鉄壁の少女 | ナノ

7-2



 その日の放課後の事だった。私はまたもや呼び出しをくらった。今度は校舎裏ではなく屋上だった。呼び出したのはきっと、あの時の先輩方だと思われる。由花子さんのお蔭である意味逃げる事が出来たから、今度こそ、と思ったのかもしれない。
 仗助君に、「すぐ終わらせて来るよ」と言って待って貰う。一応、場所は屋上だと伝えてあるので、遅くなったら、もしかしたら覗きに来るかもしれない。そうなるとちょっと、仗助君に好意を寄せているであろう先輩方が可哀想なので、早めに済ませ様と思う。

「よっと……」

 屋上へ入る為の、重い扉を開ける。そして、その先を見た瞬間、私は硬直してしまった。

「あ、れ……はな、ちゃん?」

 そういえば、放課後、彼女が教室を出てから姿を見ていない事に気づく。もしかし、花ちゃんが私を呼び出したのか。尋ねてみると、無表情な花ちゃんがコクリと頷く。私は混乱してしまった。

(もしかして、花ちゃん……仗助君の事が……)

 由花子さんの時もそうだが、私は自分が恋をできない分、他の人を応援しがちだった。だから、きっと花ちゃんの事も応援する。けれど、態々呼び出しまでして、そんな事をアピールしなくてもいいじゃないか。
 信じていた彼女がまさかこんな行動をするなんて思わなかった。だから、私は、こんな状況になってしまったから、悲しんでいるんだ。決して、彼女が仗助君の事が好きだからとか、これから彼女と仗助君の仲を応援しなくちゃいけないとか――それらの為に心を痛めているわけじゃ、ない。

「あ、のね……花ちゃん、私は――」
「こんな女の一体何がいいんだい、桔梗」
「――えっ?」

 言葉を遮った彼女のセリフに、私は驚かざるを得ない。彼女は、今、私の事を「桔梗」と呼んだ。いつもは「桔梗ちゃん」なのに。それに、「こんな女」とは、いったい誰の事を指して言っているのだろうか。だって、今、この場にいるのは私と花ちゃんの二人だけだとういうのに。

「あれ、言葉の意味が伝わってない?……この声だからかなぁ」

 混乱する私へ、花ちゃんの言葉が追い打ちをかけるようにやってくる。

「じゃあ、声を戻そう!…………ふふっ、こんばんは」
「っ!?」

 全身が総毛立つような感覚、そして、震える足、かみ合わない歯、これでもかという程開かれる目――私は、仗助君の事に気を取られ過ぎて、全く気が付かなかった。どうして気づかなかったのだろう、あの、気味の悪い「奴」の気配を。

「ど、して……」
「どうして? そりゃないよ桔梗ゥ〜〜。僕は君を愛しているんだぜ? 心の底から、誰よりも、世界一、君の事だけを見ている……そんな僕が、愛しい君の前に現れないと思ったのかい? 今までこんなにアプローチしてきているのに」
「ちがうっ! どうして……どうして「女の子」に「取り憑いて」いるの!!!? 今まで、そんな事なかったのに!」

 「奴」はどんな時だって決して女の子には憑依しなかった。決まって男ばかりだった。だのに、どうして、よりにもよって、私の大切な友人の花ちゃんに……!
 すると、「奴」は急に――花ちゃんの顔で――不機嫌な表情になった。

「決まってるだろう? この子が君に近づきすぎたからさ。べったべったと色んな所に触ってさ。手を繋いじゃったりして……桔梗は、僕のなのに」

 誰が、いつ、あんたのになったよ。私はつい口を滑らせてしまいそうになった。しかし、それは下唇をぎゅっと噛みしめて抑え込む。今、怒りに任せた発言をすれば花ちゃんの命が危ない。
 タラリ、と嫌な汗が頬を伝って屋上のアスファルトの上に落ちた。

「ねえ、桔梗……」

 どくり、と私の心臓がうねる。「奴」の表情とその声のかけ方に、覚えがあるからだ。そう、最悪な、あの――

「この子、爆発させてもいいカナ?」

 そういって「奴」が取り出したのは、小型の爆弾。「奴」はたまに花火やカルシウムの塊を使って簡単で小型の爆弾を自作してやってくる。そんな時、奴は決まって先程のようなセリフを言うのだ。
 私が初めて、「奴」の爆弾を披露されたのは、初めて彼氏ができた時。やつれ気味だった私を励ましてくれた優しい先輩だった。けれど、「奴」はそんな彼を操り、終いには自作の爆弾をのみ、体内で爆発させ、殺害した。その時の、飛び散っていく彼の内臓や血肉の姿はこの世の何物よりも悍ましい光景だった。

「うっ……」

 急に吐き気をもよおし、私はその場にうずくまる。涙が滲み、嫌な汗が全身から噴き出でてくる。気持ち悪い、喉の奥もグルグルしていて、口の中もなにか酸っぱい物を感じる。

「ふふっ、悶える君も色気があっていいねェ〜……でも、やっぱり一番は強い目だね」

 ふざけるな、私はぎろりと「奴」を睨み上げる。すると、「奴」は喜んだ。何故だ、理解不能、理解不能!

「さあ、はやく……はやく見せておくれよ、君の「本気」を。じゃなきゃこの子を本当に爆発させちゃうよ? 僕はこんな邪魔な子すぐに消してしまいたいけれどね」
「……ふっ、ざけ、ないで……」

 だんだん、ムカっ腹たってきた。だって、大切な友人をまた、奪われそうになっているのだもの。もう、絶対に失わせない。絶対に目の前で死なせない。絶対に、「奴」の思い通りにはさせないッ!
 私は、すっくと立ち上がるとニヤニヤと笑う花ちゃんの顔をした「奴」の方へとズカズカ猛進していく。勢いで歩いていた所為か、もともと距離がなかった所為かは定かではないけれど、一気に間合いを詰めた私は、私より一回り小さい彼女を見下ろした。すると、彼女(「奴」)は恍惚な表情を浮かべて、その手をそっと私の頬に触れさせた。

「ああ、それ、その目だよ……すっごくソソられる。その目に見つめられるだけでゾクゾクして興奮してしまうよ」
「……私は嫌悪感しかないけどね」
「ふふ、照れないでよ。本当に、君は素直じゃない」
「いい加減にして、私は……私は、貴方の事なんか――」

 ――大っ嫌い!!!!

 言うと同時に、私は思いきり花ちゃんの頬をひっぱたいた。

「ふッ、ふふ……何しているの? 彼女に攻撃しても僕自身にダメージはゼロ。無駄無駄、無意味」
「煩い! 私は許せない。関係のない人を巻き込んで、自分の為だけに利用して傷つけて――」

 私は叫んだ。今までずっと言えなかった私の気持ちを、「奴」にぶつける為に、もっともっとぶつける為に、叫んだのだ。

「――命をなんとも思わないアンタなんか大っ嫌い!」

 そして私はゆっくりとスタンドを出す。

「ふふ、どうしたんだい、《スタンド》なんか出して。君の《R・ヴァルキリー》はパワーはあるけれど全然スピードがないじゃないか。僕のスタンドは《スター・プラチナ》程じゃあないがスピードはあるほうなんだよ? それを君は経験から学んでいるはずだけど」
「知ってるよ。でもさ、こうやって重い盾や装備をはずせばさぁ……」
「ッ!?」

 がしゃん、と大きな音を立てて防具が落ちる。すると同時に強烈なビンタを花ちゃんの頬に、目にもとまらぬ速さで叩き込んだ。驚いた「奴」は茫然となる。

「――《それなりに》スピードは出るんじゃあない?」

 防具を全て取り払った私の《ドデカ・マンジュ》ッ……《R・ヴァルキリー》は、薄い胸当てのような物と腰の布一枚というなんとも身軽な姿になっていた。なんというか、ファイトガール的な感じ。
 身軽になった「彼女」は、もうその動きを鈍らせる事なく、「ウラァッ!!」という雄叫びと共に凄まじいスピードで花ちゃんの頬に往復ビンタしていく。承太郎さんや仗助君がげんこつラッシュなら私は往復ビンタとかそういう奴ですか。

「西尾さんとの交戦から学んだ。貴方は憑依した人間を気絶させられると強制的に解除せざるを得なくなるそうだね……だから――」

 気絶するまでこのまま攻撃させてもらう!
 私はそれからもうがむしゃらだった。仗助君の治す能力があると分かっているからこそのこんなゴリ押しな作戦なんだ。彼女の頬がパンパンに腫れるまで、彼女の意識がなくなるまで、延々と叩き続けた。そして、パタリと体が動かなくなったと同時に出てきた「奴」の《スタンド》の手を素早く掴み、強引に引っこ抜いたのである。
 人型で、赤みがかった黒の地に金の紋様が刻まれたローブとすみれ色の大きな真珠の首輪を身につけている、シャーマンのような姿の《スタンド》……これが、奴のスタンドの全貌か。私は、皺枯れたような大きな腕から、ほそっこい首に鷲掴む所を変える。これで、もう逃げられまい。

「何が好きだよ、なにが愛してるだよ……貴方は私なんかの事、本当に好きでも愛してるわけでもない……だって、本当に好きなら、愛しているなら!」

 脳裏によみがえるのは、様々な恋模様。その中には、一番印象にのこって一番感動した、由花子さんと康一君の恋の駆け引きも含まれていた。

「どんなに怖くてもどんなに憶病でも、他人を利用せずに真正面からぶつかっていくでしょ! 男なら、それくらいの度胸があって当然! なのに貴方ときたら、貴方ときたら! スタンドも見えない一般人の命を弄んだ挙句、私に姿も現す事もなくただひたすらに恐怖を与え、追い掛け回して!」

 私はもう一度、心の底から、「奴」の精神の塊である《スタンド》に向かって吠えた。

「大っ嫌い!」

 言うと同時に《スタンド》で、生まれて初めて他人に拳を思いきり叩き込んだ。

「ウラウラウラウラッ、ウラァアアアア――ッ!!!!」

 ラッシュの後に、顎へ強烈な一発を叩き込むと、ひょろ長の奴のスタンドは勢い余って宙へとぶっ飛ぶ。その瞬間、学校の傍の並木の内一本から男の子の悲鳴が上がり、ドスンと落ちる音がした。――見つけた。
 落ちてきた奴のスタンドの首根っこをもう一度引っ掴んで逃げないようにし、私はクルリと踵を返して出口へと向かう。

「桔梗! いつまで待たせ――って、おい、それ!」
「説明は後でする。とりあえず花ちゃんの顔を治してあげて」

 屋上へ続く扉を開けて入って来たのは仗助君。彼は私の《ドデカ・マン》ッ……《レディアント・ヴァルキリー》の持つ見知らぬ《スタンド》を見て驚愕した。
 簡略しすぎた言葉だったけれど、彼はその言葉で大方の事は把握したようだった。「おう」と短く返事をすると、倒れている花ちゃんの頬を素早く治して私の後に続く。

 ――これから、私と「奴」の因縁に終止符を打つ!


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