8-3
朝からお疲れ気味な仗助君の様子は少し気になったけれど、しばらく一緒に過ごしている内にだんだん調子が出てきたようだった。エンジンが緩やかにかかっていった感じかな。お昼頃には本調子になり、帰る頃もいつもと同じ、面白い仗助君だった。
いつものように、私は大柄な二人に挟まれて帰宅し、いつものように夕飯の支度をして、兄弟達にはその他の仕事を指示して、準備ができたらみんなでご飯を食べ、その後は順番にお風呂に入っていった。両親がまだどちらも帰ってきていないので、二人の分の夕食にラップをして居間の机の上に置いておいた。
仕事が一通り終わったら、私は風呂があくまで宿題と予習をしに部屋へとこもった。一時間ぐらいして、次女の茜が「風呂空いたよ」と呼びに来てくれたので、私は風呂に入る身支度を始める。
「あれ?」
ベッドの上にあるパジャマの上に下着を乗っけて持っていこうと、下着類の収まるタンスの引き出しを出したのだが……おかしい、お気に入りの青い花柄のパンツとブラジャーがないぞ。他の下着でもいいけど、やっぱり今日はあの下着がいい。誰かのところに間違えて入っているかもしれない。……いや、私はCで茜はAのぺったんこ、蒲公英はまだしてない。だから絶対に間違える筈がないのだ。
(盗られたとか?……いやいやいや、まさかそんな。だって私の下着なんて盗んで一体なんの得になるのさ)
そういえば、私をストーカーしていた嬬恋晃氏は私から何か物を盗んだ事はなかったなと思い返す。奪われたものはもっと大きかったけれど、さ。
私はため息をつきながら立ち上がった。とにもかくにも大事な下着を探さなくてはならない。私は一度下へと降りて私の下着を見ていないか聞いた。
思春期な縹は顔を真っ赤にして「なんで俺に聞くんだよ! しらねーしみてねーよ!」と叫んでそっぽ向いてテレビに向き直ってしまった。末っ子の木賊は能天気そうな顔をしているが一緒に探してくれている。こいつ、私にだけは優しいのでシスコンかと思いきや、どっこい他の妹達相手だとそこまで優しくない。全く、仲良くしなさいよ。
茜にどやされながらも必死に宿題に勤しむ蒲公英へ聞いても、彼女を怒鳴る茜に聞いても「知らない」の一言。うーん、どこへ行ってしまったのやら。一度は、木賊の《テレポーテーション》がどっかへやったのかと思ったが、彼は人の物は遠くへ飛ばさないようにしているのでこれもナシ。
仕方がないので、結局べつの下着になってしまった。あまり気分がよくないぜ。
ため息をつきながら、私は風呂場へと入った。脱衣所には洗面所があり、ライトは電球である。その横に洗濯機が置いてあるので、そこに脱いだ物を突っ込む。
「ん?」
ばちばちっ、という音がした。まさか、電球の故障かなにかだろうか。恐る恐る洗面台の電球に顔を近づけてみる。しかし、特になにも変わった所は見当たらない。
私は、静電気とかそんなんだろうと適当に理由づけて気にしないようにした。本当はちょっと怖いけど。お化けとかお化けとかお化けとか!!!!
「さっさとはいっちゃお」
ぶるり、と身を震わせながら、私は脱衣所から浴室へと入った。
手早く体と頭を洗い、トリートメントで髪の毛を整えると、しばらくあっついお湯に浸った。
「ふぃ〜〜っ、ごくらくごくらくゥ〜〜〜〜」
湯船に暫く浸かったのち、私はさっさか再びシャワーで適当に体を洗うと浴室から、ちょっとヒンヤリとしている脱衣所に入った。
バスタオルでまずは頭をぐしゃぐしゃと拭く。私はこのぐしゃぐしゃとする行為が結構好きだ。髪の毛をぐしゃぐしゃとするたびに、シャンプーのいい香りがフワフワと鼻孔をくすぐるこの感覚が、「ああ、私お風呂入ってサッパリしたんだ」と実感させてくれるからだ。
気分よく鼻歌を歌いながら、私は下着に手を伸ばした――はずだった。
「あれ?」
――ない。
私の呟きは、小さな脱衣所内にぽとりと落ちる。着替えを入れていた籠の中にはパジャマしかなく、下着が一着もなかった。ちゃんと持て来て入ったのにない事はないだろうに。
ばちっ、ばちっ、と電球が音を立てる。しかし、今の私はそんな事気にしている暇はなく、無くなった下着第二弾を探すのに夢中だった。
「どこ行っちゃったの〜〜? もしかして落としてきちゃったとか?」
私は、バスタオルも巻かずにうろうろと歩き回る。籠の下とか洗濯機の中とかいろいろ探したけれど見つからない。結局、兄弟の誰かに持ってきてもらう事にした。
「茜ェ〜〜、私の下着持ってきてェ〜〜」
「え〜〜〜〜、忘れたん〜〜?」
「ちっがぁあう、持ってきた筈がなくなってたのォ〜〜」
「へいへーい、持ってくるからちょっと待ってて〜〜」
「ありがと〜〜」
三十秒もしないうちに茜が私の下着を持って現れた。さすが、行動の早いあんたに頼んで正解だったわ。
私はそうとう湯冷めしてしまった体を震わせながらさくさく着替えて脱衣所を出た。
「えっくしっ!」
くしゃみを一つ。
今日はとっても体が冷えた。
下着盗難(?)事件から数日後――私は縹と木賊を荷物係として引き連れて買い物に出ていた。
今日はちょっと奮発してショコラケーキとチーズケーキを作ろうと思って、その材料と、明日の食事の材料を買いに出ていた。そろそろお昼も近いので、早く帰って昼食の準備とかしたげなきゃ。
「えーっと、後は……私のなくなった分の下着を買って終わりだ」
「やっとかよー」
「疲れたよー」
「ごめんごめん。二人には荷物持ちやってもらった代わりにクッキーつけてあげるからさ」
「よし頑張る」
「頑張ります!」
「現金だなぁ」
苦笑いしながら私たちは店を出る。
(ん?)
私は、視界の端でなにかを見た。反射的に意識を向けると、そこには「バチバチ」と異様に電気を帯びている電柱があった。近くには模型屋があった。なにか、不吉な予感がする。
一瞬、強くバチッと音がしたと思えば、その電光は小さくなり、凄いスピードで電線をわたっていった。きっとあれは――
「《レッド・ホット・チリ・ペッパー》ッ!」
私は自分が持っていた荷物と財布を二人に預けて走り出す。非難の声を出し始める後ろの二人に「公園で待っているように」と言ってそのまま電線を伝う「バチバチ」を追って行った。
「バチバチ」は電気がとおる物を渡りながら移動する。だんだんと、港の方へと向かっているのが分かった。
(港に何があるっていうの?)
眉間に皺が寄っていくのが分かった。一体、《レッド・ホット・チリ・ペッパー》は何を企んでいるのだろうか。
ついに港に到着したのだが、同時に手がかりであった「バチバチ」も見失ってしまっていた。でも、きっとこのどこかに潜んでいる筈だ。なんとなくそう思った私は、諦めずに当たりを探り始めた。
「いないなぁ」
「あれ? 桔梗さん!? どうしてここに?」
「へ?」
聞きなれた声が聞こえて振り返れば、そこには康一君、そして仗助君に億泰君、更に更にみんなが尊敬する承太郎さんがいた。みんなこそ何故ここにいるのだろうか。
「私は、町で「多分」見かけた《レッド・ホット・チリ・ペッパー》を追ってきたんだけど……?」
「たっ多分?」
「うん。『バチバチ』って異様に電気を帯びてる電線が不自然だったから、もしかしてって思って……みんなこそどうして港に?」
事情は康一君が大雑把なんだけど丁寧にわかりやすく教えてくれた。
承太郎さんのお爺さんこと仗助君のお父さんの「ジョセフ・ジョースター」さんが《レッド・ホット・チリ・ペッパー》を捜索できる《スタンド使い》なので彼を極秘で連れてこようとしたら、その事を《レッド・ホット・チリ・ペッパー》に知られてしまい、今、その「ジョセフ・ジョースター」さんをみんなで守ろうとしているらしい。
……ちょっと待って、承太郎さんのお爺さんで仗助君のお父さんってどういう事!? 明らかに承太郎さんの方が年上だよね、仗助君私と同い年だよね?
(そういえば、初めて会った時に承太郎さんは仗助君の甥だって……どうしてそうなった!? 苗字も違うし、もしかして……これは触れてはいけない話題?)
なんとなく空気で察した私。
仗助君と億泰君は、ボートのバッテリーに《レッド・ホット・チリ・ペッパー》が潜んでいないかチェックしていたらしく、異常がない事を伝えると承太郎さんを見上げて「はやくいこう」と言う。しかし、承太郎さんは、私をちらりと見たのち、彼らにこう切り返した。
「そのボートで向かうのは俺と億泰、そして桔梗だけだ」
「へ? 私もですか?」
なにやらいつの間にか数に含まれてました。でも、承太郎さんに必要とされているならうれしい限りだ!
「ああ。そして、仗助、お前は康一君と一緒に港に残れ!」
承太郎さんのこの言葉には、仗助君は納得できないのか、反論するように拳を握る。けれど、承太郎さんは、彼を決して足手まといだとかそんな風には思っていなかった。
「今、《チリ・ペッパー》の本体はこの港のどこかに隠れている。間違いない、この港のどこかから俺たちがボートに乗って海に出るのを見ている……そして奴は――」
承太郎さんは、どこまでも遥か彼方に続く青い海を、翡翠の瞳で睨むように見ながら言葉を続ける。
「――俺達が海に出た途端、ジジイの船に向かってすかさず何かを飛ばすだろう!」
「「と」ばす?」
「「飛」ばす、ね億泰君」
漢字出来ないのか君はっ!
「とっとばすって、空を飛行するなにかですか?」
「そうだ。俺の予想では奴は船は使わん。バッテリーが付いていてスピードがモーターボードより出ればいいんだからな! バイクを盗んで逃げようとしたように《チリ・ペッパー》をバッテリーのついた何かに乗せて飛ばすッ。このボートを追い越すためになぁ〜〜」
「そっそういえば……私、《チリ・ペッパー》が模型屋から出てくるのを、見たよ!」
「まさかッ! 『ラジコン模型飛行機』!?」
可能性は十分にありうる。模型飛行機とは言え、スピードが乗れば時速100キロは出ると聞いた事がある。私たちの使うモーターボードより早いし、何より操縦は《チリ・ペッパー》だから「コントロール電波」に関係なく飛べる。やばい、結構強いじゃん、名前弱そうな割にはさ。
(あ……そうか)
私はそこで気が付いた。どうして、仗助君と康一君がここに残るのか。
私たちのボートが出た後、何かが飛んだら仗助君はここで本体を探さなければならない。康一君のスタンドは射程距離50メートルととても長いから、仗助君の捜索の手伝いができるんだ。
「もし「奴」に俺達のボートより先に進まれたのなら! 『自分の父親』はおめーが陸地で守らなくてはいけないんだからなッ!」
「……」
承太郎さんは、びしりッ、と硬直する仗助君を指さして言った。無言の彼に、「分かったな?」と念を押すように言うと、仗助君は酷く嫌な汗をかきながらも頷いた。
「ああ、一秒を競うような事態だっつー事がよーく分かってきたよ」
彼の言うとおり、一秒……いや、一瞬間を競うような事態なのだと、私は重く、重くとらえた。
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