鉄壁の少女 | ナノ

8-1



〜第8話〜
知らぬが仏




 朝、目を覚ますと私はふと違和感を覚えた。そして、それが一体なんなのか理解した瞬間、思わず苦笑してしまった。そう、もう「奴」……いや、嬬恋晃氏はいないのだ。彼のストーカー行為に頭を悩ますこともなくなったのだ。そう思うと、なんだか肩の重荷が下りた気がする。
 真っ向勝負の対決があったその日、帰宅したのちに兄弟達にも、もうストーカー野郎は去ったという事を伝えると、みんな様々な反応だったが、一貫して安心したような表情を浮かべていた。その表情を見た瞬間、ああ、この子たちは本当に私の事を心配してくれていたのだと感動した。

「これからは、安心して一人で出かけられそうだなあ」

 一人で外に出てあまり遊んだことがなかったので、ちょっとした好奇心があった。休日、どこかにフラフラ適当に散歩でもしてみようか。
 私は、これからの楽しみを一人、思案しながら支度を済ませる。朝食を食べていつものように家を出れば、ちょうど仗助君も出てくる所だった。

「おはよ」
「はよ」

 仗助君は大きなあくびをする。どうしたのか尋ねると、ゲームのしすぎで寝不足なのだそうだ。おいおい大丈夫か。

「楽しいのは分かるけど、やり過ぎないようにね」
「おう、そりゃ分ってんだけどよォー、なかなか止められねーんだわ、これが」
「そんなに面白いゲームなの?」
「まあな。なんだお前、ゲームに興味あんのか?」
「私、これでも結構やる方だよ。兄弟多いからテレビゲームも盛ん」
「おっ、マジか」

 じゃあ、と仗助君がとあるゲームの名前を言う。その名前には覚えがあった。

「それ、縹と結構やってるゲーム。あいつ強くてほんといっつも肝を冷やしながら対戦してるんだよー」
「へえ〜〜、ならよ、今度俺と勝負しねえ?」
「うん、やってみたい! けど仗助君強そ〜〜」
「結構やりこんでる方だからな〜〜、覚悟しとけよ〜〜」
「うう、こわーっ」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる仗助君は相当自信があるようだ。他の人と対戦とかした事ないから、本当にビクビクしてますよ今から。でも、ちょっとワクワクもしてる。
 対戦予定のゲームの面白さを語り合っていると、億泰君の家に着く。億泰君は今日は寝坊せずに早めに出てこれたようで、すぐに門から姿を現した。珍しい事もあるもんだなあ。大柄な二人に挟まれて歩いていると、今度は登校中の康一君と出会う。小柄な彼の背中に声をかけるとにこやかな笑みで彼は「おはよう」と言った。
 私たちは肩を並べて歩き始める。余談だが、あの場にいなかった億泰君と康一君も、「ストーカー野郎」が捕まってSPW財団と承太郎さんに「電気野郎」の事を聞き込み中だという事実を知っている。多分、嬬恋氏は何も知らないと思われる。きっと、彼は、自分でも言うのもなんだが「私」の事しか考えていなかっただろうし、それ以外はどうでも良かったんだと思う。
 形兆さんを殺害したあの《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本当は何処にいるのだろうか。奴のスタンドはコンセントから現れた事から電気が通る場所ならどこでも行けるんじゃあないかと思われる。

(そうなると怖いな、かなり……)

 私の《ドデカ・マンジュウ》……じゃなかった、《レディアント・ヴァルキリー》は物理的な攻撃は防げても、「電気野郎」のように特殊な攻撃方法を持っているスタンド使い相手だとどうなるか……不安だ。きっと、私なりの戦闘方法とかあるんだと思うけれど、ここら辺は経験を積まなければ分からないんだろうなあ。
 ちょっとため息が出そうだ。そんな風に肩を落としていると、不意に、横を歩いていた康一君に声をかけられた。

「桔梗さんってさ、漫画とか読む、よね?」
「ああ、うん。それなりに読むよ」
「どんなの? やっぱ少女漫画?」
「いや、少女漫画は読まないんだ……トラウマあるから」
「とっトラウマ?」

 きっと私の顔は明後日の方向を見るようなものになっているのだろう。
 私は、遥か彼方をみるような目で語りだす。

「私の前住んでたトコのある居酒屋の一階にさ、漫画が置いてある本棚があるんだけどね……小さい頃に両親に連れてかれて暇になったからそこに置いてある漫画を適当に読んだんだけど……」
「けど?」
「……そこで読んだ少女漫画のえげつない描写にショックを受けてさ、少女漫画って聞くだけでかなりの抵抗が、ね……」

 幼少期のトラウマって案外侮れない。だって、中学時代に思いっきりドッジボールで顔面にボールをぶつけられた時とか跳び箱から落ちたとかあっても普通にまた、遊んだり飛んだり出来る。けれど、小さい頃に芽生えた恐怖って無意識のうちに大きくなっても抵抗感を生んでしまう。実に今そんな状態だし。

「そっそうなんだ……じゃあ、主に読んでるのって大体少年漫画?」
「うん。あの、主人公が頑張る姿が共感できて読んでて凄く楽しいんだー」

 友情、努力、勝利。いいねえ、最高だねえ、感動だよ。どちらかというとドロドロとした恋愛漫画よりも少年漫画でよく見るような、主人公の少年がヒロインの少女に片思いしている感じがとても応援したくなって好きなんだよなあ。その主人公が更に、ヒロインを守ろうと成長する姿がまた……くう、胸が熱くなるね!

「じゃあさ、『ピンクダークの少年』とか、読んだりしてない?」
「『ピンクダークの少年』って……ああ、あの凄くタッチが劇画でリアルなあの漫画かあー。絵がちょっととっつき難くて読んだ事はないんだ」
「そっかー。確かに、女の子向けじゃあないね。生理的に気持ち悪い描写とかあるし」
「でもねー……あらすじを聞くかぎりだと物凄い私の好みなんだよね。絵は苦手だけど」
「じゃっじゃあさ、読んでみる? 僕今のところ一巻から最新刊まで持ってるからさ。もし桔梗さんが読むなら貸すよ」
「ほんとに? じゃあ、ちょっと読んでみようかなあ」
「ふふ……桔梗さんが本の虫で小説だけでなく漫画も読むって聞いたから、ちょっとそういう話もしたくなってさー」
「ああ、その気持ちわかる。ちょっと語り合いたくなるよね」
「そうそう!」

 それから、好きな本(主に漫画だけど)の話題で康一君と結構盛り上がる。意外だったのは本の趣味が似ている事だった。なんだか、康一君から借りる『ピンクダーク』もちょっと期待できそうだな。漫画は明日から持ってきてくれるらしい。ちょこちょこ読んでいけるように、二、三冊ペースで貸してもらおう。
 話が一区切りすると、アイスの事を話していた仗助君や億泰君と再び混ざっておしゃべりをする。「ストーカー被害」に頭を悩ます事がなくなっても、こうして一緒に登校してるって事は、私たちの間に確かな友情があるって事なんだよね。なんだか、とっても嬉しいな!
 一人密かにニヤけながら、私は彼らと共に学校へと向かう――


 ストーカー被害にあわなくなったとしても、学校はその前と変わらず時が流れてゆく。それでも、なんとなく視界が明るくなった気がして、人間気分次第なんだなあと思う。

「ふわぁ〜、ねみィ〜〜〜〜。しかも次古典じゃあねーかよー。余計眠くなっちまうじゃあねーか」
「ほんと、ものすんごく眠そうな顔してるね。もう瞼が落ちそうだよ」

 こっくりこっくりしながら睡魔と闘う彼は可愛い。もういっそ寝てしまってもいいのではなかろうか。だって、仗助君なら先生たちも彼が怖くて注意とかなかなか出来ないでいるしさ。無理に起きてなくても、どうせノートは私から借りる気まんまんだろうし。どうしてそこまでして起きていようとするのだろう。何かの意地かな?
 仗助君が、何十回目かのあくびをした。大きなあくびだった。彼は、机の上で組んだ腕に頬を乗せて私の方を見た。眠そうな翡翠の瞳が私をじっと見つめてきている。

「俺さぁ」
「うん」
「おめーの勉強してっトコ見んのけっこー好きだぜェ」
「……え?」
「ノート取りながらよ〜〜、邪魔なサイドの髪を耳にかけるしぐさもケッコーいいと思うぜェ〜〜」
「え、あの、ちょっと、仗助君? 君寝ぼけて……」
「……ぐおー……――」
「寝ちゃったしッ」

 一体なんだったんだ、と私は熱くなる頬を手で押さえながら、呑気に眠る仗助君を見下ろした。
 ドキドキと、心臓が変に高鳴って落ち着かないし、苦しい。仗助君のせいだ。彼が変な事いうから私だけ妙な空気に困る羽目になっちゃったじゃないかッ。

(私も、仗助君の、あの髪を整える仕草が好きだけど、さ……)

 ようはそういう事なのかな。こういう仕草にぐっとくるとか。こんな髪型が好きだとか。……趣味、てきな?
 よっよく分からないけれど、やっぱり、変に落ち着かなかった。


 * * *


 化学の授業が終わり、私はノートと教科書、そして筆記用具を腕に抱えて教室に戻ろうとした。ここの薬品臭さもそうだが、何よりも「あの先生」がちょっと嫌だからである。
 私は以前、この部屋で実験中に試験管を割ってしまった。その事について呼び出されて――逃げたから何もされてはいないものの、何をしようとしたのかも謎のままだから正直かなり怖い。ここまで言えばおわかりだろうか。そう、化学こ小林先生の事である。
 彼は未だ何かを諦めていないようで、授業中、ちょっとの暇を見つけては私を見ている。気のせいとかじゃあない。他の生徒もわかるくらいにバッチリ見てくるのだ。目が合う頻度も異様だと思うし……もう嫌なんですけどっ。先生、一体私に何の恨みがあるんですか? 何も逃げただけじゃないですか。あれは不可抗力で私悪くない筈ですけど!
 とにもかくにもこの部屋から出たい。私はスッタカスッタカ急ぎ足で出てゆく。後ろは振り返らないよッ。

「山吹さん!」

 誰かが私の名を呼んだ。けれど私は止まれないよ、ごめん。後で教室でなら話を聞くから今はこの部屋を出させて。

「山吹さん、消しゴム忘れてるってば!」
「え……」

 思わず足を止めて振り返る。すると、クラスの男子の……誰だっけ、えーっと、確か藤野君だった気がする。彼が見覚えのある消しゴムを持って駆け寄ってきた。

「次、数学だから忘れたら大変だろ? はい」

 藤野君はトン、と私の手のひらに消しゴムを置いた。私は申し訳なくなった。

「あ……ごめん、ありがとうっ!」

 ぎゅっと渡された消しゴムを握ってお礼を言う。すると、藤野君は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔になった。え、どうして?

「笑った」
「へ?」
「あっ、いや……山吹さんって、東方や虹村の時以外はほとんど笑わねーって聞いたからさ。実際ほとんど無表情だったし。冷たい印象だったんだよ」
「あ……」

 そういえばそうだった。
 私は、他の人をできるだけ巻き込まないようにするため、出来る限り一般人の男子生徒と関わらないようにしていたんだ。仗助君と億泰君、康一君とは逆に、ストーカー野郎と闘うための仲間だったのと《スタンド》の事を学ぶためにずっと一緒にいた。
 いくら巻き込まない為とはいえ、冷たく当たるのもいけなかったよなぁ……。訳は話せないので、心の内での謝罪になる。「ごめんね」、これからはそんな事をする必要もないからふつうに接するよ!

「えっと、その……ごめんね、そうだと知らずに……ええっと……」
「あ、いいんだ! ただ……その……わっ笑ってた方がいいよ、うん」
「へ? え、あ、あっありがとう」
「そそそそれじゃ!」
「あ、うん?」

 藤野君は慌てたように去って行った。……お腹でも下しちゃったとか?
 よく分からなかったけど、ちょっと心配した。


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