる気配はないか」
「大丈夫っスよ〜〜ッ! 未だに何も飛んできてねえッス!」
「よし」
私たちは、ついに「トラフィック号」に乗り込んだ。承太郎さんは甲板で、私と億泰君はSPW財団の人達に連れられてジョセフさんのいる部屋で待機した。暫くすると、SPW財団の人が部屋にやってきた。
「桔梗さん、空条氏がお呼びですよ」
「へ? あ、私をですか?」
どうしたんだろうと思って甲板に出ると、承太郎さんの傍には、康一君の《エコーズ》がいた。どうやら《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体――名を「音石明」――を倒したらしい。良かった、これで一安心だね。
ところで、私はどうして呼ばれたのだろう?
「桔梗さん!」
「うん?」
「カタキは仗助君がとったからね!」
「え? うん? あっありがとう?」
はて、音石明になにか私はされただろうか?
承太郎さんがボソリと「知らねー方が幸せだぜ」と呟いていたが……ちょっとその言い方だととてつもなく気になるよ、妙に嫌な予感がするよ。
何だか康一君の《エコーズ》が憐れんだ目で見ているようで、居た堪れなくなった私は億泰君とジョースターさんの所に戻った。本当、なんなんだ二人して。
「ただ今戻ったけど異常ないですかー?」
「おう、桔梗。何の用だったんだ?」
「よく分からなかった」
「なんだそりゃ、おめーって見た目によらず馬鹿?」
「億泰君には絶対にそれ言われたくないって激しく思う」
部屋に入ると人が増えていた。外の景色を眺めるジョースターさんと、そんな彼につく億泰君、そしてジョースターさんの荷物だろう大きなバッグらをもったSPW財団の人だ。ああ、もうすぐ着くのか。
(結局私の《どで》……《R・ヴァルキリー》の出番がなかったな)
争いごとは苦手なので、それはそれでメデタイ事だ。ほっと胸をなで下ろしていると、不意に部屋のドアを勢いよく開けて入って来る人が――
「大変です! 敵がこの船に乗っていますよ! ジョースターさんを守りに来ました!」
「うええ!?」
「マジかよ〜〜」
「億泰君どうしてそんな呑気な声だしてんの!?」
それもこれも喧嘩慣れしてるから? 確かに、取り乱すよりはいいけどもっとなんかこう……緊張感っていう奴は必要だと思う。
私はすぐさまジョースターさんの傍に駆け寄り、《ドデカ・マンジュウ》……じゃなかった《レディアント・ヴァルキリー》を出して盾を構えた。
「おお、御嬢さんなかなか綺麗な《スタンド》を持ってるのぉ」
「ありがとうございますッ。私から離れないで下さいね!!!!」
耳が遠いので、物凄く声を張り上げてかつ、歯切れよく言った。女の子の高い声ってよく響くからこういう時に便利だなあ。
「見たこともない奴だぞ……?」
誰かがボソリと言った。それを聞いた私と億泰君は首をかしぐ。すると、先程に持つを持ってきた人が大声を張り上げて、後から入って来た人を「敵だ!!」と指さした。変装をしていると、叫んだ。けれど、もう片方の人も、殴りかかろうとした億泰君に怯えながら「私は敵がいる事を知らせに来た、自分でそんな知らせるような犯人はいるのか?」と返す。
それもそうだ、と億泰君は次に荷物を運んできた人に殴りかかろうとする。けれど「私の方が先に敵がきた事をいった」と主張し始める。結局誰が犯人なのか分からなくなってしまった。ジョースターさんに聞いても、ボケているうえに耳も遠いので期待できそうにない。だって億泰君の事「オソマツくん」って呼んでたし……。
そんなこんなしていると、私とジョースターさんの近くにあるライトからボロボロの《レッド・ホット・チリ・ペッパー》が現れた。億泰君がその名を叫ぶとなんとジョースターさんは「ポッポ ポッポ ハト ポッポ?」と聞き間違えてしまった。なんとなく似ている気がするけどだいぶ違うッ!
(……守れるのか、私に……特殊な能力を、この盾で防げるのか?)
「桔梗ッ!」
「……ッ……億泰君……」
教えてくれ、とでもいうような彼の声に、私は下唇を噛み、彼を振り返る。
「億泰君が、決めるんだ」
「っでもよ、俺ぁ……!」
「頼ってちゃダメだよ。君が、決めなきゃ」
いつまでも形兆さんの陰にすがってちゃぁダメだよ。確かに、あんなしっかりした頭のいいお兄さんがいれば頼りたくもなる。けれど、今はもういないんだ。億泰君自身で決めなければいけない。
私は迷い目な彼を見据える。すると、彼は意を決した表情をして頷くと、互いを犯人だとなすり付け合う二人の間に揺らりと立つ。
「分かったぜ〜〜〜〜ッ、本体は……――」
億泰君は素早く身をひねると、腕のスナップを聞かせながら――
「てめえだァ――――ッ!!!!」
荷物を持ってきた人の顔面に拳を叩き込んだのだ。殴られた彼は、ジョースターさんのついていた杖をへし折りながら壁に勢い余って激突する。すると、《レッド・ホット・チリ・ペッパー》も血を流して消えてしまった。
「2度もおちょくんなよ! この虹村億泰を!」
なぜわかったのだ。荷物を運んできた人――音石明が億泰君に問う。すると、彼は単純明快で実にシンプルかつ阿呆な答えを返したのだ。
「二人ともぶん殴るつもりだったんだよ。俺頭ワリイからよ」
「五分五分で当てたのは億泰君の強運のおかげだね」
もう笑うしかなかった。
その後、無事に船は港に着き、私は億泰君と共にジョースターさんの後ろをついて甲板に出た。陸の方では、仗助君がそっぽを向いて、康一君がそんな彼を気にしながら迎えている。承太郎さんはSPW財団の人と出入り口の傍に立っている。
ジョースターさんは私たちが見守る中、よろよろと老体を動かして船を降りようとする。しかし、やっぱりご老体、くらりと体が傾く。危ない、と思って伸ばそうとした私と康一君の手は、しかし、ジョースターさんの体を支える事なく宙で停止する。傾いた彼の体を支えたのは、誰よりも早く動いた仗助君だった。
「足元……気を付けねーとよ〜〜海におっこちるぜ」
「す、すまんな」
なんとも照れくさそうにしている仗助君。
「杖があればちゃんと降りられるんじゃが……今さっきへし折られちまったもんでな」
ああ、億泰君が殴った時に飛ばされた音石さんが折ったんだった。仗助君はその見事に真っ二つな杖を見たのち、これまた照れくさそうにジョースターさんに手を伸ばした。
「しょ……しょうがねえな〜〜〜〜俺の手に……つかまんなよ」
このやろうッ!
私は心の中で思った。
感動させてくれるじゃあないか!
その後、私は、「クレイジー・ダイアモンドで杖を直せばいい」とほざく億泰君を康一君と共に「馬鹿だなあ!」と言いながら止めて、初々しい「親子」を見守る。心なしか、隣に立っていた承太郎さんも、とても嬉しそうだった。
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