鉄壁の少女 | ナノ

6-3



 手を強く握られ、思いきり自分の意図した方向とは真逆の方へ引かれる。驚いていると、左頬に凄まじい勢いで拳が叩きつけられる「感覚」がし、気づけばその勢いに押されてぶっ飛ばされていた。突っ込んだ先はソファの背中。正直言うとかなり痛かった。
 ぐらぐらとする頭を振って、漸く焦点が合った目で見たものは――承太郎さんの力強くて鋭利な双眸だった。

「……じょうっ、たろう……さん?」
「漸く目が覚めたか……やれやれ、こんな単純な方法だったなら初めからやっておけばよかったぜ」

 茫然とする私を見下ろしていう承太郎さんは、「先程」と同様にボロボロだった。体全身の至る所にナイフが突き刺さっている。けれど――死んではいなかった。生きている、彼は、生きているのだ!
 無事とは言い切れないけれど、私には十分過ぎる程の安心感を与えた。全身に失われていった筈の熱がドッと一気に逆流してきて私の体を熱くする。

「へェ、凄いねー、幻覚に半分侵されながらも完全に術中に嵌った彼女の目を覚まさせるだなんて……恐ろしい精神(スタンド)力だ」

 どうやら私は幻覚を見せられていたらしい。今までの私の見ていたものは、半分が現実で半分が幻。どこから幻覚に嵌っていたのか分からないけれど、あの、窓ガラスと扉を蹴破ってきた時よりも前だろう。その証拠に、ざっと見回してみたら、破片どころかヒビ一つついていない。
 よく、ウソの中に真実を織り交ぜる事で信憑性が増し、ウソだとばれ難くなるというのを聞いた。そんな感じで、真実と幻の割合をうまくコントロールする事で敵――《西尾 紀正》は、よりリアリティのある幻覚を見せていたのだ。悔しいけれど、完璧に私は彼の術中に嵌ってしまっていた。
 承太郎さんは半分かかっているという。どんな幻覚を見せられているのかは不明だけれど、なんとなく、私よりも壮絶な物を見せられているような気がする。

「御嬢さんの方に目が覚められてしまったけど、君の方はなぁんにも出来そうにないからどっちにしろ同じだねえ」
(む……)

 彼の言葉は正しい。実際、私は《スタンド》を持っているにも関わらず、それを使いこなす事ができずにいる、謂わば宝の持ち腐れ状態だ。けれど、彼の言葉にカチンと来ない程私は闘争心のない奴でもない。
 ああ、そうだ。どうして私が彼なんかの為に自分の命を絶たなければならないのだろう。どうして、「奴」の為なんかに命を奉げようなんて思ったのだろう。こんな、他人の迷惑も考えずに、人が苦しむのを面白がって、周りの人が傷ついても平然と繰り返すような最低な人間なんかの為に、どうして、どうして――

 ――私の方が逃げなくちゃならないんだ!!

「さあ、もう遊びは終わりにしよう……華々しいフィナーレの為に、儚くとも美しく愉快にその命を散らせてくれたまえ!」

 指揮棒を振るように彼は右手を上げると、覆面の少年少女達が一斉に飛び掛かってきた。まるで猛獣のように、ゾンビのように。しかし、承太郎さんは動かない。――いや、動けなかった。彼の体は既に、私を庇ったときに受けた傷でボロボロなのだ。

「死ねェええいッ! 空条承太郎ォオオオオ――ッ!!」
「させッ、るかぁアアアア――ッ!!」

 西尾の叫びをかき消さん程の大音声を上げた私。正直言うと頭はほとんど真っ白だった。ただ、唯一、白に塗りつぶされた脳内にあったのは、たった一言。

 「守りたい」

 ――いや、違う。

 「守るんだ」

 自分の手で、「奴」の魔の手を振り払うんだ!
 そう誓ったと同時に、私の腕――いや、体がブレて分裂する。それは確かな存在を放ちながら私と承太郎さんの前に出ると、迫りくる覆面者達の攻撃を携えた豪奢な盾で全て受け止めてしまった。驚いた彼らの隙を突き、決して速くはないが重い拳や肘鉄をくらわせて部屋の隅へとぶっ飛ばしてしまった。
 純白の甲冑に純白の盾を身に纏うその姿、そして私の体から現れたという事はまさしく私の《スタンド》という証。《彼女》は私を振り返ると、能面な顔をほんの少しだけ緩めて、微笑んだ。その表情が「漸く、会えたね」と語っているようで、なんだか涙が出そうになった。
 《彼女》はもう消えない。私の意思なくして勝手に消える事はない。

「なかなか、強かな《スタンド》じゃねーか」
「じょっ承太郎さんっ……!」

 重傷であるにも関わらず、彼は立ち上がる。そんな傷で無理をしては生死に関わると私が叫ぶと、彼は「女に守ってられては恰好がつかない」と仏頂面――多分、そう。眉間に皺寄ってたし、多分――で言い放つ。そんな、男も女も関係ないでしょうに!
 はるか上にある彼の顔を見上げて、私は不安な気持ちを抱えながらもう一度言う「無理をしないで下さい」と。けれど、彼は私を見ずに、西尾を睨みつけたまま、ポン、と大きな手を私の頭に置いた。……あったかい手だった。仗助君みたいな、あったかくて安心する大きな手だった。

「これくらい、どうという事はない」

 ああもう、その横顔、さまになり過ぎてカッコいいですよ。余りのカリスマに私はここが戦いの場だという事を忘れそうです。全て承太郎さんに持っていかれそうですよ!
 くそう、手が置かれるなら、もう少し髪の毛綺麗に梳いて来ればよかった。

「ゆ……さ、ん」

 私が承太郎さんに見惚れている一方で、西尾の様子が急激に変化する。彼は先ほどまでの上品な雰囲気が一変し、ドロドロとした醜くとても目も当てられないような空気を纏い始める。それは、まさに、「奴」の本性だった。
 何がスイッチになったのかは私には分からない。けれど、私と承太郎さんのやり取りが気に入らなかったのだろう。醜い劣情を隠そうともしないその雰囲気に、私は吐き気を催すが、今は承太郎さんの温かい手があるから怖くない。視線から逃げる事なく、私は「奴」を睨みつける事ができた。

「ぼっ僕の、僕のなのに、勝手に馴れ馴れしく……馴れ馴れしく触ってんじゃあねーぞこのキチガイがァアアアア――ッ!!」

 ついに本性を現したか、西尾氏に隠れていた「奴」の精神が怒りの咆哮と共に飛び出す。正気の沙汰ではないその形相に、私は少々怯えたが、そこは己を奮い立たせて一歩前にでる。

「君のノート通りなら、司令塔は奴だな」
「はい。彼が一番「奴」の気配が濃い……」
「……決まりだな」

 彼は、フッと口角を上げて笑うと、無能にも突っ込んでくる西尾――つまり「奴」――の《スタンド》の顔面に強烈な一発を「オラァッ!!」の掛け声で叩き込んだ。「奴」は迂闊にも西尾氏の《スタンド》ではなく自身の《スタンド》の上半身を出して来ていた。怒りで我を忘れたのか?
 ぶっ飛ばされた西尾氏の体は、その勢いのまま数メートルの距離もあった棚に突っ込んで見事に破壊してしまった。なっなんてスピードとパワーなんだ《スター・プラチナ》。さすが、その筋骨隆々とした肉体とカッコイイ容貌は伊達じゃあないね!――え、顔は関係ない?

「一人の女に執着するたぁ見上げた根性だが、そろそろ現実を見てもらうぜ」

 重い怪我が嘘のような堂々とした佇まいに、「奴」だけでなく私までもが息をのむ。私に向ける広いその背中は、様々な物を一人で背負っているように見えて、ほんの少し切なくなった。

「歯ァ喰いしばれよ〜〜ッ」

 ポケットに手を突っ込んで仁王立ちする彼のそばには、大きな拳を構えた《スター・プラチナ》。そして、次の瞬間には、まるで時をも止めて繰り出されているような高速のラッシュで西尾氏をコテンパンにしてしまった。


 * * *


 腫れに腫れた頬に用意してもらった氷水を当てて冷やしながら、桔梗は漸く出し入れ自由になった自身の《スタンド》を使って操られていた少年少女や西尾を丁寧に並べて床に寝せる。そして、一人ひとり傷の具合をみて回っている。彼女は、戦闘が終了すると同時に安心したのかアドレナリンが切れたのか、一気に痛みを主張し始めて悶絶していた。
 承太郎とはいうと、ソファの方で、彼女によって些かやり過ぎではないかと思われる程にグルグル巻きのミイラ男状態にされたまま座っていた。傷が傷なだけに仗助が到着するまで安静にしている方が懸命なので、大人しくしている。仗助が来るまで死んだら困ると泣きそうな表情で言われてしまったものだから大人しくされるがままになっていたが、やはり、この包帯の量は異常過ぎやしないかと承太郎は思う。しかし、不安そうな表情で怪我人をみてまわる彼女を見ていると「やれやれ」と呆れながらも許してしまう。
 よく言えば優しい、悪く言えばお人よしな桔梗は、先程まで自身の命を――操られていたとは言え――脅かしていた相手に懸命になって看病する。その姿は、戦時中、密かに看護師として活躍したナイチンゲールの様である。
 彼女の精神エネルギーが形作った《スタンド》も、そんな彼女の性格を顕著に表しているような、柔らかい印象を与える容貌だった。しかし、その顔には似合わない重厚な装備は彼女の固い決意が付随してきている様だ。

「君も少しは休んだらどうだ?」
「大丈夫です! 私の傷は《スター・プラチナ》の素晴らしきパンチングのみですから!」
「……そりゃ悪かったな」
「え……ああ、いッいやそのそういう意味ではなく……えーっと……そっそう、《スター・プラチナ》の一発はアン○ニオ○木さんの一発のような物で全然問題ないんです!」
「……」

 だいぶ意味不明だ。
 気を使っているのはヒシヒシと伝わってくるが、何を言っているのか日本語なはずなのに意味が分からない。おそらく彼女も自身が何を言っているのか全く把握し切れていまい。
 ようやく彼女も休む気になったのか、承太郎の座る椅子の前の椅子に息をつきながら腰掛けた。……ふむ、やはり頬の傷が痛々しい。

「包帯巻く時気づいたんですけど、承太郎さんの首のここって星みたいなアザがありますよね」

 そう言って、彼女は自分の首筋近くの肩を指す。

「……ああ、うちの家系はそういうもんなんだよ」
「へえー。じゃあ、仗助君にも?」
「ああ、あるんじゃあないか?」
「おおー」

 そんなこんなしていると、ドタドタと騒がしい足音が二つ、廊下から聞こえてきた。そして、扉をぶち破る勢いで開き入って来たのは待ち兼ねていた仗助と、桔梗の弟である縹だった。

「大丈夫っスか承太郎さん! 桔梗も!」
「私はついで!?」
「うォあ!? ねーちゃんその頬どーしたんだよ!」
「勲章です」
「なんの!?」

 呑気に笑いながら兄弟と会話を展開し始める彼女は、先程までの不安に顔を歪めていた彼女とは大違いである。
 仗助はまず、重傷の承太郎を治した。素晴らしい程にミイラ男となっている承太郎を治したのだ。

「おいおい、またほっぺた怪我したのかよォ〜〜、お前顔に怪我する回数多くねェ?」
「そう?」

 あっけらかんとした態度で仗助を見上げながら桔梗は首をかしぐ。そんな彼女の頬に《クレイジー・ダイアモンド》が触れ、頬の腫れを治した。

「おお、痛くないね!」
「治したんだからあったりめーだろーよ〜〜」

 先程まで怪我をしていた方の頬を仗助はグリグリと指を押し付ける。そんな彼の指から逃げるように承太郎の方へ後退するとついには彼の大きな背に隠れてしまう。仗助は「ずりいぞソレ!」と言って寄ってくる。したがって、二人のやり取りに挟まれる形となってしまった。

 ――じゃれるなら他所でやれ。

 承太郎は決して口には出さないが不機嫌だという感情をこれでもかという程滲み出したオーラを撒く。すると、その彼の雰囲気に気が付いたのかそうでないのか、弟の縹が床に寝転がらされている覆面達や西尾を指して治した方がいいと促す。彼は結構よくできた弟だと、承太郎はこの時ふと思った。


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